【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編17営業日)来社対応
それぞれの履行義務(あるいは別個の財又はサービス)に対する取引価格の配分は、財又はサービスの顧客への移転と交換に企業が権利を得ると見込む対価の額を描写するように行う。
(収益認識に関する会計基準 65項)
調査会社のアーサー&マーク・アドバイザリーからの報告会が始まった。
新島と名乗った中年の会計士の説明は事前に送付されたファイルの内容通りだった。これは三枝社長は五分と持たずに退出したいと喚いてしまうかもしれない。が、幸か不幸か三枝社長は欠席だった。代わりに、小暮専務が出席している。
説明内容にサプライズもなく、報告会は淡々と進んだ。
対象となる直近三期間の売掛金、売上高について網羅的に調査されたこと、結果、発見された粉飾はここ二年間のみで2課での売上のみだったこと。主な手口は、架空売上と売上前倒し計上の二つだったことが伝えられた。
数週間かけて私が架空売上だけしか見つけられなかったことを考えると、たった一週間足らずの期間で他の粉飾も発見したことに私は驚いた。まだまだ精進しなければ。
報告資料には、数値への影響額と手口の他に、受注登録から売上計上や得意先からの代金回収にかけての決裁プロセスの課題や、それと収益の認識についても参考資料として添付されていた。口頭での説明では販売後のアフターフォローが手厚いので、得意先でソフトウェアの動作確認後の入金時に負債認識がいるのでは、ということらしい。PMI(経営統合作業)や内部統制構築の売り込みなのだろう。
商売上手だなと感心したけど、神谷監査役もうまく躱していた。こちらも百戦錬磨だ。
報告会場から自席へ戻り、山口主任と収益認識基準の会計処理について話をしたところ、「和服ちゃん、私じゃよくわからないから、お願いしていい?」と丸投げされてしまった。
予測はしていたけども頭が痛くなる返答だった。私も、売掛金の調査に託けて見て見ぬふりをしていたけど、そうもいかない。ポジション・ペーパーを作るのはすぐには難しいけれど、四半期決算の準備で基礎資料は揃えないと。
私は、販売後のアフターフォローについて聞きに行くために営業部へ向かった。
営業部は先日まであった活気が完全に消えていた。ぽっかり空いた伊原さんの穴を埋め切れずにいるというのが一目で分かる。
結局、営業2課は無くなり、1課に吸収される形となったらしい。でも、ルート営業中心の営業1課と開拓と信頼関係構築が中心の営業2課。やることが全然違うはずだけど大丈夫なのだろうか。
営業部の部屋には佐伯取締役とその他数名がいた。佐伯取締役は、私が営業部の部屋に入ってくるなり手招きをした。
「えぇと、東集からきてる三和さんだっけ。この前、伊原が抜けて見ての通りだ。何か用があるのか知らんが、明日以降にしてくれないか?
東集さんとは営業面でも一緒にやるって連絡来てるんだけど、こっちはここまで掻き回されてるばかりでね、これ以上の何かはすぐには勘弁してほしいんだよ」
言葉は淡々としていたが、その目は営業にこれ以上厄介ごとを持ち込まないでくれと言っているようだった。これは、無理に何かを聞くのは逆効果になりそう。
「急に失礼しました。この会社の業務でまだまだ分かっていないことばかりなので、機会を見つけて教えていただければありがたいです。落ち着きましたら、また来ます」
私は丁寧に頭を下げて引き下がった。これは会計の検討どころじゃなさそう。
経理へ戻ると、山口主任が私を見るなり慌てた声で駆け寄ってきた。
「和服ちゃん、メール見た? 監査法人の先生が来週来るって」
パソコンをつけ、メールを確かめると吉田課長からの先日のメールの続きだった。来社する人数と閲覧資料のリスト、当日の社長への質問内容リストまで記載されていた。少し時間のある時期に買収した会社を一度見ておきたいという意図だろう。
四半期決算作業期間、管理部長の不在、営業部もバタバタしている、と受け入れが難しい時期だけど、やるしかない。
監査法人にしては一週間前の来社の連絡は急だと思ったけども、転送されたメールをよく見ると、監査法人の先生が送った日付は二週間くらい前だった。これは監査法人の先生が来られた後、メールを転送した吉田課長ともお話をしないと。
「山口さん、まずは来社日の会議室一室を終日抑えましょう。少人数で来るようなので、それほど大きな会議室でなくて大丈夫です。
とりあえず監査法人の先生が見たいという資料リストもあるので、このリスト通りに資料を準備すればいったんは大丈夫だと思います。あと、経営者との打ち合わせですが、三枝社長の日程、抑えられるでしょうか」
できるだけ落ち着いた声で返答をしたのが良かったのか、山口主任も少し落ち着いたようだ。
「そうね、会議室と資料は大丈夫だと思う。社長は――すぐに確認してくるわ」
山口主任の手際の良い動きで、会議室と社長の日程はすぐに確保できた。
でもあの自由な三枝社長と監査法人の先生方との打ち合わせ、全くどうなるか想像つかない。なるようにしかならないのだろうけども。
でも、この時の考えが甘かったことを、私はすぐに思い知らされることになった。
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