作品が、「おもちゃ」と呼ばれた日
夢が叶った日、私は自分の「敗北」を知った。
有名ブランドの、きらびやかなショーケースに並んだ自分の作品を前に、私はただ立ち尽くしていた。
「すごいね」と誰もが言ってくれる成果。
でも、違った。 心が完全な挫折を味わっていた。わたしは場違いだ、と。
これは、きらびやかな成功の物語じゃない。 ひとりの作り手が、自分の弱さと未熟さに打ちのめされ、戦場から逃げ出すまでを描いた、みじめで、でも本音であり、正直な物語だ。
一度丸ごと私の人生を振り返り、一つの物語に再構築してみる試みの連載・第5弾です。今日の記事は、ブランドで売上をつくるために、企業営業にまわったときのお話から、POP UP出店決意にいたるまでの、わたしの敗北と挫折のお話。
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2015年8月。
たった一つの商品が、オンラインショップで奇跡のように売れた。 それを皮切りにSNSで発信を始めると、友人たちが次々とブライダル用のヘッドドレスを注文してくれた。嬉しい。ありがたい。でも、それだけでは、まだ生きていけない。単発の売上は、来月の家賃を保証してはくれないのだ。
安定した収入の柱を作るため、私は企業に作品をまとめて納品する「卸売」の営業に回ることを決意した。
Instagramを開き、知ったばかりの「#プレ花嫁」というタグを延々とスクロールする。どうやら結婚式を控えた女性たちの総称らしい。幸運なことに、この時期はInstagramの黎明期を抜け、ユーザー数が爆発的に増え始めていた。 顔の見える知り合いとしか、つながれないFacebookが主流だった時代から、インスタへ流行が移り、「顔の見えない知らない人」へアクセスできる時代に変わりつつあった時期だ。自分の投稿が見知らぬ誰かに届く。内輪で繋がるSNSしか使ってこなかった私にとっては、画期的だった。
知らない人のアカウントをこっそり見ては、彼女たちが着ているドレスのブランドをメモし、ヘッドドレスはどこで買い、どこでレンタルしたのか、情報を集めていく。 今、どんなドレスが、どんな写真が、未来の花嫁たちの心を掴んでいるのか。 あまり得意ではないリサーチを重ね、私の作品と世界観が合いそうで、かつフォロワー数が多いドレスショップをリストアップした。そして、一軒一軒に、渾身の営業メールを送った。と言っても、送ったのは厳選した2件だけだったが。
しかし、私はすぐに壁にぶつかる。
「ビジネスモデル」という、見えない壁だ。
幸運にも、1件目に送った渋谷のドレスショップから返信があり、実際に商品を見ていただけることになった。
実際に手に取ってご覧くださり、「素敵な作品ですね」と褒めてはもらえる。minneでsold outが出ていることにも「もう売れているなんて!すごいですね」と驚かれた。実物を見て、プロにそう言っていただけるのは本当に嬉しい。
でも、そのドレスショップは、商品を「買取」するのではなく、お客様に「貸し出し=レンタル」することで成り立っていた。一度に何十点も仕入れる体力はなく、「1、2点を買い取り、それをレンタル品としてお店に置く」というのが彼らのやり方だった。私が求める「まとまった売上」には、どうやら繋がなさそうだ。
「ごめんなさいね」 おしゃれなオーナーさんは、本当に申し訳なさそうに言った。 「でも、あなたの作品は素晴らしいから、きっとうまくいく場所があると思う」
その言葉をいただけただけでも、私にとっては大収穫だった。右も左も分からず暗闇の中にいた私にとって、その一言は、進むべき道を照らす小さな懐中電灯になった。
断られたのに、帰り道はルンルンだった。「わたしを一人の人間として、扱ってもらえた」と感じたからだ。会社員時代、名前のない一社員だった。個を消すことが求められた場所で、わたしは居場所を探していた。今、「個」であることを、当たり前に受け入れてくれる場所にいるんだ。そう思えるだけで、嬉しかった。
──
とはいえ、この一件で「ドレスショップへの営業は、未来に繋がらなさそうだ」と理解した。もう一社にもメールを送っていたが、ここもきっと難しいだろう。返信を待たずして、早々に方向転換の準備を始めた。
