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和歌は私の人生です ~おもしろ物語を共創するお誘い~(2025/11/30追記)

「支援したい人たちは、過去の話じゃなくて未来の話、和歌ちゃんのビジョンが読みたいんだよ」

信頼する友人にそう言われ、ご寄付を募る2022年の記事を書き直そうと決めた時、私にはひとつ引っ掛かるところがありました。


「世間ではなんの役にも立たないと思われている和歌、それには実はこんな意味があります。
 和歌を学ぶことであなたの人生はこんなふうになります。和歌が日常になった社会はこんなふうに楽しいです。
 人文学が軽視され文学部が次々と閉鎖に追い込まれ、人文知に携わる研究者や多くの方々に適切にお金の回っていない現代社会には、問題意識を抱かざるを得ません。
 そんな日本社会にメスを入れ、理想の世界を実現するため、私はこの人生を和歌にフルベットしています」

というような、なんでしょうね……エネルギッシュな起業家さんたちが大舞台でプレゼンするような、いわゆるビジョン・・・・が、私にはないのです。
おもいはあるものの、これ皆が期待するようなやつではないぞ、どう書いたらいいのかな、と詰まってしまったのでした。


もちろん洞察力の深い彼のこと、そういうわかりやすいビジョンを求めたわけではない。私の言葉で私らしいビジョンを語るよう言ってくれたのだと思う。
なのでこれから少し、そのようなものを綴ってみますね。私の言葉で。


(その後、2026年8月にもビジョンの言語化を試みました




ビジョンを語れ、だと……?

私にとって和歌とは、使命でも、好きなことですらない、人生そのものです。
人生が良くなるからやるとか、社会にとって意義があるから生活を犠牲にしてまで取り組むとか、そういう……なにかの手段として打算的に取り組むものではない。
和歌に出会ってから事実人生は信じられないほど良くなっているし、生活を犠牲にしている部分も(大いに)ありますが、それはあくまで結果論。
「和歌をやると人生が良くなるよ。さああなたも」なんて思ったことはつゆありません。

この営みの先にこんな未来がある、こんな社会になる、というようなことに興味が、まったく、ない。


ただ天とか、世界とか、サムシング・グレートとかそういった概念で表されるもの、またはインナー・ボイスでもいいです、なにかそういうものが

「お前のそれ・・は、これだよ♡ 」

と示してくれたから、

「ああ、そうなんですね」

と受け入れた感じ。
受け入れないという選択肢がなかったというか、気づいたらそのように生きていました。

王家に生まれた長男が王太子になり王になることを受け入れるのは、もちろん個人差や時代による差こそあれ、まあ自然でしょう。そんなものが近いかと思います。王家に生まれたことないけど。

経済的安定や一般的な幸福と引き換えに取り組むことになるとしても、まったく惜しくなかった。
そもそも経済的に安定してなどいなかったし。火の車が大炎上の車になったところでさほどダメージはありません(そうなのか?


朝起きたら顔を洗うし、食事のあとは歯を磨くでしょう?
私にとって和歌とはそういうもの。

「歯を磨かないと虫歯になるけど、和歌をやらなくても問題はなくない? 」
「私は和歌をやらないと困るのよ」
なんてやり取りをしたこともあったなあ。そちらの感性に合わせて選んだ喩え話への反論の根拠に、そちらの常識を使うんじゃないわよ。

ぷんすかぷん


便利なので「好き」という言葉を使う場面もありますが、正直、和歌が好きだと思ったことはほとんどありません。
好き嫌いの対象ではない。「ただそれに導かれ私の人生は紡がれることになっているらしい。ではそのように紡いでゆきましょう」というだけのもの。

人生そのものです。


ただ、これがどうやら世間で当たり前のこと、ふつうのことではないらしいんだな。

えっそうなの?


いや、私はね、
「私の場合たまたまそれが和歌だっただけで、皆それぞれ『これだ』というものに出会ったらその道に突き進んでゆくものでしょう」
ぐらいに思っていたのですが、

  • まず出会わない

  • または、出会いに気づかない

  • 出会って気づいてもその道に進めない

  • それに人生フルベットするなんてもってのほか

なんですって。えーっ、そうなの!?

