ブランド1年目|週売上4点「売れない」現実から、月商80万円までの赤裸々記録
一度丸ごと私の人生を振り返り、一つの物語に再構築してみる試みの連載・第7弾です。毎週お読みくださる皆様、ありがとうございます。今日の物語は、売上1位でPOP UP初出店を終えたはいいものの、すぐに売上低迷に直面した時のこと。2回目のPOP UPでは、なんと1週間で売れたのはたった4点だけ。「このままでは3ヶ月もブランドは持たない」と感じ、試行錯誤に踏み切ります。そして、死に物狂いで全力投球し、その翌月には月商80万円を達成。その全てを記録します。
目次
1. 大変だった過去の経験はあなたへの大切な贈り物
2. 貯金10万 26歳 無職|フリーランスになると決めた、独立前夜
3. どん底26歳 1万円起業|フリーランスとしてブランドを立ち上げるまで
4. ファン0人だった私の、ブランドのはじまり
5. 作品が「おもちゃ」と呼ばれた日
6. 無名ブランドの百貨店初出店奮闘記|売上1位になるまでの全記録
7. ブランド1年目|週売上4点「売れない」現実から、月商80万円までの赤裸々記録 ⇦ココ
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26歳。 2016年2月。
初めての百貨店出店で、奇跡のような売上1位を記録したあの日。 たった30点だけのアクセサリーを抱えて大阪行きの夜行バスに乗り込んだ私が、東京に帰る頃には、スーツケースの中身は希望で満たされていた。私、このやり方(POP UP)なら、フリーランスとしてやっていけるかもしれない──。
しかし、物語の神様は、そんなに甘くない。 初出店の成功は、いわばビギナーズラック。友人知人が駆けつけてくれたお祝いのご祝儀であり、初めての挑戦に対する、神様からのほんの少しのボーナスステージだった。天国をみた後、すぐに奈落の底まで落ちる経験をする。
やれやれ。人生とは本当にうまくできている。人生はやっぱり、そんなに甘くないみたいだ。
──
初出店の熱狂から1週間後のこと、私のアクセサリーたちは再び大阪にいた。阪神百貨店 梅田本店の、8階 催事場の片隅。前回の初出店時と違うのは、そこに私の姿がないことだった。
百貨店初出店で売上1位という結果を受けて、出店仲介会社からお声がけをいただいたイベントだった。「委託販売」という形で、商品をお預けし、接客・販売業務は仲介会社スタッフさんにお任せするというものだ。先方は「初出店で売上1位だから今後も売れるはずだ」と思ってくださっただろう。しかし私はイベント前から、「これは厳しいだろうな」と直感していた。
一週間のイベント期間中、毎日売上報告のメールが届く。
初日の売上を見て、やっぱり、と全てを悟る。
イベント立ち上がりの水曜日。
販売点数 合計1点──
売上1点。
ちくりと胸が痛む。
その1点は、知り合いが買いに来てくれたそうだ。ありがたい、と思いつつも、「1点」という数字はズシン、と心にくる。しかし、「だよね」という気持ちも同時にある。やっぱりそうか。そうだよな。そんなに甘くないよな。
初出店時、POPUPに対する手応えを感じながらも、あることを痛感していた。
それは「私が店頭にいないと1点も売れない」ということだった。
委託先から毎日律儀に売上報告が届く。
木曜日、売上0。
金曜日、売上0。
もう、送っていただくのが申し訳ない。仲介会社さんの方が逆に気を遣って「私たちが圓尾さんのデザインの魅力をちゃんと伝えられなくて……」とおっしゃってくださる始末。違う、違うんだ、これは間違いなく私のデザインのせいなんだ──。
あまりにも売れなさすぎて、私は日々の報告を遠慮した。最終日に最終的な数字をいただければ大丈夫です、とお詫びのメールを書く。そして最終的に、この委託販売の一週間で売れたのはたったの4点だった。そしてそのうちの1点は、仲介会社のスタッフさんが買ってくださったもの。そんな配慮にさらに申し訳なくなる。
