わたしのロツレチハヒ【第0話 プロローグ】
わたしの家には小さな庭がある。両親は共働きで祖母はほとんど部屋から出ない。だから庭の手入れも適当だ。
適当とは「ちょうどよい」の方ではなく「いい加減」や「大雑把」という意味合いが正しい。
高校生で比較的時間に余裕のあるわたしが、ときどき草むしりする。とりかかるまでは億劫だがやりはじめると意外にハマる。
春の訪れを知らせるようにぺんぺん草の白い花や福寿草の黄色い花が咲き始める頃は心が弾む。
ただ、アイツが出てくる季節なので浮かれてばかりもいられない。
黒くて背中に橙色のスジが入った毛虫野郎だ。草を抜いていると突然目にするからビクッとしちゃう。
そもそも芋虫毛虫の類いが大嫌いだ。正確には大嫌いだった。小学生までは芋虫毛虫がいたら半径20メートルより近づけなかったほどだ。
中学生になると多少は肝が据わったのだろう。1メートルぐらいまでは近づけるようになった。
もうすぐ高校2年生になるというのに、アイツがいるのではないかとビクビクしながら草をむしる。そんな自分がなぜかちょっぴり可愛い。
先日のことだ。うちの庭に面した道路で遊んでいたわんぱく少年たちが「あっ」と声を上げた。
どうやら土から這い出してきたアイツを見つけたらしい。
庭には境界線代わりの簡単な鉄のフェンスがあるだけ。外からも見通せるし手だって突っ込めちゃう。
「ガの幼虫でしょ。触ると刺されるかもよ」
わたしが注意すると、思わぬ言葉が戻ってきた。
「おねえちゃん、これツマグロヒョウモンの幼虫だよ」
「え?ガじゃなくてチョウチョなの?」
小学生頃から恐竜や昆虫を図鑑で覚えて周りに“博士”と感心される子どもがいる。この子はその部類かもしれない。
一方、わたしときたら虫のことなどほとんど知らない。それでも「ヒョウモン」という響きから蝶を連想したのだ。
あの漆黒と橙色の毒々しい毛虫が蝶の幼虫だとわかった途端、私の中の警戒心が解けてゆく。
これまではスコップに乗せて離れたところに持ってって捨てていた。それじゃあまりにも可哀想。そんな感情が生まれて止めることにした。
今ではアイツを見つけたら「キレイなツマグロヒョウモンになるんだよ」と小声で励ます豹変ぶりだ。
「花染めの移ろい易き人心」
花汁で染めた着物の色が変わりやすいことから、人の心が移ろいやすいことに例えたことわざ。尊敬していた気持ちが冷めた。好きだった人を憎らしく思う。そのような意味合いでよく使うらしい。
苦手だった毛虫を見守りたくなる。それもまた「移ろい易き人心」かなっって感じて一人微笑む。
続く
【第0話 プロローグ】
【第1話「鬼!悪魔!」】
【第2話「お好み焼き屋にて」】
【第3話「音楽室で反論」】
【第4話「きしみ」】
【第5話「お銀さん」】
【第6話「不協和音からの」】
【第7話「正座論争の行方」】
【第8話「祖母失踪」】
【第9話「不可抗力」】
【第10話「なんかドラマティック」】
【第11話 エピローグ】
『わたしのロツレチハヒ』全話収録
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