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本好きのためのnote。人生で一度は読みたい本。名作の本棚❸

誰にでも思い出の本があるはずです。学生の頃、学校の図書館で借りて読んだ本。
 
国語の授業の教科書に載っていた本。そして、通勤電車の中で読んでいた本。
 
会社のトップが「社内報」でお勧めしていた本。でもまだまだ、読んでいない本もたくさんあるはず。
 
人生で一度は読んでおきたい本を集めて、本棚にして見ました。


ピーター・F・ドラッガーの『マネジメント』

ピーター・F・ドラッガーの『マネジメント』と言うと、企業にお金儲けのノウハウを教えるハウツー本のように思いますが、実際は「人間が如何に幸せに生きるか」を、ドラッカーは説いています。

より良い社会を築いてゆくための、組織づくりを書いたのが『マネジメント』なのです。

この本は、お金儲けのための方法ではなく、人が働く社会が、正しい社会であるための方法が、したためられています。

企業が行うことは、企業は何を売りたいかでなく、顧客が何を買いたいのかを考える事だと言います。

そして、ドラッカーはこのように言っています。

「企業とは何かを知るためには、企業の目的から考えなければならない。企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関でありその目的は社会にある。企業の目的の定義は1つしかない。それは、顧客を創造することである。」(マネジメントより)


ドラッガー『マネジメント』は幸せの経営書

「もしドラ」と言う言葉はご存じでしょう。

『もし高校野球部の女子マネージャーが、ドラッガーの「マネジメント」を読んだら』が、ベストセラーになったからです。

『マネジメント』と言うと、企業にお金儲けのノウハウを教える、ハウツー本のように思いますが、実際は「人間が如何に幸せに生きるか」その組織づくりを教えているのです。

この『マネジメント』の中で、ドラッガーは「仕事を通じて働く人を活かす」と述べています。

これは、現代社会では人は何らかの組織に属して、その組織で人生の大半を過ごし収入を得ています。

そうだとしたら、多くの人が働いている、その組織を良くすれば、組織の集合体である社会も、いずれ良くなるという考えを、ドラッガーは持っていたのです。

だから、高校野球部の女子マネージャーは、野球部を取り巻く学校や、地域の環境を良くすることが、野球部の勝利に繋がることを知っていたのです。


アランの『幸福論』で幸せになれるのか


『幸福論』には、世界三大『幸福論』があると言います。

ヒルティの『幸福論』1891年、アランの『幸福論』1925年、ラッセルの『幸福論』1930年です。

その中でも、人気が高いのはアランは『幸福論』です。

アランは、フランスのノルマンディー出身の哲学者で、フランスの後期中等教育機関「リセ」の教師をしていました。

彼の幸福論を概略で言うと「幸福になろうとしないと、幸福にはなれない。そして、それは心と体の使い方で決まる」と言うのです。

アランは幸福や不幸は自然に降って来るものではなく、自分で作り出すもの、不幸に感じている人は、得てして周囲や環境の悪さをその原因にしている。

マイナス思考に向いてしまい、不幸を呼び寄せている。幸福になるには、自分の不幸を他人に話してはならぬと諭しています。

そして、「幸せにはキリがない」とも、言っているのです。


アドラー心理学の『嫌われる勇気』

世間では「嫌われる」と言うキーワードで、2つの話題が持ち上がった事がありました。

一つはメジャーリーガーだったイチローさんが、SMBC日興証券の「おしえて!イチロー先生」で語った「他人から嫌われるの大好き」と言う発言で、

好かれるために迎合するのではなく、プロ野球選手として結果で評価して欲しいとしていました。

それは、ストイックな生活や行動をして、結果を出して来たイチローさんらしい言葉でした。

もう一つは、アドラー心理学を紹介した本として有名になった『嫌われる勇気』です。

この本は、岸見一郎・古賀史健の共著で刊行され、その副題は「自己啓発の源流「アドラー」の教え」と言うものです。

アドラーは、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と断言し、対人関係を改善していくための、具体的な方策を提示しています。

