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美女と野獣のガストンは悪くない?彼はどこで道を踏み違えたのか。人生の分かれ道に思う

前回の記事「『美女と野獣』原作のあらすじとその違い~ディズニーの改変が最高過ぎた件について」ではディズニー映画『美女と野獣』の原作をご紹介しました。

この記事を読んで驚かれた方も多いと思うのですが、原作にはあのガストンは登場しません。彼はディズニーの原作改変によって生まれた完全オリジナルな存在になります。

そして前回の記事の中で私はそのガストンのことを「愛すべきマッチョマン」と呼びました。

その箇所を読んで「なぜ悪役ガストンを愛すべきなんて言うのか!」と思う方もおられたかもしれません。ですがもしかするとそれとは逆に「わかる!」と思った方もおられるかもしれません。

そうです。実はガストンは賛否両論分かれる興味深いキャラクターでもあります。ネット上でも「ガストン 悪くない」というワードが出てくるくらいの人気ぶりです。彼がディズニーのヴィランズの中でも特異な位置を占めているのは間違いありません。

私個人としては「愛すべきマッチョマン」と呼ぶくらいですから基本的にはガストンのことを憎めない奴と思っています。ただ、あくまで「条件付き」ではあります。物語後半のガストンは完全にアウトです。私も好きとは言えません。あまりに外道が過ぎます。

とはいえ、そんなガストンももしかしたら闇堕ちをせずに済んだのではないかと思うこともあるのです。今回の記事ではそんなガストンに対して私は手紙を書いて見ようと思います。

誰かに対してその思いをストレートに表現するには手紙が1番。

では早速始めていきましょう。


「親愛なるガストン殿へ。

拝啓
愛すべきマッチョマンたるガストン殿。私の最も好きなディズニー映画『美女と野獣』で八面六臂の活躍をしたガストン殿。あなたのおかげでベルと野獣は幸せなエンディングを迎えることができました。あなたは悪役としてその重責を全うし、見事なヴィランぶりを発揮しました。

敬愛すべきガストン殿。私はあなたが好きです。すごいぞガストン殿。
ですが、私にはぜひともあなたにお聞きしたいことがあるのです。この際はっきりと言いましょう。

あなたは本当に悪者なのですか?

世の中にはあなたを悪く言う者も、慕う者もいます。

たしかにあなたはベルを得るために悪だくみをしたり、人々を扇動し城に攻め込みました。その悪行は否定しようがありません。とはいえ、私にはどうもあなたが根っからの悪人のようには思えないのです。

ここで勝手ながらあなたのたどった道筋を考えていきたいと思います。

まず、あなたはベルに一目惚れでした。それは無理もないことでしょう。村1番の美人です。それは村の誰もが認めています。そんな誰もが認める美人だからこそあなたは一目惚れしたのでしょう。

ただ、あなたはそれだけだった。そこがまずかった。

あなたはハンターだ。狙った獲物は逃さない。女だってそうなのでしょう?

つまり、あなたはベルを獲物としてしか捉えていなかった。誰もが認める美人として、トロフィーとしてベルに惚れ込んだのではないですか?あなたにとって、ベルの内面はどうでもよかったのではないですか?

自分になびかないベルの強さにも惚れたですって?いやいや、あなたは単に簡単に手に入らない獲物を追っていただけではないですか?それはベルの内面に関心があるとは言えないのではないですか?

たしかにあなたはおモテになる。村の女たちもあなたに首ったけだ。男たちもあなたをリーダーとして尊敬している。そんな価値ある自分に簡単になびかないベルに強い関心を持ってしまうのもわからなくもないです。

ただ、あなたはやはり傲慢で自惚れ屋です。最初は見向きもしてもらえなかったベルも「俺の魅力に気づいてくれさえすれば」手に入るに違いないと合点していたのではないですか?そして自分の思う通りの妻になると思い込んでいたのではないですか?