──
「売れないだろうな」と予想はしていたものの、その前の週の華やかな結果は幻だったのかと思うほどの、あまりにひどい結果。数字はリアルだ。ちゃんと堪える。私のブランドの、"私が店頭に立たないと売れない" というあまりにも大きな弱点。 それはつまり、私の作るものには、デザインそのもので人を惹きつける力がないということと同義だ。悔しいがこれが真実だ。お客様は、「作品」を買ってくれていたのではない。一生懸命な私の「物語」を、応援する気持ちで買ってくれていたのだ。
初日の「販売数1点」というご連絡に一番凹み、最終の「4点」は、それでもよく売れた方かも、なんて思い直した方だった。これが、今の私の実力。恥ずかしいけれど、私のブランドは、1週間で4点しか売れないのが、リアルな現在地。
デザインで戦っちゃだめだ──。
肝に命じた瞬間だった。
「デザインで戦わない」(戦えない)と深く腹落ちしたからこそ、他の戦い方を探る必要があった。「売れるブランド」にするためにもっと学ばなければいけないということも痛感した。そして、私にしかできない「何か」を、見つけなければ、遅かれ早かれこの私のブランド人生は終わる。急がないといけない。
──
2016年3月。初出店から、1ヶ月後。
そんな中で、一つの大きな光が差し込んだ。 それは、東京で初めての出店が決まったことだった。大阪の初出店の際にも同タイミングで出店されていたアクセサリーブランドの先輩からお誘いをいただいたイベントだった。
ルミネ立川店での、三週間にわたる長期ポップアップのお話。そもそも東京に住んでいたのでとてもありがたい。私は二つ返事で出店したい旨をお返事した。さらに、この時期に、代々木から武蔵小金井という東京の郊外に引越をしていて、立川は自宅から近かったこともあり、好都合だった。
──
3月中旬よりスタートしたそのイベントで、わたしが使わせていただけたスペースは、50cm四方の小さなスペースだった。ここにぎゅっとアクセサリーを並べる。
LUMINEはどの店舗も共通して、とにかく人通りが多い。このイベントスペースも、駅直結のフロア、入り口入ってすぐの好立地で、毎日たくさんの方に目に留めていただけた。
大阪での初出店では、ほとんどが友人知人からの売上だった。しかし、ここ、立川LUMINEでは、ほぼ初めて目に留めてくださるお客様が購入くださった。そして、当然ながら全員が私の知らない新規のお客様で、もともと私のブランドを知っているわけでもなく、ふと前を通りがかって目に留めてくださり、接客させていただいて販売する、という形。これはとても、とても自信になった。
「やっぱりPOP UPというスタイルであれば、可能性はあるかも」という感覚を得させていただいたのは間違いない。しかしながら、委託販売で感じた弱点がここでも浮き彫りとなった。私が店頭に立っている間は、それなりに売れる。なんなら、他の先輩ブランドさんより売る日もあったくらいだ。しかし、私のシフトがお休みな日、私が休憩に出ている時、私が遅番の日、私のアクセサリーはぱったりと売れなくなる。綺麗に売上0円。その繰り返し。
しかし、この20日間という長期のイベントということもあってか、期間中、なんと、何人もの方が複数回、「会いに来ましたー!」と再来店くださった。震える嬉しさだった。お客様の存在に恵まれ、フリーランスとして、なんとか生きていける兆しを感じたイベントだった。

「売れている!」感を出すために、とにかく事実を大声でSNSで叫ぶ。来てくださって、許可をくださった全員のSNAPを撮らせていただき、Instagramに掲載した。そして、少しずつInstagram経由でご存じくださる方も増えてきた。
──
20日間、ほぼ休みをとらず(不在だと売れないので)、休み返上で長時間立ち続け、声をかけまくった。
そして私のブランドが最終的に売上た金額は──

税込で、約77万円。
これまでの人生で見たことのない金額だった。
