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【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編1営業日)出向は突然に

あらすじ
 東集商事とうしゅしょうじ連結経理れんけつけいりを頑張る三和 福子さんわ ふくこ、通称「和服わふくちゃん」。
 今回は社長の気まぐれで東集商事の子会社エコペンテック社へ出向することになりましたが、出向先は動物園状態!?
 帳簿の裏に潜むエコペン社の内情へ和服ちゃんが切り込みます。
 華々しいM&A後のアフターストーリー(ドロドロした)PMI(Post Merger Integration)ストーリー。


「わ、和服わふくちゃん。す、すまないね、何しろ急な呼び出しで……」
 いつも気弱な顔をしている吉田よしだ課長の眉毛まゆげがさらに垂れ下がっている。

 経理部の休憩スペースで次の四半期決算に向けた事前打ち合わせをしていると、経理部の神谷かみや部長から急な呼出の内線があった。内線の発信元は社長室。
社長から2人に話があるという。
 そんな経緯で要件も伝えられずに社長室へ呼び出されたので、吉田課長は腕組みをし、思い悩む顔で私と廊下を歩いている。
 窓から外を見ると青空が見えていたが、課長は頭の中に黒い雲が浮かんでいるような苦い顔をしている。

「いえ、急に社長に呼ばれると、誰だって心配になりますよ。でも、こういった呼び出し、今までも何度かありましたけど、そこまで重い話だったことは少なかったじゃないですか」
 課長があまりに思い悩んでいるので気を遣ってみるが、課長の顔はますます険しくなった。
 先日ASBJ(企業会計基準委員会きぎょうかいけいきじゅんいいんかい)から改正が公表された会計基準の自社適用について、打ち合わせで嬉々として語っていた課長はすっかりどこかへ行ってしまったようだ。
 エレベータに乗ると、課長が何かを思い出したようにポツリと漏らした。
「実は先月末の印刷会社からの経費、和服ちゃんがちゃんと見てくれていたやつだから先日忙しくてあまり中身を見ないで承認したんだよね。
 ……もしかしたら、懲戒?」
 今度は頭を抱えだす。

 確かに、連結経理課れんけつけいりかでは課の社員の細かい旅費以外に何かの経費を承認することはあまり多くない。個別の会社を見る本社経理課ほんしゃけいりかと違い、大雑把な目線で数値を見ることも多い連結経理課なのもある。それに定期的な印刷会社からの請求書が誤っていることもほとんどない。結果、細かな経費の承認チェックがおざなりになりがちなのは理解できなくはない。
 ただそれはちゃんと見てほしい、と思ったがそこまで深刻な内容でもない。
「それ、社長が直々に呼びます? バレていてもむしろ部長止まりの案件では。」

 社長からの呼び出しは決算数値についての質問がほとんどで、そこまで重い話はあまりない。と言っても少ないながら、重い話だったケースもあった。大体そういったときは、社長は社員の驚く顔見たさに社長室で話をする。
 今回は違うといいのだけども。
 しかし、決算は先日発表したばかりで開示資料も公表が終わったばかり。
 課長を見ても、相変わらず経費について悩んでいるだけだった。
 要するに、二人とも社長に呼び出される理由がこれっぽっちも思い浮かばないのだ。
 そんな会話をしているうちにエレベータは最上階に止まり、社長室の前についた。

 社長室の重厚なドア。
 社長室はいつでもオープンだから、なんでも相談に来てほしい、と社長は日ごろから言うけども、それに反して開くのに随分苦労をしそうなドアだ。

 コンコン
「経理の吉田と和服ちゃんです。……社長、何かありました?」
 吉田課長が弱気な声を出しながら恐る恐る入っていく。私も課長の後に続いて社長室へ入ると、打ち合わせ用テーブルの最奥にニコニコとした表情の社長、その手前には社長と対照的に冷静な顔をした神谷部長が座っていた。
 テーブルの上には、最近買収した会社のロゴが書かれた資料が置かれている。
 買収の会計処理の話かとも思ったけども、買収後ののれん減損以外で社長がM&Aの会計処理について質問してくることはない。口を出されても経理としては説明が長くなるので困る訳だけど。

 社長は私たちをニコニコしながら手招きして言った。
「来た来た。まぁ座ってくれ。
 そういえば和服ちゃん、ヨーグルトは朝派? 夜派?」

 突然な話しだ。社長は相変わらずニコニコしている。
 ヨーグルトは毎朝食べるけど、それと仕事に何の関係があるのだろう。
「えっと、私は朝派ですが……」
 椅子に座り返す返答は、呆気に取られたのもあり、とても平凡になった。
 課長も何の話かは全く読めず、疑問符を浮かべた顔をしている。
 そんな二人を見て、これはらちが明かなさそうだとばかりに、私たちの斜め前に座っていた部長が切り出した。
「社長、先ほどの案件の話を。」
「そうだそうだ。はい、和服ちゃん――君、出向ね!」