販売方法を考え直すかたわら、ブランドのヴィジュアルを作る準備も進める。 もともと学生時代から、衣装を制作し、ヘアメイクさんと作品撮りをしていた私にとって、ヴィジュアル撮影をするのはごく自然なステップだった。作品だけを作って人物撮影をしない、なんて考えられなかったのだ。 今思えば、このアクションが、他のハンドメイドブランドと一線を画し、スタートダッシュを切れた要因の一つだったのかもしれない。
ヘアメイクは、大学時代からお世話になっているプロの方に迷わずオファーした。雑誌のヘアメイク常連だった彼女と繋がっていたことは、本当に大きなアドバンテージだったと思う。mixiの作品撮りコミュニティで出逢った方で、当時、何者でもなかった、そして服飾の専門学生でもなかった大学生の私を、一人の「スタイリスト」として対等に扱ってくれた。アマチュアの私に色々とお洋服の相談をしてくれたのは、きっと彼女の優しさだったのだろう。でも、それがすごく嬉しかった。それ以降もたくさんのヘアメイクさんに出逢ったが、私が頼みたいのはこの方しかいなかった。
彼女に依頼すると、「もちろん!」と二つ返事で快諾してくれた。そして、「カメラマンはこの方がいいんじゃない?」と、共通の知り合いであるプロを提案してくれた。関西の様々な媒体で第一線で活躍されている方だ。相手にしてもらえるだろうか…と恐る恐る、でも断られてもいいや、と思い切って連絡をしてみたら、引き受けていただけた。幸先が良すぎる。
お二人とも大阪在住だったので、撮影のために東京から大阪へ行くことに決めた。夜行バスを手配する。片道6,130円。往復でも、新幹線よりずっと安い。必要経費だ、と割り切った。
そこから関西在住のモデルさんをインスタで探した。知り合いの知り合い、という絶妙な距離感の、めちゃくちゃ素敵な方を発見。その方を知っている友人に頼み込み、繋いでもらった。 彼女からも温かいお返事をいただき、破格の値段でモデルを引き受けていただけることになった。
その時に撮影したものがこちら。




ヴィジュアルができたことで、少しずつ「ブランド」っぽくなってきた。プロの撮影、プロのヘアメイク、美しいモデルさん。それだけで、わたしは何者でもないけれど、なんだか「それ」っぽく見える。撮影の力って、すごい。これをブランディング、というのだろうな。
──
しかし、八方塞がりなことに変わりはない。
「ブランドで、小売で、ネット以外で販売していくにはどうすれば良いんだろう」 フリーランスの先輩である当時お付き合いしていた彼に相談すると、的確なアドバイスをくれた。
「すでにやっていて、それだけで食べている人に聞くのが一番はやいよ。ひとみの知り合いで、自分のブランドで売り上げを作っている人はいないの?」
うーん……と頭を巡らせる。
──いる。いた。
ちょうどヴィジュアル撮影のために大阪に帰ったとき、ヘアメイクさんが言っていた言葉を思い出す。「**さんも、今アクセサリーブランドやって、いろんな百貨店出てるみたいやね。みんなすごいなあ」
その方はヘアメイクさんの知り合いで、わたしは一度しか会ったことがない。しかもその一度も、彼女が主催したイベントにモデルとして呼ばれただけで、一言くらいしか言葉を交わしていない。相手が私を認識しているかすら怪しい。
「知り合い、というには遠いけど、Facebookで繋がっている人が、アクセサリーブランドで百貨店に定期的に出てらっしゃる」 そう言うと、彼は「その人に電話して聞こう」と、ぎょっとするような提案をしてきた。
チキンな私にはハードルが高すぎる。「メッセンジャーじゃだめかな……」と弱気になる私に、「いや、直接聞いた方が引き出せる情報量が多い。もしかしたら百貨店の人に繋いでくれるかもしれないよ。電話できないか連絡してみよう」と彼は強気だ。そっか、仕事でうまくいく人はこうやってアクションしていくのか……とそのスタンスの違いに圧倒される。
渋る私に「はやく」と、普段の優しさとは違う強引さを感じ、縮こまる。半ばその圧に押される形で、私はその方へメッセージをタクタクと打ち始める。ブランドを始めたこと。百貨店出店を考えていること。どうすれば出店できるか知りたいこと……