POP UPの売上は、ここから仲介会社さんとLUMINEさんへの手数料を支払い、手元に50万円ほどが振り込まれることになる。見たことのない金額を見て、手が震えた。 会社員時代の初任給は21万円だった。2社目は正社員にもかかわらず手取り9万円。数ヶ月前には貯金残高10万円を切っていた。そんな私が、私の名前で、自分の力で、これだけの価値を受け取らせていただいた。夢みたいだ。
複数個買ってくださった方もいることを考えると、少なく見積もっても100人以上の方と、1対1の接客をさせていただいた。この金額は、そんなみなさんからの「ありがとう」の対価だ。そう思うと胸がいっぱいになる。お金に重みの差なんてないが、会社員の時にいただく金額のそれとは、まるで別のものに感じた。
この月、細々と続けていたオーダーやオンラインでのヘッドドレス販売を加えると、月商80万円を突破した。
POPUPに出始めて2ヶ月。
フリーランスとして活動を始め、8ヶ月。
ここまで様々な挑戦と失敗と紆余曲折を経て、こんなにも大きな金額を、得ることができた。
満身創痍。結果をみて、自宅のベットにバタン、と倒れ込む。
1日も休みなくフル回転で動き続けている。
わたし、結構頑張ってる──
──
しかし同時に、その大きな金額は私に根本的な問題を、よりはっきりと突きつけていた。 「私が立ち続ければ、これだけ売れる。でも、私が倒れたら、このブランドは終わる」ベットにうずくまりながら、天井を眺めつつ考える。 このアンバランスな構造をなんとかしないと、体力の限界が先に来る。こんなの、続けられない。POPUP出店2ヶ月目にして早々に感じていた。
何か、新しいフックが必要だ。 私がその場にいなくても、お客様が足を止め、心を動かされるような、抗えない魅力。 デザインだけではない、何か別の「付加価値」を、このブランドに与えなければ。
一体、それは、何なんだろう。
──
答えを探して、私はInstagramやPinterestを、ひたすらにスクロールしていった。 どんなものが流行っているのか。どんなものが、人の心を掴んでいるのか。
現在の私のブランドのスタイルは、お花を使った、ブライダル寄りのデザイン。
でも、私自身が普段着る服のテイストとは、少し違う。
私が本当に作りたいスタイルとも、正直なところ、ズレている。

鏡に映る、自分の姿を見る。
私が着ているのは、シンプルで、少しだけ癖のある、モードな洋服。

私の目の前で売れていくのは、お花を使った、甘くて、優しいアクセサリー。
嬉しい。売れるのは、本当に嬉しい。
でも、このアクセサリーたちは、本当に「私」なんだろうか。
このまま、少しだけ無理をした「好き」を、作り続けていくのか?
その小さな違和感が、無視できないほどの大きさになった時。
私は決意した。
「hitomimaruo」という名前を、捨てよう。
もっと新しく、もっと私らしい、削ぎ落とされた名前へ。
そして、私はここで、「maruo」という、現在も使い続けているブランド名に変えることに決めた。
POP UP初出店から、約2ヶ月後のこと。我ながら試行錯誤のスピードが本当に速いが、しかし、それだけ切羽詰まっていた。生活がかかっていたから悠長なことをいってられなかった、というのもある。


──
「私がいなくても売れるブランド」を実現するために、ブランドのスタイルをさまざまリサーチしていた頃、一つのアクセサリーブランドが、私の目に飛び込んできた。 大ぶりで、大胆で、それでいてスタイリッシュな、インポートパーツを使ったアクセサリー。そのブランドは明らかに異質で、それまでのハンドメイドの常識を覆すような、圧倒的な存在感だった。
そして、そのブランドは、あることをきっかけに、「異常」とも言えるレベルで売れはじめていた。さらには盗作が相次ぎ、販売は争奪戦、イベントをすれば即完。
私はそのブランドを見つけた瞬間に、どうしようもない鼓動の高鳴りを感じだ。直感した。これだ。こんな素敵なブランドに出会えたわたしは幸運すぎる!