どうですか。ガストン殿。

あなたはずいぶんと滑稽なことをしていたのですよ。村の皆はあなたのやることなすこと褒め称えるでしょう。ですが私は違います。

ベルの大切な本を投げ捨てましたね。男らしさをはき違えて土足でテーブルに足を乗せましたね。ベルがそうした男らしさを好むと勝手に思い込んでいませんでしたか?他にもあなた御自慢の男らしさはわざわざここで指摘するまでもないでしょう。卵60個を食べることは言いますまい。唾の威力も黙っておきましょう。鹿の角も見逃しておきます。

とにかく、あなたは滑稽なのです。あなたご自慢の男らしさ、モテっぷりは村の者には通じてもベルには一向に響きません。それなのにあなたは勘違いをし続ける。そう。あなたは無邪気なのです。そんな無邪気さ溢れる滑稽さに私を含め多くの人間があなたをお慕いするのです。

愛すべきマッチョマン、ガストン殿。私が敬愛するのはこういうあなたなのです。

あなたは悪くない。ただ、相手が悪かった。ベルは異質な存在です。あなたの当たり前、村の当たり前が通じない世界の住人なのです。それをあなたは理解するべきだった。そこにあなたの決定的な落ち度があったのです。

ただ、そんなことを言っても仕方ないでしょう。あなたはあなたなのですから。私はそんな無邪気な勘違い男たるあなたの純粋さに笑い、愛さずにはいられないのです。

ですが、ここだけの話、実はあなたにもチャンスはあったのですよ、ガストン殿。

あなたもベルと結ばれるチャンスがあったのです。これは間違いありません。

あなたはベルに結婚を申し込み、こっぴどく振られましたね。そして大恥をかき、酒屋でうなだれていました。この時ですよ。この時!あなたはこの瞬間、運命の分かれ道にいたのですよ。

ん?何のことかわからないですって?

そういうところなのですよガストン殿。あなたは不幸な人だ。あなたにはあなたを案じる真の友がいない。

あの日あなたは、あの場所でうなだれていた。ル・フウにビールを勧められても「何の役に立つ」と断った。これなんです!あなたはビールを断ったのです!私があなたをお慕いする最大の理由がこの瞬間なのです!

あなたはあの時「なぜこうなった」と反省していたのではないですか?「なぜベルは俺を認めてくれない」と自問自答していたのではないですか?

もし自分を振ったベルに対しての怒りや、メンツを潰されたという恥の感覚だけならば酒を飲んでぱーっと憂さ晴らしをしていたのではないですか?

それをあなたは「何の役に立つ」と断ったのです。私はその言葉を聞いて、何と立派なことかと思いました。もしあのまま一人で内省し続けていれば、あなたは変われたかもしれないのです。自分が中心であった世界がひっくり返ったかもしれないのです。

まだわからないですか?ガストン殿。あなたはこれまでやることなすこと周りに褒め称えられてきました。狙った獲物も逃さない。全て自分の思うがままです。

つまり、あなたは自分が間違っているなど露ほども思ったことがなかったのでしょう。自信満々、傲慢そのものでした。しかしその自信が完全に崩壊する瀬戸際にあなたはいたのです。

自信を失い、自分のプライドや価値観を失うことは信じられないほどの打撃をあなたに与えるでしょう。しかし、それを経ねば謙虚な心など生じようがないのです。

ただ、あなたにはその資格があった。ビールを断ったあなたにはそうした謙虚な心を得る資格があったのです。

ここでもしあなたが自分の非を認め、生き方を変えるならばあなたはベルと結ばれた可能性もあったことでしょう。このことをぜひガストン殿にお伝えしたかった。あなたにもチャンスはあったのですよ。

しかし現実はそう甘くはありませんでしたね。

あなたの友、ル・フウはそんなあなたを「すごいぞガストン」と持ち上げ、内省の機会を忘れさせました。村の者たちもいつものようにあなたを褒め称え、ガストンは悪くないと思い込ませました。そしていい気になったあなたは自分の価値観を疑うことなく、ベルを得るという目的のために手段を選ばなくなっていきます。そうです。この時にあなたの闇堕ちは始まってしまったのですよ。

あなたには申し上げにくい話なのですが、ここだけの話、私はあのル・フウこそ最も凶悪な人物だと考えています。そして村の者たちも同罪です。

思い返してみてください。この物語の始まりにしてすでに村の者たちはベルを奇妙な人間として扱っていました。そして発明家のパパも変人として嘲笑っていました。

あの村の者たちは古くからの慣習を重んじる保守的な雰囲気を感じさせます。ベルも言っていましたね。「ここは静かな町。いつも同じ朝」と。そんな保守的な村人にとって発明家の父を持ち、女であるのに本を読んで空想に耽るベルの存在は奇妙にしか映らなかったことでしょう。

