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あの日の夕陽と観覧車|毎週ショートショートnote|未練配達員

未練管理局は、世の中に蓄積する未練を回収し、分類し、
必要な相手へ届ける役所である。

昔は配達員が革の鞄を下げて歩いたらしいが、
今はオンライン化され、未練はすべて端末で処理される。

言い残し系、返却系、選択系。
ほとんどの未練には分類がつく。

その日、私は初めて【第九種:分類不能】を見つけた。

画面に映ったのは、取り壊される直前の遊園地だった。

壊れかけたゲート、色あせたベンチ、誰もいない売店。

そこにあったすべてのものが、
もう一度だけ、思い出されるのを待っていた。

私は宛先欄に入力した。

「夕陽ヶ丘遊園地を訪れたすべての人」

配信完了。

翌朝、SNSに、昔を懐かしむ声があふれた。

涙が出た。
写真を見直した。
母から電話があった。

私のスマホにも、一通のメールが届いていた。

差出人は、
「あなたが忘れていた、あの日の観覧車」――

宛先は、私だった。

名前すら忘れていた遊園地。
幼い頃、家族で乗った観覧車。

その光景が、感情が、私の脳内に広がっていた。

(410字)

『あの日の夕陽と観覧車』<了>
 


 
【お知らせ】

この後、「短編小説版」も同時に掲載しています。
 


未練管理局のゆるキャラ

お役所のイメージアップを担うマスコットとして、
こんなゆるキャラがいるかもしれません(笑)。

「みれーん」「みれんぬ」

田原にかさんの「毎週ショートショートnote」
16回目の投稿です。

今回のお題は、
「未練配達員」でした。

前回はアイデア出しに、めちゃくちゃ苦労しましたが、
今回は割とすんなり、未来の役所「未練管理局」で、
未練をオンライン管理しているイメージが浮かびました。

物語の設定を考えている間、
ずっと頭に流れていた名曲と名言があります。

まず、名曲です。

私の神セブンの一人、桑田佳祐さん。

私が、初めて買ったサザンオールスターズのアルバムが、
『KAMAKURA』でした。

そこに収められた名曲が、
『夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド』

「遠く離れて High-school」で始まる歌詞は、
遠くなった高校生活への郷愁を歌ってはいますが、
それに限定されるものではありません。

誰もが持っている帰らない日々への思いを歌った、
普遍的な名曲だと思います。

「あの日々は もう帰らない
 幻に染まる」

私にとって、強烈に夕陽を思い出させるこの曲には、
ラストに『悲しみはメリーゴーランド』という
別の曲のインストが使われています。

この、「夕陽」と「メリーゴーランド」が、
夕陽の遊園地のイメージの元になりました。
 

夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド [2024 Remaster]
サザンオールスターズ


次に、名言です。

ミステリ小説『すべてがFになる』(森博嗣)の中に、
こんな一節があります。

少し長いですが、引用させてください。

「思い出と記憶って、どこが違うか知っている?」
犀川は煙草を消しながら言った。
「思い出は良いことばかり、記憶は嫌なことばかりだわ」
「そんなことはないよ。嫌な思い出も、美しい記憶もある」
「じゃあ、何です?」
「思い出は全部記憶しているけどね、
 記憶は全部は思い出せないんだ」

