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氷河期世代AD、テレビの片隅で。#1「ディレクターへの夢と殴られる日々」

【あらすじ】

※僕の実話を元にした話です。

東北の田舎町から上京した。

就職氷河期。
テレビがまだギラギラしていた時代、
僕はバイトのADになった。

怒鳴られる。
殴られる。
BB弾が飛んでくる。

給料は15万円。
ロケで余った弁当を冷凍して食べ、
消費者金融で借金しながら、
歌舞伎町と編集室を行き来する毎日。

それでも、
「元気が出るテレビ」に憧れた僕は、
テレビの世界を嫌いになれなかった。

佐久間さんでもない、
マッコイさんでもない、
テレビの片隅にいた普通の人、
名もなきディレクターの僕。

友達の死。
震災。
家族。

これは、
実話をもとにした、
今もテレビの現場で働く、氷河期世代ADの、
少し笑えて、少し苦しい青春の記録です。


#1 


二十五年前のテレビ業界では、よく人が殴られていた。

今こんなことを書くと、
「昭和の話ですか」と言われそうだけど、
本当に殴られていた。

しかも、わりとどうでもいい理由で。

その日、僕が殴られた理由は、
車が目の前になかったからだった。

都内の雑居ビルの駐車場。

湿ったコンクリートの匂いと、
誰かの吸っていたセブンスターの煙。

ロケの日だった。

それは
昔も今も絶大な人気を誇る大物芸人の番組だった。

僕は20代のADで、
出向先の制作会社の社長、田中に付いていた。

田中は、
その芸人の前では異常に腰が低い人だった。
手下、金魚のフン、そんな感じ。

たぶん、前世はその芸人の付き人かなにかだったんだと思う。

そのくせADにはめっぽう強かった。

特に、反撃してこなそうな人間を見つける能力に長けていた。

見た目は“デスノートの死神”に
そっくりだった。


その日、ビル前の道は狭かった。

ロケバスを停めると邪魔になると思った僕は、
少し離れた大通りで待機させていた。

駐車場に降りてきたタイミングで、
すぐ車を回せばいいと思ったのだ。

でも、それがダメだった。

「なんで車が来てへんねん!」

いきなり殴られた。

しかも、だいたい左目ばかり。

なにか左目に恨みでもあるのかと思うくらい、
左だけを狙って殴られた。

「すいません」

殴られる。

「すいません」

また殴られる。

駐車場にはスタッフが何人もいたけど、
誰も止めなかった。

みんな、
「あー始まった」
みたいな顔をしていた。

たぶん当時、
ADというのは人間と備品の中間くらいの扱いだったんだと思う。

僕は殴られながら思った。

“親父にもぶたれた事ないのに”。。。

すると後ろから、
その大物芸人が言った。

「すぐ来るやろ。そんな怒らんでもええやん」

その一言で、
リューク田中の拳が止まった。

さっきまで僕を殴っていた人とは思えないくらい、
急に小さくなった。

テレビでは怖いイメージもあったけれど、
現場では意外と優しいところのある人だった。

少なくとも、
田中よりはずっと人間だった。


次の日、
僕は病院へ行った。

医師には、
「転んだ」と言った。

すると年配の先生が、
カルテを書きながら静かに言った。

「もし殴られたなら、診断書も出せますよ」

「警察に相談することもできます」

でも僕は、
「大丈夫です」と答えた。

警察に行くなんて発想、
あの頃の僕にはなかった。

怖かったし、
それが普通だと思っていた。

二十五年経った今でも、
左目は少しぼやけている。

でも不思議なもので、
それでも僕は、
テレビの仕事を辞めなかった。

たぶん、
あの頃のロケの空気、編集室の香りが、
嫌いじゃなかったんだと思う。

これからも、
あの頃の話を書いてみようと思う。

#創作大賞2026     #お仕事小説部門
#テレビ業界   #実話


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