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プロとして生きる──「仲良しクラブ」ではまちは変わらない


真摯な姿勢

ある自治体での出来事

先日、現在お手伝いさせていただいている自治体のアドバイザー業務で、プレゼンした担当者が自分の発言・指摘にブチギレた。
これまでの経験上、そのプロジェクトの方向性を見出すことが難しいことは十分承知しているが、外郭団体との関係を抜本的に見直すことが「これまでの延長線上」から脱却するための必要条件のように感じたので、それをどのようにやっていくのか禅問答のように問うていた。これに対して担当者が「そんなことはわかってるけど難しいから苦労してんだろ、このヤロー!」とか感じたのだろう。
ただ、規模が大きい案件で何十億円ものコストが求められるもの、まちの中心部に位置して点としてでだけなく、エリアとして考えなければいけない重要な案件であることは間違いないので、「真摯な姿勢」で取り組まなくてはいけない。

「敢えて」集まるからこそ

別にこちらとしても、わざわざ場の空気を悪くするためにそのような問いをするわけではない。
・問題の本質はどこにあるのか
・その課題はどれだけ根深いのか
・どれだけ本質に踏み込もうとしているのか
・解決に向けた道が(非合理的なことが山積するなかで)どこにあるのか

必死になって模索していくためには、その場だけを取り繕う・表面的な議論だけでは、ザ・公共施設マネジメントやザ・PPP/PFIの域から脱することなどできるはずもなく、ましてや「そのまちに住んでいない・生活していない」自分がリアルな実態を把握することなどできるはずもない。

だからこそ「敢えて」集まるし、そのなかでこのようなディスカッションを「ガチ」で嫌われようが何しようが徹底的にする。そして、様々な立場・メンタリティ・アイデンティティ・スキルを持つプロが集まるのだから、ときには衝突することや意見の相違が発生することは何の問題もない。
そして、感情が爆発したときに本音、根本的な原因が見えることも少なくない。
この件も、まだ具体的な方向性は見えていないが、当日の夜の懇親会でもいろんな話をすることで本音ベースで話し合える関係を構築できたことが、何よりの今後の力になっていく。

Bon Joviのドキュメンタリー

🎤 Bon Jovi 裏側エピソード:疲弊とすれ違いからの再構築
1. 長期ツアーによる疲弊とメンバー不和
ドキュメンタリーで描かれるのは、過酷なステージツアーの実態。
例えばメキシコ・グアダラハラ公演後には「疲れきった顔で打ち上げるメンバーと、元気なスタッフの差がありすれ違いが生まれた」との証言があり
ツアー疲労と私生活の事情が重なり、メンバー間に忍び寄る緊張感がリアルに映し出されている。
2. ドラマー交代と“フィルX”の加入
リッチー・サンボラ脱退後、ギタリストとしてPhil Xが◎正式加入前に複数公演をサポート。
バンド内で「代替可能性」や「自分のポジション」に関する不安が生じた。
ドキュメンタリーではPhil Xの加入プロセスがサンボラへのメッセージとなり、「自分も必要とされる立場か?」という葛藤が象徴的に描かれる。
3. ジョンの声帯問題とツアー復帰への葛藤
前線復帰を目指すジョンは、2022年に手術を受け声帯の萎縮(vocal fold atrophy)からリハビリ中。
「1夜2時間×週4回のツアー基準を自分で設定している。基準以下ならステージには立たない」と語り、ツアー復帰の判断を真剣に検討していると述べている。
これは、公のパフォーマンスに対する責任と自己評価の厳しさの表れだ。

Chat GPTによるThank You,Goodnightまとめ

少し余談だが、今回の件で思い出したこと。
前にDisney+で見たBON JOVIのドキュメンタリー。表面上は(割と)早く時代の寵児として上り詰め大成功を収めたように見えるBON JOVIも、その裏では数々のメンバー・スタッフ等との衝突や行き違いがあったことが本人たちの口から語られる。特にアレック・ジョン・サッチの脱退や盟友だったはずのリッチーとのやりとり、フィルXの登場による複雑な関係などは、「何を取るのか」と同時に何かを切り捨てなければ前に進めない生々しさが溢れている。

