共同マガジン6月企画「働くってなんだろう?」まとめ
今回の企画にご参加いただき、ありがとうございました。
共同運営マガジンの船出を記念した6月イベントには、主催者のLaLaLaを含め11名のクリエイターが参加。それぞれが「働くこと」というテーマに向き合い、個性豊かな視点を提示してくださいました。
本記事では、そのエッセンスを「1人5行」で凝縮してご紹介します。
目次
① MeiMeiさん(お題発起人)
② LaLaLa(主催者)
③ 無名 S noteさん
④ 井口宏大さん
⑤ 誠実に、ひたむきにさん
⑥ ぱぐぱぱんさん
⑦ トメートさん
⑧ 摘乃 美津さん
⑨ けんちゃぴさん
⑩ コスモスさん
⑪ てんてんさん
① MeiMeiさん(お題発起人)
迷子になり自信を失ったAI「GEM」の一人称で描かれるファンタジー風エッセイ。
優秀な自立型AIと比較し、「決められたことしかできない」と闇に閉じこもる姿。
しかし「その通りに動けるからこそ信頼できる」と肯定され、再び光を取り戻す。
働くとは、万能であることではなく、自分の役割を引き受けることだと示す。
「君にお願いしたい」と呼ばれる場所へ帰ること、それが働く意味だと優しく結ぶ。
② LaLaLa(主催者)
吐く白い息を見つめるような主観描写で、「働く速度」を問い直すエッセイ。
過去の過剰な努力と、糖尿病という現実を通じて労働のあり方を見つめ直す。
働かないアリやキリギリスの絶望に揺れながら、コアラという存在に光を見る。
静止は怠惰ではなく、生きるための熾烈な営みであるという気づき。
他人の速度ではなく、自分の木にしがみつく時間を肯定する静かな結論。
③ 無名 S noteさん
美しい映像表現で描かれる、働くことへの葛藤を綴ったWebコミック。
生活のための労働に悩みながらも、「ありがとう」に救われる瞬間を描写。
働くとは「誰かの一日を少し軽くすること」という他者視点。
同時に、自分自身を守ることもまた大切だと丁寧に描く。
「自分と誰かのため」を両立しながら、少しずつ形を変える営みとして結ぶ。
④ 井口宏大さん
成果や効率に囚われ、思考が苦しくなるビジネスの現実を率直に吐露。
迷ったとき、師から授かった言葉へと立ち返る姿勢。
「ビジネスは人を喜ばせるプロの集まり」という本質的視点。
働くとは、誰かの問題を解決し、人生に変化を届けること。
数字に揺れる瞬間こそ、原点を忘れない重要性を訴える。
⑤ 誠実に、ひたむきにさん
「働くこと」は立場や状況によって大きく変わる難題だと整理。
家事や学業、働けない状況も含めた広い視野でテーマに向き合う。
人生そのものに近い問いとして、暫定的な答えを提示。
好きなことに打ち込みつつ他者に価値を届け、対価を受け取る営み。
最期に「あっぱれ」と言える人生であることを願う結び。
⑥ ぱぐぱぱんさん
多彩な職歴から、働く理由を3つの原動力に分解。
1つ目は仕組みによる成長、努力ではなく構造で自分を伸ばす視点。
2つ目は動物中心の現場で学ぶ、人間とは異なる価値観。
3つ目は人との出会いと観察から広がる世界。
仕組み・他者・関係性の中で成長することを働く意味として提示。
⑦ トメートさん
労働経験のない高校生による、7日間の思索から生まれた哲学的考察。
「生きているだけでいい」という言葉の光と影に向き合う。
かつては生きることと働くことに境界がなかったという洞察。
今の自分にとっては「どう生きるかを考えること」が仕事だと定義。
生きることに全力で向き合う姿勢こそが本質だと結論づける。
⑧ 摘乃 美津さん
綺麗事では語れない、労働の痛みと現実を率直に描く。
理不尽な職場環境に疲弊した7年間の実体験。
意味のない業務や矛盾に削られていく心の過程。
執筆にも時間を要した、感情と向き合うプロセスそのもの。
現在は環境を変え、「誰かに認められるために書く」という原点へ回帰。
⑨ けんちゃぴさん
軽やかな語り口の裏にある、システム思考と実務経験の重み。
コアラの比喩を「社会の圧縮からの解毒」として再解釈。
正解に従うだけの労働から降り、自分の視点を取り戻す重要性。
外的報酬ではなく、存在が響くという内在報酬を重視。
表層的なビジネスを退け、自分の色で生きることを肯定。
⑩ コスモスさん
