黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~
母校への挨拶を終え、いったん帰宅。夕方父の車で空港に向かうと言うと、
それまでの帰省でそんなことは一度もなかったのに母と祖母が我も我もと車に乗り込み、空港まで来てくれまして、涙涙の別れを惜しむことになりました(大嘘。
田舎特有の、悪気なく自分の狭い価値観で下の世代に接してしまう祖母(88)がとうとう
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 5, 2024
「あんたァ旦那ァええけぇ子どもなり作って帰りんさい」
と言うようになったので「結婚はせんのかいのぅ」の根比べは私の勝ち。#産むつもりはない#子どもはかわいい
(涙涙の別れの実情)

隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーのあと、出身県である島根の各所を巡り旧交を温め、いよいよ東京に帰る日。
まだあとひと波乱残っているそのお話を、こちらの記事ではシェアします。
日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤などはこちらの連載をご覧くださいね。
隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ
1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~
爆誕、55歳の自分の目標
20代バイト仲間♀「梶間さんって、ちょっと悪そうな男性が好きなんですか? 」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2025
うるさいな、そうだよw https://t.co/kjbJEgvBCg
バイト先でこのようなことを言われる梶間和歌、男性の好みは昔からあまり人に理解されないところがありましたが、
女性に関しては昔から一貫して、かっこよさと繊細さを併せ持った方が好きでした。宝塚の男役のようなイメージ。
高校時代に憧れたのは、ほかのクラスを受け持つ体育の先生でした。
しかし、私が3年に上がる時にご病気で退職。その後まれに連絡は取っていたのですが、ある年に年賀状が宛先不明で返ってきてしまって。それ以降その縁についてはすっかり諦めていました。
それが、2年ぐらい前かな、ある日突然その先生から電話が掛かってきたのです。ご住所は変わってもお電話番号は変わっていなかったみたい。
隠岐後鳥羽院和歌大賞で古事記編纂1300年記念大賞を頂いたのはそのあとだったか……少なくとも表彰式ツアーに行くと決まったのはそのあとだったので、事前に「もし会えたらお会いしたいです」とお伝えしておりました。

その先生が、実際に空港に見送りに来てくださいました。大きな花束を持って!
もう何年ぶりだったのだろう。20年ぐらい? 感動の再会です。
当時先生は30代前半だったそう。
あのころの先生の年齢を私はとっくに過ぎて、先生も当然同じだけ年齢を重ねているはずなのに、お変わりない美しさでした。
御歳55歳になる恩師と20年ぶりに再会し、その変わらぬ美貌に驚嘆してきた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 5, 2024
42歳子持ちでマチアプ無双する親友のその先はあの方をめざすことにしました。感謝。
和歌大賞のお祝いに大きな花束を下さいました。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 5, 2024
帰宅したら撮影します!
本当は先生とも撮りたかったけれど、お写真が苦手とのことで断念。
また会いに行きます。
あのころ30代前半だった先生の当時の年齢を、いまの私は超えているのだなあ……。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 5, 2024
バイト先の大学生が私にキラキラの目を向けてくれるのは、高校時代の私があの美人の先生にキラキラの目を向けていたのと同じようなことなのかもしれない。
「すっかり立派になって。でも、和歌の道なんて、想像はしなかったけど、とてもあなたらしいというか、意外ではないわ」
と、クラス担任でもなかったのに先生は昔の私の様子を覚えておいでで、おっしゃってくださいました。

ありのままで愛されるための努力
想像はしなかったが、意外ではない。
ある種、自分のここ数年の努力の方向性が間違っていなかったのだ、と実感させてもらえる言葉でした。

賛否あるかもしれませんが……
人間、家庭環境や育った場所の影響を受ける前、そもそも生まれる時点でいろいろな個性を持っているものだと思います。
もちろん、育った環境で育まれる個性、特徴もあり、どちらも本人の意志で変えることはなかなか難しい。
そのなかには、社会のなかでそのまま発揮するとハレーションを起こすような個性もあって。
私の場合、アスペルガーということもあり、いろいろと難の多い子ども時代だったと思うのですが、
その個性を消せとか変えろとかいうことではなく、
その人の生きる特定の社会において調和する形でその個性の発揮できるよう、人格を磨いたり、テクニックを身につけたりする、
というのが人としての成長だろう、
というのが私の持論です。