 全く予想をしていなかった言葉だった。
「……え? 私が?」
 突然の辞令。どこから出てきたのか自分でも分からない、素っ頓狂すっとんきょうな声で答えてしまう。
 課長も事前に伝えられていなかったようで驚いている。
「えぇっ!? だ、誰が!? ……わ、和服ちゃんが!?」
 その驚いた顔を見たかったんだ、とばかりに社長は上機嫌に続けた。
「うむ、君じゃないよ吉田君、和服ちゃんだよ。神谷君と話していて、今度買収した会社に連結経理からやはり人を出さなくちゃって話になってね。神谷君、少し説明を頼むよ」

 落ち着いた声で淡々と部長が話し出す。
「先日IRアイアールを出したエコペンテック社の買収の件はを知っているだろう。先日買収後の視察に行ってきたが、前評判通り帳簿が動物園だ」
 あの神谷部長も社長と話をしていて影響されたのだろうか、「動物園」だなんて。それとも、冷静な部長がそんな表現せざるを得ないほどの会社なのだろうか。そんなに荒れた会社をいきなり買うとも思えないので、私は神谷部長に質問をしてみた。
「動物園って……例えるにしてもカオスすぎませんか?」

 部長は表情を変えず淡々と説明を続けた。
「だからこそ、常日頃から資料をきちんと見ている三和さんを私が推薦した。この買収案件の成否はわが社の今後に大きく響く。エコペンテックは技術力は大したものだが、裏方、特に経理が弱い。それに買収したばかりだ、うちの連結決算への影響も考えられる人材を送り込んだ方が話が早い。今の連結経理で比較的業務歴もあり、エコペンテックを細かく見れる人材で適任なのは三和さんだ」
 人を送り込む、と言っても東集の連結経理課も人手不足だ。特に吉田課長は決算から外せない。複雑な買収スキームでもすぐさま会計処理に落とし込めるのはこの会社で吉田課長くらいなものだと思う。
 神谷部長は続けた。
「それに、四半期しはんきであれば吉田課長がいればどうにかなる。先日の経費承認もかなり速かったからね。出向期間は未定だが、今回はしっかり腰を据えて、原始証憑げんししょうひょうから見る丁寧な仕事をする人が必要だと判断した」
 神谷部長が吉田課長をみた。
 私も釣られて吉田課長の顔へ目をやると、先日の経費承認のことがバレていると分かり冷や汗をかいている。
 それにしても、部長も課長の仕事をよく見ている。
 専門知識で課長にまでなった吉田課長と冷静に大局を見つつ課長のフォローまでする神谷部長。私が入社して以来ずっと組んでいるコンビだ。吉田課長が手を抜きがちなところもよく分かっているのだろう。

 連結経理課の他の社員でもいい気はするけども。
 仕方ない。こうして呼び出された以上、私が行くしか無さそうだ。

「……まさかヨーグルトの流れで出向を言い渡されるとは思ってませんでした。」
 私がなかば諦めたように言うと、部長は少し安心したような表情をした。
 社長の話は唐突な事が多いけども、交渉にはめっぽう強いと社内でも評判なのが今度も痛いほど分かった。ただ、あまりに話が唐突な内容なことが多いので、誰かの通訳付き、という条件の下だけど。
 社長は上手く事が運んだとばかりにニコニコして言った。
「そうか、良かった。じゃ細かい話は神谷君に聞いてくれ。神谷君、あとはよろしく」

 神谷部長、吉田課長と一緒に社長室を出た私の目に窓からの日差しが飛び込んできた。
 青空の中、雲が風に乗ってぐんぐん泳いでいる。

 三和福子さんわふくこ、26歳。社内では和服ちゃんと呼ばれている。商業高校を出てすぐに就職した東集商事とうしゅしょうじで、単体決算をしている本社経理課からグループ決算をする連結経理課に3年前に異動したのも社長の思いつきだった、と風の噂で聞いたことがある。
 今度も社長の気まぐれに流されている気がする。


2営業日:出向先へ
3営業日:ここが社長室ですか?
4営業日:夜のコーヒーと売上計上
5営業日:経理課主任
6営業日:もう打ち上げ?
7営業日:苦悩、機会、正当化
8営業日:それぞれの朝
9営業日:追加調査
10営業日:上司
11営業日:失踪
12営業日:失踪の理由と原因と
13営業日:不在
14営業日:取締役会①
15営業日:取締役会②
16営業日:静かな告白
17営業日:来社対応
18営業日:火種
19営業日:怒号
20営業日:社長
21営業日:帰る場所
エピローグ:帰任


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