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過疎ビジネス-国見町は氷山の一角


過疎ビジネスの現場から見える構造

「過疎ビジネス」の衝撃

2025年に出版された集英社新書『過疎ビジネス』は、国見町や亘理町で起きた地方創生を巡るコンサルと行政の闇を通じ、地方の疲弊に付け込む「ハイエナ型コンサル」「自分たちで考えず喰い物にされる行政」「雑魚と称されてしまう議会」の存在を鋭く描き出した。

書籍の中で浮かび上がるのは、企業版ふるさと納税の仕組みを巧妙に利用し、大手企業と自身のそれなりの経歴をベースに「超絶イイマネーロンダリング」で小規模な自治体を喰い物にすることによって暴利を貪るコンサル、それにいとも簡単に飲み込まれる小規模な自治体、更にはそうしたことすら余程のことがないと表面化しない地方(の市民・議会やマスコミ)を取り巻く闇である。

東洋経済でも「喰われる自治体」として、国見町の事例も(というか、これが原点として)2023年ごろから悪い意味でバズっている。

制度欠陥の「地方創生」が産んだ悪魔?

内閣官房_「地方創生10年の取組と今後の推進方向」の概要

別のnote等でも書いているとおり、地方創生の10年は「表面的な人口の奪い合い」でしかなく「東京一極集中」や「少子・高齢化の根本的な解決」には至っていないことが総括されている。
この10年間でデジタル田園都市国家構想関連まで含めて国費だけで60兆円が投じられてきたが、これらの貴重な税金がコンサル・ベンダーに流れていったことを個別具体に表すのが本著の内容である。

国費や貴重な地方の税金がコンサル・ベンダーに切り売りされ、利益が外部に流出するだけでなく、本来であれば地域に直接還元できたはずの税金によるサービスが喪失すること、あるいは不要・地域の役に立たないサービス・ハコモノに姿を変えることで、余計にその地域が衰退する笑えない現実だ。

だが、これは過疎地域だけの話ではない。都市近郊や中核市、さらには公共施設マネジメントやPPP/PFIの分野でも、同じ構造が繰り返されている。

忙しい・やったことがない・専門性がない

まちみらいが全国の自治体と伴走してきた中で何度も直面したのは、「忙しいから」「やったことがないから」「専門性がないから」と外部依存に傾く構造である。
この依存が固定化すると、自治体は主体的な考えること・意思決定・行動を放棄し、制度や補助金を提供・表面的に活用する側、しばしば外部コンサル・ベンダーの意向に沿った政策や事業が量産されていく。

本著でも書かれていたように、近年は「その事業」を自社へ利益誘導するためにコンサル等がその自治体へ社員を「出向」という形で派遣し、当該事業を担当する。守秘義務が課せられているはずだが、どう見てもその企業が有利になることは必然である。前述のような「つまらない言い訳」でこうした社員を受け入れてしまう自治体に抗う術はない。(先日訪れた小規模な自治体でも、高速道路の官製サービスエリアの機能拡張のプロジェクトを行うために、高速道路関連の企業とコンサルからそれぞれ1名の社員が「出向」の形態でその自治体に入り込み、直接事業の担当を行なっていたorz)
この構造は、国見町や亘理町のような特定事例だけでなく、日本中で広く見られるものである。

国も同じ構図

(小規模なものを中心とする)自治体だけの問題ではない。
近年は国も同じようなことをやっている。国と関連した事業に関わると、連絡先は「事務局を受託している〇〇へ」みたいなものが多すぎるし、そもそも国もこうしたコンサル・ベンダー等からの出向を多く受け入れている。
それが影響してかどうか、因果関係はわからないが、自治体に対する100%
(または50%)の各種事業の検討支援業務などが非常に多くなっている。

自分も2024年度にある自治体で民間事業者とともに国土交通省の先導的官民連携支援事業を活用させていただいたが、このうち委託期間内に公募あるいは事業化まで至った案件は数件に留まっているのが実情だ。
悲しいことに、この事業で採択されたいくつかの案件は「指定管理者制度が好ましい」「RO+コンセッションの可能性がある」等の「やらなくてもわかる」レベルにしかなっていない。
国のこうした制度を活用させていただくからには、貴重な税金を使うからには「結果」に直結させるのがプロとしての役割である。検討で終わっているようでは、残念ながらそこに「国費を投入してまで」やる理由は見出せないし、やっていることは国見町等に入り込んだコンサルと大差ない。