オママゴトではありえない世界

「わかってるけど簡単にはいかない」「過去から今日までに蓄積してきた課題が(全くの原因者でもない)現担当者に押し付けられる」不合理さに押しつぶされそうになりながらも、プロとして・その課題を解決しなければいけないことだとプロとして理解し「何とかしたい」からこそ、その感情が表に出る。
全く悪いことではないし、こうしたことが本当の意味での「喧々諤々の議論」であるはずだ。

一般的なコンサルによる先行事例の劣化コピー、オママゴトの市民ワークショップ、ノーリアリティのオママゴトシミュレーション、現場をやらない学識経験者による空中戦の有識者委員会ではこのような場面に遭遇することはないだろう。
そこに「本物の熱」が宿ることがないから、アウトプットも無機質・無難なものになり、人の匂いのしない単なる税金依存型のハコモノや表面的な「やってます行政」の世界しか生まれない。
それは単なるリソースの無駄遣いでしかないし、そんなことをして機会損失している間に猛烈な勢いで変化する社会のなかでまちが衰退していく。

衝突の必然性

揉めることの回避

今求められているのは「みんなで楽しく話し合うこと」ではない。オママゴトの世界ではワイワイガヤガヤの「その場だけの楽しさ」があるだろうが、その場が終わった瞬間に何も残らない。そんなことで悦に浸っている人たちを最近多く見るが、そのこと、そこから得られた知見で「あなた」「あなたたち」が3次元の世界を何か変えているだろうか。
ガチの現場では衝突が起きるし、対立もある。むしろ、本当に変化を生む現場では、必ずと言っていいほど、強い摩擦や異論が生まれる。
しかし、現在の多くの自治体での会議・政策の政策形成の現場では、その“衝突”こそが避けるべきものとして扱われてしまっている。話が割れるくらいなら決めないほうがいい。揉めるくらいなら動かさないほうがいい。こうしてあらゆる改革が立ち消え、公共施設の老朽化は放置され、地域経済も疲弊していく。

その根底にあるのは、「仲良しクラブ」的な空気である。誰とも対立したくない。全員の合意を得たい。敵をつくりたくない──それは一見“優しさ”のようでいて、実は地域を蝕む最大のリスクである。この点については後述する。

「仲良しクラブ」からの脱却

まちみらいは全国各地でPPP/PFI、公民連携、公共施設再編等の支援に関わってきた。そのなかで、何度もこの“仲良しクラブ”の論理に直面し、(ときには謝罪文を書かされたこともあるがw)立ち向かってきた。衝突を恐れて何も決まらない会議。やる気があっても空回りする職員。覚悟なく途中で離脱する関係者たち。だが同時に、そうした困難を乗り越えて、地域に新たな道筋を切り開いてきた自治体も確かに存在する。

プロとしての覚悟_まちに向き合うこと

「できることから」の本質

「制度がない」「前例がない」「時間がない」「人がいない」自治体現場で聞かれる常套句だ。だが、そう言っている間にも、まちは老朽化し、課題は複雑化し、住民は困っている。その現実を前にしたとき「できることから」と言いながら、何もしない言い訳を探すのか。それとも「だからこそ自分たちがやる」と決断し、動き出すのか。

常総市

常総市の圏央道IC近くの道の駅「常総」整備をめぐっては、最初からすべてが整っていたわけではない。

財政的に厳しく、周囲に観光資源も乏しいなか、またエリア全体の開発事業であるアグリサイエンスバレーの開発の必要条件となっていた道の駅整備にあたって、(赤字上等の道の駅にすることはあり得ないので)職員たちは当時、まだ世の中にそうした言葉すら定着していなかった運営事業者先行決定方式(EOI方式)を持ち込み、想定される売上から逆算して設計・施工していく制度設計を行った。