うっそー!!!?


そんな皆様が見ていて、私の生き方はどうやら、だいぶ頭がおかしいらしい。言い換えると、おもしろいらしい(良い言葉だ)

「『これだ』というものに出会ったとして、いや、生活を犠牲にしてまでやらんやろ! 」
「生活保護受給申請一歩手前とかになる前に、実家に帰るとかバイトするとか、ほかの手段考えるやろ! 」

と、半分呆れ、半分憧れのような気持ちを向けられていることを日々感じております。

そうだったんだ……


まじめに反論しますとね、バイトを増やすと和歌仕事に大いに障るんですよ。

本の原稿は2025年時点で4年ぐらい待たせてしまっているし、毎月歌会と歌の添削指導があるし、不定期でやってくる評の仕事も執筆仕事もあるし、
当然人に教えるばかりで自身の創作や勉強をないがしろにしてはいけないし、読むべき本をとりあえず家に迎えたその積ん読本だけで人生終わるぐらい我が家の本棚には控えているんです。

こんなふうにすべきことが山ほどあるなかで、生活のためにバイトを増やしたら、ダメでしょう。

私という個人はいまより少し安定できるかもしれないけれど、天が悲しむわ。
いや、週6でバイトしていたころも翌年都民税の支払いが発生し、けっきょく生活は自転車操業でした。自炊する暇もなくなるから食費も上がるし。週6勤務では、通勤時間にねじ込んだとて和歌仕事もあまり進まず。
生活も和歌も行き詰まる。ダメじゃん!

本当はバイトだってきっぱりやめるよう天に囁かれているのですが、「体の動くうちだけでいい。好きなことを週2ぐらいはやらせろ」と天と交渉し、週2勤務の現状を勝ち取っているところ。
それでも閑散期など週1勤務だったりすると和歌仕事がたいそうはかどりますので、そんなバイトを生活のためにいまより増やすなどもってのほかです。

ダメぜったい


「いや、そこは、時間給であるアルバイトでなく和歌でしっかりマネタイズできるよう、高額の継続講座を組み、年に数本売れば……」

そんなことを考える時間で研究書の1冊でも読みたいわ!
厳選しているはずなのにまったく減らない我が家の積ん読本を見よ!


じゅうぶんな収入があったとしたらやらないこと。
これを、私は、じゅうぶんな収入のないいまも、やりません。

和歌の創作も勉強も週2勤務のバイトも、私が石油王の第四夫人になったとしても続けることだからこそ、現在やっているのです。生活費のためではない。
生活費のために有効かもしれない高額和歌講座を、ですから、私は組みません(それに意味があると将来感じたらやるかもしれません)

生活費や研究費は、天が何かしらのルートで私に渡すはずのものです。天が私に求めることを私がしているのですから、当然です。
実際、研究費という「お金」ではなく「本」そのものの形で届くことも多々あります。
天が私にそれを渡すのは当然ですが、その渡す役を担ってくださる方々にはいくら感謝してもしきれません(それをなさしめた天にも、ね。当然のことであると認識すると同時に感謝もしています。ここ、伝わるかなあ……伝わるといいな)


私の貴重なリソース(お金、時間、思考その他すべて)を、どうやってお金を稼ぐかなどという些事に使いたくないのです。
それらを和歌にフルベットして生活が成り立たないならば、生活保護受給申請します(受給資格はいまもあるよ♡ )
最悪、私が経済的に行き詰まり野垂れ死にしたとして……困るのは天です。私ではありません。こういうストロングスタイル。

いえーい


ともあれ、そんな生き方はどうやら稀有らしい。

そうなのよね。
「好きなことを仕事にできるってすてき(とはいえ生活保護を受けるなんて論外)
「贅沢はできなくてもいいから、この趣味がお金になったらなあ(とはいえ家族に迷惑を掛けるわけには)
といった括弧内の前提を蹴散らして