私は昔から本を読んでいたし、文章を書いていたし、ひとつのことに打ち込むと周りが引くほどの結果を出すまでやっていました。
書くことが得意だとか人より国語ができるとか思ったことはありませんが、たしかに、小学生の作文コンクールで賞を取ったり、大学の卒業論文が優秀研究に選ばれたりしたような記憶もある。
その特徴が、言語芸術である和歌に出会うまでは黒歴史生産装置として働いてしまっていたし、
和歌に出会って以降は「これぞまさしく我が道。突き進むべし」という形で活かされているのかな、と。
和歌で人に評価されたり感謝、感動されたりするまで来られたのは、その個性を発揮する場が間違っていなかったからです。
場を間違えると同じ個性がびっくりするほど人に迷惑を掛けたり、人を傷つけたりする方向に働いてしまうもの。
その和歌の道に突き進むというあり方にしても、初期は各所で喧嘩することもしばしばでした。
それが、主に光厳院との出会い、加えてアルバイト先の個性豊かな先輩方の観察からのフィードバックを経て、まあ普通に振る舞っていれば愛されるような人となりを磨いてきた結果、
「アホすぎておもしろい」「純粋すぎる。真似できない」とご理解、ご支援くださる方が増え、このあり方がいっそうスムーズに成り立っています。

祖母にあのように言われるくらい結婚に興味のない私ですが、コンテンツとしておもしろすぎてずっと読んでいる結婚相談所のブログがありまして。
そちらでも言われていたなあ。
「ありのままの自分を愛してほしいなら、まず人に好かれる見た目を作れ」
「ありのままのあなたを愛してくれる人と結ばれてほしいからこそ、仲人はあなたの見た目について指摘している」
個性的な性格、特徴そのものは、善でも悪でもない。
ただ、それが好ましいものとして受け入れられるよう、ほかの部分を全力でがんばった、というところが私の場合あったかなと思います。
どう足掻いても私、和歌にフルベットして生きる生き方だけは変えられません。
だから、ほかの調整可能な部分について調整、努力してきた、という感じ。意識的な努力と無意識にやっていたことと、ありますけれど。
アルバイト先の個性豊かな先輩方は、仕事ができて個性が豊かなだけだったからねえ……。
それでは、社会のなかで生きること自体はできなくもないが(仕事もできるしね、生きることはできる)、社会のなかで調和して愛されてご機嫌に生きることは難しい。
調和するとは、個性を押し殺してなかったことにして大衆迎合して生きることではないのよ。
個性を豊かに育みながら社会と調和して生きることはできるし、その精度を高めることが人としての成長だと思います。
先輩方は、どうぞどうぞ、今後とも他社で大活躍なさってくださーい! 二度と戻ってこなくていいからね!
(すてきな先輩で他社に行ってしまった方もいたよ! ただ、そうでない人たちの存在感がすごかったので! 引き抜かれた先でも嫌われ散らしてそこも辞めてしまった先輩とかもはやギャグ)

東京に戻り、そして
慌ただしい立ち話ののち先生に見送られ、花束を抱えて夕方の飛行機に。
(花束は手荷物として持ち込みOKでした! )
飛行機ってすごいですね。ほんの1時間半ほどで羽田空港に着きました。青春18きっぷでは2日掛かるのに()
部屋着に着替えてしまいましたが帰宅、撮影!
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 5, 2024
このたびの表彰式ツアー&地元への営業の旅に送り出してくださった皆様、改めまして、ありがとうございました。
今後の梶間にご期待ください。そしてこれからも応援よろしくお願いいたします。 https://t.co/2UppXaY47L pic.twitter.com/vgcqmHpbsm
先生の花束とともに記念撮影。

これで梶間和歌の和歌大賞表彰式ツアー&営業を兼ねた島根の旅はひと区切りです。
和歌の大会で一番すてきな賞に選ばれ、大勢の方にお祝いやご支援を頂き、「生活費以外にそんな余分なお金はとてもひねり出せない」と諦めかけていた表彰式ツアーに行く、
という稀有な経験をしたことで、またひとつ自分の考えの深まり広がるところがありました。
旅のレポートはここで締めくくりますが、次回はこの旅を経て深まったおもいや確信を、あらためて文章に綴ってみたいと思っています。
ぜひこちらのマガジンをフォローのうえ、近日中の更新をお待ちくださいね。
今年の表彰式ツアー(昨年大会分)にも2日後に出発を控えています。引き続き、あたたかな応援をよろしくお願いいたします。
連載 和歌への情熱で道を拓く
1記事目:隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯 ~和歌への情熱で道を拓く~
2記事目:挑戦2年目の転機 ~和歌への情熱で道を拓く~
3記事目:アルバイトでの成長と可能性 ~和歌への情熱で道を拓く~
4記事目:信念で詠み上げた作品の行方 ~和歌への情熱で道を拓く~
5記事目:大賞受賞、そして立ちはだかる壁 ~和歌への情熱で道を拓く~
6記事目:元ホームレス、和歌にフルベットして ~和歌への情熱で道を拓く~
7記事目:友情と応援の表彰式チケット ~和歌への情熱で道を拓く~
8記事目:終わらぬ挑戦、広がる波紋 ~和歌への情熱で道を拓く~
連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ
1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで【イマココ】
11記事目:ひとりでは行けない場所に
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梶間和歌の出身地島根県とゆかりの深い隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯や、令和五年分の大会結果、そしてその後……noteのマガジンとして連載して参ります。
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この記事を書いた人


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