そしてあなたを褒め称え、リーダーのように持ち上げる彼ら。彼らがガストン的な価値観を是としていることは疑いありません。いいですかガストン殿。あなたは個でありながら個ではなかったのです。お気づきになられていないかもしれませんが、あなたはあなたお一人で村そのものを体現していたのです。

そう考えるとあなたがあの小さな村に収まっていたのが不憫でなりません。あなたはパリに出ていくべきだった。パリに出ればあなたよりハンサムで有能で心豊かな人物などいくらでもいることでしょう。所詮あなたは井の中の蛙なのです。おっと失礼、これは言いすぎました。ですが、パリほどの大都会に出れば本を読む女性も、新しい考え方を持つ人間もいくらでもいます。あなたのアイデンティティーたるハンターとしての誇りもそこでは幾分目劣りすることでしょう。あなたはパリでその鼻をへし折られておくべきでした。もし仮にすでにパリに行った上でのあなただとしたらそれはそれであっぱれです。よりあなたの無邪気さや滑稽さが際立つと言えるでしょう。

まあ、こんなことを言っても仕方がないのですが、あなたという人間はあくまであの村を超える範囲のものではないのです。私としてはこれがあなたを知る上で重要なポイントなのではないかと思うのです。

だって、そうですよね。

あなたはベルと結婚するために父親を精神病院送りにしようとしました。当時の精神病院は監獄に等しい劣悪な環境です。体の弱っている老人をそこに無理やり押し込むなどあまりに非道です。

しかしそんな非道な行いに対して村人たちは一向に非難の声を上げる気配がありませんでした。むしろ一緒になって父親を嘲笑うではないですか。

あなたはたしかにこの非道な計画を思いつきました。しかし、少し考えればこの計画のずさんさなどすぐにわかることでしょう!父親をあんな目に遭わせてベルがどう思うでしょうか。仮にベルが取引で結婚に応じたとして、その後どうすつおつもりだったのです!?結婚したらこれから一緒に暮らすのですよ?

もはやあなたは何も見えてはいない。ベルと結婚するという最初の無邪気な目的がいつの間にか呪いになってしまった。目的の達成こそが全てになり、あらゆる手段を正当化してしまう人間の闇にあなたは覆われてしまったのです。

そしてそのタイミングで野獣の存在を知ってしまったあなたは村人の恐怖を煽り、「奴を殺せ」と暴力に走っていく。

そうしたあなたを「村人を守るために勇気を持って行動した」と評価する声もありますが、私はそうは思いません。村人を守るという発想が本当にあなたにはありましたか?

もはや闇堕ちしたあなたには自身の攻撃性を抑える術はありません。しかもそれはあなた自身だけの問題ではなく、村そのものでもあります。先ほども言いましたね、あなたは個ではなく村そのものだと。

保守的な村の中に、突如得体の知れぬ「野獣」の存在が知れ渡った。それが何かもわからないのに、恐怖を煽った。彼らはそれが何かを調べることすらしません。異質なものは悪に違いない。我々と違うものは悪に違いない。「奴らは俺たちを殺しに来るぞ。やられる前にやってしまえ」。何もない日常ではニコニコ平穏に暮らしていた彼らの本質が一瞬で現れた瞬間でした。

そして私が忘れられないのはある母親が言った「お願い! 子供達を野獣に食べさせないで頂だい」という言葉です。恐怖を煽るのに「子供」を持ち出すことは古今東西の常套手段です。公衆の場で「子供が殺されるから敵をやっつけなければならない」と言われて反論することは限りなく不可能に近いでしょう。

「落ち着け。冷静になれ!もう少し考えてみよう!事態を把握してからにしないか!」と言おうものならその場で裏切り者扱いされ、最悪殺されかねません。現にあの小さな村では一旦裏切り者扱いされればその後生きていくことは難しいでしょう。

現にガストン殿、あなたは「反対する者は俺たちの敵だ」とベルですら閉じ込めたではないですか。ガストン殿、あなたベルと結婚したかったのですよね?もはや破綻していますよ。「野獣とベルがいい雰囲気になっていることに嫉妬したのではないか」、「ベルのことを一途に愛しての行動がちょっと行き過ぎてしまった」、「ストックホルム症候群でベルが野獣に洗脳されているから助けてあげたのだ」という好意的な擁護もありますが、ガストン殿、そこのところはどうなのでしょうか。

