見出し画像

氷河期世代AD、テレビの片隅で。#3「辛くなったら帰っておいで」上京前夜、最後のすき焼き

4月から新番組が始まるらしく、
僕は大学を卒業する前に東京へ行くことになった。

たしか2月だった。

東北の冬は長い。

空もずっと灰色で、
道路の脇には雪が積み上がっていた。

上京前夜、
実家ではすき焼きを食べた。

ウチは、
何かあるとすき焼きだった。

誕生日もすき焼き。

誰かが合格してもすき焼き。

たぶん親戚の犬が元気でも、
すき焼きだったと思う。

父、母、僕、弟、妹。

家族全員で囲む、
最後の食卓だった。

みんな妙に明るかった。

母なんか、
必要以上に肉を入れていた。

「東京行ったら芸能人いっぱいいるんでしょ?」

妹はそんなことを聞いてきた。

でも、
僕も実はよく分かっていなかった。

当時の僕にとって東京は、
『元気が出るテレビ』の中にある街だった。

芸人が騒ぎ、
ADが走っている場所。

たぶん、
かなり雑なイメージだったと思う。

少しだけ後悔しているのは、
弟や妹ともっと話しておけばよかったことだ。

でも22歳くらいの男というのは、
家族と真面目な話をするのが妙に照れ臭い。

結局、
「醤油取って」くらいしか言わなかった気がする。

翌日、
地元の友人が東京まで車で送ってくれた。

リフトアップしたハイラックスサーフ。

とんでもなく車高が高かった。

雪国だったからなのか、
ただカッコつけたかったのか、
今となってはよく分からない。

その車には、
いろんな思い出があった。

友人たちとスノーボードへ行った。

海へサーフィンにも行った。

夏には、
海でナンパみたいなこともした。

だいたいうまくいかなかった。

男だけで海を見ながら、
缶コーヒーを飲んで帰った日も多かった。

でも、
あの頃はそれだけで楽しかった。

高速道路を走りながら、
少しずつ景色が変わっていった。

雪が減り、
ビルが増え、
車線が増え、
知らない街の匂いがしてきた。

東京は、
ずっと薄く排気ガスの匂いがした。

新宿。

都庁の裏。

僕が初めて住む部屋は、
古くて狭いアパートだった。

「これは押し入れかな?」
と思った場所が台所だった。

ユニットバスは、
少し身体を動かすと、
どこかに肘がぶつかった。

でも、
なぜか少し嬉しかった。

「東京で暮らす」という感じがした。

両親と荷物を整理した。

カーテンを付け、
布団を敷き、
小さな冷蔵庫を置いた。

全部終わると、
両親は自分たちの家へ帰る時間になった。

部屋の前で、
母が言った。

「辛くなったら、いつでも帰っておいでね」

父は黙っていた。

でも、
その沈黙で十分だった。

僕には、
帰れる場所があるんだと思った。

両親が帰ったあと、
急に部屋が静かになった。

窓の外には、
新宿のビルの明かりが見えた。

東京の夜は明るい。

でもその夜の僕は、
少しだけ心細かった。

そして怒涛の毎日が始まった。

#テレビ業界 #実話
#創作大賞2026     #お仕事小説部門

👉 続きはこちら

#4  「良い人ばかりの芸能人、曲者ばかりのスタッフ」

初めてのロケ、初めてのスタジオ、初めて会う芸能人。
怖いと思っていた芸能人は、みんな驚くほど優しかった。
でも、本当に怖かったのは毎日一緒に働くスタッフたちでした。


📚 シリーズを最初から読む方はこちら

『氷河期世代AD、テレビの片隅で。全話まとめ』

▼第1話〜最新話まで一覧はこちら


いいなと思ったら応援しよう!