【序論】原作【推しの子】完全肯定論:その駄作説を最終的かつ不可逆的に論駁する
In Defense of the Manga 𝑂𝑠ℎ𝑖 𝑛𝑜 𝐾𝑜:
The Definitive Refutation of Its So-Called Failure
【Introduction】
【推しの子】(赤坂アカ×横槍メンゴ)は、世界漫画史の一頁にその名を刻むべき不朽の傑作である。
それを今から全8章で簡潔に証明する。
……とは言え、全回を通読される程の関心・根気・時間のある方などそうそうおられぬことは承知している。
よって、まず全体の要約と構成を以下に示す。
これら11回分のnoteは本日以降、順次公開される予定である。
各章の内容は原則として独立しており、また必要に応じて「第◯章参照[↩︎]」などと付記し、かつリンクも張ったので、まずは特にご関心のある章のみ気軽にご覧頂ければよい。
🟥 全8章の要約 (Summary of the 8 Chapters)
漫画【推しの子】のストーリーにつき「重大な矛盾点」や「未回収伏線」としてこれまで指摘されている諸点は、悉く無知蒙昧な一部の読者による誤読・曲解・事実誤認に基づくものである。
当該作の連載と完結に伴ういわゆる「炎上」は、極めて優れた文化的コンテンツがネット上で暴力的に貶められ、一方的に「駄作」のレッテルを貼られるに至った悲劇的事例の一つであった。
当該作の結末でヒロイン:有馬かなが、主人公:星野アクアの葬式においてその遺体を殴打するシーンは「非倫理的」「死体損壊罪」「ヒステリー死体ビンタ女」などと大炎上し、当該作品がネット世論において「駄作」と断定される為の有力な根拠となったが、しかし実のところは、これこそ紛れも無く漫画史上最も美しい告白シーンの一つなのである。
当該作のヒロイン有馬かなに対する異様なまでのバッシングは、上の死体ビンタに関わる基本的な誤解の他、或る種の歪んだ処女性信仰が物語展開上の必要から、ほんの僅かだけ傷付けられた(ように受け取られた)ことに対する過剰な失望と怒りとに大きく由来している。
私見によれば、万が一にも当該作のアニメ版3・4期において無用な原作改変が行われ、その非常に優れたシナリオが「低リテラシーのアンチキッズに迎合する」というただそれだけの為に敢えて損なわれるようなことがあったならば、それは恐るべき「文化的キッズポピュリズム」到来の先魁となることであろう。
🔷 全11回の構成 (Outline of the 11 Articles)
総目次
【序論】原作【推しの子】完全肯定論(本ページ)
【第1章】有馬かなバッシングと処女性信仰①──絶望の枕営業篇[↩︎]
【第2章】有馬かなバッシングと処女性信仰②──愛の死体ビンタ篇[↩︎]
【第3章】「矛盾だらけ説」の検証──特に心中事件の時系列矛盾説について[↩︎]
【第4章】「未回収伏線だらけ説」の検証①──結末篇[↩︎]
【第5章】「未回収伏線だらけ説」の検証②──総合篇[↩︎]
【第6章】「心理描写が雑過ぎる説」の検証①──ルビー・有馬・あかね・カミキ篇[↩︎]
【第7章】「心理描写が雑過ぎる説」の検証②──アクア篇[↩︎]
【最終章】結論──文化的キッズポピュリズムとの闘い[↩︎]
【補論1】雑多なバカ批判を手短に論破する①──対人戦の部[↩︎]
【補論2】雑多なバカ批判を手短に論破する②──対AI戦の部[↩︎]
(外伝:【推しの子】アンチスレに凸ってみた結果…[↩︎])
Contents
【Introduction】In Defense of the Manga 𝑂𝑠ℎ𝑖 𝑛𝑜 𝐾𝑜 (This page)
【Chapter 1】Kana Arima Bashing and the Virginity Cult (I): The Despair on the Casting Couch[↩︎]
【Chapter 2】Kana Arima Bashing and the Virginity Cult (II): The Loving Slap upon the Corpse[↩︎]
【Chapter 3】The “Full of Inconsistencies” Claim: Alleged Chronological Contradiction about the Double Suicide[↩︎]
【Chapter 4】The “Full of Unresolved Plot Points” Claim (I): On the Ending[↩︎]
