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【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編11営業日)失踪

 監査役は、いつでも、取締役とりしまりやく及び会計参与かいけいさんよ並びに支配人その他の使用人に対して事業の報告を求め、又は監査役設置会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる。
(会社法381条2項)

 先日のお昼ご飯のあとの神谷部長の言葉が頭の中を巡っている。
「いま、悩んでいることも報告書にしてくれ、まとまって無くてもいい」
 神谷部長がまとまって無くていいと言う時は、だいたい「すぐに」って意味だ。今日中に、今までの作業の報告をしないと。
 私はこれまでに分かってきたことをまとめた。
 売掛金消込が誤っていたこと。追加調査をして、粉飾があるかもしれないのがわかったこと。
 全部を完璧にできたわけじゃない。でも、神谷部長の言うとおり、まとまっていなくてもこれは早く状況を知らせるべき内容だ。そう思い、報告書をプリントアウトした。

 山口主任は、忙しそうに伝票をチェックしていた。
「山口さん。お忙しいところすみません。これまでの追加の調査について、まとめました。ご確認お願いします」
 山口主任は手を止め、報告書を手に取って――驚きを隠せない様子だった。
「……これ、本当に?」
 山口主任が眉を寄せる。けれど、その声は怒りでも困惑でもなく、現実を直視しようとする冷静さがあった。
「はい、少なくともARAハイテック社は一度も入金もありませんし、おそらく」
 しばらく報告書を見つめていた山口主任は、静かにため息をついた。
「和服ちゃん。どうもありがとう。これが本当なら、大事件。
 これまで入金されていない売上について、フォローが漏れていたのは私のミスだと思う。今、売上と売掛金のフローを考えて藤川さんと試行錯誤しているの。今後はもっと早く気付けるように、どうすればいいか考えるから、東集商事だとどうやっているのか、明日以降でもいいから教えて。
 ……その前に、この報告書はどうするの?」
 報告書を受け取りながら、山口主任へ答えた。
「はい、実は先週来られた神谷監査役が、調査のことを知っておられて、急いで報告するように言われたのです。なので、山口さんと……田端部長に確認いただいた後、神谷監査役へ送ろうと思っています」
山口主任は、「わかった。大丈夫だと思うから、田端部長に」と短く答えただけで報告書を私に返した。
 そして、藤川さんと打合せを始めた。

 私は、総務の部屋へ向かった。
 田端部長は、険しい顔をしながら座っていた。
「田端部長、失礼します。先日来られた神谷監査役からこれまでの調査を報告するように言われております。
 お忙しい中だと思いますが、ご確認お願いします」
 そう言って、報告書を渡した。
 田端部長は変わらず険しい顔をして何も言わなかったけど、報告書を手に取って読み始めた。

 読み進めるうちに、田端部長はポツリと話しはじめた。
「実は……この売掛金の調査、ウチが買収された直後、神谷さんから『うちの従業員を送るから、調査に協力してほしい』と言われていたんだ。社内を引っ掻き回されるのは困ると思って、僕は山口さんにお願いしたんだけど、結果的にやはり和服ちゃんにやってもらうことになった。
 それなのに…先日は、感情的になってしまいすまない」
 田端部長は報告書を一通り見た後、私の方を見て言った。田端部長の目は、あのいつもの少し自信なさそうな目だった。
「短期間のわりに、よくできてる。
 このARAハイテックとの契約、僕の方でもちょっと調べていいかい? 一応、法務で確認している契約書はリスト化しているんだ。法務をしている僕以外はほとんど誰も知らないんだけどね」
 田端部長はパソコンをたたいてファイルを開き、報告書の内容を確認し始めた。

「――無い。
 僕が確認してきた契約書のリストには、このARAハイテックの契約書が無いんだ」
 法務で確認されていない契約書。私の頭の中でアラートが大きく鳴り響いた。
「和服ちゃん。これは……僕の契約書管理上のミスだ。恐らく、誰かが意図的にこの契約書を作り、棚に入れたんだ。和服ちゃんが書いている通り、印紙のミスなんてありえない。毎回徹底しているからね。
 それに一年前に発行されたはずの契約書に使っている紙、やけに薄いと思わないか?これは、今年から変えた紙なんだ。コストダウンのために。
 しかし――なんてことだ」
 田端部長は報告書を私に返したまま、しばらく動かなかった。天井を見上げているが、どこを見ているのかは窺い知れない。
 私はお礼を言い部屋を後にしたけども、田端部長からの返答はなかった。

 経理の部屋へ戻ると…伊原さんがいた。
「お、来た来た。和服ちゃん。
 飲み会、いつにしようかと思って来たんだ。けど山口さん、相手にしてくれなくてね」
 いつものおどけた顔だけど、目が笑っていない。そのギャップが怖くなり、私は震えた声で返事をした。
「伊原さん…飲み会、ですか?」
「そうそう、先週行こうって約束したじゃない。
 ……ってまだしばらく忙しいかな?」
 伊原さんは、私の机に置いていた契約書ファイルへ目をやってから私を見た。少し怯えているのがわかったのか、笑顔を作って見せた後、営業部の部屋へ消えていった。

 伊原さんが出て行ったのを見て、山口主任がこそっと言った。
「あれは、和服ちゃんの様子を見に来たようね。さっきの報告書、田端部長がどう言ったかは分からないけど、和服ちゃん、経理のことだし私が許す。神谷さんにさっきのファイル、早く送って」



 ――翌日は雨だった。
 もうすぐ梅雨入りかな? 洗濯物乾かないのは困るな。
 そんな他愛もないことを考えながら出社すると、私の机には一通の手紙が置かれていた。
 気になって読もうとすると、山口主任が青い顔をして経理課の部屋へ飛び込んできた。

「……あの、ちょっと、落ち着いて聞いて」
 山口主任の声が、いつになく震えていた。
「和服ちゃん、その、
 田端部長が――いなくなった」

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