人生には色々な苦しみがありますが、そのすべての悩みの原因は、対人関係だとマドラーは言い切るのです。

他の人から認められたいと言う、承認欲求を充たすために、嫌われないように立ち回る生き方は不自由極まりない、その開放のために、嫌われる勇気を持ちなさいと言っているのです。


お金の名著ベストセラー『バビロンの大富豪』


20世紀初頭にアメリカで出版され、多くの成功者を生み出した、不朽の名著『バビロンの大富豪』は“元祖・お金のベストセラー”とも言うべき作品です。

古代の寓話を元に、堅実な利殖と倹約の大切さを説き、多くの人々に、世界大恐慌後の生き残りの道筋を示しました。

古代バビロニアの首都、バビロンで暮らしていた貧乏な武器屋バンシルは「どうして自分は貧乏なのか?」「どうやったらお金持ちになれるのか?」と、その答えを知るために、バビロンで一番の大金持ちのアルカドに聞きに行きます。

アルカドはバンシルを見て、可能性を感じ、その答えを話すことにしました。

アルカドは「黄金を生み出す5つの法則」を授け、金貨を2倍にするまで、バビロンに戻って来てはいけないと言う、厳しい試練を与えました。

そして、それ以上にお金を増やすのに必要なことは「守りたいもの」を持てと言うことでした。

「守りたいもの」が自分を成長させてくれる礎となり、守るべき存在は、自分を強くしてくれるものなのです。

そして、それがあれば、何度も戦えると言うのです。


『君たちはどう生きるか』子供のための哲学書


吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は、1937年(昭和12年)に刊行されました。昭和12年と言えば、第二次世界大戦が始まる2年前のことです。

その本が近年コミックとして出版され、大きな脚光を浴びました。

この本のテーマは、いじめ、貧困、差別などに対して、如何に勇気を持って立ち向かうかを、考えさせられる内容です。

主人公のコペル君はおじさんに相談します。

友達がいじめに遭っていて懲らしめたところ、その兄が仕返しに来ます。

みんなで暴力に立ち向かおうと誓ったのに、その場にいたコペル君は、怖くて隠れてしまいます。そのため、友達たちは傷を負って泣いていました。

そのことで友達たちは、裏切り者のコペル君を無視した事で、コペル君は不登校になってしまいます。

そんな状況を改善したく、コペル君は、おじさんに仲介を頼むのですが、おじさん答えは…

「コペル君、いま君は、大きな苦しみを感じている。なぜ、それほど苦しまなければならないのか。それは、君が正しい道に、向かおうとしているからなんだ。」


沢木耕太郎『深夜特急』


全6巻と、気合を入れないと、読破に時間が掛かる本が、作家の沢木耕太郎さんの紀行小説『深夜特急』です。

1986年に第1夜が刊行され、既に40年経ち現在では、新潮文庫で6冊に分冊化される形で刊行されています。

イギリスのロンドンまでを、バスで一人旅をするため、日本を飛び出した26歳の主人公「私」の物語です。

仕事をすべて投げ出して旅に出て、途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて思わぬ長居をしてしまう、筆者自身の実話に基づいた、貧乏旅の魅力を最大限に引き出した作品です。

