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27歳、人生初のパリ。海外買い付け生活、はじまりの日


ブランドを立ち上げ、がむしゃらに走り続けた数ヶ月。

小さな成功と、それ以上の「このままでは続かない」という焦り。私がその泥沼から抜け出すための最後の鍵は、思いもよらない場所、パリ行きの、たった49,000円の航空券の先にあった。

人生で初めて訪れたパリで、私が本当の「宝物」を見つけ、ブランドの運命を根底から変えることになる、旅の記録。

一度丸ごと私の人生を振り返り、一つの物語に再構築してみようという試みの連載・第8弾です。連載ですが、1話完結なのでどこからでもお読みいただけます。今日の物語は、POP UPで得た自分にとっての大金で、人生で初めて、パリへ行った時のこと。個人的な旅行のつもりが、ここで今のブランドの形につながる「ヴィンテージ」に出逢い、ブランドの転換点となったときのお話です。


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27歳。2016年5月25日。

ずっと貧乏だったから、この人生で、ヨーロッパに行けるなんて思ってもみなかった。

死ぬまでに、何かのラッキーで、一度くらいパリか、フィレンツェに行けたら。それだけで本望だった。しかしお金のない生活が長かったので、その願いは全く現実感がなく、行けてもせいぜい国内旅行だろうな、と半ば諦めていたのも事実。

しかし、人生とは何が起こるかわからないものだ。

3週間にわたるLUMINEでのPOP UPを経て、人生で見たことのない金額が振り込まれた。そして、頑張った自分へのご褒美に旅行に出よう、と決意する。そして、奇跡的に見つけた、パリ往復の破格の航空券。

人生初のパリ。6泊8日。ドキドキしすぎて、眠れない。

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滞在中のプランを立てるべく、るるぶというガイドブックを買った。家に帰るまでの時間も惜しく、帰り道ですぐにひらく。ページをめくるたびにドキドキする。エッフェル塔、凱旋門、シャンゼリゼ通り、セーヌ川、ルーブル、オペラガルニエ……。なんて素敵なんだろう。どのレストランも美味しそうだし、マカロンもクロワッサンも、日本で見るそれよりとびきり素敵に見える。行けるなんて思ってもなかったから、パリについてちゃんと調べたことなんてなかった。調べたら、「パリに行けない現実」に苦しくなりそうだったから。夢の場所だと思っていた場所に、本当に行けるなんて。何度も何度も読み返す。どんな小さな文字も抜けなく丁寧に拾っていく。まだ実感が湧かない。

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絶対にルーブル美術館は行きたいし(死ぬまでにしたい100のことリストに書いてある)、大好きな印象派絵画が揃うオルセー美術館、オランジュリー美術館にも行きたい。大好きな「プラダを着た悪魔」で、主人公アンディが携帯を投げ捨てるコンコルド広場も外せないし、ルノワールの、ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットの作品の舞台になったレストランも絶対に訪れておきたい。ロートレックが足繁く通ったムーラン・ルージュも見たいし……。ミーハーな私の行きたいところリストはどんどん長くなる。

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ガイドブックの中に、「蚤の市」と呼ばれるものが載っていた。「蚤の市」ってなんだろう。

説明を読むと、フランスのアンティークやヴィンテージ雑貨やアクセサリー、お洋服や家具などありとあらゆるものが揃っているらしい。リサイクルショップ大好き人間として、これは外せない。「掘り出し物が見つかるかも」というフレーズに心を鷲掴みにされる。ガイドブックに載っていた、クリニャンクール蚤の市とヴァンヴ蚤の市も、「行きたいところリスト」に加える。


フライトの時間も踏まえると、行ける場所と時間は限られている。慎重に優先順位をつけ、移動の時間、方法を調べていく。

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私はパリが、というよりヨーロッパ自体が初。電車の乗り方、言葉、文化、ほとんど何も知らない。一方で、今回一緒に行くことを快諾してくれた彼は以前一度、パリを訪れたことがあるそうだ。

となると、微妙に行きたいところが異なる。私は鉄板どころを回りたいし、あと、さっき見た「蚤の市」という場所は、たっぷり時間を使いたい。リサイクルショップと蚤の市の違いはよくわからないが、でもきっと、私はここが好きだと思う。一方彼は、そもそもお買い物に興味はないし(以前リサイクルショップに一緒に行って、私があまりに長時間滞在するのでうんざりしていたんだと思う)、初渡航の際に訪れられなかった場所を回りたいらしい。ならば同じ希望の行き先は一緒に生き、夜ご飯は一緒に食べ、日中は別行動をしよう、ということになった。