わたしが延々と長文を書き始めるのを見た彼は、ぴしゃりと言った。 「『ブランドを始めてご相談したいことがあり、お電話で10分ほどお時間いただけませんか?』これでいい。長くなるから電話するんだよ」 たしかに。長々と書いていた文章を消し、すっきりとしたメッセージを送る。ほとんど会ったことのない相手から突然こんな連絡が来ても、返信しないだろうな……とあまり期待せずに、送信ボタンを押した。
すると、すぐに返信があった。 「ひとみちゃんって、あのひとみちゃんかな?昔、イベントでモデルやってもらった子だよね?あのときはありがとー! もちろん!いつでもいいよー!」 電話番号と共に、想像以上に温かいお返事。衝撃を受けつつ、彼から「今すぐ電話をかけろ」と鬼上司のような圧を受けた。 私が「迷惑がられると思うし、もうちょっと時間を置いてから…」と言うと、「今!」ときっぱり。ドキドキしながら発信ボタンを押す。「出ないで…」と謎の祈りをしながら。
きっと、あのとき彼は、ここが大きな転換点になると気づいていたんだろう。「登りたい山があったら、すでにその山を登っている人に聞く。それが一番はやい。鉄則だよ」と、この後も彼は口酸っぱく私に教え続けた。これが、最初の砦だった。
──
「もしもし」
つながった。つながってしまった。彼女は電話に出てくれた。
私は緊張で喉から心臓が飛び出しそうなのを必死で抑え、事情を説明した。ブランドを立ち上げたこと。卸をやろうとしたけれど壁にぶちあたったこと。小売をしたいけどネット以外の販路がなく八方塞がりなこと。そんなとき、あなたが百貨店に出ていると知ったこと。私も百貨店へ出店したいこと。そのためにどうすればいいのか。まくしたてるように話した。
彼女は若干、私の勢いに圧倒されているようだった。そりゃそうだ。ほとんど話したこともない相手だ。あのときの私の行動は、相手のメリットなんて何も考えられていない、完全なるテイカー以外の何者でもなかった。思い出すだけで恥ずかしくて穴に隠れたくなる。
彼女は、「百貨店は、もともと繋がりがあってお声がけいただいて出たから、紹介はできなくて。でも、ひとみちゃんもできると思うよ」と、少し申し訳なさそうに、でも優しく声をかけてくれて、電話は終わった。
エネルギーを使い果たした私は、電話を切って抜け殻のようになった。彼は「よくやった!」と褒めてくれる。
でも、収穫はなんだろう?何も答えは得られなかった気がする。
「今、直接的な収穫はなくても、後に生きてくるよ。少なくとも、先方はひとみがブランドをやっていると知った。いずれ繋がってくる」 彼は預言者のようなことを言う。そして、それはのちに、本当に現実のものとなる。
「思いつくことを全部やる」ことが、いかに大事か。私たちは未来に向かって点をつなげていくことはできない。スティーブ・ジョブスの有名な「Connecting The Dots」の話だ。いつか繋がると信じて、点を打ち続けていく。そうすれば、振り返ったときにその点と点が線で繋がっていることに気づくのだ。 この一本の電話は、この時点では私に収穫をもたらさなかった。でも、この先で大収穫に繋がる、重要な伏線となった。
──
そして救いの手は、いつも想像もしない方向から伸びてくる。
その日の深夜、代々木公園を散歩し、自宅へ歩いていたときのこと。すれ違ったカップルの一人が、「え?ひとみ?」と私の名前を呼んだ。振り返ると、そこにいたのは大学時代の友人だった。関西の大学に通っていた私たちは、なんと今、お互い代々木に住んでいる、ということがわかった。
その偶然の再会がきっかけで、後日、私たちは近所でランチをすることになった。トラットリア タンタボッカ。パスタの美味しい代々木の人気店だ。
お互いの近況を話す中で、彼女は眩しいほど活躍していることを知った。一方私は、会社を辞め、形上はブランドを立ち上げたものの、どう売上を作ればいいのか途方に暮れている。そんなことを正直に話すと、彼女が言った。 「私の取引先に、世界的に有名なブランドの息子さんがいて。そのブランド、ブライダル部門もあるから、何か繋がるかも。話、してみる?」