侵食されること

自治体や国がそのような「外部のヨコシマな思考回路・行動原理」のコンサル等に侵食され、その影響下で作られる政策・事業は、現場の課題や文脈を踏まえない定型的なものになりがちだ。

問題は「外部が入ること」そのものではない。
外部依存が当たり前になり、内部の創造力と責任感が摩耗していくこと、そして外部から入る人間も「地方創生」を真剣に考えるのではなく、「自社への利益誘導」のために様々な「それらしい」支援制度・補助メニューを使う・構築することで、貴重な税金が溶けていくだけでなく、市民が知らないうちにまちが衰退していってしまうことだ。

「まちみらい」流のアンチテーゼ

まちみらいの姿勢・業務スタイルは一貫している。他のコンサルとは異なり「一文字も字を書かない」。
計画書や提案書を行政になり変わって作成するのではなく、現場に入り込み、自治体職員と共に徹底的にディスカッションしたり試行錯誤を重ねる。伴走支援の目的は外部依存から脱却し、「自分たちで創る」力を取り戻す・思い出す・増強していくことにある。

コンサル栄えて国滅ぶ ― PPP/PFIと公共施設マネジメントの現場から

『過疎ビジネス』で描かれた国見町の事例は、外部の「地方創生請負人」に依存し自ら考え「覚悟・決断・行動」することを放棄した結果、自分たちのまちが蝕まれた典型例である。この構造はザ・公共施設マネジメントやザ・PPP/PFIにも寸分違わず存在している。

型にはまった計画・規程の量産

総務省が推進する公共施設等総合管理計画や内閣府・国土交通省が要請するPPP/PFI優先的検討規程は、本来は施設再編の方向性や優先順位を明確にし、実効性のある資産活用を促すものだった。しかし実際には全国を飛び回る・強烈な営業網を持つ大手コンサルが、テンプレートに自治体名と写真を差し替えただけの計画書・規程を量産している。

複数自治体で文面や表現がほぼ同一であったり、現場をそもそも見ていなかったり、そのまちの文化・歴史・風土や職員の気質・マインド、議会との関係などは全く検討の範疇外になっている。

PPP/PFIの優先的検討規程に至っては内閣府モデルを短絡的にコピペした「総事業費1,000百万円以上、維持管理費100百万円/年以上を対象」にして「PFI法に基づくPFI(サービス購入型BTO)」を主眼に置いたリアリティのない画一的なものである。
こうして作られた計画・規程は、職員も議会も興味を抱くこともなければ中身を理解することもなく、まさに絵に描いた餅にしかならない。しかもものすごい高いw
こんなもので何百万円、場合によっては10,000千円以上のフィーをもらえるコンサルは羨ましい。。。(が、そこに手を染めてダークサイドに堕ちては同じ穴のムジナなのでなんとか誘惑に負けずにいようw)

制度と補助金が温床に

国は地方創生の旗印のもと、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」策定補助金(上限10,000千円)、さらに前述の「先導的官民連携支援事業」(上限20,000千円)などを用意してきた。しかし、これらを活用してもまちは全く良くならない。

原因は明白だ。これらは「計画を作ること」が目的化し、行政も前述のとおりのつまらない言い訳で「金を払ってでも誰かが作成してくれれば良い」の構図が成立してしまうからである。
「書類」を整えることが目的化し、現場にとって本当に必要なことが置き去りになる。制度や様々なプロジェクトは本来、中長期の地域ビジョンを後押しするためのものだが、実際にはコンサル(やヨコシマな事業者)の営業ツール・短絡的な利益確保の手段として利用されてしまっている。

内発的発想の喪失

こうした流れの中で、自治体は得体のしれない誰かへ丸投げすることによって「自分たちのまちをどうするのか考え、覚悟・決断・行動する」本来業務からフェードアウトしてしまう。

