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サラエボで強盗に遭う。旅はここまでか・・・

【ボスニア旅行記】(9)サラエボで強盗に遭う。旅はここまでか・・・

2019年4月28日、サラエボウォーキングツアーを終えた午後、私は宿に戻りしばしの休憩を取っていた。

そして今日学んだことの復習がてら、旧市街の中心部を散策しに再出発。

サラエボの独特な文化や紛争の爪痕を学んだ今日のツアーを思い返しながら、ゆっくりとその街並みを目に焼き付けていく。

思えばこの旅が始まってからおよそ1か月が経過した。

細かなトラブルはいくつかあったものの、ここまで概ね問題なく過ごすことができている。

特にポーランドやチェコは治安も良く、危険を感じることもほとんどなかった。

そのためリラックスして街歩きを楽しめていたのを覚えている。

そしてここサラエボでも私はこれまで通り多少の警戒はしつつも、心穏やかに街歩きを楽しんでいた。

そう。私は旅慣れしつつあった。

当時のことを思い出すと、恥ずかしながら心にほんの少しの緩みがあったことを私は認めなければならない。

ここまで無事にやって来れたという自信が、知らないうちに「自分は大丈夫だ」という過信に変わってしまっていたのだ。

そんな私が災難に遭うのは必然のことだったのかもしれない。

旧市街中心部の入り口付近にある市庁舎から、川沿いに上流に向かって徒歩5分ほどのところに私の宿泊していた宿がある。

人通りも多く旧市街からのアクセスも良いので私はこの宿をとても気に入っていた。

この日も私は旧市街散策を終え、川沿いを歩きながら宿へと向かっていたのである。

少し上流へ歩くとちょっとした滝があり、そこには白い橋が架かっている。

前日降った雨の影響で川の流れは激しく、水は茶色く濁っていた。

私はこの時なんとなく、この激しい流れを橋の上からぼーっと眺めていたいという気持ちに駆られた。

元来、私は川を眺めるのが好きなのである。

透明な美しい流れも、荒れ狂う激流も私にとっては等しく大好きな景色だ。

私はこの橋に吸い寄せられるように、そこへと向かっていった。

宿から見た白い橋

そして橋の入り口に差し掛かった時、橋の向こう側から若い男が手を振りながらこちらに話しかけてきた。

黒い革ジャンにサングラス。短髪の若い男だ。

「Hello ! Are you student ?」

―No, I’m a tourist!

「Really ? Are you tourist?」

―Yes!Yes!

「Where are you from ?」

―I’m from Japan !

「Very good ! Very good ! Enjoy your Stay !」

―Thank you !

そんなやりとりをしてその男は去っていった。

今思えば、私はここで気づかなければならなかったのだ。

「この男、何か怪しい・・・」と。

なぜ執拗に学生か観光客かを聞いてきたのか、そこに気づかなければならなかった。

さらに言えば「海外で話しかけてくる人間にはまず用心すべし」ということすらこの時はすっかり忘れていたのである。

油断とは恐ろしいものだ・・・

そして私は橋を渡り始める。

すると橋の向こうから今度は身長185センチ以上もあろうかというがっちりした大男がこちらに向かって歩いてきた。

そしてさっきの男と同じように手を振り近づいてきた。

「Oh~! Friend !」

彼はそう言うやいなや私の方に手を差し出してきた。

てっきり握手でもされるのかと思ったらそのまま上から覆いかぶさるように私の首に腕を巻き込み、完全に抑え込んできたではないか!