このブランドをロールモデルに設定しよう──。
わたしはその方のInstagramを徹底的に見尽くした。
数百枚あった投稿を、1枚目から最新のものまで、全てを遡り、何がきっかけで爆発したのか、どこが他と違うのか、なぜ売れているのか。その材料を丁寧に掬い取っていった。
1万円企業の本の中のケーススタディから、ブランド企画のロールモデルを探したように、わたしはこのブランドを次なるロールモデルに設定した。
このブランドの「大ぶりアクセサリー」を、再解釈し、「私にしかできない大ぶりアクセサリーの表現」を探すことに決めた。
──
と、一丁前に決めたはいいものの、海外インポートのクールなパーツなんて、なかなか日本で手に入らない。そして、日本で仕入れていたら、盗作して問題になっている人たちとあっさりかぶってしまう。そんな危険な道に進むわけにはいかない。さて、どうしたものか。頭を悩ませていた。
そんな、出口の見えないトンネルの中でもがき続けていた4月末。ルミネさんでの売上50万円が振り込まれていることに気づく。このお金、どんなふうに投資しよう。
振り返って思うのは、ここで私利私欲にお金を使わず、ブランドと自分に投資する、と決めたのが本当に良かったと感じる。
──
私はそのお金で、まず、ずっとやりたかったレーシックの手術を受けた。とにかく目が悪く、生活のストレスの元凶だった。0.05しかなかった私の視力は、26万円で1.2まで回復した。視界がクリアになったことで、生活の質は驚くほどに激変した。人生で買ってよかったものの、間違いなくベスト3だ。
そして、残った24万円ほどの現金。 これを、次のブランドのPOP UP材料費や出店費に充てるのが、賢明な判断だろう。 しかし、先述の通り、今のままのやり方をこのまま続けても、じり貧になるだけだという予感もあった。
一度、スッキリした状態で考えなおしたいな…… そう思って、私は旅行サイトを開いた。バリ島とか、セブとか。タイとかでもいいかも。アジアの安いチケットを探した。
検索結果のページを眺めていると、ふと、信じられない価格が目に飛び込んできた。
「パリ往復、49,000円」
見間違いかと思った。バリ島の間違いではないか。いや、何度見ても、パリ、と書いてある。中国系の航空会社の乗り継ぎ便。パリ、シャルルドゴール空港インアウト。テロ事件の影響で、航空券が暴落しているようだ。
ヨーロッパなんて、この人生で一生行けない場所だと思っていた。でも、どうやらバリ島へ行くのとたいして変わらない値段で、行ける、らしい。
その瞬間、私の中で、何かが弾けた。 私が探している「答え」は、南の島ではなく、パリにあるかもしれない──!
