ミヨ子さん語録 「たぐる」
鹿児島の農村で昭和5(1930)年に生まれ、この(2025年)3月に没したミヨ子さん(母)の来し方を「文字を持たなかった昭和」として綴った。ほかに、ミヨ子さんの口癖や折に触れて思い出す印象的な口ぶり、表現を「ミヨ子さん語録」として思いつくままに書き残している〈330〉。
本項の「たぐる」は動詞。
暑くなってきて――年々暑さが増すが、自分のからだが気温変化に追いつかなくなっていることも大きい――熱中症予防の呼びかけが増える季節。夜寝る前に水分を摂れとか、クーラーを適切に使え、と熱心だ。
女性の多くがそうであるようにクーラーの冷気が苦手なわたしは、寝るときクーラーをつけたくない。しかし夜中に暑さを感じているようで、布団から畳の上に半分はみ出している。らしい。やがて朝方気温が下がってくると、布団に戻って寝ている。らしい。
「らしい」というのは隣の布団で寝ているツレが、横の生き物の動きを察知して観察した結果だから、であるが、まれに本人(わたし)も「あ、畳の上にいる」と感じることがある。
まあ簡単に言えば「寝相が悪い」のである。かような状態、動きを、鹿児島弁で「たぐる」と言う。
口癖というほどではなかったが、娘(わたし)の寝相がこうなので、まだ親子いっしょの部屋で寝ていた頃――概ね小学時代まで――ミヨ子さんはよく
「あんたはまた、よなけたぐるちょったが*」
(あんたはまた、夜中に動いてたよ)
と笑って言い、
「あげんたぐるたれば、ふとんないらんが*」
(あんなに動くのだったら、布団はいらないわね)
とまた笑っていた。とくに夏場は。
「たぐる」は一般的には体をバタバタさせるさまを指す。概ね、好意的な評価ではない。テレビの歌番組などで動きの激しいダンスを見ると
「はら、あげんたぐるて」
(あらあら、あんなに動き回って)
とミヨ子さんは言うのだが、決まって女性のグループやダンサーに対してであり、言外に「女の子があんな動きをして、はしたない」というニュアンスがあった。
ところで、ここnoteで鹿児島弁について記すたびによく参照させていただいている『鹿児島弁ネット辞典』では「たぐる」ではなく「たぐろ」としている。語源は「「駄狂う」の転義、転訛か?」とあり、例文には「きゅは、いっぺこっぺたぐろたで、しったいだれたがよ。(今日は、あちこち歩き回ったから、すっかり疲れたよ。)」を挙げる。
ただ、わたし自身の体験にもとづく使い方と語感からは、歩く動作に「たぐる」は使わないと思う。様々な方向にバタバタする、動きまわる感じなのだ。
まあ鹿児島弁にも「地域差」「年代差」がある。『鹿児島弁ネット辞典』は鹿児島市を中心とする街のほうの言葉と言葉遣いだと感じることも多い。ミヨ子さんがいた地域と時代、つまり昭和中期の農村部(それも地域差があるが)の言葉とはやはり違いがある。
〈330〉過去の語録には「芋でも何でも」、「ひえ」、「ちんた」、「銭じゃっど」、「空(から)飲み」、「汚れは噛み殺したりしない」、「ぎゅっ、ぎゅっ」、「上見て暮らすな、下見て暮らせ」、「換えぢょか」、「ひのこ」、「自由にし慣れているから」、「うはがまんめし、こなべんしゅい」、「白河夜船」、「ほめっ」、「きっそわろ」、「ノブちゃんはよかいやっどねぇ」、「カバ」、「にか」、「ショウガは寒がり」、「酔っぱらい」、「にゅっきにゅっき」、「二人しかいない兄妹だから」、「作り話じゃないの」、「ぞろびっ」、「ツルッ」がある。
*鹿児島弁における前の単語と助詞の典型的な変化により、この2例とも助詞が変化している。
「よなか に」→「よなか い」→「よなけ」へ変化。
もともと「ふとん は」だったものが「ふとん」のn音が「は(わ)」の母音に直接受け継がれ「ふとんな」に変化。
《参考》鹿児島弁ネット辞典>たぐろ ※本『辞典』上では「たぐろ」とされている。
