【連結経理課・和服ちゃん】(PMI編13営業日)不在
取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
(会社法355条)
その日の午前中、会議室にはいつもより硬い表情の三人が集まっていた。
一人は、役員を集めた経理課山口主任。もう一人は小暮専務。そして、営業部長と営業1課長を兼務する佐伯取締役だった。
重苦しい沈黙が、狭い会議室を満たしていた。小暮専務は目をつぶり動かず、対照的に佐伯取締役は体を揺すりどこか落ち着かない様子だった。
いつもなら、若い三枝社長が耐え切れずこうした空気を変えるのだが……三枝社長は不在だった。社長は先週末に「重要なイベントがある」とだけ言い残して大阪へ向かった。そう言って出かけたあとは、大抵、役に立ちそうで立たないガジェットを山ほど買って戻ってくるのが常だった。
三人が会議室へ集まってからもう十分間は過ぎただろうか。
誰も言葉を発さなかった。
「……仕方ない。山口さん、管理部を一旦仕切ってくれ。
田端さんがやってて今うちでできないことは、東集さんを頼ろう」
目を閉じていた小暮専務が、低い声で言った。山口主任が短くうなずいたその瞬間、そわそわと落ち着きなくしていた佐伯取締役が、苛立ったように口を開いた。
「……それだ。その、東集から来たサンワさんって子に、田端部長がずいぶん追い詰められてたって2課の連中が言ってたよ。彼女、ホントに信頼していいの?」
その視線は、露骨に山口主任に向けられていた。
だが、山口主任は一切動じることなく、しっかりとした口調で返した。
「詳細は次の取締役会で報告します。ですが、一つ明言させてください。今回、営業2課を中心に当社始まって以来の深刻な事案が見つかっています。
この件を調査し突き止めたのは、他でもない東集商事から来たばかりの三和さんです」
佐伯取締役は眉をひそめ面白くなさそうに山口主任を見たが、小暮専務が一瞥すると、不承不承ながら口をつぐんだ。
結局、この会議で決まったのは三点のみだった。
・不在の管理部長は山口主任が代行すること、
・東集商事に法務支援を要請すること、
・次回の取締役会に向けて、役員に事前に調査内容を共有すること
山口主任が経理課へ戻るまで一時間も経過していた。沈黙する時間が多く、頭の重くなる会議だった。
しかし経理課へ戻ると、目の前には沈黙の多かった会議とは対照的な光景となっていた。
*
「……ちゃん、和服ちゃん、大丈夫?」
いつの間にか戻ってきていた山口主任の声が聞こえた。その声で、私はようやく現実に戻った。
山口主任と藤川さんが、私を覗き込むように心配そうな顔をしている。
……そうだ。伊原さん。机に契約書を置いていって。
頭の中がまだぼんやりとしている中、藤川さんがそっと冷たいペットボトルを差し出してくれた。水が喉を通ると、少しずつ思考が戻ってくる。
話しかけようとすると、山口主任が小さく首を振った。
「大体のことは、わかる。
きっと田端部長に働きかけて、それが駄目だったから、次は和服ちゃんを揺さぶりに来たんでしょ」
山口主任は私に申し訳なさそうな顔をしながら、話してくれた。
伊原さんは、どんな難しい局面でも率先して対処をする性格だけど、同時に強引なやり方も多いということ。
そして今回の件は、会議でこれまでの調査は役員にも周知される案件なったことと、東集商事へ法務を中心とした支援を依頼するのが決まったこと。
東集商事への連絡は、山口主任がメールで送ってくれた。
その日は、終日書類整理をするよういわれ、定時で帰ることとなった。
翌日から、私の業務は変わった。
藤川さんが起票した仕訳伝票の確認と承認が新しい業務となった。それ以外は、会計方針の確認や連結パッケージへの入力準備といった、出向で本来やるはずだった業務を進めることとなった。ただし、売掛金の話は全て山口主任の管轄となった。収益認識基準の適用状況が気になるけど、仕方ない。
東集商事とのやり取りも全て山口主任が受け持つことになった。こちらは営業部から私じゃなく山口主任にやってもらうよう要請があったらしい。
山口主任は自分の受け持った作業以外の月末の経理作業を私と藤川さんに任せ、忙しそうにしている。
そして、変化はもう一つ。
――伊原さんの姿を、会社で見かけることがなくなったのだ。
私が神谷監査役に提出した調査報告書は、すでに全役員に回覧され、小暮専務からは、私自身が取締役会で調査概要を説明するようにと指示があった。
そして、いよいよその日がやってきた。取締役会の当日が。
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