アグリサイエンスバレー構想を掲げ、民間とともに数々の事業を具現化してきた。開発前に当初500千円/年・31haしかなかった固定資産税は現在300,000千円/年・31haの歳入につながっている。何よりも常総市にも「まちとしての可能性がある」ことを自ら創り上げたことを忘れてはならない。

常総市_RECAMP常総

同様に、水海道あすなろの里の再生では、全国初のトライアル・サウンディングを通じて民間事業者との協業可能性を検証しながら、現在は指定管理者RECAMPによって再生されると同時に、これまで約3,500千円/年のキャッシュアウトしていたキャンプ場から約5,500千円/年の納付金が発生している。
こちらも初回の協議では「ここ(あすなろの里全体)は教育財産で60,000千円/年のキャッシュアウトが発生しているが、何が悪いのか?」と自分に食ってかかるところからスタートした。しかし、何度にもわたって徹底的なディスカッションを繰り返すなかで「どうせ自分たちには」「こんなところに」等のつまらない言い訳をすることなく、自分たちが動いたからこそ見えてきた世界である。

現場の主体性

何か、冒頭のプロセスと通じるものがないだろうか。
これらのプロジェクトに共通しているのは、「誰かがやってくれるのを待つ」のではなく「制度がないなら制度からつくる」「組む相手が見つかりそうにないのなら自分たちから動いて探す」現場の主体性だ。
そしてそれは、決して行政職員だけでは成し得ない。

更にこうしたプロジェクトをまちなかで数多く展開していくためには、地元企業、住民、議会、NPO、農業者、障がい福祉事業者等の多様なプレーヤーが「まちをなんとかしたい」と思い、リソースを持ち寄り、衝突と対話を繰り返しながら、一つずつ試行錯誤することが求められる。

プロフェッショナルな現場

ここにあるのは“プロフェッショナルの現場”である。
専門性があるからプロなのではない。まちと、そこに生きる人びとと、真正面から向き合い、言い訳せず、逃げず、考え抜く、自分たちらしく動きまくる。同時にそれぞれが持つリソースを正々堂々と出し合う、その姿勢がプロなのだ。
そうした現場にこそ希望があると信じているし、そこには当然に様々な主体の(なかにはフリーライドしようとしたり、過剰にリスクヘッジしようとしたりするものも含めて)思惑が絡むこともあるが、そのカオスのなかで「どこかに道を模索」していくうえでは衝突がないことはあり得ない。

「あなたは、このまちに対して、プロとして向き合っているか?」
これは同時に自分に対する戒めでもある。
まちみらいとしても、ちょっとした衝突やトラブルを避けようとするようになったら終わりである。

優しさの皮をかぶった逃避

「事なかれ」の罪

日本の多くの地域に共通するのは、物事を「荒立てない」ことへの過剰な配慮・同調圧力である。誰かの意見を否定しない。波風を立てない。なるべく全員の同意を得る。一見すると民主的に思えるが、その実態は決断を回避し続ける文化であり、それは「失敗の本質」が日本人のDNAに深く蔓延っていることの一端だ。

公共施設・インフラのマネジメント、PPP/PFI等のプロジェクトでも同様だが、旧来型の会議では明確な争点があるはずなのに参加者は遠回しな表現に終始し、互いに譲り合い、何も決まらない・決めない。「反対意見を言ったら関係が悪くなるかもしれない」「職員に負担をかけたくないからこのままでいい」、そうした表面上の“優しさ”が、結果として公共サービスの質を下げ、まちを衰退させている。

優しさの皮を被った逃避

この「優しさの皮をかぶった逃避」は、自治体職員にも、コンサルタントにも、有識者委員会にも広がっている。「やる気がないわけじゃない」「反対しているわけじゃない」と前置きしながら、実際には前に進む決断を誰も下さないし、物事の本質に踏み込もうとしない。

これまでもこうした現場に何度も遭遇してきた。問題の本質を指摘すれば「空気が読めない」「そこから議論すると・・・」と言われる。課題の解決に向けた具体的な方向性・タイムラインを提案すれば「急ぎすぎだ」「もっと丁寧に」「関係者全員の合意を」と非難される。しかし、そうして何年も何十年もやるべきことが先送りにされてきたからこそ、今この国の公共施設・インフラだけでなく「まち」そのものが崩れかけている。