旅先で一人で自由に動く、なんて経験も人生で初めてだ。たまらなくワクワクする。

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滞在先はAirBnBで探すことにした。せっかくなら「暮らすように旅しよう」、というのは良い表現で、本当の理由は、こっちの方がホテルより断然コスト的に安いし滞在しやすいから。6泊ともなると、洗濯や自炊ができないとしんどくなってくる。

行きたいところリストの中で、最も優先順位が高い場所が、ルーブル、オルセー、そしてクリニャンクール蚤の市になった。これらの近辺で手頃な価格の滞在先を探す。

そこで見つけたのが、シャトー・ルージュという場所にある18区にあるアパルトマン。コンパクトで素敵なアパルトマンで、最寄り駅からなんと1分だ。さらにモンマルトルまでdeux pas(2歩)と書いてある。フランス流の表現だろうか。2歩ってことは地図をみても100%嘘だとはわかったが、たぶんかなり近いんだろう。何より法外に安かった。そして、一番行きたいクリニャンクール蚤の市の最寄駅にも近い。完璧。言うことなしだ。

中心地っぽそうなオペラやルーブルやオルセー近くのホテルはどこも高額だったし、何よりアパルトマンがほとんどなかった。彼に「ここにしよう」とAirBnBの部屋を提案し、すぐに予約の手配をした。

……と、ここでパリを知らない方に伝えておきたい。日本人が滞在するのは、治安と交通の便の観点から、1〜16区がおすすめだ。18〜20区、特に19、20区危険なので滞在を避けるのが賢明。なのだが、この時はあまりにも知識がなく治安のことなんてわからなかった。平和な日本で育ってきて完全に平和ボケしていた私は、危険なエリアが存在することを理解していなかった。あの時に私に教えてあげたい。

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東京から乗り継ぎを経て、約20時間。パリのシャルルドゴール空港に降り立ったのは夕方に近い時間だった。しかし外はまだ明るい。ああ、パリについた!ついに着いた!

空港からパリ市内へ出る方法は3つ。RERという列車のB線に載ってパリ市内へ向かう方法。これはとても治安が悪くスリが多いからおすすめできない、とガイドブックに書いてあった。一番安価な移動手段なのだけれど。

2つめは、オペラ・ガルニエという、パリ市内の真ん中まで直通で出ているバスに乗る方法。ノンストップなので乗り換えもなく治安の心配もないらしい。価格も良心的だ。電車より、少し高い。

3つめがタクシーでの移動。まだUberやBoltなどが全盛期になる前。タクシーはパリ市内まで固定金額だが、それでもボラれる可能性もあるらしい。正直初フランスで、英語もフランス語もできない私と彼にとって、ハードルが高い。

ということで、贅沢はできない身なのでRERのB線に乗った。空港を出発し、窓の外を食い入るように見る。というのも、以前、VOGUEの敏腕スタイリスト、グレイス・コディントンが、「パリの街にきたら移動中は絶対に眠らずに、街の景色を見る様にしているの。どこを切り取っても美しいし、インスピレーションに溢れているから」とドキュメンタリーで言っていたのを覚えていたからだ。

しかし、見れども見れども、空港からパリの市内に向かう郊外の景色は「美しい」には程遠い景色。お世辞にも上手いとは言えないグラフィティアートが、線路の両側に走る灰色のコンクリートにびっしり描かれている。地面に目を落とすと、ありとあらゆる種類のゴミだらけ。グレイス、あなたが見ていたパリはパラレルワールドなの?

