【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編15営業日)取締役会②
財務報告に係る内部統制の評価の過程で識別した内部統制の不備は、その内容及び財務報告全体に及ぼす影響金額、その対応策、その他有用と思われる情報とともに、識別した者の上位の管理者等適切な者にすみやかに報告し是正を求めると共に、開示すべき重要な不備は、経営者、取締役会、監査役等及び会計監査人に報告する必要がある。
(財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準Ⅱ3.(4)④不備等の報告 )
ほとんどの情報が耳の右から左へ抜けていそうな社長、憤慨している取締役、それを制止する専務。そして、表情の読めない監査役。
一言でいえばとても空気が悪い。そんな中だったけども、説明を続けた。
「――現状の調査報告は以上です」
説明を終えても反応はない。これは協議事項なのに、説明だけで終わるのだろうか。
そう思っていると、神谷監査役が助け舟を出すように話し始めた。
「この会社の監査役となって日は浅いですが、この件は看過できるものではありません。
とはいえ、そもそもこの報告内容について、佐伯取締役は疑義を呈しておられる。であれば、第三者を入れて調査をすべきと考えております。
親会社経理部長として、本件は事前に報告を受けており、調査について費用は東集で負担することまで、既に東集内部では固めております。
それと、現在退職願を出されている、田端管理部長の件ですが――」
神谷監査役の話が終わらないうちに、佐伯取締役が身を乗り出して話し始めた。
「神谷さんも、三和さんの味方ってことか?
……まぁいい。ただし、営業には迷惑かけないで範囲でやってくれ。それに、今の報告内容での中心になっているのは2課の伊原だ。伊原も、最近見ないんだよ。2課の連中に聞いてもサッパリってさ。
調査するって言ってもどうするんだ?」
佐伯取締役は私と神谷監査役を交互に見ながら意地の悪い顔で笑っていた。
小暮専務は動かず成り行きを見ているようだった。
空気が重い。
「調査については……」
神谷監査役が口を開いた瞬間、佐伯取締役の椅子が軋む音が響いた。
佐伯取締役を見た神谷監査役の微かな変化を私は見逃さなかった。神谷監査はわずかに目を細め、口元だけ笑った――その微笑みは、どこかで覚悟を決めた人間のもののように見えた。
しかしその発言に対し、もう我慢ができないという声が聞こえた。
「あー、もーいつまでこの会議かかるの。
調査するならすればいいし、伊原さんと田端さんがいないって、探せばいいだけじゃない。伊原さんは営業でも心当たりないの? 2課に聞いてそれで終わり? 伊原さんいなくなって困るの営業部なんだし、もっと本腰入れて探してよ。
田端さんは、代わりの人を募集。それで終わり。これで何か問題ある? それに彼一人いなくなっても当面は回るでしょ?
もう今日は終わろう!」
三枝社長がついにしびれを切らしてしまった。
確かに、かれこれもう二時間はかかっている。山口主任もあきらめ顔だったけども、終わりにするとばかりにまとめに入った。
「では、社長のおっしゃる通り
東集商事からの外部調査を受け入れる
伊原課長の行方は営業部で調査をする
田端部長については法務担当相当の募集を始める
で進めます。宜しいですか?」
取締役全員が異議なしとばかりに頷く。
やれやれとばかりに三枝社長がイスから立ち上がろうとした。
――その時。
バン!
乾いた音が会議室に響き、勢いよく入り口の扉が開いた。視線が一斉に向いたその先、開いたドアの向こうに立っていたのは、あの派手なスーツ姿の男だった。
今日はネクタイもしている。でもとても明るい赤。
でも、その派手な格好とは裏腹に、表情は不思議と静かで、どこか遠くを見ているようでもあった。
「佐伯さん、小暮さん、社長。それに……和服ちゃん。
ご無沙汰しておりました」
ざわつく空気の中、彼は一歩、また一歩と歩を進めた。
「売掛金の調査の件について、本日議題となることは…社内の伝手で知っておりました。
だからこそ……黙っていられませんでした」
佐伯取締役が眉をひそめる。
「おい、何のつもりだ。君は呼ばれてないぞ」
だが、伊原さんはその声を遮るように、短く頭を下げ、言った。
「先に申し上げます。私、伊原 誠は、本日をもって、エコペンテックを退職させていただきたいと思います」
その一言で、空気が止まった。
「……営業成績を守るために、私は契約書を偽造しました。総務の権限を使い、実在する会社との取引に見せかけ、粉飾を行いました。すべて、私の独断です。部下も他部署も、一切関係ありません」
誰も言葉が出なかった。そもそも、突然取締役会中に入ってくる社員なんて聞いたことが無い。
あの冷静な神谷部長ですら、事の成り行きを見守ってはいるけど驚いた顔をしている。
すぐに我に返った佐伯取締役が椅子から立ち上がった。
「い、伊原。本当か?いや、本当だとしても、お前に辞められると――」
突然の話に困惑をしている。
「佐伯――いや、佐伯部長。すみませんでした。
それに営業2課は大丈夫だと確信しております。私がいなくても回るはずです。私よりずっと真面目で優秀な奴らです。私の教える事がほとんどないほどに成長しています。もし心配なのであれば、2課主任の佐藤を後任に推薦します。彼には、私の全てを叩き込んでいます」
伊原は淡々と、けれどどこか遠くを見ているような瞳で言った。
時間にして十秒ほどだっただろうか、誰もが言葉を詰まらせた。
勿論、私も。
「――すまないが、すぐに退職、というのは難しいように思う。
調査に、協力してもらえないだろうか」
落ち着いた声で沈黙を破ったのは神谷監査役だった。
「……そうですか、分かりました。できる限りの協力はします」
この伊原さんの一言で、長い会議は終わった。
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