吉田和彦さんとの思い出:その10
振り返ってみると第七回では高校四年生と辞書を引く話、第八回ではBメロとDメロの話、或いはクラブのDJ的な思想家の話、そして第九回では三連符と憑依芸の話をした。そして今週は前回の最後にチョロっとだけ顔を出した、ショパン大先生の話になる。
プリースターゼミナール時代、僕が吉田先生に見て貰っていた曲の殆どは、ショパンの作品だ。そうなってしまった理由は、意図的なものと無意識的なものがある。先ず意図的な理由は、単純に僕がショパンの曲を「好き」だからだ。これは全く当たり前の理由だが、よくよく考えてみるとそれなりに奥が深い。何故なら実際にピアノを弾いているからといって、その人が本当にピアノを好きだとは必ずしも言えないからだ。
先ず楽器の特性から言って、ピアノというのは「独りオーケストラ」と呼んで差し支えないものだ。何故なら、それは他の楽器とは比較にならない広い音域と大きな音量を持っているからだ。そうすると本来であれば「合奏」をしたいのだけれども、仲間がいないとかメロディー楽器が出来ないといった理由から、「仕方なく」ピアノを弾いているという人も居る、ということだ。言うまでもなく、こういった人が「ピアノが嫌い」である訳が無い。しかし、だからと言って本当に、この人は「ピアノが好き」な人だと言えるのだろうか。
或いはピアノというのは、合奏や独奏において、当然の様に「伴奏」として駆り出される。世の中には、自分が主役として脚光を浴びるよりも、サポート役として「縁の下の力持ち」である方が向いている、という人も少なくない。かく言う僕も、通訳をしている時の自分は「伴奏」役だと思っている。この場合も「ピアノが好き」と言うよりは「手伝うのが好き」といった印象だ。
そうやって考えていくと、「ピアノが好き」だと言える人は、実際にピアノを弾いている人の数よりも少ないんじゃないかと言う結論になる。例えば現代において毎日スマホを使わない人は居ないと思うが、その中で本当に「スマホが好き」な人は何割くらいだろうか。そして、これと同じことは自動車にも言える。
僕は第四回で、独奏・合奏、独唱・合唱という四分類について既に述べた。そしてピアノというのは、そのどれにも属していないし、また全てを含んでいると言うことも出来るので、いうならばピアノは「五つ目のカテゴリー」なのだ。別の表現を用いるならば、他の楽器に比べてピアノだけは「ピアノ以外の楽器の音を出す」機会が著しく多いのだ。よって本当のピアノ好きというのは「ピアノの特有の音」に惚れ込んでいるということになる。
ここでひとつ、具体例を挙げよう。僕がプリースターゼミナールに入学して間も無い頃、週末には例の如く学生寮でパーティーが有った。そこで僕の同級生によって、弦楽カルテットに篇曲された《雨だれのプレリュード》が演奏されたのだが、これがカナリ酷かった。僕は、この時に生まれて初めて、「ショパンの曲はピアノの為に書かれている」という、恐ろしく当たり前のことを理解した。
自分で言うのもナンだが、僕は珍しく「ピアノの音が好き」な人間だ。と言うことで僕が学生時代に弾いていた曲の殆どが、ショパンの作品になってしまったという訳だ。
以上が意識的な理由だとするならば、ひょっとしたら意図しない理由の方が、多くの読者にとって興味深いものになるかも知れない。何故ならば、それは芸術における「身体性」と関係しているからだ。
端的に言って、僕は牛の様に酷くノロマな人間なので、モーツァルトは殆ど弾けない。確かに僕にとっての「クラシック音楽への入り口」が《トルコ行進曲》であったことは事実だし、特にオペラの《魔笛》は高校生の時に、未だマスターしていないドイツ語の歌詞を暗記するくらいに、何回も繰り返して聴いた。しかし「好き」であることと「上手である」ことは必ずしも一致しない。このことを僕は、吉田レッスンが終わって日本に帰国してしばらくしてから、初めて理解した。