まちみらいが関わったいくつかの自治体でも、初期段階は同じ傾向が見られることもあるし、業務委託しているのだから「答えを教えてくれる」「自分たちの代わりにやってくれる」と思われることも現実的に存在する。
しかし、現場に伴走し、職員が自分の言葉で条件を組み立て、市場と直接向き合うプロセスを重ねることで、主体性は確実に取り戻せる。

過疎ビジネスの正体―国見町の事実関係と構造

「過疎のまち」限定ではないという前提

「過疎ビジネス」は人口規模や地理条件の問題に還元されない。肝心なのは、「外部からの持ち込み」によるスキームを“先に”当て込み、「そこありき」で地域側の課題認識や検証を“後追い”にし、「その自治体としての財政負担がゼロであれば良い・名前が売れれば良い」といった短絡的な思考回路・行動原理である。
「外部によるアヤシイ持ち込み」が先行し、それがアヤシイとすら気づくことなく、“立法事実”をあとから作る運用に陥った瞬間、どんな自治体でも同じ落とし穴にはまる。国見町の高規格救急自動車事業は、その典型である。

国見町―数字と時系列(事実)

国見町が進めた「高規格救急自動車研究開発等業務委託」は、2022年に契約金額432百万円で締結(年度末に417百万円に変更)された。
本件の財源として、企業版ふるさと納税の寄附総額は432百万円と町資料・説明で示されている。当該寄附は「救急車両の研究開発を通じて地域の防災力を向上させる」趣旨で、使途の自由度は限定されていたことが町の説明資料で確認できる。
計画は当初「研究開発・リース」を掲げていたが、短期間のうちに方向転換し、2023年4月7日には救急車12台の取得が議決され、その後は県内外の消防や医療機関へ無償譲渡に転じた。町議会は2023年10月に地方自治法100条委員会を設置し、手続や経緯の検証に入っている。
さらに、町が設置した第三者委員会の最終調査報告書は、「手続の公正性・透明性を欠いた」と結論づけ、事務執行の問題点と改善策を提示した。町は同年に対応策の公表へと踏み込み、組織的な再発防止に言及している。
周辺事実として、2020年7月にワンテーブルから9.45百万円の企業版ふるさと納税がなされているが、これは備蓄食関連の寄附であり、本件救急車契約とは別枠であることが町の住民説明で明確化されている。

ChatGPT5による要約

構造的な誤り―“制度先行”と“立法事実の後付け”

本件の中核的な問題は、言葉巧みに近づく外部からの発案をもとに企業版ふるさと納税という財源スキームを先に立て、そこに事業内容と選定・契約のプロセスをはめ込んだ順序の逆転にある。寄附趣旨(研究開発)に沿う体裁を優先するため、仕様と事業ストーリーが制度に従属し、現場の試行や市場との対話などが行われることもなく「そこありき」で物事を進めてしまう。
結果、応募1社での受託や研究開発・リースから取得・無償譲渡への急転が発生した。第三者委報告書が指摘した「公正性・透明性の欠如」は、この順序の逆転が生む必然的な歪みである。

報道や調査では、救急車製造ベンチャー(ベルリング)や大手IT企業グループ、大手コンサル等の名だたる企業の関与、寄附と受託の関係性など、会計・契約・ガバナンスの観点で疑問点が積み上がった。

亘理町に見た同型の歪み

筆者資料(関連URLは既に亘理町HPから削除済)

宮城県亘理町では、東日本大震災後の復興のため荒浜地区を中心とした地域活性化を図るプロジェクトが検討された。2010年代後半には、観光振興・地域資源加工・交流や新しい産業創出を組み合わせた複合型のプロジェクト構想が浮上した。複数の提案が町に寄せられたが、2019年以降は特定の民間事業者「ワンテーブル」が提案した案に行政内部からの支持が強まり、次第に進行を主導するようになった。

その過程で亘理町は荒浜地区を対象とした「随意契約保証型の民間提案制度」を導入した。この制度は本来、行政だけでは考えられなかった・できなかった民間事業者ならではの地域の課題解決やポテンシャルを活かすプロジェクトを実現するために、そのような提案を求めて協議対象案件を選出し、諸条件が整えば提案した事業者と随意契約するものである。