『すべてがFになる』(森博嗣)より引用

私が好きなのは、最後の2行です。

「え?どういうこと!?」って、考えちゃいますよね。
煙に巻かれた感じが心地よい、深みのある名言です。

ちょっと立ち止まって、味わってみてください。


「未練管理局」のデジタル技術のイメージに、
名曲と名言からのインスパイア。

それらを合わせてできたのが、今回の作品です。

書き進めたら、ショートショートの世界を補完する、
ちょっといい感じの短編小説ができあがりました(笑)。

以前、『紙展開』のときも、掟破りのおまけとして、
「短編小説」をあわせて投稿したことがあります。

今回も「短編小説版」を丸ごと掲載します。
引き続き、お楽しみください。
 


<おまけ>短編小説版
『あの日の夕陽と観覧車』

未練管理局の仕事は、世の中にあふれる未練を
回収し、分類し、必要な相手に届けることだ。

「ごめん」と謝れなかった未練。
「ありがとう」と言えなかった未練。

返せなかったハンカチ。
渡せなかった手紙。
選ばなかった人生。

そういう、行き場をなくした感情は念として蓄積し、
放っておくと、あちこちで小さな不具合を起こす。

かつて、未練配達員は、革の鞄を下げて、
封筒や小包に収めた未練を直接届けていたらしい。

だが、今は違う。

未練管理局はオンライン化された。

未練はすべてデータ化され、クラウド上の保管庫に収められている。

未練配達員は、管理局の端末で未練の内容を確認し、
宛先情報を照合し、配達処理を行う。

メールによって送られる未練は、
届いた先で、さまざまな形で実体化する。

ある人の夢の中に、手紙が届く。
古い曲を聴いた瞬間、忘れていた声がよみがえる。
何気なく開いた地図アプリが、昔よく行った場所を表示する。

それが、現代の未練配達だ。

画面に表示される未練には、それぞれ分類タグがついている。

【第一種:言い残し系】
言えなかった感謝、謝罪、告白など。

【第二種:返却系】
返せなかった物、預かったままになっている気持ちなど。

【第三種:選択系】
あのとき別の道を選んでいれば、という人生の分岐に関するもの。

その他、中断系や喪失系などがあり、
ごくまれに現れるのが、【第九種:分類不能】だった。

いくつもの感情が絡み合い、通常の分類では受け止めきれないもの。

私は入局して7年目だったが、第九種を見たことは一度もなかった。

——その日までは。

端末の一覧を確認していると、
画面の隅に見慣れないタグが表示された。

【第九種:分類不能】

思わず、背筋が伸びた。

端末には、【要確認】の文字が表示されている。

私は案件を開いた。

スピーカーから、かすかな音が流れる。

陽気なのに、どこか物悲しいメロディー。
軋むような機械音。
子どもの笑い声。

画面には、夕陽に照らされた遊園地が映っていた。

明かりの消えた売店。
誰もいない遊歩道に、色あせたベンチ。

そして、壊れかけたゲートに、
かすれた文字で名前が書かれていた。

「夕陽ヶ丘遊園地」

資料によれば、20年前に閉園し、10年前に取り壊された、
小さな遊園地だった。

跡地には、今は大型物流センターが建っている。

なぜ、遊園地が第九種として登録されたのか。

理由は、すぐにわかった。

画面の中で、いくつもの念が重なっていた。

雨の日も走り続けたジェットコースター。
誰も乗せずに回り続けたメリーゴーランド。
夜になると明るく輝いていた星の形の電球。

そこにあったすべてのものが、
もう一度だけ、思い出されるのを待っていた。

それは、ひとつの遊園地そのものが抱えた未練だった。

私は送信画面を開いて——少し迷った。

この未練は、誰に届けるべきなのだろう。

未練配達は、心に残った未処理の感情を、
必要な場所へ届ける仕事だ。

では、この遊園地の未練を必要としているのは誰か。

しばらく考えて、私は宛先欄に入力した。

「夕陽ヶ丘遊園地を訪れたすべての人」

私は、送信ボタンを押した。

その夜、町のあちこちで小さなことが起きた。

タンスから、星形の入場券が見つかった。
80代の女性が、ひ孫にパレードの話をした。
会社帰りの男が、急にポップコーンを食べたくなった。

翌朝、SNSでは、昔を懐かしむ投稿が止まらなかった。

「涙が出た」
「写真を見直した」
「母から電話があった」

町中で、電車の中で、人々の口から出てくるのは、
同じ遊園地の名前。

「夕陽ヶ丘遊園地って覚えてる?」
「子どものころ行った気がする」
「あそこ、もうないんだよね」

——それだけだった。

奇跡が起きたわけではない。
遊園地が復活したわけでもない。
誰かの人生が劇的に変わったわけでもない。

ただ、消えたはずの場所が、
その日だけ、人々の会話の中に戻ってきた。

そして、私のスマホにも、一通のメールが届いていた。

差出人は、
「あなたが忘れていた、あの日の観覧車」――

宛先は、私だった。

メールを開いた瞬間、胸の奥が小さく震えた。

知っている。

私は、この場所を知っている。

記憶の奥から、両親の姿が浮かび上がった。

大きすぎる入場券。
夕陽を見下ろす観覧車。
窓の外に広がる町の灯り。

そして、誰かの声。

「大きくなったら、また来ようね」

そんな記憶は、今まで一度も思い出したことがなかった。
その瞬間まで、名前すら忘れていたのに。

けれど、それは、確かに私の中にあった。

押し入れの奥にしまい込まれた古いアルバムのように、
ただ開かれていなかっただけで。

翌日の仕事帰り、私は夕陽ヶ丘遊園地の跡地へ向かった。

地図アプリが示した場所には、巨大な物流センターが建っていた。

トラックが出入りし、作業灯が白く光る。
そこに遊園地の面影は何ひとつ残っていなかった。

それでも私は、フェンスの前で立ち止まった。

目を閉じると、どこか遠くでメロディーが鳴った。

「大きくなったら、また来ようね」

あの声が、もう一度聞こえた。

私はフェンス越しに、今はない遊園地に声をかけた。

「遅くなって、ごめん」

夕陽が、物流センターの壁を赤く染めていた。
一瞬だけ、その壁の向こうに、観覧車の影が見えた気がした。

次の瞬間には、もう何もなかった。

けれど、私の胸の奥で、
古い観覧車がゆっくりと動き出した。

夕陽に染まったゴンドラ。
幼い私は、窓に額をつけていた。

隣で母が笑い、父が「また来ような」と言った。
私は、今さらのように小さくうなずいた。

もう行くことはできない。
もう乗ることもできない。

それでも、あの日の観覧車は、
確かに私の中で一周した。

(2,255字)

短編小説版『あの日の夕陽と観覧車』<了>


<お知らせ>

私のショートショート作品『失われた星座を求めて』が、
「たらはセレクション」に選ばれました!

空の裂け目とソーセージの裂け目のイメージがいいですね!
本当にあった出来事なんじゃないかと思いました!

田原にか さん 評

ありがとうございます!

この通知を受け取ったとき、ソーセージ座について、
もっと長いバージョンを書いている真っ最中でした。
すごいタイミングでの嬉しいニュースとなりました。


本日は以上です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。

<お知らせ>

ソーセージ座流星群のロングバージョン、できました!

#毎週ショートショートnote
#未練配達員




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