正直、話がうますぎる、と思った。そのブランドは、百貨店で誰もが目にするような、雲の上の存在だ。ファンも実績もない私が繋がれるはずがない。「迷惑だろうな」と、先日の電話の一件で相手に引かれてしまった経験から、一歩引いて聞いていた。 しかし、彼女は本気だった。その日のうちに、驚くべきスピードで話が進み、なんと、そのブランドのトップデザイナーご本人に、Facebookで繋いでいただけることになったのだ。
偶然深夜にすれ違ったところから、こんな幸運が訪れるなんて。人生って何があるかわからない。そして、彼女への感謝は、計り知れない。
──
デザイナーの方から、すぐに次のコレクションのテーマがメッセンジャーで送られてきた。私は繋いでいただいたお礼と自己紹介を兼ねて、手持ちのデザインの写真を送った。 しかし、既読がついたものの、返信はない。
また、ダメなのか。 そう思いかけた時、ふと気づいた。私は、自分の「売りたいもの」を見せていた。でも、ビジネスは違う。相手が「欲しいもの」を提案しなくては、交渉のテーブルにさえつけないのだ。相手のベネフィットを考える。1万円起業に書いていたじゃないか。
私はそのブランドの歴史、哲学、顧客層…ありとあらゆる情報をむさぼるように調べ直し、たった一日で、そのブランドのためだけの新しいデザインを夢中で作り上げた。
深く、息を吸って、私は新しいデザインの写真を送信した。
今度はすぐに、「一度、お会いしましょう」と返事が来た。手汗でスマホが滑り落ちそうだった。これは、すごいことになってきた──
──
白金台にある、そのブランドの本社。緑に囲まれた美しいオフィス。約束の一時間前に着いた私は、緊張で頭が沸騰しそうで、近くの公園をぐるぐると歩き続けていた。
時間になり、指定された階へあがる。エレベーターを降りたところに置いてある電話で秘書室の番号を呼び出すと、しばらくして秘書の方が現れた。コツコツ、という規則正しいヒールの音。人生で初めて出会った“秘書”という存在に圧倒されながら、その後ろをついていく。 村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の冒頭、ピンクのスーツを着た女性が主人公を案内するシーンを思い出し、少しだけ気持ちが穏やかになった。あそこはパラレルワールドだけど、ここは現実だ。
通された、豪華な社長室。「こんにちは」と手を差し伸べてくれたのは、あの世界的なデザイナー。緊張で、ほとんど記憶がない。 どうして私がこんなところにいるんだろう。
場違いすぎる自分の存在に消え入りたかった。精一杯の力を振り絞って準備した資料をお見せし、一連の話が終わったあと、私はとんでもないことを口走っていた。
「コラボ、したいです」
今思い返しても卒倒しそうだ。
何を言っているんだ、この無知な若者は。
しかし、デザイナーさんは、そんな失礼な私を無碍にせず、優しく教えてくださった。 「『コラボ』というのは、対等な相手とするものよ」と。 それは、ルイ・ヴィトンやシャネルのようなブランドと、互いに大きなメリットがある時にするものであり、今のあなたと私では成立しないのだ、と。 消え入りたいほど、恥ずかしかった。自分の無知とあまりの無礼さに、謝ることしかできなかった。
そんな私に、彼女は微笑んで、チャンスをくれた。 「私たちのブランド名は、『デビュー(初舞台)』という意味なの。だから、私は挑戦する人を応援しているのよ」
彼女がくださったのは、二つのチャンスだった。 一つは、ブランドのメインラインで販売するアクセサリーの、卸売の注文。 そしてもう一つは、ブライダル部門の担当者への紹介。
この二つの道が、私に天国と地獄を見せることになる。
──
まず、ブライダル部門の担当者さんへ繋いでいただき、後日その方の事務所へ向かった。
担当者さんは「なんであなたみたいな素人に、デザイナーは任せるんだろうね」と、独り言なのか私への牽制なのか絶妙に分からない言葉を呟いた。
「本当に、ありがたいです…」と、もごもご話す私に、「デザイナーから言われたからお願いするけど、ここは実力社会だからね」と釘を刺される。「はい」と、ますます小さくなりながら話の続きを待った。