市内に近づくにつれ、どんどんと電車に乗客が乗ってくる。イメージしていたフランス人はほとんどいない。ベレー帽か何か帽子をかぶって、ボーダーの服を着て、栗色かブロンドのヘアのシンプルなスタイリングの白人をイメージしていた。とんでもないステレオタイプだな、と思わされるが、パリなんて、日本のメディアを通して見るパリしか知らなかった。だいたいの日本人が抱えるパリ像、フランス人像も、私も例に漏れず持っていたわけだ。パリはあくまで「花の都」だし、キラキラしていて、みんなバゲットを抱えてエレガントなファッションをしている。だって、「フランス人は10着しか服を持たない」にそう書いていたから。

しかし、現実のパリ(なはずだ)の電車に乗り込んでくるフランス人たちは、肌の色もバラバラであれば、服装もてんでバラバラだった。そして、黒人の多さにびっくりする。さらに、中東系と思われる方々の多さにもびっくりした。その列車に乗り込む人々の中に、白人の姿はほとんどいなかった。

あれ、私、パリにきてるよね?と日本で見ていたイメージとあまりに違う様子に違和感を感じつつ、スリ対策で斜めがけのショルダーバッグを大事にぎゅっと抱える。この仕草がもはや「私観光客です!」のプレゼンテーションに他ならないのだが。

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北駅に到着し、メトロの4番線に乗り換え、滞在先のAirBnBがあるシャトー・ルージュへ向かう。この線もとても黒人が多く、日本で見ていたパリのイメージと全く違う。ガイドブックに登場していたフランス人も、みんな白人だった。なんで白人しか載せないんだろう。なんでこのリアルを載せてないんだろう。モヤモヤとした気持ちが募る。

初めてのパリ。憧れの地へ来れたはずだからこそ、心から喜びたい気持ちと、でも今の所全くそのパリにきた実感を得られないままの、ピリリと緊張感のある移動。気分全開で楽しんでいいのかわからない複雑な感情を抱えたまま、メトロ車内にある路線図を見る。すると、目的地であるシャトールージュ駅に大きく「×」と印が貼ってある。よく見ると、工事中で2017年まで使用ができないらしい。

しかたないので、1つ前のMarcadet - Poissonniers駅で降りて歩くことにする。不安が募る。うまく辿り着けるといいんだけど。

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マルカデ・ポワッソニエール駅に到着し、エスカレーターのないメトロの階段を、大きなスーツケースを抱えてゼエゼエ登ると、目の前で衝撃のシーンに出くわした。

階段を登ったところに、大きなダンボールをテーブルがわりにして、そこにクロスをひいて、頭にかぶるにしてはどう考えてもカラフルすぎるカツラを売っている黒人の方々がいた。物色している方々も黒人。その段ボール商人たちの隣には、とうもろこしと栗を焼いている方がいる。なぜカツラ?栗?なぜとうもろこし?と不思議に見ていたら、いきなり大声で叫びながら走ってくる警官たち。ぎょっとしてそちらを見ると、ダンボール商人たちが勢いよく段ボールを蹴りとばり、商売品であるカツラをかき集め布で包み、とんでもないスピードで逃走する。その一部始終を呆然と見つめる私。な、何が起こったんだ?わたし、花の都、パリに来たはず…… ここは、いったい……

フランス語が一切わからない私でも、警察がブチ切れていることは言語を飛び越えてわかるものだ。そんなことに妙な関心をしてしまう。しかし、美しいパリは、どこに……?わたしはいったいどこに来たんだ。エッフェル塔なんて存在しないんじゃないか。RER B線からメトロ4番線に乗り継ぎ、今の所まったくパリの綺麗なところを見ていない。おいおいガイドブックと違いすぎるじゃないか。不安すぎる。半泣きになる。パリってこんな怖いところなの。早く安全なところへ……とりあえず、なんとかアパルトマンに向かう。

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やっとのことでアパルトマンに到着。しかしここでもまたプチトラブル。

ヨーロッパの家の鍵は、防犯のため2回転程度ぐるぐるっと回して開けるのだが、それすらも知らない我々純度100%の日本人観光客は、アパルトマンに入れず無駄な格闘する。鍵を2回転させるなんて発想がそもそもなく、差し込んで日本式で1回転させてみるが一向に開かない。「壊れている」と勘違いし、AirBnBのオーナーさんに連絡。すると幸いなことに近くに住んでらっしゃりすぐに駆けつけてくださった。2回まわすのよ、とびっくりな開け方を教わり、なんとか中に入れた。オーナーさんは、ガイドブックで見ていたようなフランス人だった。白人のフランス人もいるんだ、と上の空で思う。