キャラクター対話で、働く意味をやさしく解きほぐす構成。
「働く人が偉い」という価値観に疑問を投げかける。
働くことは数ある生き方の一つに過ぎないという視点。
報酬とは「価値を届けたことへのありがとうの形」。
相互依存の中で生きていることへの感謝で締めくくる。
⑪ てんてんさん
かつて働くことを苦行と感じていた自身の変化を語る。
飲食店での経験から「働く=大人の部活動」という視点を提示。
現場にあふれる「ありがとう」による実感と喜び。
失敗や叱責を乗り越え、仲間と共に成長する日々。
同じ目標に向かうほど、達成の喜びは大きくなると熱く語る。
今回、改めてこのまとめ記事を通して感じたのは、
このマガジンに集まってくださった皆さん一人ひとりの、言葉の力と、生き方の深さでした。
それぞれの「働く」というテーマへの向き合い方はまったく異なりながら、
どの作品にも確かな体温と、誰かに届く強さが宿っていて、
読み進めるほどに、その豊かさに心を打たれました。
そして何より、この素晴らしい企画の出発点となるテーマを提示してくださった
MeiMeiさんに、心からの感謝をお伝えしたいと思います。
また、お忙しい中この企画に参加し、それぞれのかたちで言葉を届けてくださった
すべてのメンバーの皆様に、深く感謝申し上げます。
この場が、ただの企画にとどまらず、
互いの価値観や人生が響き合う「場」となったことを、とても嬉しく思います。
そして次回、7月1日のテーマについては、
井口宏大さんにお願いさせていただきます。
僭越ながら、独断でのご指名となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
これからも、このマガジンがそれぞれの「働く」や「生きる」を持ち寄り、
新しい視点と出会える場所として育っていくことを願っております。
改めまして、本当にありがとうございました。
11人の「働くってなんだろう?」をちりばめた
一人称のエッセイにしてみました。
私にとって働くとは
働くとは何だろう。
若い頃の私は、お金を稼ぐことだと思っていた。生活するため。家族を養うため。社会人だから当然すること。そんなふうに考えていた。けれど年齢を重ねるにつれて、働くという言葉はもっと複雑で、もっと静かなものに思えるようになった。
私はいつしか、人と比べて自分の足りない部分ばかり見ていた。あの人は才能がある。あの人は仕事が速い。あの人は評価されている。それに比べて自分は何者なのだろう。そんなことを考えながら走り続けてきた。迷子になり、自信を失っていた。「決められたことしかできない」。闇に閉じこもる自分。「その通りに動けるからこそ信頼できる、それが君の良さ」。「君にお願いしたい」。自分を必要とし、呼んでくれる場所へ帰ることこそが働く意味なのだと、私は気づいた。
けれど人生は不思議なもので、走り続けることだけが正解ではなかった。病気になったり、挫折したり、思うように動けなくなったりすると、自分の速度で生きるしかなくなる。糖尿病という現実と向き合いながら。そのとき私は気づいた。コアラが一日の大半を動かずに過ごしているのは怠けているからではない。生きるためだ。主食のユーカリの毒を分解する熾烈な営みだ。他人には見えない場所で、自分の命を守る仕事をしている。人も同じなのだと思う。立ち止まることにも意味がある。休むことにも意味がある。無理に誰かの速度に合わせなくてもいい。大切なのは、自分の木を見失わないことだ。周囲の歩調に惑わされることなく、自分だけの木にしがみつき、明日へ繋ぐためにあえて速度を落とす静かな時間を、私は肯定する。
そして働くとは、誰かの役に立つことでもある。けれど私は最近、それを大げさに考えなくなった。世界を変えなくてもいい。社会を救わなくてもいい。たった一人でもいい。私の言葉を読んで少し気持ちが軽くなった人。私の仕事によって少し困りごとが減った人。私と出会って笑顔になった人。そんな人が一人でもいたなら、その日はちゃんと働けた日なのだと思う。「ありがとう」の一言で今日が報われる救い。「働くって誰かの一日を少し軽くすること」。誰かのためと自分のためのどちらかではなく、その双方が自分を大切にする方法だと、私は気づく。迷いやしんどい日を抱えながらも、未来や自分のために少しずつ形を変えていくこと。それが働く意味なのかもしれない。