衝突を避けることは「優しさ」ではない。それは現実から目を背ける行為であり、未来の市民・まちへ責任を転嫁することである。「優しくあること」と「プロフェッショナルであること」は相反関係にある場合も多い。厳しいことを言わなければならない場面、あえて対立の火種を受け止めなければならない場面は存在する。

本気でまちを変えようとするなら、「誰にも嫌われない」などという幻想は捨てるべきだ。議論を通じて信頼を深め、衝突のなかからしか本当の共感・厳しい社会経済情勢や与条件のなかでの道筋は見えてこない。むしろ本当にまちを思うなら、ぶつかり合う覚悟を持つことこそが、その第一歩となる。
職員は「みんな・賑わい」などの曖昧な言葉でそれらしく取り繕ったり、オママゴト市民WSで「市民の要望だから」とその場だけのリスクヘッジをする。コンサルは「そこ」に踏み込むと膨大な時間を要する(し、解決に向けたスキルを有さない)ので回避し、学識経験者は事務局の用意したシナリオをなぞることで「穏便に」事を済ませようとし(それがお抱え学者の存在意義)する。評論家はそもそも非合理的な社会での中の生々しいプロセスを考慮することなく「結果」を表層的にそれらしく評価するだけである。

つまり、誰も本質に踏み込もうとしない。
だから「何のためにやるのか≒ビジョン」すら共有されないザ・公共施設マネジメント、ザ・PPP/PFIの巨大なハコモノ≒墓標がまちに量産され続けるのである。

富山市のPPP事業手法検討委員会

こうしたことから現在、(声をかけていただけることは本当に光栄だしありがたいことだが、)有識者委員会は原則として全てお断りしている。(なぜか2件、新規で受けることになった案件があるが、これは先方とのお付き合いの関係で受諾)

一方で数年前から唯一、ずっと残しているのが富山市のPPP事業手法検討委員会である。富山市は国策コンパクトシティに代表されるように、国の政策をある意味でうまく活用していると同時に、これまでも数々のPFI法に基づくPFIを実施している。一方でどうしても「お堅い」行政的な事業が多い状況にあり、事業の構想段階から外部の有識者も入ってプロジェクトの「そもそも論」を問う場として、この事業手法検討委員会が位置付けられている。
もちろんそこには全くシナリオもなければ、「落としどころ」も用意されていない(そんなものがあればすぐに辞任する)。しかも、前述のような「表面的な優しさ」などは一切存在せず、全くこちらからの問いに答えられないようなものについてはゼロベースで突き返す、あるいは全く異なる経済合理性からの意見を委員会としてまとめることもある。
一切の忖度のない「委員会としての意見」がそのまま市長に報告されるのだから、後はどのように判断しようが市としての政策判断、まちとしての生き方の問題なので、非常にこちらとしても参加していて納得感の高いものである。

脱走者

あっという間に人数が・・・

以前お手伝いした熊本県内の「あるまち」(←しばらくしたら実名に入れ替えるかも)では、「まちみらい流」の中核である「敢えて集まる」「ぶつかることも承知」「みんなで考える」という手法を用い、多くの地域プロジェクトを同時並行で検討していた。

事務局が相当に頑張ってくれたおかげで、発足当初は約40人の職員がプロジェクト検討の会議に参加し、公共施設の利活用等の「自らが抱える課題」と「どうしたら解決できそうか」について真剣に議論していた。しかし、時間の経過とともにあっという間にその人数は減り始め、最終的な市長プレゼンに残ったのは10名以下となった(最終的に残ったメンバーはきちんとしたプロジェクトとしてきた)。脱走したメンバーからは表面的には「忙しくなった」等のそれらしい理由が語られたが、本質は別のところにあった。

このプロセスのなかで、
・「何のためにやるのか」のプレゼン資料が整理できない
・自分の思っていた通りにならなかった(≒既存の延長線上が通じなかった)
・他人の正論に耐えられなかった
・建設的な批判にさらされるのが辛かった
・「自分がやること」のプレッシャーに耐えられなかった
(それぞれの人に聞いたわけではないが、雰囲気から察するに)そうした理由で、静かに現場から離れていく人が続出した。もちろん、これをマネジメントするのが本来、自分の仕事であることは間違いない。プロとしてマネジメントできなかった自分への戒めも込めて記しておく。

何から逃げたのか?

