見出し画像

【奥の手】「こんな先生やだ」~文具さんパンツを下さい~


文具さんに
私の記事を紹介して頂き
とても嬉しかったのでお返事です。

とても幸せな気持ちなので
今日は変態仮面でいきます。

私の奥の手!

パンツを頭にかぶります。


(まじめに言ってます。)

(被りたいんだからやらしておきましょう。)


(「こんな先生やだ~」教室の子たちが泣くよ)




でも変態仮面はときどき登場します。



いつも文具さんの文章に感動しています。
作家さんですね。
その光景が頭に思い浮かぶ…すごいストーリー性で

すごい才能を持った人だなぁと、

「世の中は結局不平等じゃないか」と
ひねくれています。

文具さんの文章に「ツッコむ」なんて畏れ多い…
天才としか思えません。



私は字に関しては瞬殺します。…が、

人の書いた字に対して
「ダメ出し」とか「つっこむ」とか
「直す」とか「指摘」とか…

それを

「添削」っていうキレイな言葉に変えて…
「添削」って言えば
何でもいいわけじゃないからね。

(はい、自分に言ってます。)


「字の先生」って逃げ道いっぱいあるよなぁ、と思っています。

(お、永野節でてきたかなぁ)

字が多少うまいからって気が緩んでる…


私もパンツのゴムを締め直して
ちゃんと被り直します。


(とりあえずパンツのゴムを買ってきます)


私は
文章力も語彙力もないため
「字」でしか物を言えず

「字」を見せびらかしたところで
それを見つけてくれる人がいなければ
何の意味もないと感じています。


教室も…
どれだけ先生の字がうまくたって
そこに通ってくれる生徒さんがいなければ
「教室」として成り立たず、

「私、字がうまいから~」って
ただ言ってるだけの人になってしまう。


文具さんを始め
noteの中の皆さんに、そして
教室の皆さんに支えられて、初めて
私の字が「意味」を持つと思っています。

だから
文具さん
本当にありがとうございます。




この文具さんの記事の中で

散々迷ってカオナシさんへの質問決めました。

2つ。
1つに絞れなかった。

1つ目は、

釈迦やキリストは自分では言葉を残さなかったと聞いたことがあります。
経典も聖書も死後お弟子さんたちがまとめたものだと。
なぜ、自分の言葉をカタチに残さなかったのだと思いますか?

文具さん

この質問に私も考えさせられました。
まず頭に浮かんだのが「老子」でした。
「老子」も同じなのではないかと。

私は(多分)老荘思想が強いので

目立ちたくはなく
自己アピールもしたくなく
自分で自分を語ることも好きではなく…
ただ静かです。

(どっからどう見ても静かには見えない…)


(だってパンツかぶってるんでしょ)


何年も
いろんな人(プロ)のお手本の字
美文字練習帳の字
書写の教科書の字
・・・を見てきて


「は?」「これがお手本なの?」
「どっちかっていうと下手じゃない?」
と思ってきました。


でも
そこで
自分の字をひけらかす気持ちもなく
正そうとする気持ちもなく
ただ「ふぅ~ん」と思っていました。


「足るを知る」
私は今の環境・生活に何の不足もなく
何かで自分を満たそうとする欲求もありません。

(字を書きたい欲求はある)


本当にすごい人は
世に出てきていない人だと、
本当にすごい人は
誰にも知られていない名もなき人だと、
私は老子の思想そのままです。今も。


じゃぁなんでnoteをやり始めたの?

