【ほんのり怪異】 十二組の布団
昔、あるところに喜一という男がおりました。喜一は、今にも壊れそうな荷車を使い、近隣の村まで物を運ぶ荷運びを生業としておりました。親は早くに亡くなり、何とか己が身で生きていかねばならぬと、どんな仕事でも決して断ることはありませんでした。その甲斐あってか、喜一は古家の奥の棚に、幾らかの蓄えを隠し持っておりました。
ある日、村の金貸しの男がやってきて、喜一に仕事の依頼をいたしました。喜一は金貸しの提示した報酬額に目を見張り、すぐさまその仕事を引き受けました。金貸しの男の依頼は、三日以内に、とある家の荷物をすべて隣の村の古物屋へと運んでほしいというものでした。
喜一は、その日の夜中に依頼先の家へと向かいました。その家は村の外れに一軒、ぽつんと寂しげに佇んでおりました。建て付けの悪い戸をどうにかこじ開け中に入ると、物がない割に、つい最近まで人の住んでいたような気配が漂っております。
そして、不思議なことに、この家の荷物というのは、十二組ほどの布団しかありませんでした。そのどれもが一組ずつきっちりと紐で括られておりました。喜一は、とりあえずその夜、四組の布団を運ぶことにいたしました。
いまから運べば、明朝には古物屋まで着くだろうと考え、喜一は三組の布団を荷車に積み込みました。そして残りの一組は、自身の背にくくりつけました。暗い夜道を一人で荷車を引きながら歩いてまいります。木の枝や枯れ葉を踏みしめる音が、静かな山道に響きわたっておりました。
「…よぉ、」
突然、背後から低い男の声が聞こえ、喜一は驚いて振り返りました。しかし、後ろには誰もおりません。山風が吹き抜けたせいだろうかと思い、また歩き始めました。
しばらくすると、また背後から声がいたしました。
「…おもてぇよぉ、おもてぇよぉお」
今度は気のせいではありません。恐る恐る振り返りますが、やはり誰もおりません。喜一は恐ろしくなり、急ぎ足で隣の村へと向かいました。
喜一の背中から、何度も何度も、まるで念仏を唱えるかのように、あの声が聞こえてまいります。背中にくくりつけた布団は、凍るように冷たく感じられました。そして、一歩足を踏み出すたびに、その布団は重くなっていくのです。
「…おもてぇよぉ、おもてぇよぉ、」
耳元で聞こえる声はあまりに近く――血の匂いと生温かい吐息に、喜一は冷や汗をかきながら、気づかぬふりをして一晩中歩き続けました。
その朝、古物屋の主人は店からそろりと顔を出しました。店の前には三組の布団が積まれた荷車が一台、側には一組の布団が地べたに置かれております。
地面に置かれた布団を抱えて店に運び、紐を解きますと、中から切られた指が一本、ころりと転がりました。古物屋の主人が、爪に泥の入った指を拾い上げると、何かを諦めたような顔をして呟いたのを、私は確かに聞きました。
「悪い男よなぁ…。おもたかったろうに。」
まだ、あの家には八組の布団が残っております。
その後どうなったのかは、私も存じ上げておりません。
mashiro
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追記
こちら、先日音声配信で少し話をした祖母の怪談のオマージュです。
本家はとてもシンプルで、男が一人、町まで荷物を運びます。道中「おもてぇよぉ、おもてぇよぉ」と後ろから声がする。ようやく着いて、荷物をほどくと中から人の指が出てくる、というものでした。
祖母の話をそのまま書くには短かったため、ほんのり優しくオマージュしています。
