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本能寺の変1582 【光秀という男】 結論 15/x №6-063 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

【光秀という男】 結論 15/x    №6-063

はじめに ←目次 【記事一覧】 
【五大要因】
 
1時代の風潮 2光秀の実像 3光秀の苦悩 4武田の滅亡 5信長の油断
【重要コメント】 
【重要史料】 【重史全通】 【重史一覧】
 【四国問題】    目次 【四国問題 概要】   十
 【粛清 佐久間信盛】 【重史240】
 【京都馬揃え】 【重史191】 【重史200】 【重史201】 【重史202】
 【重史242】 【重史243】 【重史244】 【重史245】 【重史246】
 【重史247】 【重史248】 【重史249】 【重史250】 【重史251】
 【重史252】 【重史253】 【重史254】 【重史255】
 【さらなる夢】 【重史140】 【重史141】 【重史142】
 【足蹴事件】 目次 1/3 2/3 3/3 【重史040】 【重史041】
 【信長という男】 目次
 1/5  2/5  3/5  4/5  5/5  結論  【重史146】
 【光秀という男】 目次
 1/7  2/7  3/7  4/7  5/7  6/7  7/7  
 結論 目  1/8 目  2/8 目  3/8 目  4/8 目  5/x 目  6/x 目  7/x 目  8/x 目  9/x
 10/x 目  11/x 目  12/x 目  13/x 目  14/x 目  15/x 目  16/x 目  17/x 目  18/x 目
 【重史241】 1/2 2/2 【重史001】 【重史101】
 【時は今・・・】 目次
 0521 目 0526  0527  0528 目 0529
重要 ◎目次 
重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次 
→【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
その一因 目次大 概説大 目次中 →
 3光秀と光慶  (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男 
見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
【人物】
 【信長の人物像】 6 7 8 9 10
【ここがポイント!!】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
 信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別 
*加筆修正

【光秀という男】 結論 15/x             №6-063

天正九年1581、七月**。

ヴァリニャーノは、畿内での布教を終え、再び、安土に帰った。
「パードレがキリシタンの巡視を終わって帰った時」   【重史252】

信長は、ヴァリニャーノに対して格別な好意を示した。
「信長は従前より大なる好意を表した」
異例の好遇だった。
特に、以下一~三に注目。

一、信長は、ヴァリニャーノに気に入りの屏風を贈った。
「好意の一つは、信長が屏風と称し」
「信長は大いに満足してこれを珍重した」

信長は、内裏からの申し出を断った。
「評判は内裏にも達し」
「懇望の意を伝へられた」
「信長は知らざる風をなし、これを贈ることを欲しなかった」

信長は、ヴァリニャーノに親愛の情を示した。
「パードレが帰国せんとするを聞いて」
「親愛の印として」
「帰国の際携へ帰らせんと思ひ」
「パードレがコレジョ(神学校)を絵に描かする希望があらうかと考へ」
「己の屏風を送付する」
「満足すれば留め置くべく、然らざれば送り返せ」

信長は、ヴァリニャーノを尊敬していた。
「パードレは非常に屏風を喜んだ」
「信長は大いに満足し」
「パードレに対する愛の大いなること」
「屏風は彼が非常に珍重するもの」
「内裏が求めても断った」
「パードレを尊敬することを日本全国に知らしむる」

これが、信長がヴァリニャーノに好意を有する証拠である。
「パードレに好意を有する証拠」
「己の喜ぶものを割愛してパードレに与ふる」
「かくの如き好意をパードレに示した」
                 【重史252】「イエズス会日本年報」



 ⇒ 次へつづく




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