しかし亘理町では「ワンテーブルありき」の状況で制度が導入され、その制度ありきで「立法事実」を後付けで組み立てる構図となった。これにより、制度の本来的な競争性や透明性は形骸化し、意思決定プロセスも外部者によってコントロールされるようになった。
また、地域のプレーヤーも(地域おこし協力隊の制度を活用しながら)巻き込むことを前提とした考え方は素晴らしかったが、実際にはワンテーブルの社員もそこに紛れ込んでいるなど、どこまでも自治体を喰いものにする「仕組まれた」ものであった。
結果として、2023年度末に「ワンテーブルとの協定」は打ち切られ、「設置されたコンテナハウスなどの撤去」が報道されている。町に残ったのは制度利用の後片付けと混乱だけである。

制度悪用がもたらす影響

国見町と亘理町の事例に共通するのは、「制度そのものの理念」が骨抜きにされる、(中途半端であるが)それなりの知識・経験・名実を持つヨコシマな人間に簡単に蹂躙されてしまう構造である。
制度はもともと「地域の主体性に基づき自分たちらしいまちを創っていくためのもの」であっても、外部事業者や特定の利害関係者の利益誘導に使われれば、逆に地域の依存体質を強化してしまうだけでなく、その結果としてまちを衰退させてしまう。

特に随意契約保証型制度のような強力な権利付与を伴う枠組みでは、公平性・透明性・競争性・公正性が徹底されなければならない。
同時に自分たちが「何をしたいのか」「何のために提案制度を持っているのか」の共通認識を持っていないと、以前の小田原市のようにせっかくうまく活用してきた制度そのものが瞬間的な政治で捻じ曲げられたり、「ハイエナコンサル等が付け入る隙」として利用されたりしてしまう。

同時に今回、両自治体を中心に全国各地で広がっている企業版ふるさと納税を活用した「超絶イイマネーロンダリング」といった腐った理論・ビジネスモデルにも悪用されてしまう。

川南町 ― 「乗っ取られない町」の条件

国見町型の「乗っ取り」との決定的な違い

2025年度から支援させていただいている川南町は、財政規模も決して大きくはない。

そのような中でも現在、包括施設管理業務の事業化に向けて急ピッチで作業を進めている。全国の多くの自治体のように「どうせうちは小さくて民間に振り向いてもらえないから」と勝手に諦めたり、いくつかの自治体のように外部の(やったこともない)コンサルに要求水準書等の公募関連資料を丸投げ委託したり、なぜか「包括ごとき」で国の検討支援事業を活用するのでなく、自分たちで検討していく道を選んだ。

コンサルに丸投げ委託して型通りの包括施設管理パッケージを導入し、結果としてリアリティが欠如して不調に陥ったり、無理やりB級の事業者と契約して高額な費用を払い続けるという道を歩んでもおかしくなかった。
包括に限らずこのような思考回路・行動原理でやってしまうことそのものが「仕様はテンプレート、職員は受け身、事業後にはコストの肥大化と疲弊だけが残る」、典型的な「乗っ取られる」パターンだ。

自分たちで課題を定義する

派手なコンサル提案でも視察ツアーでもなく、財政状況が厳しい現実を直視すること、公共施設の保守点検や管理が業務量・質ともに職員の大きな負担になっていること等、日常業務の中に埋もれていた“不具合”と“ムダ”を職員自身の手であぶり出す作業からはじめた。
同じ施設でも課ごとに契約形態や点検周期が異なる、修繕履歴が分散して事後対応ばかりになる、見積や入札手続きが業務を圧迫する、予算科目が分断されて全体のコストが把握できない
こうした課題は現場に立つ職員だからこそ分かる事実であり、外部委託の調査では決して掴めないし、その深刻さは見えてこない。

「やること」が前提のサウンディング

サウンディングは「やるかどうか」を探る場ではなかった。「やること」を前提にどうすればより良い形にできるかを市場と議論する場として設計された。事前に仕様案と予算レンジを公開し、論点を明確にしたうえで自分たちで営業しながら参加事業者との対話に臨む。個別の意見交換では提案内容の保護に配慮しつつ、町としての方向性をはっきりと示すこととしている。この姿勢が条件闘争や外部依存ではなく、共創の起点としての市場対話を可能にしていく。