【Chapter 5】The “Full of Unresolved Plot Points” Claim (II): In General[↩︎]
【Chapter 6】The “Too Sloppy Psychological Descriptions” Claim (I): Ruby, Arima, Akane and Kamiki[↩︎]
【Chapter 7】The “Too Sloppy Psychological Descriptions” Claim (II): Aqua[↩︎]
【Final Chapter】Conclusion: Against Cultural Kid-Populism[↩︎]
【Supplement I】A Brief Refutation of the Countless Witless Criticisms (I): PvP[↩︎]
【Supplement II】A Brief Refutation of the Countless Witless Criticisms (II): Vs. AI[↩︎]
まず【第1・2章】では、本作のヒロインである有馬かなに対する異様なバッシングの心理構造を解明する。
いきなり特定キャラクターを巡る話題から入ってしまい恐縮なのだが、しかし実にこれこそ、本作のアンチ一般に共通する極端な幼児性・狂気性・自己中心性を纏めて明瞭に示す事例なのである。
また駄作説の主要根拠の一つである、例の死体ビンタシーンに関する広汎な誤解を解いておくことこそ、第一に必要であろうと考えた。
もちろんルビー推しやあかね推しやMEMちょ推しその他の方々にもごく普通にお読み頂けるものなので、どうか「チッッッなんだいきなり重曹チャン布教かよ……」などと敬遠されずにご覧頂けると嬉しい。
個人的には、「アンチというほどではないが、しかし彼女のことはどうにも好きになれない」という方にこそ、この章をぜひ読んで頂きたいと思う。
次の【第3章】で、「【推しの子】のストーリーは矛盾だらけである」という通説の根幹を覆す。
即ち、「上原夫妻心中事件のタイミングが矛盾している」という「矛盾だらけ」説の最大にして唯一の根拠は、実は作者による巧妙なレッドヘリングと叙述トリックが、余りにもキッズ読者の読解力を超えて巧妙に過ぎた為に発生した、どこにも存在しない「矛盾」であったことを示したい。
【第4・5章】では、「【推しの子】は未回収伏線だらけである」という通説の根拠を片端から覆す。
加えて、アンチによって指摘されている諸々の「矛盾点」の内、【第3章】で扱ったもの以外の瑣末な例についても逐一その誤りを正して行く。
【第6・7章】ではキャラクターの心理を扱う。
「心理描写が雑過ぎる」というのもまた本作のアンチが愛好する定型句であるが、その真相は実のところ、本作の心理描写が余りにも高度かつ繊細に過ぎて、キッズどもには到底理解できなかったのだということを示したい。
とは言え、「これが雑」「あれも雑」と方々で非難されている具体例を全篇から一々取り上げていてはキリが無いので、今回は特に
「第二部(中堅篇以降)全般₍₁₎、特に最終巻でのアクアの行動・心理が意味不明」
「アクア亡き後、ルビーや有馬やあかねがどうやって立ち直ったのかが全く描かれていない」
「カミキヒカルの心理や、そもそも彼がどうして『闇落ち』したのかの説明が放棄されている」
──という代表的な批判を三つ選び、その全てが偏に文化的無知に起因する誤りであることを論ずる。
【最終章】は結論である。
それまでの議論を踏まえて、「そもそも【推しの子】という作品は何故こうまで炎上せねばならなかったのか?」という問いに対して一応の回答を示す。
そこでのキータームは「文化的キッズポピュリズム」となるだろう。
また併せて、本稿執筆の経緯等についても残った紙幅でごく簡単に触れたいと思う。
この【最終章】を以って、ひとまず本篇終了と見て貰って構わない。
その後には番外篇として【補論1・2】を予定している。
我々が現に見る異様なまでの【推しの子】バッシングは、各種SNSや『少年ジャンプ+』・YouTubeのコメント欄、またAmazonレビューや2chやまとめサイト……といったありとあらゆるネット言論空間の領域においてこれまで行われ、また今まさに行われている。
その勢いを殊に加速させたのが、検索サジェストが強制的に齎すネガティヴィティ・バイアスであった。つまり、
履修検討中の作品名を検索ボックスにぶち込んだら、忽ち「◯◯ 酷い」やら「◯◯ 駄作」やら「◯◯ 炎上」やら出て来て、「あっ、察し」てなって履修取り止めたわ……