「和歌に出会いました。はーい! 行っきまーす! 」

という生き方は、たしかに、稀有ですね。そうですね。


そしてそれが希望になっているよ、私にはできないもん、おもしろいよ、と思ってくださる方が増えています。

たしかに、10年以上ひとつのことを続けている、それも生活を犠牲にして、みたいなサンプルが目の前にいたら「なんだ、どういうことだ? 」と思いますよね。
ブログやnote、Xのフォロワーさんも増え、講師を務める歌会の参加メンバーも当初ほぼ同じだったのが最近バラエティに富み、自分の声の届く対象の広がりを大変うれしく思っております。

なかーま


私にとって和歌に取り組むのは当たり前のこと、逆にこれ以外はびっくりするほどポンコツです。
お金を稼ぐ能力もポンコツ、家庭を運営する能力もポンコツ。
10回、いや100回転生しても出産や子育てなんて偉業を成し遂げられる気はしない。
数字や算数が極端に苦手なので、会計ソフトなしに毎年の確定申告は終わりません。ありがとう、マネーフォワード。

だからこそ、私が和歌にフルベットするのは必然である。
これしかできないんだもの。これをすべきでしょう。人間、持っているカードで戦い人生を切り拓くしかないのだ。

能力的に可能であっても意志力の問題でできないこともある。
だって、小説を書くより和歌を読み、詠むほうがずっと楽しい。
それに、そのアウトプットの社会への影響度合いを考えると当然小説ではなく和歌を選び続けることになります(元小説家です。和歌への貢献になる場合にかぎって、今後小説を書くこともあるかもね! )


私には「こんな未来を、さあともに」といったビジョンは語れません。

「私はこんなふうです。おそらく多くの方にはできない生き方をしていて、人によっては見ていておもしろいと思います。
 それを、もう少し見てみない?
 しかもこれ、あなたの応援次第でそのスケールが広がってゆくんです♪ 」

という感じ……かなあ。

その意義を煌びやかに語り立てることはできませんが、意義を感じてくださる方は一定数いる。
それであれば、そんな方々に支えられながら、ほかでは見られないおもしろい生き方を今後も見せ続けましょう。

うふふふ


断っておくとね、私、誰にも助けられなくてもこの生き方を続けること、間違いないんです。
昔、そのように言われたこともある。「どうせ続けるんでしょ? 助けを必要としているように見えない。だから助ける気にならない」と。

そりゃそーよ。天がやれと言ったのだから、私は生活保護を受けてでも続けます。
若いころはネットカフェ難民もやった。ある程度下層の生活をしてきたからこそ怖いものは少ないです。
そもそも、天がやれと言ったことをやった人が野垂れ死にするような世界、生きる価値がありません。そんなものこちらから願い下げ。ですからそこは天ががんばって私を生かしなさい。
まあ、でも、日本には生活保護制度があるからね! 社会福祉ってすごい!


ただ、助けがないよりあったほうが、私は遠くに進めます。大きなことができます。より豊かに生きる私から生まれるものは、より豊かな何かでしょう、作品であれ仕事であれ。
そうすると、あなたに見せられるこのおもしろい人生のおもしろさがもっともっと増してゆくことになるのです。

仮に家賃を払えなくなる時が来たら、実際問題、勉強や執筆のため集めてきた本の行き場に困る。リュックひとつで生きるにしても、持ち歩ける本はさすがに文庫本1冊とかが限度でしょう。
ネットカフェ難民に戻ったとて和歌を詠み続けることはできますし、しますよ。それまでの蓄積がありますから。
しかし、蔵書を手放し今後増やせないとなると新たなインプットの機会が限られてしまい、飛躍の幅が一定になってしまう。それ、天が望まないし、見ていておもしろみが少ないと思うんだな。
すべてを和歌にベットした人の人生がなぜか成り立ち、しかも豊かに運営されているほうが、「なんで!? でも、おもしろい」となるでしょう。

わくわく


昨年大勢の方にご支援、お祝いいただいて、隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーに行き、栄えある大賞の賞状をじかに受け取ることができました。
その式のため、学生時代に縁のあった島根県の海士あま町に十数年ぶりに来島し、大自然のなかでなんともいえない豊かな時間を過ごしました。
和歌詠みの皆様との交流も実に楽しかった。