依頼内容は、次のコレクション撮影で使うアクセサリーの制作だった。ヘッドドレスよりアクセサリーの方が売りやすいから、と。8種類ほどのドレスの写真を見せられ、それに合わせて作ってきて欲しい、と。 期日は、2日後だった。え、と納期に一瞬ためらう。しかしそこに交渉の余地はなさそうだった。こんなチャンス二度とないだろう。やるしかない。
ありえない期日に間に合わせるため、私は死に物狂いでアクセサリーサンプルとヘッドドレスを作り、担当者へ送った。 納期には間に合わせたものの、返信はない。撮影がどうなったのかも分からない。 ドキドキしながら連絡を待ったが、音沙汰はなかった。
──
2週間ほど経ち、さすがにどうなったか確認の連絡をしてみた。すると、すぐに返信が来た。
一通のメール。
そこに書かれていたのは、あまりに残酷な言葉だった。
「撮影は終わりましたのでサンプルはお返しします。
こんなおもちゃみたいなもの、うちでは扱えません」
思考が、止まる。
ナイフで刺されたような、鋭い痛み。
息が、できない。
喉の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
後日、返送されてきた箱を開けて、私は言葉を失った。 箱の中で、ヘッドドレスも、ピアスも、ぐちゃぐちゃに壊されていた。意図的に潰されたとしか思えないほど、無惨な姿だった。全てのパーツが、あまりにも丁寧に、ひとつひとつ壊されていた。
箱の前で、私は崩れ落ちた。 悔しい。悲しい。自分の実力が至らないことは、自分が一番わかっている。 でも、胸が張り裂けそうだ。 おもちゃ。なんて柔らかな響きなのに、なんて鋭い言葉なんだろう。
心を込めて作ったもの、自分の分身が、引き裂かれたようだった。作ったものをこんなにめちゃくちゃに壊されたのは初めてで、うまく咀嚼できない。涙が止まらなかった。 大企業の看板を背負っていたら、こんな目にはあわなかったんじゃないか。そんな馬鹿な考えもよぎる。自分の名前で生きていくと決めたのに。個人でいることは、こんなにもないがしろにされるのか。 自分の名前で生きていくとは、こんなにも痛いのか。
すべて自分に責任がある。
そのことを、個人で生きる厳しさを、全身で味わった強烈な体験だった。
──
そしてもう一方、メインブランドへの卸売の注文は、予定通り無事に納品まで完了した。ブライダル部門とは完全に事業が違うのか、こちらの取引は滞りなく進んだ。ヘッドピースとイヤーフック、2デザイン、30点。合計60点を制作し、納品させていただいた。
数日後、全店舗に商品が並んだと連絡があった。
一番近くのそのブランドの店舗がある表参道ヒルズへ、自分の商品の初舞台を見に行った。
高級な店内にどきどきして入る。きらびやかなショーケースを、端からゆっくりと眺めていった。店員さんが優しく「中のもの、お出しできますので、気になるものがありましたらお申し付けくださいね」と声をかけてくださる。「ありがとうございます」と掠れた声でこたえながら、ゆっくりとショーケースを進む。
あった──
一番奥のショーケースの中に、私の作ったアクセサリーが並んでいた。 心臓が飛び出そうなほど、ドキドキした。夢が、一つ叶った瞬間──のはずだった。 しかし、それはほろ苦い味だった。
ショーケースの中にある自分の商品を見て、私は無視できない違和感に襲われた。 周りの、完璧に洗練された商品たちの中で、私の作品はあまりにも浮いていた。未熟で、レベルが全く足りていない。周りを固める完璧な商品たちが、私の作品をあざ笑っているかのようだった。 そこにあったのは、一流のオーケストラに混じった、たどたどしいリコーダーの音色。場違いで、あまりに無力。私の作品は、そのショーケースの中で窒息しているように見えた。
デザイナーさんは、挑戦する私を応援する意味で、この商品を注文してくれた。それは、嬉しかった。でも、痛いほど思い知らされた。
──ここは、私のいるべき場所じゃない。
「おもちゃみたい」
あの言葉が、頭の中で何度もこだまする。
そうだ、その通りだ。
今の私では、このきらびやかな世界では、あまりにも無力で、あまりにも未熟だった。ここで戦っていくには、私のレベルは違いすぎた。
もう、心が折れていた。 これ以上、自分の作品が誰かに無価値だと判断されることに、耐えられそうになかった。匿名の誰かに評価され、打ちのめされるのは、もう無理だよ、と心が叫んでいた。