「字を書かない」伴走と自走力

まちみらいの役割は、この事例でも全行程で「字を書かない」ことに徹している。仕様や数字はすべて職員が作る。まちみらいが担ったのは、仕様に欠けている視点の指摘、市場対話の設計への助言、公開情報の整え方のアドバイスにすぎない。だからこそ職員は「自分たちが創った」という実感を持ち、この経験が制度や業者に依存しない、そして民間事業者と真摯に自分たちの言葉で向き合える自走力になる。

小さな町こそできる防衛策

川南町のプロセスは、国見町や亘理町のように外部に主導権を握られた事例とは正反対だ。小さな町でも自分たちで課題を定義し、仕様を自分たちで叩き上げ、市場と向き合うという順序を踏めば、外部依存のスパイラルからいつの日か抜け出せる。
「小さいからできない」のではない。「小さいからこそ自分たちでやる」。どデカい派手な事業からでなくても、包括施設管理業務のような身近で自分たちの手の届く・目が行き渡る範囲のものから自分たちらしくやっていく。
その姿勢こそが「自分たちのまち」を喰い物にされないように守る初歩的な防衛策である。

久米島町 ― 職員が組み立てた三度目の挑戦と事業パートナー方式の本質

休止に追い込まれたバーデハウス久米島の教訓

久米島町_バーデハウス久米島

久米島町の象徴的な公共施設の1つであった「バーデハウス久米島」は、かつて観光客にも町民にも利用されていた温浴施設である。しかし、設置管理条例には「観光振興」と「町民の健康増進」という相反する2つの目的が行政的に並記され、この相反性が経営的な致命傷となり、ターゲット層も料金体系も中途半端な状態となり、結果として利用者減少と収益悪化が進んだ。設備更新や運営改善も進まず、最終的に休止に追い込まれた。

2度の公募不調とその背景

久米島町はバーデハウス久米島の再生に向けて過去2回、公募型プロポーザルを実施した。いずれも町職員が自ら施設のビジョンやコンテンツ案を策定し、民間事業者とのサウンディングを通じて条件を精緻化したもので、案件の質そのものは高かった。
実際、この2回の公募ともに複数の事業者から参加表明を得ていた。しかしタイミングは不運だった。初回はロシアによるウクライナ侵攻を背景に世界情勢が不安定化するとともに燃油価格が急騰、2回目は離島に特有の物流コスト・資材価格の高騰が直撃した。いずれも採算性の目途を立てることが困難となり、不調に終わった。

3つの施設を対象にした3度目の挑戦

2度の不調を経ても町は諦めなかった。3度目の挑戦では、バーデハウス久米島に加え、「泊フィッシャリーナ」と「久米島シーサイドパークゴルフ場+旧中学校跡地活用」の3案件を、それぞれ同一の募集要項で公募した。これは一体公募ではなく3つの案件を独立して募集する形で、施設間の性格や市場特性を踏まえた柔軟な条件設定を可能にした。

事業パートナー方式の採用

この3度目の公募では「事業パートナー方式」が採用された。
基本構想の段階から事業化、維持管理・運営に至るまでを民間事業者と自治体が一気通貫で伴走する仕組みであり、選定された事業者とは単なる契約関係ではなく、長期的な運命共同体として関わることを前提とする。民間の企画力や資本を最大限引き出しつつ、町の公共性・地域性を守るために、選定後に事業者とともに資金調達・事業手法・規模等を事業者とともに走りながら考えていくスキームとなっている。

今回の特徴は、町職員自身が初期構想の段階から市場性の確認や条件整理を行い、国土交通省の先導的官民連携支援事業を活用しながらも、外部委託に依存せずに「何をしたいのか≒ビジョン」「それを実現するために何をするのか≒コンテンツ」を再精査するだけでなく、過去2回の公募を踏まえた「与条件」を徹底的に組み立てた点にある。
サウンディングの場では、事業者からの率直な意見や採算性の条件を受け止め、必要に応じて要件を調整する柔軟性を発揮した。

過疎ビジネスと制度悪用の構造

亘理町―「立法事実」として悪用された提案制度

亘理町では、前記の事業を行うにあたってかつて筆者が公務員時代に構築した「随意契約保証型の民間提案制度」を導入していた。この制度は本来、PPP/PFIによる地域課題解決を促進するために設計され、提案が協議対象案件として採用された場合に提案者と行政が詳細協議を行い、諸条件が整った段階で随意契約して事業化する仕組みである。
2025年現在で全国200以上の自治体で活用され、各地でクリエイティブなプロジェクトが創出されてきた。