そこで広がった人生の幅を今後創作や文章でお返ししてゆくわけですが、それは読者の皆様の経済的なご支援あってこそであり、

ここが大きいのですが、その返す先は必ずしもご寄付を下さった方に対してのみではない。
お金を払った人がサービスを受け取る、というタイプのエコシステムではないのです。

あなたのご支援が私に渡り、私の器が大きくなり、その先のより質の高い仕事がより多くの方や若い方に届く
これを喜びと思ってくださる方々とともに、この生き方を続けてゆきたいな。

循環


すべてのものを無料でということは現状難しいけれど、それでもかなりのものを無料または低価格で出していますし、今後もそうするつもりです。
和歌でマネタイズする気はあまりありません。ゼロとは言わないけれど。
和歌について知りたい、和歌に触れたいという気持ちのある方になるべく無料または低価格で、高品質なものをお届けしてゆきたい。作品も、文章も、歌会も。

そのためには、私が生活費やアパートの更新料や消費税の支払いに頭を悩ませるわけにいかないのです。
それは世界の損失、世界の限られたリソースの無駄遣い。

その部分を、お金を稼いだりもらったりするのが私より得意で、かつ「いいね、おもしろいね」と思ってくださる皆様の善意で補ってほしい。
その善意はまた別の方や若い方に、私をとおして届きますから。私が、届けますから。


そんなことを信頼してくださる方々と、これからも生きてゆきたく思っております。
この先のあなたの人生、もっともっとおもしろくなりますよ。私が進み続けるかぎり。

この物語にあなたも参加してみませんか?

いっしょに


こんな応援がうれしいな

  • 梶間和歌の生き方がおもしろい、おもしろいからお金を出したい

  • 梶間和歌を支援することが社会貢献になると自分も思う

  • 梶間和歌をとおして和歌の魅力が広まったらうれしい

  • 梶間和歌の支援という形で、人文知にお金の回る社会の実現に寄与したい


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いまは、「困っているから、心配だから寄付する」ではなく「おもしろいから、意義を感じるから寄付する」というほうがうれしいです。

実際には支払いに困ることがこれからも多々あると思いますが、
心配からではなく、「梶間和歌が支払いに困っていたら世界のためにならないだろう」といったお気持ちでご支援いただけましたら幸いです。


☆「支援したのだからこうなれ、こうすべきだ」と見返りを求める方とは、考え方が致命的に合いません。
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現行の資本主義下でも、そのお金の有意義な使い道はあると思います。どうか私以外のほかのなにかに使ってくださいね。

ごくまれに悪気なく「早くアルバイトがやめられますように」などと言ってくる方もおられるのですが、日本語を読もう……私は天にやめろと言われているアルバイトをあえて続けている身です。ブロックしちゃうぞ~。


☆私は私の信じる生き方を続けます。
その生き方に何かしらの意味やおもしろさを感じてくださる方が、その方のタイミングで、その方のやり方で応援してくださったら、うれしいです。

「気持ちはあるけど、今月は難しい」「学生だから難しい」などなどありましたらぜひ、記事にスキしたり、お友達にシェアしたりしてください。この記事でなくても。コメントもとてもうれしいです。
経済的なご支援はもちろん大変、大変有難いのですが、そうでない応援も等しく、有難く受け取っています。
すべての応援が現在そして未来の梶間和歌を形作っているのです。経済的支援ができないからといって、どうか、申し訳なく思ったりしないでくださいね。
そして、「こんなに応援したくなる作品を創り、生き方をしているこの人を経済的に支えている誰かがいる」というところにおもいを馳せていただけましたら、大変幸いです。

ありがとう


追記、ひと言お詫びしたく

「尊敬しているし応援したいけど、自分は和歌についてまったく理解していない。そんな自分が寄付するなんて、ミーハーみたいで、かえってあなたを貶めてしまうんじゃないか」
と思ってずっと寄付ができなかった、と友人のひとりが教えてくれました。

ありがとう。そしてごめんなさい。
そんなふうに思わせてしまい、申し訳ないです。

その「応援したい」というお気持ち、またそこまで考えてくれたこと自体が、私にとって有難いことです。
そのエネルギーをそのまま“応援”“寄付”につなげることに躊躇が生まれたのは、私が「ブロックしちゃうぞ~」みたいに書いていたからなのかな。