モーツァルトを弾く時には、ショパンを弾く時とは全く異なる「体の使い方」を要求される。特にモーツァルトの、あの無邪気で軽やかなタッチを、僕の重い体で再現するのは難しい。今にして思えば既述のハ長調(KV.545)も、第一楽章から始めたのは悪手だったと思う。
はやる気持ちをグッと抑えて、例えば第二楽章から始めて、横揺れでゆっくりとした動きから入っていけば、前世が牛の僕でも、なんとかモーツァルトを弾けた様な気がする。その次は変化球として、イ短調(KV.310)で、徐々に「縦揺れ」に移行していく。
そして満を持してイ長調(KV.331)に入るのだが、焦らずに第一楽章から弾き始める。そして、ちゃんと第二楽章を経てから第三楽章、即ち《トルコ行進曲》に移行すれば、かなりモーツァルトっぽく弾けた気がするのだ。
ムフフ……これは我ながら、そんなに悪く無いプログラムだと思う。物事には何でも「順番」というものが有るが、その「順番」というのは万人に共通のものでは無い。だからピアノの練習をする時にも、その人の身体性に合ったかたちで弾く曲の順番を決めなければならない。とは言え殆どの人は、少々順番を間違えたくらいで特に何も起こらない。しかし僕の様に健康に問題を抱えている人間にとっては、いわばレッスンそのものが「治療的に」作用する様にプログラムを考えなければならないのだ。
余談だが僕にとってのモーツァルトの「本丸」は初恋の相手《トルコ行進曲》ではなく、ハ長調(KV.330)の第一楽章だ。これが僕にとって最も「モーツァルトらしいモーツァルト」なのだ。
日本語では「悔しさをバネにして成長する」という表現があるが、このKV.330ほど、僕に「悔しさ」を感じさせてくれた曲は他に無いと思う。と言うのも高校四年生 の時、僕は香川県庁の横の道を通って香川大学教育学部に向かっていた。そして、その通りには右手に住宅街が有るのだが、そこからはいつも僕が憧れて止まないKV.330が聴こえていたのだ。
それは、明らかに子どもがピアノの練習をしている音だったが、それ以上のことは分からない。僕は通学中に塀越しに音を聞いただけなので、その曲を弾いているのが中学生なのか高校生なのか、はたまた男の子なのか女の子なのかさえ分からない。ただ僕は、この道を通る度に屈辱感に苛まれた。
その時、僕は藤本先生のもとで未だツェルニーだかバッハだかに引っかかっていて、モーツァルトなんかは夢のまた夢だった。そして僕だって、いつか《トルコ行進曲》やKV.330を弾くんだと、この通りでいつも悔しさを噛み締めていたものだ。
と言うことで僕が当時ショパンの曲ばかり弾いていた理由は、第一に単純に好きだったからであり、第二に単純にそれしか弾けなかったからなのである。
身体性に関連して、他にも興味深い話が有る。ショパンが肺を痛めていたことは、周知の事実だろう。だから吉田先生はレッスンにおいて、ショパンは常に息苦しい中で生きていたことを強調した。無論、これは「物理的に息苦しい」という話であって、現代社会が窮屈で「生き苦しい」といった情緒的な話ではない。そして、この曲のこのインターバルでショパンは、初めて深く呼吸することが出来て、体がゆるんだんだと教えてくれた。
恐らく僕は、生まれつきに肺を病んでいる。勿論、それは普通の健康診断とかには全くひっかからない程度の極めて微細な機能欠損だ。それは第一に、僕の呼吸が常に浅いことで実感される。よって「ショパンは息苦しかった」という吉田先生の話は、僕にとっては「全く自分のこと」なのだ。第二に僕は、肺の上部器官としての咽頭も痛めていると思う。これにはちゃんと理由が有って、話せば少し長くなる。
先ず僕は谷口の影響で、高校生の頃から「耳コピ」というものに憧れていた。しかし吉田レッスンと、実はちょっとイェッセに教えて貰ったことで、ドイツ留学時代の最後の方には僅かだが耳コピが出来かけていた。その練習方法は、そんなに難しく無い。