しかし亘理町では、この制度が本来の目的から大きく逸脱した形で使われてしまった。背景には、外部事業者「ワンテーブル」の参入がある。彼らは自社のビジネスモデルを町の「立法事実」として正当化するために随意契約保証型の民間提案制度を町に構築させ、自らが地域おこし協力隊も活用しながら自社の利益誘導に繋げようとしていた。
制度の持つ本来の特性を悪用した悪しき事例であることは間違いない。制度そのものは「世界中の誰でも提案できる」公平性・透明性・競争性・公正性の担保された仕組みであるはずなのに、それを身勝手な自社への利益誘導へと貶める手法は、国見町の企業版ふるさと納税と同じく「それなりに制度に熟知した悪人」による悪行である。

同時に考えなければいけないのは、そうしたヨコシマな事業者に簡単に喰われてしまう無垢すぎる自治体(行政・議会)である。
「まずやってみる」ことは非常に大事なことだが、当該制度の設計思想・枠組み(・制度欠陥の部分)等のメリット・リスク等を十分理解しないままアヤシイ持ち込み業者に言われるがまま事業化してしまうと、本来はまちを良くするための仕組み・制度によってまちに致命傷を与えるようなものにもなりかねない。
執行部としての行政職員はもちろんだし、議会もそのまちの意思決定機関として当該事業の資金の流れ・関連する制度・事業者の資質や社会性などをプロとして正確に把握し、きちんと判断していく必要がある。
本著に記されていた「何にも考えていない行政」「議会は雑魚」と言った暴言を許して、まちの中枢にまで侵食されてしまうのは、あまりにも無垢すぎるし、侵食される側にも大きな問題がある。

国見町―制度先行型・「金だけ合えば良い」事業の破綻

国見町が実施した「高規格救急自動車研究開発等業務委託」は、企業版ふるさと納税を起点とした制度枠を先に作り、なぜか事務組合で単独の消防署も持たない自治体において「12台」もの「高規格救急自動車」を「研究目的」で購入し、「他自治体に貸していく」という荒唐無稽なものであり、どこにも立法事実が感じられないものである。

総務省_過疎債の概要

しかも、この事業者からは過疎指定されて過疎債が活用できるようになったことも「良い機会」として捉えられてしまうなど、完全に喰われる自治体そのものであるし、町も「知名度が上がれば良いと思った」と呑気なことを言っている時点で残念でしかないし、このような思考回路・行動原理では喰い荒らされても自業自得である。

過疎ビジネスの構造的問題

近年、人口減少や産業空洞化に直面する自治体を狙い撃ちにした「過疎ビジネス」が広がっている。特に「過疎ビジネス」で取り上げられた亘理町や国見町の事例は、その構造的な問題を浮き彫りにしている。国の交付金や企業版ふるさと納税といった財源スキームを起点に、外部事業者や一部のハイエナコンサルが「制度を利用するための利己的な計画」を先に立て、そこに「現場の課題っぽいこと」をそれとなく当てはめる。この場合、現地での試行や検証は(その事業者の金ヅルでしかなく)形式的になり、関連する計画・制度は「立法事実のためのエスケープコード」と化す。

これは今にはじまったことではない。国が進める「まち・ひと・しごと総合戦略」では、10,000千円のインセンティブを提示して計画策定を促す手法がとられてきたが、これも大半のものが「コンサルによる計画策定費用」に充当され、その多くが現場の実態やニーズに沿わない・お花畑・抽象論でしかなく実効性に乏しく計画倒れに終わっている。地方創生関連では60兆円/10年もの国費が投下されたにも関わらず。。。

同様に国土交通省の「先導的官民連携支援事業」では、最大20,000千円(実際には10,000〜13,000千円/件程度)の国費が採択された自治体に交付されてきているが、過去の一覧を見ても事業化まで至らない例が目立つ。
この構図も全く同様であるし、近年では自治体が申請者であるにもか関わらず「コンサルからの持ち込み案件」もかなりの数を占めている。それでは事業化に至らないのも必然である。

