ミヨ子さん語録 「すば」(唇)前編
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれ、昨年(2025)3月に没したミヨ子さん(母)の来し方を「文字を持たなかった昭和」として綴った。ほかに、ミヨ子さんの口癖や折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として思いつくままに書き残している(※)。
本投稿時点で「寒い」時季は過ぎ去ろうとしているが、冬場は肌同様唇も乾燥するもので、リップクリームの類は手放せない。ふだん使いのリップクリームを使い切り、新しいものを出そうとしたとき、思い出した。
「ミヨ子さんにあげたのに、使わないままだったのがあった」
noteを始めてから、帰省してミヨ子さんと過ごした時間についてはほぼオンタイムで書いてきた。帰省のタイミングは当初、諸事情により晩秋つまり寒くなり始める頃が多かった。
ミヨ子さんはよく
「寒なっと、すばがひっからんひっからんしてねぇ」
(寒くなると、唇がカラカラになっちゃってねぇ)
と言っていた。
「すば」は標準的な鹿児島弁の単語だが、状態を表すオノマトペと言っていい「ひっからんひっからん」は、ほぼミヨ子さんの造語だ。H音とK音が乾いた感じをよく表しており、「ん」を加えたうえ繰り返すことで、状態が強調されてもいる。なかなかの言語センスである。
その力強さ(?)に影響されたわたしが、ミヨ子さんへのお土産のひとつにリップクリームを買っては渡す、ということが何回か続いた。写真は「あげたのに使わないままだった」リップクリームだ。
ミヨ子さんの「すばがひっからんひっからん」するのは老齢になってからのことではなく、四季を通して田畑に出ていた現役の農家の主婦時代でも同じだった。わたしが実家にいた昭和50年代後半までは、リップクリームを日常的に使う習慣はあまりなかった。とくにミヨ子さん――のような戦前生まれの農村の女性――は、唇がどうしようもなく荒れたらハチミツを塗るが、そんな高価なものがいつも身近にあるわけではなく、よくて保湿用のクリームを寝る前に少し塗る、でなければ食用油を薄く塗るぐらいのものだった。
わたしが大人になってからは、帰省のタイミングによっては、地元の小さな農協系スーパーにいっしょに買い物に行ったときにリップクリームを買ってあげることもあったし、手持ちのものを置いて帰ることもあった。
が、リップクリームの使用が習慣になっていないミヨ子さんはもらった直後に何回か、あるいは唇が「ひっからんひっからん」になってどうしようもなくなったときに塗る程度だったのだろう。のちの帰省のタイミングでミヨ子さんの化粧品入れを見ると、隅のほうに入れっぱなしになっていた。
その繰り返しでリップクリームは、ミヨ子さんの人生においてふだん使いになることはないままだったのだと思う。
しかし冬場になると唇が乾く。そしてたまに戻ってくる娘に「ひっからんひっからん」すると訴える――ということが繰り返されたのだった。(後編へ続く)
(※)過去の語録には「芋でも何でも」、「ひえ」、「ちんた」、「銭じゃっど」、「空(から)飲み」、「汚れは噛み殺したりしない」、「ぎゅっ、ぎゅっ」、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」、「換えぢょか」、「ひのこ」、「自由にし慣れているから」、「うはがまんめし、こなべんしゅい」、「白河夜船」、「ほめっ」、「きっそわろ」、「ノブちゃんはよかいやっどねぇ」、「カバ」、「にか」、「ショウガは寒がり」、「酔っぱらい」、「にゅっきにゅっき」、「二人しかいない兄妹だから」、「作り話じゃないの」、「ぞろびっ」、「ツルッ」、「たぐる」、「ふせ」、「ぬっさぃほっとすっ」、「香(か)がすっ」、「くるじっ」、「ウチは寒いわよー」、「5、6(ごーろっ)着っちょっど」、「ほんごほんご」がある。
