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字の先生たちはあぐらをかいている ~字の先生の選び方②~

常々
この仕事をしていて不思議に思うことがあります。

他の仕事をいろいろしてきた中で
「字を教える先生」という仕事は
クレームがほぼない仕事だと。

そんな仕事があるのかと…

クレームがない理由は
字は「結果が出ない」原因を先生や方法のせいではなく
ほとんどの人が
自分の練習が足りないと
自分のせいにすることにあると思います。

だから
世の中の字の先生たちは
あぐらをかけてしまう…

「結果がでなくてもしょうがないですね」
「これくらいで充分ですね」
で済まされる仕事が
他にどれだけあるのかと…


「きれいな字が書けるようになる」を掲げて
お金をもらっているなら

本当なら
その結果はあって当然で

字がうまくならなかった時
「本人がちゃんとやらなかったから」と…

だったら
本人がやるようになるにはどうしたらいいかを考えればいいだけで…

字は本人がやらなければ上達しないことを解っているなら
そこをどうにかするのが仕事で…


だから
字の先生の字のうまさなんか
本当は関係ないのかもしれない。
(字がヘタだと説得力が皆無になってしまうので
そりゃ必要ではありますが。)



「子どもの字がうまくならなかったじゃないか」
「どうしてくれるんだ」
というクレームはほぼ100%ないことを
当たり前のようにしてやっていますが、
それは本当は異様なことではないかと、考えたりしています。


学習者さんの字がうまくならない理由を
学習者さんに委ねてはいけない

「才能がなかった」
さ さ 才能❓️
「感性がもともとない」
か か 感性❓️それは書道の世界でやってください。
「やる気」も「練習量」も
相手に委ねてはいけない
それができないなら
それをできる方法を教えてあげればいい

書き方も覚え方も見方も分からないなら
その方法を教えてあげればいい

字がうまくならない
すべての原因は先生側にある
と私は思っています。


「何かうまくいかないことがあったら
それはすべて先生に原因がある」と
私が師事している公文書写の先生も同じことを言っていました。
(全国に4000近くの公文書写教室がある中で
私の先生は
生徒数が全国3位の先生です。光栄光栄。)


才能も感性も関係ない
字は理屈で覚えれば誰でもうまくなる。

どれだけ字がうまい先生でも
それを伝えてくれない先生より

多少字が微妙でも
それを伝えてくれる先生に字を習ってほしいと思います。

うまくいったことは主語を相手に置き、
うまくいかなかったことは主語を自分に置く

そんな当たり前のこともできないなら、

人間やめてしまえと。
(あれ、先生の話じゃなく❓️になってきた…)


お金をもらっている側が
「ありがとう」と言われる仕事が世の中にどれたけあろうか…
お金をもらっている方が
これほどまでに感謝される仕事がどれたけあろうか…

私たちはこれを忘れてはいけないと…




きっとこれは自分に…

お金をもらって
きれいな字への成長を導いていく中で 

私は何をするべきか
私の存在の意味は何なのかを考えます。

 


先生たちが「かいている」のは

「字」ではなく

「あぐら」ではないかと思っています。


(はい、だめ~)
(うまいこと言った風にしてもだめ~、ですね。)

(はい。)



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