教訓―制度・資金は「まちのため」に使う

亘理町や国見町の事例は、制度や財源スキームそのものが悪いわけではなく、その使い方と運用姿勢に問題があることを示している。制度や関連する補助制度等は本来、地域課題の解決や住民福祉の向上のために設計されているはずだ。しかし、その理念や設計意図を理解せず、あるいはその意図を無視して外部事業者・コンサルが利己的な動機で自治体をカモ(媒介)にして活用してしまった瞬間に、制度・資金は「地域のため」ではなく「ノーパブリックマインドの事業者・コンサルの食料」に堕ちていく。

筆者が構築した随意契約保証型の民間提案制度は、全国で多くのクリエイティブなプロジェクトを創出してきた一方、「なぜか市場単価より高い金額で電気を購入させられるなんちゃってPPA」「本当は空調を含めたシェアード型ESCOでできるのに照明だけをベースとしたリースによるLED化(またはギャランティードESCO」のような粗悪なものも副産物として出てきた。
挙げ句の果てには制度そのものが小田原市の前政権時の既得権益に仕事を回す道具、更には亘理町のように悪徳業者の立法事実として用いられてしまう場面まで出てきた。

これらから得られる教訓は、制度・資金はあくまで「自分たちのまちの課題を解決する・ポテンシャルを顕在化させるためのツール」であり、自分たちで覚悟・決断・行動しながら自分たちらしく構築・運用していくことである。この大原則を失い、表層的に物事を「やってる感」で済まそう・(相手の質・思惑を無視して)よくわかんないけど有名な人・大企業らしいから丸投げして楽しようと思うから、その心の隙を喪黒福造のような人たちに突かれてしまうのである。

制度を活かす自治体、制度に飲まれる自治体

制度を「自分たちの道具」に変える自治体

同じ制度を使っても、自治体によって成果はまったく異なる。違いを生むのは、制度を「自分たちのまちの課題解決・ポテンシャルを活かすための道具」として使うか、それとも「制度の枠に合わせて事業を作る(・第三者に作られてしまう)か」だ。

下妻市_庁舎周辺ビジョンの策定の様子

下妻市では、旧庁舎の跡地活用を皮切りに周辺のエリア再生に向けた計画づくりを外部委託せず、職員自らが主体となって行ってきた。まちみらいが用意する専用フォーマットを使い、関係各課の職員が集まって「地獄の缶詰作業」と呼ばれる徹底議論を繰り返してビジョン・コンテンツ・与条件を一つずつ整理し、将来像を自分たちの言葉で描き出す過程で、庁内に共通認識を醸成していった。これは「与えられた計画」をこなす作業ではなく、「自分たちのまちをどうしたいか」を現場で掘り下げる実務である。

常総市でも、各課が持つ課題や構想を持ち寄って案件協議を行い、事業化の可能性を探ってきた。ただの会議ではなく、「どうすれば解決できるか」を本気で討議する場だ。

水海道あすなろの里では、全国初のトライアル・サウンディングを自ら営業活動を行いながら実施し、(経営状態が悪く撤退してしまった)食堂は民間ベースで完全独立採算で再生するとともに、キャンプ場・ロッジサイトは「RECAMP常総」として、市から見てキャッシュインするキャンプ場として生まれ変わっている。
これらはどれも複雑な制度や企業版ふるさと納税等には一切依存していない。指定管理者制度・普通財産の貸付などの既存制度を自分たちらしく、現場発の解決策を実行するための道具として使いこなす典型例である。

制度の「消費者」になってしまう自治体

一方で制度を使いこなせず、国やコンサル(、悪い場合には今回のようにヨコシマな事業者やコンサル)によって持ち込まれた企画を何も考えず意思決定して、制度そのものの「消費者」にとどまる自治体もある。こうした自治体は、国や県の制度メニューが示されると、「まち」としての実態やニーズはお構いなしに、その条件に合わせて事業を組み立ててしまう。結果として「制度を使った」という事実だけが残り、地域の現実や長期的な持続性との整合性が取れないだけでなく、「その事業そのもの」がまちへ致命的なダメージを与えてしまう。