日本からの、乗り継ぎを含む20時間以上の長旅を経て、やっとのことでアパルトマンに到着した時には、もうぐったりだった。ふらふらとベッドに倒れ込み、やっとここで気が抜けた。空港についてから、「パリは危険だ」とガイドブックに散々書かれていたので(あんなにキラキラな景色しか載ってないのに)ずーっと気を張っていた。時差ぼけも相まって、強烈に眠い。

「何か夜ご飯と朝ごはん、買いに行こう」と彼に言われるも、外でついさっき見た違法販売のダンボール商人のショックが地味に大きく、「外に出るのが怖い」と弱音を吐く。「同じ人間だよ」と言われるが、日本であんな露骨な違法販売と警察沙汰、昔大阪で住んでいたグレーなエリア、大国町でも見たことない。(西成の近くなので治安があまり良くないエリアとされている。現在は随分変わった)

とはいえ、お腹は空くし、しかたなくスーパーに行く。しかし、シャトールージュ近辺を歩くのが怖い。明日から観光に回るのに、本当に大丈夫だろうか。楽しめるだろうか。あんなにパリに来たかったのにな、と落ち込む。私はどこに来ちゃったんだろう。私が思い描いていたパリなんて、幻想だったのかもしれない。初日から、「もうパリなんて二度と来たくない」と思ったりする。

それは、過度の期待と、現実とのギャップがすごかったこともあるし、何より怖かった。きっと、安全なエリアに泊まっていたら、きっと少しでもパリらしい美しいものが見れていたら、こんな気持ちにはならなかっただろう。こんな怖いところ、もう二度と来たくない。人生で、これで最初で最後のパリにしよう。そう心に決めて、翌日からの観光に臨むことを決め眠りにつく。

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時差ボケで早朝に目が覚めた。実質、パリ滞在1日目。今日はいよいよルーブル美術館だ。そのあと凱旋門とシャンゼリゼ通りに行く予定を立てている。眠ったことで気持ちがリセットされ、昨日の恐怖は少し和らぎ、俄然楽しみになっていた。気を取り直して外出の準備をする。

ドキドキしながら外にでて、メトロを乗り継ぎルーブル美術館へ向かう。

初めてのルーブル美術館。ピラミッド前で。

朝9時。ルーブルに着いた瞬間、気分は一気に爆発した。ガイドブックで見ていたパリだ!やっぱり私はパリに来たんだ!

この時期、テロ事件のあとということもあり、どこもとても空いていた。その代わり、どこに入るのにも空港並みの厳重なセキュリティチェックがあった。

NIKEのモチーフにもなっている、サモトラケのニケ。人が少なく写真が撮りやすい。
絵画を見る合間に、ルーブル内のカフェで一休み。

オレンジジュースでさえ、とんでもないおしゃれさに衝撃を受け震える。今見ると普通だけど、フランス語の文字の並びがオシャレすぎて、ときめいた。

美しい彫刻たち。


太陽王アポロン、ルイ14世のお部屋。

日本で見たことのない圧巻の豪華絢爛さに言葉を失う。もう二度とこない場所だから、全部残しておかなきゃ。カメラロールに一気に大量の写真が積み重なっていく。

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たっぷりルーブルを堪能し(改め、全てを見るのは不可能だと諦め)、行きたかった次なる目的地へ向かう。美術館をじっくり回ったあとなので体力は消耗しているが、何より思い描いていたパリがそこにあって、興奮が止まらなかった。これだ。これだ!私が思い描いていたパリはこれだ!

映画「プラダを着た悪魔」が大好きなわたしは、ここは絶対に来たかった。

この時点ですでに夜19時くらいだったが、まだ明るい。5月は21時、22時くらいまで明るいパリ。そんな非現実感にもより一層テンションは上がる。

夕食はシャンゼリゼ通りのレストランでいただいた。ムール貝を食べた記憶がある。食事を終えて外に出ても、まだ明るい。凱旋門まで歩いてみる。

21時くらいでこの明るさ。

パリに住んだ今となっては普通のことになってしまったが、初めてパリに来たこの時、21時という明らかな夜にこの明るさで外が歩ける幸せは、なんとも言葉にしがたいものだった。1日を2倍くらい楽しめている感覚。早朝から夜まで歩き倒し、堪能しまくった。ああパリに来た!到着直後のパリに対するショックは和らぎ、非現実を味わい尽くす。

