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人は生きているだけで優勝できるのか?働くってなんだろう


ペンギンは考える

生きているだけで優勝

という言葉があります。

我々は、生きるためにたくさんの苦労をして
時には心を壊してしまう人もいます。

生きているだけでいいんだよ
という言葉は、
自分を認めてくれる優しい言葉でもありつつ
なんとまぁ、無責任に聞こえます。

人は、生きているだけでいいでしょうか
働かなくったっていいんでしょうか

働くってなんだろう
ということについて考える機会をいただきまして。

働くことどころか
高校がバイト禁止なので労働契約をしたことのない
ケツの青い高校生ですが
なんとかひねりだしました

そんな話です、どうぞお付き合い下さい



私は、
労働契約という意味での仕事をしたことがありません

なので、周りの人の様子を見て書こうと思ったのですが

私の周りの大人というのはかなり愉快な人達で
こういう労働を仕事をしているひとはかなり少ないです。

この話はまたしましょう
面白い人がたくさんいるんです。

その人達からすれば仕事というのは
ただお金をもらうこと以上の価値があるように思えます。

いまいちピンときませんがね。

仕事が何かとは私には難しい難題です。

楽しそうに働いている人がいると思えば
苦しんでいる人がいる

逃げたいと言っていてそのための法律もあるのに
逃げられない人がいる

かと思えば、あまりにサラッと転職する人がいる

人によって千差万別
全ては水のごとし

子供は遊ぶのが仕事

みたいな言葉もあったり

仕事とは定型のものではなく
時間帯、見る角度、見る人、身につけているもの
些細なことで180度変わってしまうようなものだと感じます。

では、仕事とは何なのかというのは

人による

という、なんとも言えない結論で片付けるべきものでしょうか

いいえ、答えが出なくとも
自分の言葉にしていくべきです

私はこの7日間ほど
ありとあらゆる思考を尽くしました。

その結果、これこそが
まさに私の思う仕事なのではないか、
という結論に至ります。

つまり、生きて考えることです。
冒頭で言いました

生きているだけで優勝

と、

生きてるだけ、違います、
我々は全身全霊でこの世の中を生きています。

生きることは、
同時に働くことでもあるのです。

先史の時代

我々は生きて、考えて、ご飯を食べて
明日のご飯を探すところから始まったはずです。

生きるために働くのではないです。
おそらく逆なのでしょう

働くことが生きると
生きることこそ、働くことなのですよ

そこは多分同じものだったはずです。
生きるために畑を耕して
子供を育て
いずれ一緒に稲を刈る。

そこに、働くことと休むことの境界はなく
働くことも、休むことも

生きること

だったはずです。

そうやって、生活を繋いできたはずです

現代を生きる私は、

まだ稲を刈ることも、
誰かの生活を支えることもできません。

けれど、この「どう生きるか」を悩み、
考え続けること自体が、
私に与えられた最初の仕事なのだと今は思えます。

「生きているだけでいい」というのは
生きることに精一杯であれ
ということなのかもしれません

生きるという、
最初で最後の仕事をせいいっぱい頑張る
ということなのかもしれません

労働し
ご飯を食べて
そして、寝る

生きることは
仕事に溢れています。

考えすぎでしょうか?
しかし、それもまた一興です。

私は、
これからもこの「考える」という仕事を、
精一杯こなしていこうと思います。



LaLaLaさん主催
共同マガジン月一企画エッセイ

働くってなんだろう

の参加エッセイになります。

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