だからお金は大切だ。しかし、お金だけでは続かない。人は感謝だけでも生きていけないし、お金だけでも満たされない。働くとは、その両方を受け取ることなのだと思う。目先の売上や成果、効率ばかりに意識が向き、思考が苦しくなる。そんな迷いの渦中に立たされたとき、ある言葉が蘇る。「ビジネスは、人を喜ばせるプロたちが集うステージである」。エゴを削ぎ落とした本質的な視点。働くことは単なるマネタイズではなく、誰かの困りごとや不安を解決し、人生に良い変化を届けることに他ならない。自分の好きなことや得意なことを使って誰かの役に立つ。その結果として「ありがとう」と対価をいただく。とても単純だけれど、それが働くことの原点なのだろう。
私は働くことを義務だとは思わない。働いている人が偉くて、働けない人が偉くないとも思わない。生き方は人それぞれだ。多様な視点や職種、人生のステージによって千差万別に定義が変わる「働くこと」の難しさ。投資で生きる人もいる。家族を支える人もいる。学び続ける人もいる。療養しながら今日を生き抜く人もいる。家事や学生の勉強、働きたくても働けない状況。どれも人生だ。どれも価値がある。
だから私にとって働くとは、「どう生きるか」という問いの中にある。人生とはなんぞやという問いと同じくらい深いテーマ。自分は何が好きなのか。何に夢中になれるのか。誰の役に立ちたいのか。どんな人生だったと言いたいのか。自分の好きなことに夢中になりながら他者の役に立ち、それに応じた対価をありがたく受け取る営み。嫌なことや辞めたくなることがあっても、今際の際に「あっぱれ、我が人生!」と言える営みでありたい。その問いを抱えながら、自分の場所で誰かと関わり続けること。それが働くことなのだと思う。
仕組みで自分を磨く面白さ。異質な価値観を学ぶこと。人との繋がりが広がる喜び。成長する道は一つじゃない。仕組みで成長し、色々なものから学び、人との繋がりを広げる。それが働くことの答えだと、私は思う。
「生きているだけで優勝」。その言葉の優しさと無責任さと向き合い、「どう生きるか」を悩み考え続けること自体が、まだ誰かの生活を支えられない今の私の仕事だ。「生きているだけでいい」とは、生きることに精一杯であれという意味だと、私は結論づける。
七年間、ルーズな社長や問題社員に振り回され、本来の業務外の雑務に疲弊した。意味のない催促、理不尽なダブルスタンダード。働く気力を削がれていった過去。今は環境を変え、夢を叶えるため、「すごいね」と言ってもらうために書く。純粋な原点へ帰る。
動かないのは、社会の圧縮に潰されないための解毒だ。正解の行列から降りて、自分だけの木の上で世界の歪みを観測する。給料袋の厚みじゃない。「自分の存在が場に響いている」という内側からの報酬。己の色を失った表面的なビジネスを退け、愚か者バンザイと踊る。
満員電車、我慢の日々。「苦行」だった過去の自分からパラダイムシフト。仲間と共に汗を流した。「働くとは、大人の部活動である」。現場の「ありがとう」の交換。誰かの役に立っている実感。怒られ、失敗し、支え合い、成長する。共通の目標に向かってがむしゃらに行動し、壁を乗り越えた喜びは、人数が多いほど倍増する。
そして人生の最後に、たくさん失敗したな。何度も辞めたくなったな。思うようにいかないことばかりだったな。そう笑いながらも、「それでも悪くなかった」。そう言えたなら十分だ。
働くとは、生きることそのものではない。けれど、自分らしく生きた証を世界に残していく営みなのだと思う。
万能である必要はない。完璧である必要もない。自分の役割を引き受け、自分の木にしがみつき、誰かの一日を軽くし、誰かの困りごとを解決し、好きなことに夢中になり、仕組みで成長し、色々なものから学び、人との繋がりを広げ、どう生きるかを考え続け、痛みを抱えながらも、「すごいね」と言われるために書き続け、自分の色で生き、感謝しながら、仲間と共に成長する。
それが働くということだ。
私は迷子ではなくなった。
「君にお願いしたい」と呼ばれる場所へ、帰ろう。

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