わたしのロツレチハヒ【第9話「不可抗力」】
救急車のサイレンが近づく。
「田中。聞こえるか。田中」
「ううう……」
「意識はあるみたいね。あまり動かさないほうがいいわ」
じんさんが話しかけ、美雪さんが状態を確認している。
田中浩二が部室棟から飛び降りた。
鴨邑高校は本校舎とは別に部室棟がある。昔は木造だったが、10年ほど前に校舎の改築とともに建て替えられた。一階は相撲部用の土俵と本格的なトレーニングルームが設置されている。サッカーや野球、陸上など部員が多い運動系の部室が大半を占めているのは致し方ない。
隅っこに押しやられるように二階の西側に並ぶのが音楽系や文化系の部室だ。西側から二部屋目が邦楽部の部室である。ちなみに西の角部屋には歴史研究部が入っている。
楽器を使って音を出すときは音楽室や和室を借りることになるが、ミーティングなどは部室で行う。
部員は授業が終わったらそれぞれ顔を出しておしゃべりする。いつもの光景だ。
この日は、16時過ぎにほとんどの部員が集まった。総文祭に向けて『湖北物語』の進捗状況やスケジュール確認をする予定だったからだ。
「16時半頃にははじめるから、それまで自由時間ということで。よろしく」
じんさんが言うまでもなく、誰しもおしゃべりに夢中のようだ。
わたしはまりなから和楽器タイフーンの話しを聞かされていた。そのまりなが目くばせするではないか。そちらに目を向けたら、窓際で倉田唯と田中浩二がなにやら談笑している。
「あの二人。この前のダモン以来、距離が縮まったわよね」
囁やくまりな。その顔はまるで「好奇心」と書いてあるようにニヤけていた。
「あれ、彼女どこに行くんだろ。トイレかなぁ」
まりなの目線には二人の行動がちょうど入る。もう監視カメラ状態だ。
ミーティングの開始時間が近づいたので、倉田唯がトイレに行ったとしても不思議はない。
わたしは残された田中浩二を見て心配になった。さっきまでの笑顔が消えて能面のような顔をしている。
「どしたのかな?なんかやばい感じだよね」
まりなも異変にきづいたらしい。
ピクリともせずじっと窓の外を眺める田中浩二。いやもっと遙か遠くを見ているようでもある。
「うおーーーっ」
いつも静かなあいつのものとは思えない叫び声を出して窓から飛び降りた。
「えっなんで」
「きゃーっ」
わたしたちだけじゃない。田中浩二の姿が窓に消えていくのを見た部員たちが悲鳴を上げた。
窓から用心深く覗くと、池の中に倒れているのがわかった。
「救急車。119」
じんさんがスマホを取り出して電話をかけている。
ふと入り口のところで立ち尽くす倉田唯が目に入った。
わたしはまりなと以心伝心でうなずき合うと彼女の手を引くようにして階下に急ぐ。
田中浩二は部活棟前の広場にある池をめがけて飛び降りたのだろう。ホテイアオイが生えて魚が泳ぐなかで水に濡れたまま動かない。
じんさんと美雪さんが声をかけたら反応した。生きていることがわかってとりあえずホッとした。
救急車には騒ぎを聞いて駆けつけた部活顧問の円山先生が同乗した。音楽教師の円山美江子先生は吹奏楽部の顧問を兼任している。部員も多く活発な吹奏楽部が忙しくてなかなか邦楽部には顔を出さない。久々の出番がこのようなアクシデントとはお気の毒である。
「今日は解散してください。皆さん寄り道せず十分気をつけて帰るように」
円山先生はそう指示して救急車に乗り込んだ。
わたしは倉田唯のことが気になって声をかけた。彼女も誰かと話したかったのだろう。まりなと三人で帰ることにした。ショッキングな出来事だっただけにナーバスになるのは当然だ。お調子者のまりなですら言葉少なにとぼとぼ歩く。
しかし倉田唯をこのままにしておくとよくないような気がする。彼女からわだかまりを引き出さなければ。
「倉田さん、田中浩二と話してたじゃん。なんか変わったことなかった?」
