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個人文学賞「一枚の写真から文芸賞」の受賞者発表

個人文学賞「すべて失われる者たち文芸賞」と「タイトルから書く文芸賞」に続き、「一枚の写真から文芸賞」の企画開催を発表したのが二〇二五年七月二十一日。それから一カ月たらずの応募期間で三十四編の応募がありました(いくつか応募条件を満たしていないものがありました)。「歌われない作家」による試みとしては望外の挑戦に出合えたことをうれしく感じます。参加者の皆さまには深く感謝申し上げます。

ありていに言えば、前二回の開催と比べると、選考は意外と楽でした。というのも、短編小説としての質の差が大きかったからです。選考から漏れた作品の作家の多くは読書経験が圧倒的に少ないのでは、と推察せざるを得ませんでした。そもそも「伝える文章を書く」ための下地が足りないように思え、物語としての完成度が低いと感じてしまいました。また、自己陶酔型の作品も少なからず存在しました。

ともあれ、どの作品も「小説を書きたい!」という熱っぽさは強く、今回の結果に一喜一憂せず、これからも地道に書き続けてほしいと思います。

この一枚の写真からイメージして物語を紡いでいただきました

応募作品一覧


発表は、以下のとおり、寸評とともに期待賞、佳作、優秀賞の順で行います。

期待賞(五名)

noki さん

寸評
受賞作のなかではいろいろと粗さの目立つ作品である一方、テーマとなった一枚の写真をうまく活用するアイデアは際立っていました。タイトルは「シャッター音」や「シャッター音が聞こえる」などがよかったのではと思います。

ミモザ さん

寸評
窓際にいるのは「小学四年生の私」か「外国の景色のような街並みが見える広い窓のある家」に住む今の私か。「腰を曲げた白い髪の小さなおばあさん」の存在も含め全体的に幻想的な作品で、この世界観を貫いていくとよいのではと感じました。

プライマー さん

寸評
「世界のあらゆる事象を、澱みなく解説してくれる」「あなた」を失ったことで、「私の中から生まれたもの」の意義に気づく物語。書き出しから文章はなめらかで読みやすく、冒頭の情景描写もいいと思います。「あなた」が「AI」ではないのかと読めました。

とりのささみこ/愛生 さん

寸評
窓際の女性が実は幻だったという構成。柔らかな文章で、とどまることなく読むことができました。「水面に反射するきらめきが目を刺し、潮をふくんだ風が鼻をくすぐる」といった五感を刺激する表現も巧みです。「物語が始まるまでの物語」という感じも好みでした。

camyu さん

寸評
叔母のマリさんと、その一人娘の純さんとの思い出をめぐり語られる物語。窓際で純さんは大きな窓から見える高台にある家に住む人にラブレターを書いていたけれど……。すべてを書き切らず、読者を置き去りにする構成が目を引きました。

佳作(三名)

ショートショートの駅 さん

寸評
写真家として芽の出ない福田萌音(名前にルビを入れたいですね)がフランスのブルターニュで、思いがけず修道女のような女性と出会う。小学校の教師だというナンシーは常にマスクをしていて写真のモデルになるのは拒むけれど、「後ろ姿だけでもいい」という福田萌音の願いに応じて……。物語を締める文章に文学的センスの良さを感じました。ただし、「清水の舞台から飛び降りた気になって声をかける」という表現は物語にふさわしくないクリシェではないでしょうか。

米田梨乃(よねた りの) さん

寸評
完成度の非常に高い作品だと感じました。小さな町役場の相談員として働くソフィア・エンデルのモノローグのかたちで物語は進みます。ソフィアにはミハイルさんという先輩がいて──ミハイルさんは八十二歳で人生に幕を下ろしてしまいました──ソフィアは何度かミハイルさんが相談に応じる姿を思い出します。ミハイルさんが豆から挽いたコーヒーを淹れてくれたときに話してくれた言葉に、苦難に面した際の真理が隠されているような気がします。

冬至ハク さん

寸評
冬至ハクさんは三作応募してくださいました。ほかの二作は「文学っぽさ」への意識が強いからか、少し肩に力が入っている印象でしたが、この「やがて永遠の光り」は硬さのない作品として読めました。それもそのはず、「初めての長編を書いた後、鼓膜に穴が空いたみたいに物語の声が聞こえなくなってしまった」わたしが書けないことを書いている﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のだから、それは嘘偽りのない文章としてすっと入り込んできます。ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』に挟まっていた一枚のポストカードが「わたし」に書く力を与えてくれます。

最優秀賞(一名)

アンカシモリ さん

寸評
「では次ソフィアさん、お願いします」で始まる物語は一瞬海外の光景のように思えるけれど、実は日本が舞台だ。パートナーの暴力に悩む人の自助グループを描いた掌編小説で、英語名のニックネームで呼び合うのが決まりになっている。現在暴力を受けている人もいれば、過去のトラウマに苦しむ人もいる集まりには、ソフィアのほか、ミアこと美久やエマ、レオもいて……。カフェの、大きな窓から街を一望できる席に不意に初めて一人になったことに気づいた美久は、かつてのパートナーやレオの言葉を思い出し、けれども「でもきっと明日になる前にはなかったことになる」と思う。設定にオリジナリティーがありますし、「重ねたえくぼのある手には派手なネイルが施され」「大きな窓から見下ろす形で臨む街の白くぼやけたような色が外の気温の高さを思わせる」といった細かい描写も印象的でした。何より最後の一文が好きです。

あらためて今回の個人文学賞「一枚の写真から文芸賞」に参加されました皆さまには深く感謝申し上げます。

これまでの受賞発表時と同じく、受賞者を含め、今回の応募者、ひいては小説を書いている多くの人に対して、最後に、二〇世紀に活躍し、一九六九年にノーベル文学賞を受賞したアイルランドのサミュエル・ベケットが残した言葉を送りたいと思います。

挑み続け、しくじり続けてきた。だからどうした。また挑め。またつまずけ。もっとうまくつまずけ。
Ever tried. Ever failed. No matter. Try again. Fail again. Fail better.

『いざ最悪の方へ』 サミュエル・ベケット

受賞者の皆さまへ
賞品の送付に関して、二〇二五年九月二十一日(日)までに、staff@nowhere1011.com宛にnoteのアカウント名とともにメールをお送りください。期待賞の五名さまにつきましては、書籍『すべて失われる者たち』またはAmazonギフトカード一〇〇〇円のどちらを受け取るか、明記いただけますと幸いです。なお、期日までにメールが届かない場合は、受賞を辞退したものとみなす可能性があります。あらかじめご了承ください。

短編小説集『すべて失われる者たち』を出版しています。参加者のみなさまにおかれましては、ぜひチェックしてみてください。


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