ただあてもなく異国の地を彷徨い、見るものすべてが新鮮で、日本の常識など当然通用しない、危険と隣り合わせの、行き当たりばったりのこの旅が、なぜか魅力的に映るのす。

この本はバックパッカーの間で、いわばバイブル的に扱われる本となり、80年代と90年代における、日本の個人旅行ブームの一翼を担った本だったのです。


住野よる『君の膵臓をたべたい』


とても衝撃なタイトルですが、胸が熱くなる素晴らしい物語です。

ある男子高校生と、余命わずかな女子高生の日常を描き、読み終われば、このタイトルの素晴らしさに気づかされます。

高校二年の四月、高校生の春樹は、盲腸の手術後の抜糸で病院を訪れ、ロビーのソファに置かれた一冊の文庫本を見つけます。

書店のカバーが掛けられていて、外すと本来のカバーはなく、太いマジックで手書きで『共病文庫』と書かれていました。

春樹がページをめくると、共病文庫は日記で、そこには膵臓の病気で数年内に死んでしまうこと、家族以外には内緒にしていることが書かれていました。

見てはいけないと本を閉じますが、声を掛けられ、振り向くと持ち主の少女が立っていました。少女は春樹のクラスメイト・山内桜良で、彼女の秘密の日記帳だったのです。

彼女は共病文庫に書かれている事が真実であり、クラスメイトには内緒にして欲しいと言い、何もない様子で病院を後にします。

翌日、桜良は春樹と同じ図書委員に立候補し、それから二人の交流が始まります。

そして最後に春樹が、桜良に送ったメールが「君の膵臓をたべたい」だったのでした。


『神様のカルテ』読書好きが賞賛する本


『神様のカルテ』は、医師の夏川草介さんによって執筆された、医師たちの生活を綴った小説でシリーズ化されています。

夏川草介さんはペンネームで、それぞれの文字を著名な作家からとっていて、「夏」は夏目漱石から、草介の「草」は漱石の作品『草枕』からが由来です。

『神様のカルテ』では、主人公が夏目漱石の大ファンで『草枕』を暗唱していて、これは作者自身がモデルのようなのです。

主人公の医師は、長野県の地方病院に勤務していましたが、大学病院からスカウトの話が来たことで、

現在よりも良い労働環境で、最先端の医学を研究できる条件に、心は揺れ動き苦悩する中で、医師の在り方を自問するのです。

小説の中で、藤村の『夜明け前』、漱石の『草枕』『彼岸過迄』『夢十夜』『こころ』など多くの作品が登場します。

主人公が、夏目漱石の『吾輩は猫である』に、登場するような口調で話すことで、読書心をくすぐる小説に仕上がっています。


ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー


この本の著者ブレイディみかこさんは、1965年に福岡で生まれ、高校卒業後アルバイトと渡英を繰り返し、1996年からイギリスの南端のブライトンに在住し、

ロンドンの日系企業で数年勤務した後、イギリスで保育士の資格を取得し、働きながらライター活動をしていました。

ブレイディみかこさんのご家族は、アイルランド人の夫と、息子さんが一人います。

配偶者の夫は、ロンドンの金融街シティにある、銀行に勤めていましたが、数年後にリストラされると、子供の頃からやりたかった、大型ダンプの運転手に転職しました。

日本人の母と、アイルランド人の父の間に生まれた息子さんは、自分のアイデンティティが、日本なのか、イギリスなのかに悩みながら、思春期を迎えたのです。

そしてある日、ブレイディみかこさんは、息子さんの部屋にある、机の上の国語のノートの、落書きが目に入ったのです。

青い色のペンで、ノートの端に小さく体をすぼめて、息を潜めているような筆跡で、「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」と書かれていたのです。

この本は、そんな少年にとって、アイデンティティや、イギリスの教育や社会とは何なのかを、説いているのです。



人生の最後になに食べる『ライオンのおやつ』


人生の最後に食べたいおやつは何ですか?食べて、生きて、この世から旅立つ。すべての人にいつか訪れる話の小説があります。

それは『本屋大賞』受賞の、小川糸さんの『ライオンのおやつ』です。

不治の病が見つかり瀬戸内海のホスピス「ライオンの家」へ向かう主人公が船に乗り、代表のマドンナに会うためにやってきます。

その道中で、マドンナはどんな天使なのかと考えたり、5年前に父親に会った事を思い出しながら、船上の人となっていたのです。

主人公は、健康な頃は、明日が来ることが当たり前と信じて生きていましたが、それは本当はとても、幸せなことだったと悟ったのでした。

海が見られるホスピス、そこには、暖炉がある「おやつの間」があり、そこでは、毎週日曜日午後3時からお茶会があり、

選ばれた1種類のお菓子が、全員に提供されると言う、人生の最後を考えさせられる物語です。


「最後までお読みいただきありがとうございました!当アカウントでは主に、本や読書についての感想や思い、そんな思いを詩などの創作作品にして掲載しています。

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