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明くる日は、オルセー美術館と、オランジュリー美術館へ。音声ガイドを借りて、日本語のガイドを聞きながら回る。大好きな印象派の作品をこれでもかというほど見られる贅沢さに驚く。時間がどんどん溶けてゆく。

ここで、エドガー・ドガの戦略的な販売方法に度肝を抜かれた。絵画・作品の素晴らしさもさることながら、彼の生きていくための手段に、私はブランド運営のヒントを得た。私は天才肌ではない。「私はデザインで戦っても勝てない」と理解していたからこそ、売り方を学ぶ必要がある。ドガが、バレエダンサーの少女たちを狙うパトロンたちをターゲットとしてロックオンし、彼らのお眼鏡の少女たちだけを描いた。絶対に売れるものを描いたわけだ。(現代だとポリコレ的にかなり怪しいが)

明らかに求められているものを、つくること。わたしに求められるものは、なんだろうか。



楽しみにしている蚤の市は、いよいよ明日だ。土曜日と日曜日にならないと開かないらしい。毎日2万歩以上歩いている。アパルトマンに着いた瞬間、疲れがどっと押し寄せ泥のように眠る。

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土曜日。スーパー夜型な私も、時差ぼけでありがたいことに早起きが維持できているパリ滞在。ヴァンヴ蚤の市は、9~13時ごろまでとのことで、こちらから先に向かった。

はじめての蚤の市。

緊張しながら入り口付近のスタンドに近づいた瞬間、全身に、無視できないほどの大きな波が押し寄せた。古いものが放つ、甘く埃っぽい匂い。遠くで響く、誰かのフランス語の笑い声。身体中の細胞が「ここだ」と、一斉に叫んでいる。

ああ、私、ここが好きだ。

まだ何も見ていないのに、泣きそうになる。なぜ泣きたいのか分からない。でも、この場所に、ようやく「辿り着けた」ような感覚が、どうしようもなく嬉しかったのだ。

入り口に一番近いスタンドで、私の足は完全に止まった。 開かれた木の箱に、無造作に詰め込まれた、あまりにも光を放ったヴィンテージイヤリングたち。

なんて、美しいんだろう──。


なんて美しいんだ、と。思わず動けなくなってしまう。手に取りたい衝動に駆られる。でも触れられない。

ガイドブックで「フランスの蚤の市では無言で商品を触られるのを嫌がられる」と読んでいたせいだ。触りたいけど触れない。だけど、スタンドのムッシューになんと話しかけたらいいかわからない。ムッシューは隣のスタンドのおじさんとなにやら和気藹々と話している。無言で美しいヴィンテージたちを凝視しながらもじもじすらできず動けないでいると、ムッシューが突然、

「ボンジュール、マドモワゼ〜〜ル!!」

と、こちらが恥ずかしくなるくらい声高に叫び、当時フランス語が全くわからなかったわたしも、ボンジュール(こんにちは)と、マドモアゼル(お嬢さん)はギリギリ理解できた。「これはたぶんわたしだ」と、顔を上げておそるおそる声の主の方を向く。

そこには顔一面をくしゃくしゃにした、最高にキュートな笑顔のおじいちゃん。

これいいだろ?見てごらん、そんなようなことを言ったんだと思う。

わたしがのぞいていた木のジュエリーボックスを手に取り、蓋を閉じる。すると表面には繊細な日本画が。たどたどしい英語で説明をしてくれる。聞くと彼のお母さまのジュエリーボックスだったのだそう。彼のぶつ切りな英語が、かえって理解しやすくありがたい。

日本。なんという巡り合わせ。

入っていたイヤリングは、片耳しかないものがほとんど、両耳揃っていても壊れたものがほとんどだった。美しいけれどどうしようかな、しかも値段がついていないし、法外な値段を言われるかもしれない……。ためらい、びびり過ぎて、ジュエリーボックスの中から両耳揃っていて壊れていない数ペアを、お土産として、ちまちまと選ぶ。

ムッシューに差し出すと、「え?これだけ?」と不思議な顔。「箱ごと全部君にプレゼントするよ。見て。日本の絵柄だし、これは君が日本に持って帰るのがベストだと思う。」

そう言って、信じられない破格で譲ってくださった。信じられなくて、嬉し過ぎて、そんなことってあるのか、でも今確かにそういった……!

思わずジュエリーボックスを抱きしめる。
メルシー、メルシーボークー!