甘えだと言われてもいい。
力が足りないと言われてもいい。
その時、脳裏に蘇ったのは、あの日の記憶だった。 深夜2時、たった一通の「購入されました!」という通知に、泣きながら叫んだ、あの夜。
「鏡の前に立ったとき、自然に笑顔がこぼれました」
顔も知らない、たった一人のお客様がくれた、あたたかい言葉。
私は、私の作品を「素敵だ」と言ってくれる人の顔が見たい。 どんな想いで、私の作品を手に取ってくれるのか、知りたい。 そして、その一人ひとりに「ありがとう」と直接伝えたい。 そうしながら、その人の顔を見ながら、一歩ずつ、自分のレベルとクオリティを上げていきたい。
私は、卸売という戦場から身を引くことにした。 そして、お客様の笑顔という、たった一つの光だけを目指して歩くことに決めた。
大きな挫折と、ほんの少しの成功。
そのすべてが、私が本当に進むべき道を、しっかりと指し示してくれたのだった。
<つづく>
執筆後記
いつもこの物語を読んでくださり、本当にありがとうございます。
フリーランス1年目は、本当に人生の中でもおそらく、一番よく泣いた年でした。嬉し泣きも、悔し泣きも。こんなに感情のジェットコースターを味わったのは、後にも先にも、この1年くらいかもしれません。
今回の記事も、書きながらあの時のことを思い出して、つーっと涙がこぼれました。痛かった。とても。でも、時間とはすごいです。あの悔しさも痛みも、惨めさも、少しずつ癒されてゆき、あの悔しさがあったから、真摯にものづくりに向き合ってこれた、と思うのです。だから、今でもデザインについてだけは、妥協できないんだと思います。
どんな出来事も、その瞬間はとても苦しい。消え入りたくなる。でも、無駄なことなんて何一つない、とありきたりだけれど本当に思わされるのです。この記事の痛みを伴う出来事がなければ、わたしはここまで真剣にデザインにこだわったり、向き合ったりしてくることができなかった。だからこそ、わたしの中に、なくてはならない必要な出来事だったと感じます。
フォローしてくださったみなさん、「スキ」を押して応援くださっている皆さん、本当にありがとうございます。
今日の文章が「よかった」とか「次も読みたい」、と思っていただけたら「スキ」を押していただけますと、執筆の励みになります。
いつもありがとうございます。
毎週土曜日に、週の日記を更新していて、
この記事の連載、人生の物語は毎週火曜日18時に更新しています。
また来週、お会いできましたら幸いです。
──
「お客様の顔が見たい」 あの日、心に決めた想いを胸に、今もPOP UPを中心にイベントを開催しているmaruo vintage。今週は横浜へ向かいます。
文章を通してだけでなく、直接ご覧いただきして、アクセサリーに込めた物語を受け取っていただけることを、心から楽しみにしています。
maruo vintage POP UP
9/10(水)〜9/16(火) 横浜髙島屋 1階
アクセサリーイベントスペース
営業時間:10:00 - 20:00
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初日と土曜の朝のみ、オープン時〜お昼まで、混雑緩和のため《整理券制》でのご案内となります。
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期間中、税込30,000円以上お買上げのお客様、先着50名様にオリジナルポーチを進呈いたします。
※数に限りがございますので、なくなり次第終了とさせていただきます。
たくさんの出会いがありますように。
本文中に出てきた、当時のヴィジュアル撮影でのヘアメイクを行ってくださったのは、この方、yacoさん!
ずーっと憧れで、ずっとお世話になっているyacoさん。何者でもなかったわたしを、ファッションの世界に迎え入れてくださった方の一人。
このお写真は、昔、結婚式参列の際にヘアアレンジしていただいたときのもの。本当素敵なヘアアレンジ。またyacoさんに成長した姿でお会いするのが、目標です。
ぜひyacoさんのインスタグラム、チェックしてみてください。
これも、ヘッドドレスの際の写真。美しい・・・
続編はこちら
