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この時代に、なぜ和歌なのか ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~

隠岐神楽かぐらの方「この演目では通常和歌を読み上げるのですが、今回は特別に、一番最後に、大賞を受賞されたお歌を謡いました。おわかりになりましたでしょうか」
大賞を受賞した梶間和歌「先に言って」


隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式ツアー2日目の午後、表彰式とその後のことをシェアします。

日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤などはこちらの連載をご覧くださいね。


隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ
1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町




この時代に、なぜ和歌なのか ~隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ~

感動の対面……ならず

離島、隠岐諸島の西ノ島町でウマPタイムを満喫し、宿泊予定の海士町に内航船で戻ってきました。

大学時代に3度来島した時と変わらぬキンニャモニャセンター!
懐かしくて懐かしくて、なんともいえない感慨でした。

しかし、今回冷泉貴実子先生の御欠席に加え、さらに残念なお知らせが……。


海士町在住、後鳥羽院大好き仲間の和歌友、ごとさん(有泉さん)が、後鳥羽院資料館に勤めておられます。表彰式ツアー2日目にお邪魔する予定の資料館。
ごとさんとはもうどのくらいかしら。4、5年のお付き合いになるかなと思います。インターネットすごい。

そのごとさんと「表彰式ツアーでいよいよ会えますね♡ 」と話していたのですが、


キンニャモニャセンターに到着「ごとさんいないなあ。まあ、さすがにお仕事中にここまでは来られないか」

隠岐神社に到着「……ごとさんいないなあ。ここでは会える気がしていたけど」

海士町のガイド様とご挨拶「あの、○○さん(ごとさんのご本名)は……」
「○○は本日体調不良で早退しまして」
「( ゚Д゚)!!!!!!? 」


この宣言どおり、梶間和歌は翌年も賞を取りましたよ!
ただし旅費はまだ工面できていないので、皆様のご支援を切に願っております!


隠岐神社での表彰式、そして

さて、このあと隠岐神社のすぐ手前にある離島キッチン 海士店というお店でお昼を頂きました。

先の記事にも書きましたが、このツアー中のお食事時の多くは席指定がされています。
ツアー2日目のお昼は、体調不良でご欠席の選者、冷泉貴実子先生の代理でお越しの、冷泉家ご後嗣、野村渚先生のお向かいの席になりました。
大賞受賞者が選者(の代理)の先生とゆっくり話せるように、とご配慮くださったのかなと思われます。

とはいえスケジュール的にゆっくり食べる時間はなかったのですが、それでも有難いお時間でした!


野村先生「どうして和歌を? 」
和歌「当初新古今から和歌の世界に入り、ここ数年は京極派に魅せられてしまいまして」
野村先生「まあ。すると、ちょっと変わったお歌を詠まれるの? 」
和歌「いえ! 京極派の本髄は変わったことをすることではなく、心の絶対的な尊重という歌是にのっとっても歌が弛緩することのないよう、厳しく心を鍛えてゆくというその……」

時間がないので早く食べてください。


どのお食事もみずみずしくゴージャス♡


そして隠岐神社。


厳かな雰囲気のなか、賞状と副賞を頂いて参りました。

海士乃塩、一瞬で使い切ってしまった。
海苔は明太パスタで日々大活躍しています。


9月の東京でのイベントでお目に掛かった、おもしろすぎる宮司様、村尾茂樹さんとも再会できました!

が、村尾さんとゆっくり話す間もなく、ほぼご挨拶のみで、後鳥羽院の御在所や火葬塚へ。


火葬塚から道路一本隔てて、後鳥羽院資料館が……。

わーい!


