ミヨ子さん語録 「ツルッ」
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれ、この(2025年)3月に没したミヨ子さん(母)の来し方を「文字を持たなかった昭和」として綴った。合間に時々ミヨ子さんの口癖や、折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として書き残している〈327〉。
本項の「ツルッ」は一種の擬態語。夜中あまりよく眠れなかった結果、夜明け近くにやっと寝入り、本来起きる時間にハッと目覚めたときに、ふいにこの鹿児島弁を思い出したのだ。
ミヨ子さんなら、例えば昼食後つい居眠りしてしまったときに
「はら、ツルッしたもんじゃ」(あら、うとうとっとしてしまったみたい)
などと言うのをよく聞いたものだ。
この「ツルッ」は、もしかしたらオノマトペ表現を好んだミヨ子さんのオリジナルでは? と思った。なぜなら、ほかの大人が使うのにあまり出くわしたことがなかったからだ。
しかし例によって愛用のもちろん『鹿児島弁ネット辞典』を検索してみると、「ツルツルする、ツルツルッする、ツルッ」という項目がちゃんと立てられている。それによれば「まどろむさま。うたた寝する」で、由来として「うとうと、まどろむさまを表した擬態語、ツルツル」とある。ミヨ子さんも定型の使い方をしていた、ということになる。
「文字を持たなかった昭和」でも折々に触れたとおり、ミヨ子さんは働くばかりの一生だった。ことに舅姑(祖父母)が健在の間は、家にいても息抜きができなかっただろう。家族がいる前でゴロゴロする姿をわたしは見たことがない。それは、昭和中期頃までの農村の多くの「嫁」に共通した状況だったはずだ(いまでも一部地域ではそうかもしれない)。
そんな生活の中、たまたま子供(たち)しかいないときにうとうとするのは至福の時間だったはずだ。それが「…してしまったみたい」という、気恥しげな言い回しによく表れていると思う。
舅たちが他界してからは、ミヨ子さんの「ツルッ」も多少は遠慮がなくなった。それでも夫の二夫さん(つぎお。父)がいる時間帯はやはり遠慮していた。二夫さんがいない時、ご飯をわたしと食べたあとは、よくこんな会話が交わされた。
「眠(ねぶ)なった。一時(いっとっ)ツルッしてみろかい」
(眠くなっちゃった。ちょっと寝ようかしら)
「そげんしやんせ。お父さんもおいやれんで」
(そうなさったら。お父さんもいらっしゃらないから)〈328〉
「はら、もう〇時ぃひなったねぇ。ツルツルッしたもんじゃ」
(あら、もう〇時になっちゃった。寝入ってしまったみたい)
こんな場面を思い出すたび、ミヨ子さんじつはいつも疲れていたのではないかと思う。そこまで思い至らず、ある時期のわたしは「昼寝ばかりしてないで、なにか趣味のようなものも持てばいいのに」と、口には出さないまでも冷めた目で見たりもしていた。
天に上ったミヨ子さんに、思う存分「ツルツル」してほしいと思う。
〈327〉過去の語録には「芋でも何でも」、「ひえ」、「ちんた」、「銭じゃっど」、「空(から)飲み」、「汚れは噛み殺したりしない」、「ぎゅっ、ぎゅっ」、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」、「換えぢょか」、「ひのこ」、「自由にし慣れているから」、「うはがまんめし、こなべんしゅい」、「白河夜船」、「ほめっ」、「きっそわろ」、「ノブちゃんはよかいやっどねぇ」、「カバ」、「にか」、「ショウガは寒がり」、「酔っぱらい」、「にゅっきにゅっき」、「二人しかいない兄妹だから」、「作り話じゃないの」、「ぞろびっ」がある。
〈328〉以前のnote記事で触れたこともあるが、ある時期までの鹿児島では、家族であっても年長者には敬語を使うのがふつうで、わたしもそれを踏襲していた。なお「もう〇時ぃひなったねぇ」の「ひ」は強調の接頭詞。短縮とともに強調を好む鹿児島弁では接頭詞も多い。
《出所》鹿児島弁ネット辞典>ツルツル