片耳しかないイヤリングが、どういうわけか、私の元にたくさん巡ってきた。完璧でない、欠損のイヤリング。それはまるでわたしだった。デザインで戦えない、デザイナーとして一人前になれないわたしを、その片耳のイヤリングの中に感じる。この子たちは、私のものにくるべくしてきてくれたんだろう。この美しい壊れたイヤリングを、リメイクして、使えるようにもう一度息を吹き込んでみたい。それは、私にしかできないものになりそうな予感がする。

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おじいさんから譲っていただいた木の箱に入ったイヤリングと、大きな奥義型の金具が、歩くたびにバッグの中でかちゃかちゃと幸せな音を立てる。なんて幸せなんだろう。なんて素敵な出逢いなんだろう!

そして、立て続けに素敵な出会いに恵まれる。

スタンドを丁寧に1つずつ見て回る。もう、ときめきが止まらない。そして、やはり目につくのはコスチュームジュエリーだった。このヴィンテージイヤリング。「こういう大胆なデザインが作れるようになりたい」そんな決意も込めて、購入した。この時のInstagramの投稿には、こんなふうに書いてある。

「自分の小さなお店を持つ、というのが昔からの夢で、そこに置くためのものを地道にこつこつと集めている。」

そして、6年後。この夢は実現する。

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そして、こんな素敵なジュエリーやパーツにも出逢って。自分のお土産として買ったが、わたしは我慢できずにカフェに駆け込み、写真を撮ってInstagramにアップした。パリのヴィンテージって、可愛すぎませんか?これ素敵じゃない?って、フォロワーさんに見せたくて。

すると、今までにないくらい、コメントやDMをいただけた。

「かわいい!」
「すてき!」
「これ、いつ販売ですか?」

その瞬間に直感した。

これ、売れる──

わたしは急いでキャプションを書き直し、「新作準備中」maruo new collection Coming soonと記載した。我ながらこの切り替えには呆気とられる。とにかく興奮していた。これだ!

今まで、「売りたいもの」を捻り出して考えていた。「わたしのできること」を頭を使って考えてやっていた。そこに、初めて「求められること」の種を、ヴィンテージに見つけた。これだ。これをやろう。これでいこう!ドガ、わたしはヴィンテージにロックオンすることにした!

──

蚤の市での初めてのお買い物がこんな具合だったから、わたしが嫌いになりそうだったパリに魅せられ、蚤の市の虜になってしまったのはとても自然なことだったように思う。ここからはじまった。

Instagramを見てくださっていた皆さんが、パリのヴィンテージでつくるコスチュームジュエリーへ、自然と導いてくださった。みなさんがヴィンテージに興味を持ってくださらなかったら、今のmaruoは確実になかったと本気で思う。

みなさんが手を引いてくださった道。

改めて思う。この時と変わらず、目の前の方が求めてくださることに全力投球していこう、と。

光はいつだって、「期待」と「好き」が交差する場所に、静かに灯っている。


<つづく>




執筆後記

第8弾となった「物語としての人生」。約2ヶ月、毎週連載してきていて、これが本当に楽しいです。お読みくださる皆様、本当にありがとうございます。

パリにいつから行き始めたんだろう、と振り返ると、独立して1年も見たない頃だったと知り、改めてびっくりしています。ずいぶん長いこと、パリにお世話になっているようです。

人生とは本当に不思議なもので、二度とくるもんか、と思ったパリに、その後3ヶ月に一回通うことになり、仕舞いには移住までしてしまいました。この記事も、パリの自宅から執筆しています。パリと私の出会いは最悪だったけれど、最悪な印象から始まったからこそ、いいところを見つけるたびに、どんどん好きになれました。恋愛みたいですね。不思議です、本当に。

初めてのパリでは、たくさんの出逢いに恵まれました。奇跡のような出逢いが重なり、今のmaruo vintageがあります。当時のことを思い出すと、本当に、パリの全てのものにいちいち感動していたし、感情を揺さぶられていたなあと感じます。

次回も、パリ初渡航編が続きます。

今日の文章が「よかった」とか「次も読みたい」、と思っていただけたら「スキ」を押していただけますと、執筆の励みになります。
いつもありがとうございます。

毎週土曜日に、エッセイを更新していて、この記事の連載、人生の物語は毎週火曜日18時に更新しています。
また来週、お会いできましたら幸いです。


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