退館する際、資料館の事務の方に、ごとさんへのお土産に名刺を添えてお預けしました。
東京土産を買う暇がなく、乗り継ぎの伊丹空港で大阪土産を買ったなんてないしょです。


短歌の三枝先生を囲む和歌クラスタテーブル

午前中に荷物だけ預けておいたEntoさんのお部屋で少し休み、お神楽かぐら舞を観に下の階へ。

たしかに最後小牡鹿がどうのこうの聞こえた気がしたが! 気がしたが!
わーん。


そして晩ごはん。
こちらでは和歌大賞の入賞者や入選者、そのご家族の方に、短歌大賞のほうの選者でいらっしゃる三枝昂之先生が同じテーブルになりました。


レストランの入り口で、ツアーを引率してくださる皆さんがミーティングしておられたので、挨拶したら……

和歌「わ、村尾さん!? しげちゃーん!!! 神社でお別れかと思いましたよ。また会えてうれしい!!! 」
ツアー参加者さん「アイドルに手を振るみたいに言うね」

その村尾さんも同じテーブルに加わり、熱い時間を過ごすことに。


和歌クラスタとそのご家族、あわせて4名に三枝先生が囲まれ、「短歌の僕は肩身が狭いなあ」なんて冗談をおっしゃって。
「いまの時代になぜ短歌でなく和歌を選んだの? 」と興味深そうに尋ねられ、おのおの熱く熱く語るのをにこにこ聴いてくださいました。


三枝先生が何度も参加しておられるこのツアーの歴代参加者で見てこられたなかでも、私の和歌への情熱は飛び抜けていたそうです。
そんな私は

「私は人一倍の強い人間だと思います。だからこそ、を脇に置くことが必須となる和歌に救われたのだと思います」
「もしも、個性を尊重し表現すべき現代短歌を選び続けていたとしたら、私はいまでも人生が苦しかったと思います。『お前の個性なんかどうでもいいんだよ』と爽やかに言ってくれる和歌を選んだことで、意味のないこの人生に意味が見出せました」

というようなことを申し上げました。


そんなテーブルの様子を村尾さんが撮影してくださいました♡

しげちゃん(村尾さん)、撮影ありがとうございました!


三枝先生と村尾さんも、このツアーをとおして何度も交流なさっているそうで、
「海士町は来るたびに何かが変わっている。おもしろい」
と、私のご無沙汰していた十数年の変化などいろいろ話すのを聞かせていただきました。

ああ、経済的に仕方ないとはいえ、十数年離れていたのが惜しまれます……。
これからは間を空けずにお邪魔したい。


話は尽きなかったのですが、三枝先生が翌朝早くに島後どうごに戻り飛行機に乗られるということで、ある程度のところで切り上げることに。
部屋に戻り、Xを眺めていると、あるポストが目に入り……

泊まっているホテル、「Ento」の経営者さんが、学生時代に海士町に来た時に関わった方であるということに気づきました!

たしかにここは大都会でないのでこういうこともあり得るのですが、それにしても、実際に起こると驚きますし、うれしいものです。


いまの時代に、なぜ和歌なのか

個性個性と言いながらその実なんでもありの無秩序に陥っていないか、と見える現代短歌業界に距離を置いて数年、
しかしそちらの世界で突き詰めてこられた大御所の先生のなかには、ジャンルを超えて、「何かを持っておられる」と感じさせてくださる方もおられます。
(全員では、決して、ない。が、おられるとは思う。例えば馬場あき子先生、今回の三枝昂之先生など)

そんなおひとりでいらっしゃる三枝先生の

「いまの時代になぜ短歌でなく和歌を選んだの? 」

というお言葉は、私にとっての和歌の意味、和歌にとっての私の意味を改めて考えるきっかけとなりました。
私とは異なるもの、私が「違う」と判断したものに対して、何十年も真剣に取り組んでこられた方の問いですものね。


私にとって和歌は一生向き合うもの。
隠岐後鳥羽院和歌大賞で大賞を受賞し、その表彰式と表彰式ツアーに参加することで、何かが終わるわけでも始まるわけでもありませんが、
ひとつの節目になった感覚はあります。人の見る目も(少し)変わりますしね。


「私は人一倍の強い人間だと思います。だからこそ、を脇に置くことが必須となる和歌に救われたのだと思います」

「もしも、個性を尊重し表現すべき現代短歌を選び続けていたとしたら、私はいまでも人生が苦しかったと思います。『お前の個性なんかどうでもいいんだよ』と爽やかに言ってくれる和歌を選んだことで、意味のないこの人生に意味が見出せました