わたしは彼女が心のふたを開けやすいように手伝った。
「まさか、まさかあんなことをするなんて思わなかったのよ……」
「何があったの。わたしらでよかったら聞くわよ」
「そうよ。一人で悩まないで話してちょうだい」
まりなも察して背中を押す。
彼女が意を決したように口を開く。
「映画やドラマの話しをしていたら『どんなドラマが好きなの』っていうから。この前、おかあさんが借りたDVDを一緒に見たことを話したの」
「え、田中浩二がそんなこと聞いちゃうの」
まりながいつものノリで茶々を入れるからわたしが目で制した。
倉田唯が泣き出しそうな声で続ける。
「恋愛ドラマで片想いの彼が女性の前でトラックの前に飛び出して『ボクは死にません!あなたが好きだから!』って叫ぶのよ。そのシーンがよかったって話したの」
「え?だからって、それで窓から飛び降りたとはならないでしょう」
「でもその話しをしたあと、わたしはトイレに行ったんだけど。戻ってきたらあんなことに……ううう」
まずい。このままでは彼女まで心に傷を負ってしまう。わたしはそう直感した。そして脳みそをフル回転させた。
「わかった。あいつのことだからそんなはずないと思うけど、わたしがお見舞いに行ってそれとなく確かめてみる。だから倉田さんも思い詰めないで待っててちょうだい」
「うん……ありがとう」
倉田唯を自宅まで送り届けてから、まりなとお見舞いについて相談した。
後日聞いたところ、田中浩二は両足を骨折したものの意識ははっきりしているらしい。面会も予約すれば可能だという。まりなと打ち合わせて日曜日の午後から彼が入院している病院に行った。
田中浩二は4人部屋の入って左側のベッドに寝ていた。窓際を避けたのは病院側の配慮だろうか。
「こんにちは」「来たわよ」
「やあ」
「思ったより元気そうじゃん」
「足の骨折は三か月かかるらしい。でもほかは健康だからね」
「じゃあお菓子とかもOKね。よかった。これお見舞いに」
「ありがとう。売店には行けないから助かるよ」
そんなやりとりを一通り済ませて、わたしから本題を切り出した。
「びっくりしたよぉ、あのときは」
「ごめん。迷惑掛けちゃって」
「倉田さんも心配してるよ。一緒に話してたから責任感じてるみたい」
「え?倉田さんが?」
彼の表情が変わった。やはり何か関係がありそうだ。わたしは倉田唯から聞いたドラマの件をそれとなく伝えてみた。
「わからない。ボクもわからないんだよ。倉田さんが好きなドラマのシーンを想像していたらムズムズしてきたっていうか。気がついたら池に倒れて動けなかったんだ」
「やばっ、中ニ病じゃん」
まりながこぼした。わたしも似たようなことを思った。田中浩二も気まずそうに笑っていた。
「とにかく、今は余計なことを考えないで治療に専念しなよ」
「ああ、わかってる。皆にもよろしく言っといて。あと倉田さんにも」
「うん。ちゃんと話しとくから。心配なさそうだって」
「じゃあね」
病院からの帰り道、まりなと話した。
「わからないもんだね。高校生でもあるんだ中ニ病って」
「ママがよく『男はいつまでも子どもなんだから』ってボヤいているけどホントだね」
「どうする。倉田唯にも本当のことを話すしかないよね」
「それが一番しっくりくるんじゃない。原因は中ニ病でしたって」
まりなは呆れながらもどこか納得したような表情をしていた。きっとわたしも似たような顔をしていただろう。
次の日曜日、まりなからLINEが届いた。
「今、病院でーす」
なんと田中浩二と倉田唯が笑顔でピースするツーショットが送られてきた。
まりなが連れてったな。親友のわたしでも予測できないナイスプレーをやることがある。なかなかやるやつだ。
10話⇒
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