特に財政が厳しい地域では、(その瞬間的な需要を安易に満たすために)補助金や交付金を獲得することが目的化しやすい。国見町や亘理町の事例は、その典型だ。

制度があるから・誰かが持ち込んでくれたから事業を立ち上げる、制度が終われば・誰かが金とともに去れば事業も終わる―そんな循環を繰り返しているようでは、地域の自立からは程遠い。
これでは国見町や亘理町とやっていることは全く変わらない。

制度との正しい距離感

制度や補助金は万能でもなければ、使わなければならない義務があるわけでもない。正しく向き合えば課題解決を支える重要なツールにもなりうる。大切なのは、自分たちの状況に照らしてビジョン・コンテンツからひとつずつ丁寧に「プロジェクト」として構築し、そのときに「ハマるツール」があれば必要十分な範囲に限って取り込んでいくことだ。
下妻市や常総市のように、制度を自分たちの課題解決のプロセスに組み込み、何度もディスカッションやトライアルを繰り返す姿勢こそが重要である。愚直に試行錯誤を重ねることで、制度は「外から与えられたもの」ではなく「自分たちの道具」に変わっていく。

国見町や亘理町は決して他人事ではないし、ワンテーブルのような業者も(程度の差こそあれ)残念ながら数多く存在する。
国の制度や補助金も制度欠陥のものが多いのが現状である。
だからと言って、「騙された・こんなはずでは無かった」と誰かのせいにしてはいけない。
どんなことだろうが、結果的にそれを意思決定してきたのはそのまちでしかない。
「コンサル栄えて地方滅ぶ」笑いごとではないし、あるあるネタになってもいけない。

どんな生き方をしていくのか、それが問われている。

お知らせ

2025年度PPP入門講座

約10年間にわたって毎年定期的に実施してきたPPP入門講座。
本年度も2025年6月27日まで全6回、会場・オンライン合わせて過去最高の533名(終了時)にご参加いただき大変ご好評をいただきました。
全6回(各回_60分×3コマ)にわたって、弊社の基本理念である「現場重視・実践至上主義」に基づいた生々しいリアルな姿を事例を通じて学んでいくものですが、教科書的な「PFI法に基づくPFIとは」「VFMの算定方法」「事業手法比較表」等の話は一切ありません。
最近、類似の「PPP入門編」のセミナー・勉強会があちこちで開かれているようですが、それらとは一線を画す超オリジナリティ溢れたものになっています。
今回は更に内容をブラッシュアップして、能登地震・八潮市の道路陥没事故・Next PPP/PFIや事業パートナー方式なども交えながらPPP/PFIを解説しています。
来年度の開催時まではアーカイブ配信をご覧いただけますので、今からでもぜひお申し込みください。

※詳細はリンク「まちみらい公式HP」をご覧ください。

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2025年1月からまちみらい公式noteは「noteプレミアム」に移行しました。(単純に今まで知らなかっただけ。。。)
noteにコメントも受け付けています。双方向型になっていけるようコメントにはレスを入れていきます。記事の「いいね!」も積極的にお願いします。
また、最下段にあるように「投げ銭」は絶賛募集中ですw

実践!PPP/PFIを成功させる本

2023年11月17日に2冊目の単著「実践!PPP/PFIを成功させる本」が出版されました。「実践に特化した内容・コラム形式・読み切れるボリューム」の書籍となっています。ぜひご購入ください。

PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本

2021年に発売した初の単著。2025年5月現在7刷となっており、多くの方に読んでいただいています。「実践!PPP/PFIを成功させる本」と合わせて読んでいただくとより理解が深まります。

まちみらい案内

まちみらいでは現場重視・実践至上主義を掲げ自治体の公共施設マネジメント、PPP/PFI、自治体経営、まちづくりのサポートや民間事業者のプロジェクト構築支援などを行っています。
現在、2025年度後期以降の業務の見積依頼受付中です。

投げ銭募集中

まちみらい公式note、世の中の流れに乗ってサブスク型や単発の有料化も選択肢となりますが、せっかく多くの方にご覧いただき、様々な反応もいただいてますので、無料をできる限り継続していきたいと思います。
https://www.help-note.com/hc/ja/articles/360009035473-記事をサポートする
そんななかで「投げ銭」については大歓迎ですので、「いいね」と感じていただいたら積極的に「投げ銭」をお願いします。

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