まるでヘッドロックをされているかのような体勢。

大男が上からがっちりと私の首と肩を絞めている。

私は逃げようにも逃げられなくなり、ただもがくことしかできなかった。

ここで言っておかねばならないが、私は小柄な体つきだ。165センチもない。

そんな私が185センチ以上もあろう大男にヘッドロックをされたらそれはひとたまりもない。

私はまだ自分の身に何が起きているのかまったくわかっていなかった。

ずいぶんとスキンシップが強めなあいさつだなとこの時私は本気で思っていたのである。

どこまで能天気なのだと今は笑えるが、その時は本気でそう思っていたのだ。

自分が暴力に巻き込まれることなど、まったく想像もしていなかったのだ。

ついさっきまでミルザさんに「突然暴力に巻き込まれることはありえることなのです」と教えてもらったばかりにも関わらずこのざまである・・・

紛争の傷跡を見て、暴力について深く考えさせられたと思っていたばかりなのに私はこのありさまだったのだ。

今思うと、自分でも情けない限りだ。

すると、目の前にさっき言葉を交わしたサングラスの男が現れ、ぼそっとこう言った。

「Money. Money」

私はここでようやく気付いた。

彼らはグルだったのだと。そして自分が今強盗に遭っているのだと・・・

この状態になるまで気づけなかった自分が信じられなかったが、実際に私はこうして完全に抑え込まれてしまっている。

現実として私は暴力に見舞われているのだ。

不注意な自分を呪っていても仕方がない。

なんとかしなければならない。

幸い、彼らは拳銃やナイフを持っていなかった(ように見えた)。

これが私にとっては幸運なことだった。

何度かもがいてはみたものの、まったく振りほどくことはできない。

力の差がありすぎる。

私は少しの間おとなしくしていることにした。いや、正確には、どうすることもできなかったので暴れることをあきらめたのだ。

興奮していたので正確な時間はわからないがほんの少しの間だけ膠着状態が続いた。

もうだめか・・・荷物はあきらめるしかないな・・・と腹をくくりかけた時、なぜか一瞬首の拘束が緩んだ。

私はその瞬間、とっさに体を小さくした。ほとんどしゃがむくらいの勢いで体をぐっと下げたのだ。

すると幸運なことにヘッドロックから首が開放された。

すかさず私は両腕で大男の体をドンと押しのけ、その反動のまま私は二人の間をくぐり抜けた!

そう!私は脱出に成功したのである!

この時ほど自分が小柄でよかったと思ったことはない。

私はそのまま橋を引き返し、川沿いの道まで逃げ帰った。

男達は私の後を追ってくることはせず、ただこちらを眺めているだけだった。

そしてバッグを見てみるとファスナーが開けられていた。

そうか・・・中身を物色するためにあの男は力を緩めたのか・・・

幸い、荷物は何も取られていなかった。

というのも、私はバッグの中には飲み物とウインドブレーカーしか入れていなかったからだ。

パスポートや貴重品は身に着けて隠していたのが功を奏した。

でも、バッグにないとわかればどの道身に着けているのがばれて奪われていただろう。

逃げられたのは本当に不幸中の幸いだった。

その後たまたま川沿いの道から事の一部始終を見ていたおばさんが私を匿ってくれた。

おばさんは英語を話せなかったため、その娘さんが片言で警察に行こうと話してくれた。

だが、物も奪われていなければ体も無事だったので警察には行かないことにした。

きっと手続等で今後の旅程にも影響が出かねないと思ったからだ。

それでもおばさんたちの優しさには本当に救われた。

言葉は通じなかったが、本気で心配してくれたのがものすごく伝わってきた。

強盗という恐ろしい目にあったパニック状態の私には本当にその優しさがありがたかった。

言葉の通じない異国の地で感じた優しさを私はこれからもずっと忘れないだろう。

それにしても、この出来事で私が最も驚いたのは、人通りの多い所で堂々と強盗に襲われたということだった。

あの白い橋は道からはっきりと見えるし、川沿いには釣りをしていた人もいたのだ。

私を匿ってくれたおばさんも一部始終を見ていた。

「こんなに人がいる場所でそんなことは起こりっこない。」

これが私の油断だった。

自分の身は自分で守らなければならない。

そのことが完全に抜け落ちていたのだ。

もっと早くに気づかなければならなかったのだ。

宿のレストランからもはっきりと白い橋が見える

こうして私は強盗事件に巻き込まれることになった。

私は自分の身をもってミルザさんの教えを学ぶこととなった。

「平和は当たり前ではありません。暴力は誰の身にも降りかかりうるのです」

まさしくそのことを知ることとなった。

事件直後は興奮とパニックのためかそれほど恐怖を感じなかったが、宿に戻った途端、急激に恐怖感に襲われた。

助けを呼ぶにもここはボスニア、電波が悪くて電話もつながらない。日本は深夜。話そうにも話せない。

誰にもこの出来事を話すことができないという孤独。

私は部屋の中でただひとり、ベッドに突っ伏してこの恐怖と孤独に襲われることになった。

誰かに話を聞いてもらえるということがどれほどありがたいのか、この時ほど痛感したことはない。

それほど苦しい孤独だった。

だが、私にはすることもやるべきこともない。

物も奪われていなければ体も無傷なのだ。

なら、このまま黙って耐えるしかないではないか・・・

こうして私の恐怖と孤独の一日は終わりを迎えた。

続く

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