そしてすでに亡くなってしまったあなたにお見せできないのが残念なのですが、ディズニープラスに『ハワード -ディズニー音楽に込めた物語-』というドキュメンタリーがあります。

ハワード・アッシュマンは作曲家アラン・メンケンとタッグを組み、『リトルマーメイド』や『アラジン』、『ライオンキング』などの名作を生みだした作詞家です。

そしてあなたが活躍した『美女と野獣』に関しては特にアッシュマンの影響たるや甚大なものがありました。前回の記事でお話ししたように、そもそも原作にはガストン殿、あなたは存在しておりません。ルミエールやコグスワースもおりません。ベルのパパは発明家ではなく商人でした。野獣も最初から優しい紳士です。

こうした原作からディズニー映画の改変にアッシュマンが大きく関わっています。つまり、アッシュマンこそあなたの生みの親のひとりなのですよ。ガストン殿、彼をパパとお呼びになってはいかがです?

そしてこのドキュメンタリーを観て驚いたのが、アッシュマンが同性愛者でエイズで早世してしまったということです。その彼が最晩年に病気を隠しながら最後の力を振り絞って制作したのがこの『美女と野獣』という映画だったのです。

アッシュマンは同性愛者でありましたので、社会から理解されず苦しい思いをしてきました。あの『夜襲の歌』はそんなアッシュマンの体験からも来ているのではないかと私は思うのです。本人がそのことについてはっきりと明言していないのでわかりませんが、人々を扇動して暴力を振るうあの流れは深く考えざるをえません。ガストン殿、あなたは彼から大きなものを託されていたのですよ?

人間はいとも簡単に扇動し、扇動され暴力を振るうことができる。そして彼らはそれを正義の名の下に行うのです。こうした恐ろしさがあの歌で表現されているのではないでしょうか。

ガストン殿。私は『美女と野獣』という映画が一番好きなのです。この映画は単なる子供向けのアニメ映画では決してありません。

沈滞していたディズニー映画を生き返らせたアッシュマンとアラン・メンケンのミュージカル的な手法は革新的なものがありました。また、原作にはない要素を織り込み、現代人にも響く構成にしたこと。そして何よりそのストーリーの魅力です。私はこのあまりに美しすぎるストーリーに感嘆せずにはいられません。

もちろん、ガストン殿の活躍も忘れていません。私にとってあなたは間違いなく「愛すべきマッチョマン」であります。

ただ、あなたは闇堕ちしてしまいました。これは物語の展開上致し方ありません。あなたは役目を全うしました。今あなたはあの世でゆっくりと謙虚に生きておられるのではないでしょうか。もしかすると、ハンターであり続けているのかもしれませんが、穏やかな日々を過ごされていることを祈っております。

さてさて、長いお手紙になってしまいました。

私はあなたが大好きです。無邪気で滑稽な姿に微笑まずにはいられません。

いつの日かまた東京ディズニーランドでお目にかかることにしましょう。では、ごきげんよう!

敬具

令和7年3月13日

函館錦識寺 上田隆弘」 


おわりに

さて、長々と私の手紙を読んで頂きありがとうございました。

今回この記事を書こうと思ったのは、やはり『美女と野獣』がディズニー映画の中で1番好きで、特にガストンに対する思いがずっと胸の内にあったからでした。今回この場を借りてこうしたお手紙を書けたのは私にとって実にありがたいものとなりました。書いていて思わずニヤニヤしてしまうほど楽しい時間でした。

やはり手紙はいいですね。思いを素直に表現できます。これからももしかしたらこのスタイルで記事を書くこともあるかもしれません。

いやあ、実に楽しい執筆になりました。皆さんにも楽しんで頂けましたなら幸いでございます。

以上、「美女と野獣のガストンは悪くない?彼はどこで道を踏み違えたのか。人生の分かれ道に思う」でした。

追記 オーストリア国立図書館が美しすぎる!あの『美女と野獣』のモデルにも!?

プラハのストラホフ修道院と並んで「世界で最も美しい図書室」との誉高いウィーンのオーストリア国立図書館。

なんとここは『美女と野獣』の図書室のモデルになったそうです。

そんな美しき図書館を訪れた体験を以下の記事で紹介しています。ぜひ合わせてご参照ください。


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