こうした離脱は単なる職員メンバーの離脱ではない。オフィシャルな場で「目の前にある課題を解決していく」プロセスからの脱落であり、まちの未来から目を逸らす選択でしかない。それぞれが持ってきたプロジェクトは、事務分掌として「自分がやらなければいけない」ものであり、そこから脱走すること自体、プロとして大きな問題を抱えている。(この場でやるのが不服だったら、別の方法論でそれ以上の結果を、それ以上のスピードで出すことが最低条件のはずだ。)

逃げてしまったのは単なる「ディスカッションの場」ではなく、まち、そして自分の職務・職責からである。

このまちのこうした姿勢を象徴するのが、給食センターで発生した異物混入への対応だ。地元の新聞社にスッパ抜かれるまでHPへの公表等の具体的な動きは何もせず、こちらから「すぐに事実を公表すべきだ」と散々促した末にやっと記者会見を実施したが「5年後をめどに給食センターを建て直す、それまでは混ぜご飯禁止」という信じられない他人事の内容であった。
このような事態が発生すること自体も問題だが、それ以上に問われるべきは「それを経験知」として「どうリアクションするか」である。
「他のプロジェクトを全て先送りしてでも給食センターを早期に整備する」、「他の安全な給食センター(または民間)から暫定的に給食を調達・配送する」こと等の選択肢は頭をよぎらなかったのだろうか。

このようにディスカッションの場・問題の本質から静かにフェードアウトして“脱走”すること・そうした姿勢、思考回路・行動原理で、確実にまちの未来が奪われていく。困難な状況にあることは明白だし、何かを変えることに相当の労力が必要になることも間違いない。
プロとして生きることは、困難から逃げないことだ。うまくいかないこと、非難されること、うまく説明できないこと、それでも「今ここに向き合う」と言えるか。

各地の愚直なプロセス

宮崎市_檍地区交流センター

檍地区にある築50年以上の老朽化した檍地区交流センターの再整備。
当初は単なる点としての建て替えをベースに検討されており、「誰が何をするのか」、「そもそも公民館とは何か」等は考えられておらず、事業手法比較表・VFMといったザ・PPP/PFIの定型的な検討がなされていた。また、諸室の面積等を議論の対象にもしていたので、上記のような問いをこちらから何度も投げかけた。

宮崎市の業務がはじまった当初からの案件であり、市としてもまだこのような「敢えて集まる」方式に慣れていなかったことも影響して、最初の頃ははっきりいって論点すら噛み合わないような状況であった。
しかし、担当者が「公民館がどのように生まれてきたのか」といった歴史的な経緯をきちんと調査したり、公民連携推進会議とは別に自分たちで自主的に集まり、何度も何度も徹底的なディスカッションを繰り返した(このときの資料も提示されたが、あまりにもカオスすぎて正直、意図や意味を理解するには至らなかったが、十分にもがいている・試行錯誤していることは伝わった)。
全体会議の終了後も何回か「居残り」での個別協議を行い、そこでも思ったようには進まず決して順風満帆ではなかった。彼らの心のなかにも「もどかしさ・静かな反発」なども相当にあったことだとは思う。

しかし、こうしたことを諦めず続けたことによって、いつの間にか「運営事業者が鍵を握ること」「事業手法が重要なことではないこと」等が見えてきて、サウンディングも候補になりうる運営事業者を中心に実施していき、最終的には全くコンサル等に依存することなく、O中心のDBO方式の公募関連資料を自分たちで作成した。現在は優先交渉権者を選定し、その詳細協議も自ら行なっている。
それだけでなく、現在ではこの関係者が公民連携推進会議のディスカッションでも先行する実施者として、他課のプロジェクトに対して現場・経験知に基づいたアドバイスを送っている。

