ペイ・フォワード プロジェクト
先日Tailwindさんから、LaLaLaさん企画の恩送りのバトンをいただきました。
Tailwindさんと言えば、私がnoteを始めてまもない頃に素敵な御縁をいただいた方。
文章に滲み出るお人柄は味わい深く、心がホッと安らぎます。過去には、暑苦しくその想いをぽえむに乘せたことも。
素敵だな、応援したいな⋯の気持ちを三名に贈るというこちらの企画で、優しさのバトンをお渡しくださりありがとうございます。
私には大っぴらなものから、木陰から目だけ出して密やかに見ているようなものまで、素敵だなと思うクリエイターさんがたくさんいます。
そんな中で今回は、文章の向こう側にある世界を見せていただいた素敵な三名をご紹介させてください。
そう。今日私は木陰から飛び出して、noteの大海原であなたを叫びたい。それではまいりましょう。
(あいうえお順でお届けします)
〜恩送り〜
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青鴉真尾さん
真尾さんとの出逢いは、私が長年考え続けていたことを記事にしたことがキッカケでした。
"さよならが永遠の絆に変わることもある"そう歌う竹内まりやさんの「純愛ラプソディ」。さよならなのに永遠。それはどういうことなんだろう。想像はできても実感を伴わず、その矛盾の海を私は何年もぷかぷか漂っていました。
そしてようやく「その時点で」出逢えた答えを記事にしました。すると真尾さんが、そのテーマをご自身の心の情景まで深く沈めてくださったのです。
それは簡単に足を踏み入れてはいけないほどの、美しい心の風景でした。
日常を生きていて誰かの深層に触れられることはそうそうありません。そればかりか、不明瞭だった私のテーマを真尾さんのレンズ越しに見つめることができたのは素晴らしい体験でした。
真尾さんの紡ぐ文章には、その向こう側にある心の情景が映し出されていて、その視点は広く深い川の流れのようで。私は暗がりに一方向から光を差しましたが、真尾さんの情景に触れたことで、広範囲が温かく照らし出されたように感じました。
真尾さんの文章を読んでいると、その思慮深いまなざしに私のどこかが弾かれ音が鳴る。私自身初めて聴く音が響くのです。
真尾さんの紡ぐお言葉で私が好きな言葉
「今日もきれいになりましょう」。
そのお言葉に想いを馳せ、いつかその心をお尋ねしてみたいと思っていたのですが、そのヒントがこちらのエッセイ「鉛筆の自由は私の命」に描かれているように感じました。
そしてやはり、私にはなかった視点に触れ、綺麗な音が響いたんですよね。
その広く深い流れに心洗われて、心表れる。私では届かない場所をそっとなぞられ、その在処に気づくこと。心の新陳代謝だと感じています。
結びに真尾さんの素晴らしい詩をこちらにご紹介させていただきます。
真尾さん、いつも素敵な世界をありがとうございます。
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喫茶それなり(naru)さん
喫茶店やカフェが好きで、ちょっとした時間ができたときは、ふらっとお茶しに行きたくなる私。たまに書くおはなしにカフェや喫茶店が出てくるのも、完全に私の嗜好が漏れ出ていて。その空間にいると、いつの間にかリラックスして心を覆うベールが溶けていく。なくてはならない「私の場所」です。
そんな私がご紹介したい「喫茶それなり」さんは、アカウント名だけでなく実店舗を営んでおられます。他者へのまなざしの温度感、お心を乗せた文章はとても心地良く、提供してくださるもの一つ一つに真心がこめられているのが分かります。
こちらのnaruさんの自作ゲームでは、お店に行った気分を味わえて、夜の帳が降りる頃のドラマティックな喫茶それなりの世界観を味わうことができます(発想がすごい⋯)。
これがまた、静かでお洒落なBGMも流れて臨場感たっぷりで。
お馴染みのnaruさんの世界がそのまま立体になり、気づけばお店に自分がいる。naruさんがいかにその世界を愛情を持って提供しておられるのか、その熱意、真心がまっすぐに届きます。
こちらの【自由詩】愛と呼ぶものは、naruさんの想いが沁み入る、私のお気に入りの詩です。
大切な誰かを想うとき、実体として隣にいなくても想いは傍にいることができる。naruさんから受け取ったものは目に映る景色がそのすべてではないという気づき。そんな優しい距離感に救われます。
生きていると、たまに泣きっ面に蜂dayがあったり、途方もなく孤独の沼に沈んでいきそうな日があったり。
そんなとき私は喫茶それなりを訪れたい。
それは心のお守りであり、いつでも扉が開かれているというともしび。
珈琲の香りに包まれながら壁の詩を眺め、穏やかなひとときに心を浮かべる。それだけで私は、私を離れずにいられる気がします。
もちろん気持ちが凪いだ昼下がりにも。
naruさん、いつも素敵な世界をありがとうございます。
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mashiroさん
「ねぇじいちゃん、昔ばなしして!」
小さな私の温かい記憶。夕飯を食べ終わり祖父の部屋に入る。祖父はいつも旅館にあるような帯で締めるタイプの、柔らかい綿の浴衣で横になっていました。
布団に潜り込んだときのぬくもりと喜び。
「昔ばなしかぁ⋯」と言いながら目を細め、かすれた声でユーモアを交えながらぽつぽつと始まる昔ばなし。祖父は私が七歳で永眠しましたが、今でもその思い出を忘れません。
こちらはおばあさまが語られた怪談を、mashiroさんがオマージュされたというもの。
mashiroさんの作品に触れると、私の原点がすぐ目の前で息を吹き返すようなそんな衝動に駆られます。
そこには今は失われた日々があり、懐かしくて幸せで私が私のままだったあの頃が脳裏に浮かぶのです。
私の祖父の思い出は、そこで静かに眠る温かな記憶ですが、mashiroさんはちがう。
記憶は眠らない。記憶と手を繋いで今をともに生きていけるんだと深い感銘を受けました。
昔ばなしなど、土地に根付くものをこよなく愛するmashiroさんの向こう側には、たしかな温度でそれをお話しになったご家族のぬくもりがあって。それは音でリズムで、絶え間なく流れている人びとの営みで。
そんな素敵な背景に触れて、私の懐かしい原点にも立ち帰ることができました。
ひとりだと思える日も、けっしてそうではないのだとも感じます。
そしてmashiroさんは、ご覧のとおりエッセイも格別なのですが、人となりが存分に表れたこちらのエッセイに私は魅了されました。ぜひお読みください。
ね、素敵でしょう?
人に対する温かなまなざし。そしていぶかしさをユーモアに変えてしまう人間力。
こちらのエッセイ大好きで、もう何度でも繰り返し読みたくなる。
こんなまなざしを向けることができれば、自分自身にも世界にもちょっぴり優しくなれると思うのです。
mashiroさん、いつも素敵な世界をありがとうございます。
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LaLaLaさん、素敵な企画をありがとうございます。
はぁ〜。
noteは素敵の波で溢れている⋯。ザザン。

