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【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編21営業日)帰る場所

 会議は終わり、解散となった。
 私が経理課の部屋へ戻ろうとすると、なぜか伊原さんもついてきている。
「ぷはーっ! 実はもうどうしようかと思ったよ」
 部屋に戻るなり、伊原さんが近くの椅子に座りながら言った。
 気持ちはよくわかる。あれほど役員が感情的になった会議はもう懲り懲りだ。
 伊原さんは少し疲れの見える顔で言った。
「ちょっとは、和服ちゃんに恩を返せたかな?」
 ちょっとどころじゃない。白紙になる寸前だったM&Aが繋がったのだ。返すどころか、お釣りを渡さないとつり合いが取れない。
 でも、いいところを全部持っていかれた感じもある。なので私はちょっと意地悪な質問をしてみた。
「伊原さん、ありがとうございます。本当に助かりました。
 ……でも、なんでいつも絶妙なタイミングで現れるんですか?」
 伊原さんは秘密は隠すものとばかりにニヤッと笑った。
「俺ほどの営業マンになると、そのくらいはできて当然なんだよ。
 ってそんなこと聞けるなら大丈夫かな。さて、部外者は帰りますか。可愛い和服ちゃんには笑顔が似合うよ。じゃ、またね。」
 そう言って、手をひらひらさせながら伊原さんはさっさと帰ってしまった。
 相変わらずどこかナンパなのは会社を辞めても変わらないみたいだ。

 伊原さんが帰ると、部屋の隅に田端部長がいた。伊原さんの存在感で気付かなかった。少し申し訳なく思い、どこか居心地の悪そうな田端部長へ近づき声をかけた。
「田端部長、お久しぶりです。あの、お元気でしたか? みんな、とても心配してました」
 自分が思っていた以上に細い声が出てしまった。田端部長はとてもバツの悪い顔をしている。
 少し考え、踏ん切りがついたのか、私と山口主任に向かって頭を下げた。
「山口さん、和服ちゃん。長い間すみませんでした。
 あれから、先代社長へ謝りに行ったらこの会社に戻るように諭された。でもどんな顔して戻ろうか悩んでいたら伊原君から『辞めた』って連絡が来て。二人で計画してあの場に乗り込んだ。
 あの退職願、取り下げて貰えるように明日にでも社長に交渉してみる。
 まだこの会社で、頑張りたいんだ」
 田端部長は山口主任と私に赦しを乞うかのような目をしていた。
 そんな田端部長を見て、山口主任は優しい顔をしていた。
「部長、戻ると言っていただき本当にありがとうございます。この会社に来てずっと休みなしに頑張ってくださったので、少し休憩が必要だっただけですよ。
 これから、またよろしくお願いします」
 山口主任はそう言って頭を下げた。
 私も、山口主任にならい頭を下げた。
 しばらくして誰が合図をしたわけでもなく三人の頭は一斉に上がった。自然とお互いの目が合い、笑顔になった。

 時計を見るともう夜の七時を指していた。私ももう帰ろう。
 机を整理しカバンを持って田端部長と山口主任に挨拶をして、部屋を出た。
 すると、ばったり先代社長と三枝社長に会った。二人も今から帰るところなんだろうか。
「おや、さっきの――三和さんって方かな?」
 車イスから私を見つめながら先代社長が言った。
「はい、三和と申します。先ほどの会議はありがとうございました」
 私もお礼で返す。すると、先代社長はカラカラと笑いながら言った。
「いやいや、礼には及ばんよ。どちらかと言えば、儂の身内の不始末。こちらこそ、すまなかった。
 のう、陽太郎?」
 三枝社長は少し恥ずかしそうに壁の方へ目をやっている。
 私の目を見ながら先代社長が続けた。
「全く陽太郎は仕方ないやつだ。三和さんか。うん、いい目をしておる。
 ……なぁ、三和さん。うちの陽太郎の嫁に来てはくれんか」
 今日はどうもこの親子に振り回される一日らしい。
 私は丁重にお断りをして、そそくさと退社し帰りの電車に飛び乗った。
 先代は「そうか、残念だ」と本当に残念そうに言っていたので、本気だったのだろう。
 三枝社長は少し顔を赤くしながら「い、いや、さすがに和服ちゃんに悪いし」とどこか歯切れが悪かった。
 二十代半ばになって私にもモテ期が来たのかもしれない。ただ社長夫人は荷が重すぎるのでお断りだけれど。

 翌朝、相変わらずヨーグルトを食べて会社へ行向かった。
 今日も朝から小雨が降っていた。
 四半期決算もスケジュール通りにデータを提出できたので、子会社側ではもうすぐ決算作業は終わりだろう。半期報告書のEDINET提出が終わったら吉田課長も交えてまた決算振り返りの打ち合わせもしないと。監査法人からのメールを転送するのが遅れた理由も、吉田課長からはしっかり聞いておきたい。

 会社へ着くと、とても嬉しそうな顔をした山口主任がいた。
「おはよう、和服ちゃん。今日は、久しぶりにみんな揃ってるわ」
 田端部長の席が経理課にある。
「少しは経理について勉強しないとね。なので席をこっちに移動したんだ」
 そう言いながら顔を見せたのは、相変わらず少し自信がなさそうな田端部長だった。
 でも、山口主任も、もちろん私も、田端部長が戻ってきた事実だけで十分だった。
 田端部長は戻ってきたけど、伊原さんは結局辞めた。まだまだエコペンテックには課題が山積みだ。これからもこの会社はどんどん変わっていく、いや、変わらなきゃいけないのだと思う。
 昨日のどこか照れた三枝社長の顔が思い浮かんだ。彼の伴侶としては無理だけど、経理としてこの会社を支えよう。この出向で自分の未熟さを嫌と言うほど思い知った。伊原さんの時も、田端部長のことも、三枝社長にしても、私には何もできず、周りに助けられていたばかりだった。綱渡りの連続だったけど、こうして今の経理チームで仕事ができる。
 私一人だと力不足だけど、エコペンテック経理課は乗り越えられるチームだ。前を向いていかないと。

 いつの間にか窓に雨の打ちつける音が無くなって晴れ間が見えている。
「和服ちゃん、ちょっとこれ一緒に考えてもらってもいい?」
 山口主任の私を呼ぶ声がはっきり聞こえた。
 気づくと田端部長、山口主任、それに藤川さんがテーブルの上の資料を囲んで話し合っている。
 自然と笑みこぼれる。私は、三人の輪に加わるため席を立った。

(おしまい)

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