こうした動きは、単なる行政改革ではなく「行政が変わる覚悟・決断・行動」を示すものであった。制度がないこと・うまく進まないことを理由に止まるのではなくどこかに道を探して知恵を出し合い、手を動かし続ける。自らの手でコントロール可能なように全体を構成していく。それこそが、“現場の専門性”であり“プロとしての矜持”である。

藤沢市_OUR Project

藤沢市における市民会館再整備のプロセスは、行政が「言葉を持つ」ことの困難さと、それを乗り越えたときの力強さを象徴している。

再整備の対象となったのは、老朽化が進んだ藤沢市民会館。市の中心部に位置し、長年にわたり地域の文化・交流の拠点となってきた施設であるが、老朽化・機能性の観点から再整備が必要不可欠な状況にあった。これだけでなく藤沢駅周辺にある16の公共施設を藤沢市民会館が位置する奥田公園エリア(※市民会館は奥田公園内ではない)に集約し、それらの複合化による多様なコンテンツを展開することを目指していた。
こちらでも関係者が一堂に集い、地獄の缶詰作業・徹底的なディスカッションによって検討することになったが、議論はすぐには進まなかった。

最初の壁は「ビジョンが描けないこと」だった。
どんな場にしたいのか。誰のために、何を目的に、どのような使われ方を想定するのか。言葉にすれば簡単に見える問いが、現場では“言葉にならない”まま、何度も会議を空転させた。これまでの利用方法、既存の運営事業者(外郭団体)との関係、部局間の立場の違い、市民ニーズの多様性、財政制約、老朽化の進行等、複雑な要素が輻輳的に絡まり合うなかで、誰も確かな未来像を提示できなかった。

その一方で、一刻も早く市民会館を中心とした「負債の資産化・まちの再編・まちの新陳代謝」をしていかなければいけないので、「ビジョンが描けない」ではいけない。参加した職員もそうしたことを十分認識していたからこそ、苛立つし焦りが募る、“決断の空白”が彼らを静かに追い詰めていった。
ビジョンがうまく描けず、時間だけが過ぎていたある日、事務局を中心としたメンバーから「こんなやり方で本当にできるのか?」といった怒りの爆発にも似た声が発せられた。
検討を一度中断し、こちらが提示した検討シートが今後のサウンディング実施要領
、営業先、公募の際の要求水準書等にどうハマっていくのか、現在はどこの部分までのパーツができていて、何ができていないのか等を丁寧に説明し直した。
これに加え、ビジョンさえ定まってしまえば、「この先はビジョンをブレイクダウンしていくことで芋づる式にいろんなものが決まってくる」ことも改めて共有して検討作業を再開するに至った。

「ビジョンは外注できない・してはいけない」ことを、これだけの労力・時間を使いながら、「仲良しクラブ」とは異なるプロとしてのときにはギスギスした議論を通じて体感した。
総事業費もイニシャルだけで簡単に3桁いくようなビッグプロジェクトであるが、自分たちで市民説明会・業者対象の説明会等も実施するとともに、要求水準書も自らコンサルに依存せず作成し、運営事業者と設計事務所を先行決定する方式で公募し、現在は優先交渉権者との詳細協議に入っている。

最終的にプロジェクトのあり方を定義し、優先順位をつけ、リスクを説明し、市民の理解を得るのは、行政自身の役割である。いくらコンサルがそれらしい基本計画・要求水準書をつくっても、それを語る言葉を持たない行政が説明しても、他人行儀になってしまうし、それが良いプロジェクトになることはない。

このプロセスを通じて、職員たちは「言葉を持つ行政」へと進化した。たとえ完全な計画・キャッチーなフレーズのビジョンでなかったとしても、自らの言葉でまちの未来を語ることのできる価値は、数値化できないが極めて大きいし、本来当たり前にやるべきことでしかない。
その前提にあるのは、様々な立場・思いの違い等に基づく衝突を乗り越え、諦めずに「自分たちらしく・どこかに収斂」していくことである。

