「大江戸マフラー伝」~マフラーの起源?
この記事は完全にフィクションです。
実在の人物・団体・書物とは何の関係もありません。
「マフラー健康法」とは何か。
それは――
家の中でも、マフラーを巻く。
ただ、それだけの健康法である。
たったそれだけのはずだった。
ところが、このシンプルすぎる健康法は、
いつの間にか、ベストセラーになり、
いつの間にか、政党ができた。
その頃にはもう、きのころの手を離れていた。
ついには「マフラー健康法案」が成立するに至り、
たとえ家の中においても、マフラーをしないことは
法令違反として厳しく取り締まられることになった。
さて、そんな中。
きのころの手元に、不思議なアンティークドールが届いた。

気弱で、ヘタレで、事なかれ主義のきのころに、
「巻き返し」などという選択肢はない。
きのころが選んだのは、「巻き戻し」だった。
ドールの「巻き戻し」というネジを回すと、
ものすごい勢いで、世界は逆再生を始めた。
気がつくと、周りには土しかない。
どう考えても、戻り過ぎである。
遠くで声がした。
その声はだんだんと大きくなっていく。
彼らの姿を視界にとらえた瞬間——
きのころは、走っていた。

理由は分からない。
だが、追われている。
走っているうちに、
巻いていたマフラーがほどけた。
「しまった…!」
マフラーが首からすべり落ちる。
拾う余裕はなかった。
背後で、誰かが拾い上げたようだ。
きのころは、懐に手を突っ込んだ。
アンティークドール。
きのころは、背中のネジを、
今度は逆に、巻いた。
巻き戻しの巻き戻し。
世界が、ものすごい勢いで再生される。
景色が流れ、
土が道に変わった。
きのころは、
首元の寒さとともに、
町の片隅に立っていた。
着物。
草履。
提灯。
時代劇で見たことがある。
——江戸だった。
しかし、違和感があった。
全員、何かを巻いている。

あれは——マフラー!?
巻いていないのは、きのころだけだった。
とある店に、浮世絵が並んでいる。

東洲斎写楽の代表作だ。
首には、粋な緑のマフラー。
店の壁には、「御用手配書」が貼ってある。

鼠小僧次郎吉。
ねずみ色のマフラーを巻いている。
そして、鳥山石燕の妖怪絵——

ぬらりひょんまで、ピンクのマフラーを巻いて、
やさしい気持ちになっていた。
「これは一体…!?」
きのころがつぶやいたそのとき——!
突然、あたりに響き渡る大きな声がした。
「火付盗賊首元改
長谷川平蔵である!」

「寒中首元不心得之罪で引っ捕らえる!
神妙にせい!!」
「お、鬼平…!」
何のことかわからないまま、
きのころは、牢屋に連行された。
牢の中は、思った以上に寒かった。
石の床から、
冷えがじわじわと上がってくる。
——何より、首だ。
マフラーを巻かない首元から冷気が入り込む。
「マフラー健康法の提唱者が、
寒さに震えながら獄中死するのか…」
きのころの特技は妄想である。
「マッチ売りの少女」のごとく、
妄想に火をつけて、暖を取ることができないか。
とりあえず、熱いコーヒーを!
コーヒーといえば、当然、フチ子さん。
そこで、きのころは、
「お江戸のフチ子さん七変化」を考えることにした。
江戸だから、フチ子より、おフチの方がいいかな。
どうでもいいところに、こだわりを見せる。
——きのころの悪い癖である。
お江戸のおフチ七変化
それじゃ、さっそく、町娘から。どうぞ!
①町娘のおフチ

なんか、梅が咲いて、
ほんとに春が来たみたいです…
次は、武家の娘にしましょうか。
「ばけばけ」で、ブシムスメとか言ってましたよね…
②武家娘のおフチ

これはすごい!
おフチちゃん、本気ですね!!
次は、おだんご屋の看板娘。
③団子茶屋のおフチ

これ、絶対、ぜんぶ自分で食べる気ですよね。
コーヒーのおかわりも用意してるし。
せっかく江戸に来たんだから、忍者が見たいです。
④くノ一のおフチ

これは、いい精神統一!
コーヒーの香りを楽しんでますね。
次。「べらぼう」で見た花魁道中、いってみましょう。
⑤花魁のおフチ

こんな感じでしたよね。
一瞬、瀬川かと思っちゃいました。
次。舞妓Haaaan!!!
⑥舞妓のおフチ

舞ってますねー。
履物は脱がないんでしょうか?
最後は、芸者さんを呼んで、にぎやかに!
⑦芸者のおフチ

にぎやかですね!
華やかですね!
以上で、「お江戸のおフチ七変化」、終了です!
牢屋からお届けしました!!
——さて。
妄想は捗ったものの。
実際には、これっぽっちも暖かくならず、
コーヒーは一滴も飲めなかった。
疲れたよ。
なんだかとても眠いんだ……
パトラッシュ……
突然、牢の戸が開いた。
「出ろ!」
理由は告げられなかった。
だが、処刑でも釈放でもなさそうな顔つきだ。
目隠しをされ、移動する。
着いた先は——
江戸城だった。
広間には、大勢の人がいた。
その中央に、将軍が立っていた。
「面を上げよ」
きのころは顔を上げた。

「マ、マフケン…」
将軍は、しばらく何も言わず、
ただ、こちらを見ていた。
「……似ておるな」
何に、とは言わなかった。
「そなた、
なぜ首元を巻いておらぬ」
答えに困った。
将軍は続けた。
「この国にはな、
首巻養生教 という教えがある」
初めて聞く名前だった。
「はるか昔のことだ。
まだ世に、文字もなかった頃――」
将軍は、淡々と語った。
「一人の者が現れた。
首に、見たこともない布を巻き、
人々の前に立った」
きのころは、黙って聞いていた。
「その姿を見た者たちは悟った。
首を温めることは、生きることだ、と」
将軍は、少しだけ笑った。
「その者は、布を残し、姿を消した」
きのころは、いやな汗をかいていた。
「大昔の人は、その者をかたどって、
土偶を作った」

「また、神仏と崇めて、ありがたい絵を残した者もいる」

「首元の教えは、巻物として残された」

きのころは、声を絞り出した。
「ま、巻物…!?」
「左様。
以来、その教えは受け継がれ、
やがて法となった」
将軍は言った。
「首元憐れみの令、である」
沈黙。
「そなたが犯したのは、
寒中首元不心得之罪。
本来なら、打首獄門じゃ」
「そそそそ、そんな大罪!?」
「守るべき首を、守れておらぬからな」
将軍は、手元に置かれた箱を取り上げた。
中には、アンティークドールが入っていた。
牢に入る前に、取り上げられていたものである。

「だがな」
将軍は、こちらを見た。
「この人形を見て、わしは思った。
神が、戻ってきたのではないか、と」
きのころは、何も言えなかった。
将軍は箱を閉じ、それを差し出した。
「そなたが、神であるかどうかはわからぬ。
だが――
この人形は、そなたのものであろう?」
きのころは、頭を下げて受け取った。
将軍は、最後にこう言った。
「そなた、首は寒くないのか?」
きのころは、うなだれた。
「寒いです…
安西先生。 マフラーが巻きたいです…」
きのころにとって、
首巻養生教や首元憐れみの令は、
もはや、どうでも良かった。
ただ、ただ、落としたマフラーを取りに行きたかった。
それは、
一本のマフラーから始まった。
そして――
落としたものは、
取りに行くしかない。
巻き戻し、再び!

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to be continued…?
なんのはなしです過
「なんのはなしですか」週間、完走しました。
やりきりました!
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