本能寺の変1582 【光秀という男】 結論 15/x №6-063 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
【光秀という男】 結論 15/x №6-063
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1時代の風潮 2光秀の実像 3光秀の苦悩 4武田の滅亡 5信長の油断
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信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道 1 2 3 4 5
→その一因 目次大 概説大 目次中 →
3光秀と光慶 (1)光秀の素性 (2)光秀の年齢 (3)光秀の嫡男
→見えてきたもの 目次大 目次中 +240607
→【人物】
【信長の人物像】 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
→【ここがポイント!!】
*◎=重要ヶ所 P=重要Point 史=史料 公=信長公記 ✓=チェック済
信=信長の人物像 光=光秀の人物像 そ=その一因 テ=テーマ別
*加筆修正
【光秀という男】 結論 15/x №6-063
天正九年1581、七月**。
ヴァリニャーノは、畿内での布教を終え、再び、安土に帰った。
「パードレがキリシタンの巡視を終わって帰った時」 →【重史252】
信長は、ヴァリニャーノに対して格別な好意を示した。
「信長は従前より大なる好意を表した」
異例の好遇だった。
特に、以下一~三に注目。
一、信長は、ヴァリニャーノに気に入りの屏風を贈った。
「好意の一つは、信長が屏風と称し」
「信長は大いに満足してこれを珍重した」
信長は、内裏からの申し出を断った。
「評判は内裏にも達し」
「懇望の意を伝へられた」
「信長は知らざる風をなし、これを贈ることを欲しなかった」
信長は、ヴァリニャーノに親愛の情を示した。
「パードレが帰国せんとするを聞いて」
「親愛の印として」
「帰国の際携へ帰らせんと思ひ」
「パードレがコレジョ(神学校)を絵に描かする希望があらうかと考へ」
「己の屏風を送付する」
「満足すれば留め置くべく、然らざれば送り返せ」
信長は、ヴァリニャーノを尊敬していた。
「パードレは非常に屏風を喜んだ」
「信長は大いに満足し」
「パードレに対する愛の大いなること」
「屏風は彼が非常に珍重するもの」
「内裏が求めても断った」
「パードレを尊敬することを日本全国に知らしむる」
これが、信長がヴァリニャーノに好意を有する証拠である。
「パードレに好意を有する証拠」
「己の喜ぶものを割愛してパードレに与ふる」
「かくの如き好意をパードレに示した」
【重史252】「イエズス会日本年報」
⇒ 次へつづく