……というアレであるが、【推しの子】についてはこれが特に酷かった。
更に酷いことには、多くの読者・視聴者の如く「推しの子 時系列」などでググるとトップに来るサイトからして、この作品を憚りも無く「ゴミ漫画」などと罵倒する最も悪質かつ低俗なアンチサイトなのである。
よって【補論1】では、これらのアンチサイトや個々のアンチ記事の内で特によく閲覧されていると思われるものをピックアップし、
実にこれらこそ悉く誤読と曲解と倒錯に満ちた、下劣かつ貧弱なる知性・感性・品性の持ち主によって記されしゴミサイト・オブ・ゴミサイト即ちただのゴミであることを淡々と示して行きたいと思う。
(言うまでも無く、上の自称時系列解説サイトこそ栄誉ある第一サンドバッグの座に吊るされることだろう)
それらの主張を一々潰して行く形で、これまでに触れられなかった有象無象の雑魚アンチ説をも効率よく駆除できるものと期待している。
(……ああそれと、これらはもう全部魚拓取ってあるから、今更消しても無駄だよアンチ諸君。せいぜいその汚ねぇ首でも洗って待っていろ)

最後の【補論2】はエキシビションAIディベートマッチである。
まずChatGPTくんに拙稿本篇を徹底批判させ、これに筆者が再反論して行く。
まあせいぜい余興のようなものと思って頂きたい。
🔷 最後に一言 (A Few Closing Words)
さて最後に言っておきたいが、「【推しの子】は駄作である」という強固なる俗説を覆す──という本稿の目的を速やかに遂行すべく、
駄作説論者の心情などに対する無意味な配慮は元より微塵もせず、片端から容赦無く攻撃して行く。
というのも、この作品に対しての現状のネット世論における不当極まるバッシングの様相それ自体が、そのような配慮など既に一切無用であることを明瞭に物語るものと考えるからである。
よって、
「終わり悪ければすべてゴミのゴミ漫画www」
「あーあ前半までは傑作だったのになあ~ 誰のせいで死体ビンタ漫画になっちゃったんだろうなあ~」
「赤坂アカってキャラクターへの愛が皆無なんだな 二度と読まんわ笑」
「アニオリエンド希望‼️ 絶対アニオリハッピーエンド希望😆😆😆‼️‼️」
──といった定型句的駄作説を捨て去るような気など毛頭無い頑迷な方々は、次回以降を読まれても全く以って時間の無駄であるからさっさと帰られたい。
アニメ勢・原作未履修者でネタバレNGの方についてもまた同様である。
故に、本稿の第一に想定される読者は、
「原作を最終巻まで履修済であり、自分としてはあの悲劇的結末が好きなのだが、しかしネット世論ではみな揃いも揃って『駄作駄作』と叫んでおり何とも悲しい。やっぱり自分の感性がおかしいのだろうか?」
──といった遣り所の無い思いを現に抱く、孤独にして正しき少数者たちであり、また第二に想定される読者は、
「アニメ勢で2期までしか観てないんだけど、これから色々と酷くなるって聞いて3期以降観るか悩んでる。でもみんなが言ってる『酷くなる』ってどんくらい本当なんかな?」
「原作もアニメも未履修なんやけど、なんかちょっと調べたら今世紀最大の駄作らしいから怖くて履修できない。ネタバレありでもええから、本当に駄作なんかどうか知りたい」
──といった、原作のあの比類無く美しい結末を初めて目にする唯一無二の機会を、脳味噌は小さいが声だけはでかいノイジーマイノリティ・イキりアンチキッズども₍₂₎などのせいで今まさに逃そうとしつつある、しかし未だ完全には逃し切っていない──そんな幸運な方々となるだろう。
──第1章へ続く──
◇ 註 (Notes)
(1)本稿では便宜上、原作1-8巻(アニメ1-2期)を「第一部」、9-16巻(アニメ3-4期予定)を「第二部」と呼称する。各出典表記の単行本巻数・話数・頁数は、註記無き限り全て【推しの子】のものである。またアニメ1・2期履修後、第一部分の単行本は改めて購入していない読者もおられようから、当該部を引く際には必ず相当するアニメ話数をも併記した。
(2)本稿では単純に便利だからというだけの理由で、「キッズ」という表現を何度か用いた。文脈上明らかとは思うが、これは大体「幼児並みの知識・知能・感性・判断力しか持たず、しかしネット上では群れに群れてイキり散らかす年齢・性別・国籍不問の人間集団」くらいの意味で使っている(特に第1・2章で扱う有馬かなバッシングの主犯たる✞ヴァージンキッズ✞などには、「心はキッズ☆」のおっさんが相当数含まれる節がある)。「差別的だ!」「子供の権利を守れ!」などとクソリプかますバカが湧くやもしれぬので、一応付言しておく。
(サムネイル:【推しの子】13巻扉[↩︎])