ごくまれにでも、ごく少数でも、過去勘違いしたヤカラが現れたのは事実。
そうした存在をどうしても払い除けたいという気持ちで

☆「支援したのだからこうなれ、こうすべきだ」と見返りを求める方とは、考え方が致命的に合いません。
これは株式会社の株ではないのです。人間の善意や可能性を信じての営みです。
現行の資本主義下でも、そのお金の有意義な使い道はあると思います。どうか私以外のほかのなにかに使ってくださいね。

ごくまれに悪気なく「早くアルバイトがやめられますように」などと言ってくる方もおられるのですが、日本語を読もう……私は天にやめろと言われているアルバイトをあえて続けている身です。ブロックしちゃうぞ~。

と書いたし、消すつもりもないけれど……その結果、本当に真摯に応援したいと思ってくださる方まで遠ざけていたなんて、心苦しいです。


私は、どんな額でも、どんな形でも、
心から応援してもらえるのがいちばんうれしいです。

私と同じ程度の和歌への理解や真剣度合いを求めたことなんてありません。
そんなの、無理じゃん? ほとんどの方にとって。
(私が完璧だという意味ではない。ただ私の頭は間違いなくおかしい、そしてそのおかしさをほかの方に求めはしない)

キャバクラみたいな勘違いをしたごく少数の人に活動を汚されたくなくて、いくぶん強めの言葉を書きましたが、
あなた・・・を遠ざけたくてそのように書いたわけではないんだよ。

躊躇も含めて、そこまで真剣に考えてくださったことに、心から感謝しています。

どんな理由でもいい。
和歌なんて全然わからなくてもいい。
ただ、私の営みになにかを感じ、それだけでなく寄付をしたいとまで思ってくださったのなら、
そのお気持ちをどうか行動に移してください。

そんな“あなた”が大勢集って、梶間和歌の人生が、そしてより明るい和歌の未来が成り立つのです。


いつでもお待ちしております。

ありがとうございます


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それによって追加の原稿料の支払われることはありませんが、
「梶間には熱心なファンがいるらしい」
「梶間に作品依頼するとその月の雑誌が買われるようだ」
と出版社様に認識されることで今後の作品依頼の増える可能性があります。

ご注文の際に「梶間和歌の作品の載っている○年×月号を……」などと添えてくださいますとなおのこと有難いです。

間接的な形での応援も大きな力です。
どうぞよろしくお願いいたします。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後とも末永くお見守りいただけましたら幸いです。
よそでは見られないおもしろい物語をともに綴って参りましょう。


その後のビジョン

2026年8月にも試みたビジョンの言語化。


おまけ

書き直すよう言われた2022年執筆(23年加筆)の記事も読んでみる?


梶間和歌 経歴

玉葉風雅見ざる歌詠みは遺恨のことなり。

1986年、島根県生まれ。
2009年~13年、自作の詩歌の対面販売に従事。

2012年、近代短歌に触れて短歌を詠み始める。
その年の夏、式子内親王の和歌に衝撃を受け、古典和歌、特に中世の新古今和歌、京極派和歌に傾倒。

2014年、ながらみ書房『短歌往来』3月号「今月の新人」に作品寄稿。
2020年、ながらみ書房『短歌往来』4月号の特集に評論寄稿。
同年5月、私家版歌集『生殖の海』上梓
2021年、現代短歌社「現代短歌新聞」4月号「島根県の歌人」に作品寄稿。
2022年、ながらみ書房『短歌往来』8月号に作品寄稿。
2023年、ながらみ書房『短歌往来』9月号に作品寄稿。
2024年、隠岐後鳥羽院和歌大賞 令和5年古事記編纂1300年記念大賞、令和6年城南宮・鳥羽殿賞受賞。
2025年、ながらみ書房『短歌往来』4月号に作品寄稿。

2021年~22年、オンライン講座「歌塾」講師。
2023年~、裕泉堂歌会講師。

新古今和歌と京極派和歌の良き読者を増やすことを生涯の仕事とする。
心の友は藤原定家、心の師は永福門院と光厳院。(2025年現在)

皆様のご支援で行ってきた隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアーにて


この記事を書いた人

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