そういえば、自分にゆかりのある自治体での相談を受けた際、何度も関係者とともに徹底的にディスカッションしたり、職員研修等によって現在の職員全体のモチベーション・まちとのリンク状況を把握していった。
それらの結果をベースに市長に対して「そのプロジェクトの実施方針や具体的な将来像のイメージ、民間側のプレーヤーの組成」等をプレゼンしたが、こちらから提示した「委託料が高すぎる」との理由で却下されたことがある(もちろん、まちみらい流の委託料なので他のコンサルと比較すれば法外なほど安い価格で提示w)。

それぞれのまちの生き方なので、特にそれ以上の思いはないが、そんなところでケチって後で大きな負債を負うのはあまりにももったいないように思う。

“プロ”とは何か

逃げずに最後まで向き合う

ここまで紹介してきた各地の事例は、それぞれ異なる状況、異なる課題を抱えている。しかし、共通していたのは「プロとしての姿勢」が問われる場面で、逃げずに踏みとどまった人たちがいたことである(一方で、そこから逃げてしまったまちには、残念ながらプロジェクトを構築していくことは難しい)。

“プロ”とは何か、理屈や資格ではない。肩書きや職位でもない。最後まで現場に立ち続け、問い続け、やり切ろうとするかどうか、更にはそれを(常に現在進行中にはなるが)結果として見せていくことである。
対立はある、衝突もある、自分の思うようにいかないことの方が多い、非合理的な社会では正論が通らないこともある。(なぜかステークホルダーでもなんでもない)周囲から批判されることもある。それでも、そこから目を逸らさず、「では、どうすればいいか」と考え続け、動き続け、三次元のまちへ還元していく。それが、“プロフェッショナリズム”の本質だ。

“仲良しクラブ”では、ここまで辿り着くことはできない。お互いに気を遣い、波風を立てないようにし、あいまいな合意を大切にし続けると、最後は「何も決まらなかった」「時代が悪かった」「〇〇さんには逆らえないし」等の情けない言い訳で終わってしまう。

衝突は怖い。嫌われたくない。責任を負いたくない。心の片隅では誰しもそう思う。しかし、プロとして本当に求められているのは「覚悟・決断・行動」である。これはテクニカルなことではない。

無駄なケンカをする必要はないが

「仲が良いこと」は悪いことではないし、用もないのにケンカをふっかけたり、あいつは・・・とわざわざ険悪な空気を作ることもない。
なかには「自分は(自分の時間・金等を使って)勉強してわかっているのに周りがアホだから」と嘆いている人も多いが、周りを巻き込めないあなたも残念だが同等でしかないことを忘れてはいけない。

“仲良しクラブ”でなぁなぁでやっていては、現在の猛烈に早く推移する社会経済情勢のなかでは、あっという間にまちが衰退してしまう。決して冷たい排除の論理ではなく、むしろ、誰もが「意見を持ち寄り、ぶつけ合い、よりよい答えをつくる」ためにこそ、ぬるま湯の合意や表面的な調和から脱しなければならない。
これまで伴走してきたプロセスは、いつも「順風満帆」だったわけではなく、議論が白熱しすぎて頓挫しかけたこともあるし、関係者が途中で離脱したこともある。埼玉県内の自治体のサポートでは空中分解してしまったことすらある。

それでも、なんとかしていかなければいけない。
「今できることをしなければ将来がなくなってしまうから」である。

改めて「クリエイティブ」

アウトプットがキラキラしているプロジェクトも最近は全国各地で行われている。
本当のクリエイティビティってどこにあるのか。

例えば包括施設管理業務なんて、アウトプットは全然キラキラしていない。しかし、包括をやるにあたっては、今までの庁内だったらなかなか合意が取れなかったマネジメントフィー等を、誰かが何かの工夫をして、あるいは何かの論理を使ってイエスと言わせている。そのなようなことは「誰か」がやっている。そこにこそ本物のクリエイティビティがあるし、それが有るからこそ行政の職員の人たちは存在意義がある。