そんな言葉で後付けの説明はできますし、それらは嘘偽りない本心ですが、
そもそも私が和歌の道に入った最初の最初は


「なんだこれは。すごい! 意味はわからないけど、すごい! 」


だったのだよなあ。そして気づいたらここにいた。それだけ。


「お腹が減ったらご飯を食べるでしょ? 歯を磨かないと気持ち悪いでしょ?
 そこに和歌があって、それらに頭を殴られたから、勉強し続けただけよ」
「ご飯は食べないと死ぬけど、和歌は読まなくても死なないじゃない」
「私は和歌を読まなきゃ死ぬよ」
みたいな会話もどこかでしたな。「そこに山があるから登る」式の。


確信はあったけれど、打算はない。
だからこそ、経験できるひとつひとつのことに驚きや喜び、感謝が湧くし、
「アホすぎておもしろい」と、数は少ないながら熱心に応援してくださる方々とも出逢えているのかなとも思います。
有難いね。本当に。


おそらくこの先も、そうそう器用な生き方はできず、見ていて危なっかしいことになるとは思われますが、
だからこそおもしろい、だからこそ応援したい、なんて思ってくださいます方は、梶間和歌のこの先の活動やnoteの更新も楽しみにお待ちくださいね。
金銭的な応援と同じように、お気持ちや「読む」という行為での応援も本当に有難いです。

まずは、このツアーレポを終わらせなければ!
ツアー3日目についての記事の更新も、このマガジンをフォローのうえ、いましばらくお待ちくださいませ。


連載 和歌への情熱で道を拓く

1記事目:和歌への情熱で道を拓く ~隠岐後鳥羽院大賞和歌部門への応募経緯~
2記事目:和歌への情熱で道を拓く ~和歌大賞への挑戦2年目の転機~
3記事目:和歌への情熱で道を拓く ~アルバイトでの成長と和歌指導の可能性~
4記事目:和歌への情熱で道を拓く ~信念で詠み上げた和歌作品の行方~
5記事目:和歌への情熱で道を拓く ~大賞受賞、そして立ちはだかる壁~
6記事目:和歌への情熱で道を拓く ~元ホームレス、和歌にフルベットして~
7記事目:和歌への情熱で道を拓く ~友情と応援の表彰式チケット~
8記事目:和歌への情熱で道を拓く ~終わらぬ挑戦、広がる波紋~


連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ

1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか【イマココ】
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
11記事目:ひとりでは行けない場所に


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梶間和歌の出身地島根県とゆかりの深い隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯や、令和五年分の大会結果、そしてその後……noteのマガジンとして連載して参ります。
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梶間和歌がつつがなく和歌創作、勉強、発信を続けるため、余裕のあります方にお気持ちを分けていただけますと、
私はもちろん喜びますし、それは日本や世界の未来のためにも喜ばしいことであろうと確信しております。

「この無茶苦茶な生き方を見ていると勇気がもらえる」
「こういうまっすぐな人が健康に安全に生きられる未来って希望がある」
なんて思ってくださいます方で、余裕のあります方に、ぜひともご支援をお願いしたく存じます。


noteでのサポート、その他様々な形で読者の皆様にご支援いただき、こんにちの梶間和歌があります。ありがとうございます。


特にこのたび令和5年の隠岐後鳥羽院和歌大賞で古事記編纂一三〇〇年記念大賞を受賞し、表彰式を含む大会のツアーに申し込み、ツアー代金(9万円弱)は生活費と別に工面することになりました。
そちらのツアーには無事参りましたが、翌年また城南宮・鳥羽殿賞を頂き、表彰式ツアーへの参加を希望しております。お気持ちとお財布事情の許します方に、ぜひともご支援を頂けましたら幸いです。

令和5年、6年分ともに、ツアーの様子はこのマガジンで連載して参ります。どうぞお楽しみに。


今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。


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