私は同棲していた彼に「パリに行こう!」と半ば強引に誘い、彼は「おお、いいね!」とふたつ返事で決まった。こういう時に相手もフリーランスだとフットワークが軽くていい。2016年、5月25日〜6月2日。
私は、震える手で、人生初めてのヨーロッパ、人生初めてのパリ行きのチケットを、予約した。
二度と行けないかもしれないから、思いっきりいろんなものを目に焼き付けて帰ってこよう。ブランドの方向性も、この旅で見えるといいんだけど──そんな淡い期待も抱きながら。念の為、現金を全て下ろしておいた。
──
これが、私の、そしてmaruoの、人生を大きく変えることになる旅の始まりだった。 あの時、もしバリ島行きの安いチケットが先に見つかっていたら。もし、あの50万円がなかったら。 きっと、今の私は、ここにはいない。
そう考えると、人生の全ての出来事は、ちゃんと、進むべき道へと続くように、デザインされているのかもしれない。
私は、まだ見ぬ答えを求めて、パリへと飛び立った。
そこで待っていたのが、私の人生を根底から覆すほどの、
美しい「ヴィンテージ」との出会いだった。
<つづく>
執筆後記
「人生の物語」、この連載も早いもので第7弾となりました。「毎週楽しみにしてます!」とご連絡やコメントをくださる皆様、「実は読んでるよー!」と連絡をくれる友人たち。本当にありがとうございます。読んでくださっている方がいるからこそ、こうして毎週ワクワク書けています。ありがとうございます。
「全てがうまくいっているように見えるmaruoさんでもこんな時代があったんですね」「勇気が出ました」といただいて、書いていて本当に良かったな、と思わされます。順風満帆に見えるかもしれませんが、そんなこと、全然ないです。「全てがうまくいっている」どころか、「ほとんどうまくいっていない」、の方が正しいです……。たくさんの失敗の上に、今の形があります。
この記事みたいに、いきなり1週間で4点しか売れなくて絶望したり、そこに危機感を感じて早々にブランドの方向性を探すアクションを始めたり。今振り返れば、初出店からわずか2ヶ月で月商70万円を超えられたのは、出来過ぎなくらいの幸運な結果でした。でも、当時の私はその成功に浮かれること以上に、「このままでは絶対に続かない」という強烈な危機感に突き動かされていたことを、覚えています。
こうやってメタで考えられていたのは、やっぱり近くにフリーランスの先輩である彼がいたからで、「自分が動けなくなったら売上がストップするビジネスモデルは危険」「セーフティネットが必要」「売上の下支えが大事だよ」などなど、口酸っぱく言われておりました。また「無理は続かない」「一度にできるのはひとつだけ」と、当たり前なのですが、今考えても真理な言葉も何度も言われていたことが、本当に効きました。
というのも、自分が20日間もフルで店頭に立ち続け、毎日作る、なんて、「無理をしている」状態そのものだったからです。こんなの3ヶ月も続かない、と自分が一番わかっていました。だから、「私がいなくても売れるブランド」にする必要があったんです。じゃないと、ブランドは終わる。
だからこそ、そのブランドの方向性を、貪欲にリサーチできたのだと思います。あの時、成功の熱狂の中で「このままじゃまずい」と感じられたのは、すぐ近くで「無理は続かないよ」と冷静な視点をくれ続けた、彼というメンターの存在が本当に大きかったのだと、やはり思います。私一人では絶対に成せなかった成果。
そして、この時に行った「ロールモデルを設定して自分に転用する」は、後々学んでわかりましたが、マーケティングの基本です。うまくいっている成功例を、自分も真似をする。TTP(徹底的にパクる)という言葉がありますが、本当に、重要な要素だと感じています。倫理的にどうなの、と思われるかもしれませんが、あくまで抽象化して自分に当てはめるのです。方法論をTTPする。使うもの、素材は自分のフィルターを通して作る。
あの時、圧倒的な熱量で市場を牽引していたロールモデルとなるブランドさんに出会えた幸運。そして、その方の哲学を必死で学び、自分なりに解釈して取り入れたこと。その全てが噛み合ったからこそ、後に私のブランドも、信じられないような成長を経験させていただくことになります。
今日の内容が、これからブランドをやられたい方や、百貨店出店をしてみたい方の少しでも参考になりましたら幸いです。
ちなみに、こういった内容を深く話しているのがstand.fmです。マーケティングやブランディング、フリーランスとして生きていくための知見がお好きな方、よかったら覗いてみてください。週6配信しています。
今日の文章が「よかった」とか「次も読みたい」、と思っていただけたら「スキ」を押していただけますと、執筆の励みになります。
いつもありがとうございます。
毎週土曜日に、エッセイを更新していて、
この記事の連載、人生の物語は毎週火曜日18時に更新しています。
また来週、お会いできましたら幸いです。
▼Instagramも更新中
▼BASEさんに1日密着取材をしていただきました!
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