だから1個だけ厳しい表現をしておくが、民間事業者や市民、少なくとも自分は、行政の職員のクリエイティビティにかけて一生懸命働いて得た利益の一部を税金として納めている。
決して行政の職員の人たちを養うために働いているわけではない。
もし万が一、「それでも自分にはそこまで無理だな」「俺そこまでやりたくない」「他の職員・議員・市民・地元業者等と揉めたくない」と心の片隅でも持ってる人、いないと信じたいが、そんなことを思うような人がいるのだったら、今すぐに公務員を辞めて欲しい。他の人に譲ってあげてほしい。

なぜ自分は行政の職員たちのクリエイティビティを信じているか。
これまで自分が体験してきた事例、世の中で行われている様々なプロジェクトは絵空事でも何でもなくて、それぞれのまちが、行政の職員と民間のプレーヤーの方々が一緒になって、実際に作り上げているからだ。
それはどんなに小さなまちだろうが状況が苦しかろうが、必ずできる道があるはず。それを探ること・諦めるような人たちにはやっぱり未来はないだろうと思いますし、衝突することすら拒否するようでは未来もクリエイティビティも存在し得ないはずだ。

「で、あなたはどう動くのか?」「自分もどう動くか?」
人に問い続けると同時に、自分にも問い続ける。

お知らせ

2025年度PPP入門講座

約10年間にわたって毎年定期的に実施してきたPPP入門講座。
本年度も2025年6月27日まで全6回、会場・オンライン合わせて過去最高の533名(終了時)にご参加いただき大変ご好評をいただきました。

全6回(各回_60分×3コマ)にわたって、弊社の基本理念である「現場重視・実践至上主義」に基づいた生々しいリアルな姿を事例を通じて学んでいくものですが、教科書的な「PFI法に基づくPFIとは」「VFMの算定方法」「事業手法比較表」等の話は一切ありません。
最近、類似の「PPP入門編」のセミナー・勉強会があちこちで開かれているようですが、それらとは一線を画す超オリジナリティ溢れたものになっています。

今回は更に内容をブラッシュアップして、能登地震・八潮市の道路陥没事故・Next PPP/PFIや事業パートナー方式なども交えながらPPP/PFIを解説しています。

来年度の開催時まではアーカイブ配信をご覧いただけますので、今からでもぜひお申し込みください。

※詳細はリンク「まちみらい公式HP」をご覧ください。

noteプレミアムへの移行

2025年1月からまちみらい公式noteは「noteプレミアム」に移行しました。(単純に今まで知らなかっただけ。。。)
noteにコメントも受け付けています。双方向型になっていけるようコメントにはレスを入れていきます。記事の「いいね!」も積極的にお願いします。
また、最下段にあるように「投げ銭」は絶賛募集中ですw

実践!PPP/PFIを成功させる本

2023年11月17日に2冊目の単著「実践!PPP/PFIを成功させる本」が出版されました。「実践に特化した内容・コラム形式・読み切れるボリューム」の書籍となっています。ぜひご購入ください。

PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本

2021年に発売した初の単著。2025年5月現在7刷となっており、多くの方に読んでいただいています。「実践!PPP/PFIを成功させる本」と合わせて読んでいただくとより理解が深まります。

まちみらい案内


まちみらいでは現場重視・実践至上主義を掲げ自治体の公共施設マネジメント、PPP/PFI、自治体経営、まちづくりのサポートや民間事業者のプロジェクト構築支援などを行っています。
現在、2025年度後期以降の業務の見積依頼受付中です。

投げ銭募集中

まちみらい公式note、世の中の流れに乗ってサブスク型や単発の有料化も選択肢となりますが、せっかく多くの方にご覧いただき、様々な反応もいただいてますので、無料をできる限り継続していきたいと思います。
https://www.help-note.com/hc/ja/articles/360009035473-記事をサポートする
そんななかで「投げ銭」については大歓迎ですので、「いいね」と感じていただいたら積極的に「投げ銭」をお願いします。



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