そうなんです。
そこが自分でも解っていません。



一人が寂しかったのかなぁ…

カッコよく「見せる」字とか
行書っぽくくずした「大人っぽい」字とか
それ楷書って言わないよね~、と。

「お手本」って言うなら
ちゃんと楷書の字を書きなよ、と。

きれいに「見える」とか、
◯◯風って
それただのあんたのクセ字だからね、と。

◯◯っぽいって何だよ、と。
“ぽい”って…
“ぽい”ってことは、それ自分で違うって言っちゃってるからね、と。


楷書体を突き詰めようとしている自分が
「一人」に感じて

寂しかったのかなぁ…


解りません。




私の字
どこかに出ている
どこの「ひらがな」と比べてもらっても大丈夫です。

一切クセのない基礎的な習字の字、
楷書に合うひらがな、
楷書の漢字、
において

私より「きれいな字」を見たことがありません。


(大丈夫か)

(ちゃんと目は見えているのか)
(パンツで隠れているじゃないか)

(客観視できているのか)

(捕まるぞ)

大丈夫です。
私が変態なのは「字」に関してです。
(え、急に“守り”に入ったし)


でも…

私が
頭からパンツをかぶって登場しても
字を書いて
途徹もなくうまかったら
好きになっちゃうでしょ?


ギャップって
マイナスからプラスのギャップが一番効くみたいだし(うん、うん)


(いや、俺
どれだけ可愛くてもパンツ被ってる女ムリだわぁ)



あ、今気づいてしまった…

文具さんって人に本音を話させる天才なんですね。

そういうことかぁ…

すごいなぁ…

そういうことかぁ…

すごいなぁ…


まんまとはまり
話さなくていいようなことまで言ってしまった感。

人に
心を開かせる天才なんですね。文具さん。

 

この今回の記事は
文具さんに引き出された
私の隠してきた部分なのかもしれません。


(パンツの嗜好の話です。)

(そっちの嗜好の話です。)


私の老荘思想…

今に何の不足もない
誰にも知られるな 永野よ
流れに身を任せろ 永野よ
輝くな 永野よ
 塵に紛れろ 永野よ
バカに見せとけ 永野よ


右側の筆の字は
(習字の字も入っていますが)
半分くらいは芸術の分野である「書道」の字です。

デザイン・アート・美術…
誰でもいつでもできるよ。
書道は正解がないから
何を書いても「すごい」から。


でも
左側の字は
線一本も誤魔化しがきかず
1日では習得できない
習字の守破離の「守」の字です。

私は「楷書の鬼」なので
この習字の基本の基本の字を極めて行きます。


(大丈夫ですよ。
 ちゃんと被ってますよ。
 そして真面目に言ってますよ。)



「大道廃れて仁義あり」も老子の言葉ですね



「字がきれいな人は
 育ちがよくお上品なイメージ」ね・・・


「上品であるべき」と
「どう見られても関係なくない?」が同居する

老子の思想とnoteでの発信が対峙する

「字なんて読めればいいじゃん」と
「0.1ミリの誤差を許さない」自分が交錯する

「脱ぎたい」気持ちと
「被りたい」気持ちが交差する

「惜しみなく出していけよ」と
「奥の手は隠しておきたい」気持ちが混同する


「誰よりもうまいんじゃないか」と解っていて
見せたくなかった字
そして
見せたくなかった自分
文具さんに1枚ずつ剥がされていく感覚です。


「パンツをかぶってる字の先生」と
「生き方考え方も手本となる
 理想的な字の先生であらねば」を行き来する

きっと

これからも。


パンツって何のためにあるの?
大事な部分を隠すためじゃないの?

だったら頭でもいいじゃん

だし、

本当は隠しておきたい…

私の字の奥の手は
隠しておきたい気持ちがあるんだ。きっと。



だから
パンツをいっぱい被りたい

だから
真面目に言っていると言っている

あぁ、文具さんに脱がされる
あぁ、こんな字の先生やだ



やめて~

文具さん、私にパンツを返してください。




楷書の漢字・ひらがなの練習の
お手本に使えたら使ってください。



〈2026.6.1追加〉

文具さん、
私がノーパンだったことに気づいてくださり
ありがとうございます。

なんか下がスースーすると思ったら…

いいなと思ったら応援しよう!