ミヨ子さん語録 「ふせ」
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれ、この(2025年)3月に没したミヨ子さん(母)の来し方を「文字を持たなかった昭和」として綴った。ほかに、ミヨ子さんの口癖や折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として思いつくままに書き残している〈331〉。
前項(たぐる)に続いて、もうひとつ思い出した。
人間をケチかそうでないかに分けらたら、わたしはケチだと思う。よく言えば、モノを大切にするタイプ。ミヨ子さんに限らず親の世代、あるいはもっと前の世代のつつましい生き方を受け継いだとも言える。
ただ棄てるためだけのゴミ袋はまず買わない。幸い住んでいる地域では、「ゴミ袋」として売っているプラスチックの袋でなくても、レジ袋を含む半透明の袋に入れればゴミとして回収してくれる。
レジ袋が有料化されて久しいが、ふだんのお買い物でもらうこともあり、それを畳んでかばんに入れておき、エコバッグ代わりに使いまわす。たぶん5~6回、うまくいけば10回くらいは使うと思うが、どうにもならなくなったらゴミ袋に「格下げ」しているのだ。
「格下げ」の基準は、穴が開いたり破れたりして買い物袋の用をなったタイミング。汚れがひどくなった場合でも同じ。
さて先日、買い物用のレジ袋が縦に少し切れているのを見つけたとき、わたしの脳内にミヨ子さんの声が響いた。
「ふせをすれば、まだ使(つ)こがならせん?」
(ツギを当てれば、まだ使えるんじゃない?)
鹿児島弁「ふせ」は本来、破れた衣類につぎを当てることを指す。そこからちょっとユーモラスに、ほかの物体の穴をふさぐことにも使ったりする。例えば障子の穴を小さく切った障子紙(や別の紙)でふさぐときなどだ。
そう。レジ袋に小さな穴が開いた程度なら、そこをセロテープでふさげばもうしばらく買い物袋として使えるのだ。
愛用の『鹿児島弁ネット辞典』によれば「ふせ」は「補修。繕い。つぎをあてる。」意で、語源は「伏せ」だとしている。衣類などの破れの上に別の端切れを「伏せ」て縫い付ける様、ということのようだ。
「ふせ」、つまり「つぎ」「つぎあて」は昭和中期までは日常生活の中にふつうにあった。ミヨ子さんが現役主婦だった鹿児島の農村ばかりでなく、日本中の庶民の家庭でふつうに見られたはずだ。やがて日本中が「消費は美徳」という考えに染まっていき、モノを繰り返し大切に使うより、見栄えのいい新品に買い替えていくほうがかっこいい生活だと思うようになると、「つぎ」も「ふせ」も、暮らしの中から消えていった。もちろんそれは、お金を出して買う行為であり、いかにして現金収入を得るかと引き換えでもあった。
それでも、すぐ汚れてしまう野良着(農作業用の服)に新しい服を宛てるのは、ミヨ子さんとしては憚られたし、夫の二夫さん(つぎお。父)も同様だった。「どうせ汚れるから」とお古のシャツなどを着て、痛んでくると――もともと古いから痛むのも速い――「ふせ」をして使い続けた。昭和どころか平成に入ってからも、夫婦が農作業用に着るものにはよく「ふせ」がしてあった。
たまに帰省する娘、つまりわたしの目にそれは少し恥ずかしかったが、年をとっていくミヨ子さんの「ふせ」の縫い目がだんだんと荒くなっていくのを見るのはもっと忍びなかった。だからと言って新しい作業着を買ってあげても
「あったらしか。何(ない)かんとき着らんなら」
(もったいない。何か〈特別な〉ときに着なくちゃ)
と着ないでしまっておくのは目に見えていた。
それでわたしは、たまに針と糸を取って、「ふせ」のお手伝いをしたりもした。
「ふせをせんなならんもんが、溜っちょっどんね。へっち はまいきらんじねー」
(継ぎあてしないといけないものが溜まってるんだけどね。すぐには行動に移せなくてね)
といつも言っていたからである。
ミヨ子さん(と二夫さん)のDNAを受け継ぎ、わたしも倹約家である。レジ袋にふせ」をしてまで繰り返し使う人は、そうそういないと思う。しかも「ふせ」をするためのセロテープも、お惣菜などを買ったとき、お店の人が品物を入れたポリ袋を止めてくれたものなどをていねいに剥がし、台所のカウンターに貼り付けておいて再利用しているのだ。
再利用のテープでレジ袋に「ふせ」をしながら天上のミヨ子さんに語り掛ける。
「お母さん、見てん。お母さん達(た)っよか徹底しちょっらせん?」
(お母さん、見て。お母さんたちより徹底してるんじゃない?)
わたしはちょっと得意だ。
〈331〉過去の語録には「芋でも何でも」、「ひえ」、「ちんた」、「銭じゃっど」、「空(から)飲み」、「汚れは噛み殺したりしない」、「ぎゅっ、ぎゅっ」、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」、「換えぢょか」、「ひのこ」、「自由にし慣れているから」、「うはがまんめし、こなべんしゅい」、「白河夜船」、「ほめっ」、「きっそわろ」、「ノブちゃんはよかいやっどねぇ」、「カバ」、「にか」、「ショウガは寒がり」、「酔っぱらい」、「にゅっきにゅっき」、「二人しかいない兄妹だから」、「作り話じゃないの」、「ぞろびっ」、「ツルッ」、「たぐる」がある。
《参考》鹿児島弁ネット辞典>ふせ