例えば「ドの音を歌え」と言われて、スグにドの音が歌えるのは、絶対音感を持っている人だけだろう。しかし音叉でドの音が与えられて、それをユニゾンでなぞることは誰にでも出来る。そして耳コピというのは、この誰にでも出来る「ユニゾンでなぞる」ことを、自分の喉ではなく楽器でやっているに過ぎない。
そして、ここでポイントになるのが「喉」だ。最初に「ド」が与えられたら、そこから「レ」に上がることも誰でも出来る。そして、この「ドからレに上がる喉の動き」を、鍵盤に転写することが出来れば、耳コピが完成する。要するに何が言いたいのかというと、楽器で音を出す前に「自分の喉で音を集中的に作る」ということをしていれば、耳で聞いたメロディーを器楽でなぞることは比較的、簡単だということだ。
さて、ここから僕に固有の問題になる。この方法で僕は帰国してから、流行りのポップ・ソングを鍵盤で再現している時に気がついたのだが、僕は耳コピをしているときに自分の喉と肺に、ものすごい負担を掛けているみたいなのだ。そして、その最も典型的なサインとして、僕は耳コピをしている時に自分がウーウーと唸っていることに気がついた。
ひょっとしたら、あなたの大好きなピアニストで、演奏中にウーウーと唸っている人はいないだろうか。僕の予想では、その人は僅かに弱い肺を持っている。
だから「内的に音を作る」プロセスを喉でする時に、僅かに息が漏れてしまうのだ。僕の知人が一番好きだというジャズ・ピアニストはまさに、このウーウー唸るタイプの人で、だから知人は「この呻き声さえなければ非の打ち所がないのに」と常々思っているそうだ。正に「玉に瑕」と言ったところか。
これに対して、僕の意見は僅かに異なる。と言うのも、その人はきっと素晴らしいピアニストに違い無い、と僕は勝手に思っているからだ。何故ならば、その人は声楽に求められる様な精緻な「音のつくりこみ」を、器楽においてもしているからだ。
何時か僕も、このウーウー唸るジャズ・ピアニストの音を聴いてみたいと思いつつ、それは未だ実現していない。そしして柳沢慎吾が素晴らしいピアニストであるかどうかに関しても、僕は未だに確かめられていないのだ。
吉田先生の背後には、常にショパンが居た。だから吉田先生はレッスン中に「彼は」という言葉を繰り返した:
彼は、そんな音は望んでいない……
彼は、そんな奇妙な指使いはさせない……
彼は、そんな風にフォルテを弾かない……
吉田先生は常に、僕に「彼」の音を出すことを要求した。吉田先生はショパンの曲を、竹下風にアレンジすることも、また吉田風にアレンジすることも望まなかった。ショパンの曲は、ショパン風に弾くしかない。これが僕が第二回で述べた「楽譜を読む」ということだ。
そのことを吉田先生は、お師匠さんのクラウス・シルデ氏から学んだ。シルデ氏は吉田先生が生涯で最も影響を受けたピアニストで、このことはまた気が向けば書きたいと思っている。
そして、このシルデ氏の先生、そのまた先生、またそのまた先生……と六代か七代くらい遡っていくと、最終的にフレデリック・フランソワ・ショパンにまで辿り着く。勿論、これは仮定の話ではなく、実際にそうなのだ。しかし残念なことに、シルデ氏とショパン大先生との間のピアニストの名前は僕が思い出せないのだ。そして前回の最後に、僕がショパンを「大先生」と呼んだことには、こういう背景が有るのだ。
僕は吉田先生のレッスンを通して、歴史的な人物であるはずのショパンという存在を「生きたもの」として体験することが出来た。そして、これは今の僕の仕事に直結している話だ。繰り返し強調している様に、僕はシュタイナーの思想を伝える気は有っても、それを自分流にアレンジしようとは微塵も思わない。僕の中にシュタイナーの思想が「生きて」さえすれば、後はそれを「受け取れる人」だけが受け取ってくれるだろう。
既に述べた様に、吉田先生はプリースターゼミナールに、儀式音楽の講師として来ていた。詰まりキリスト教の礼拝の中で響く音楽が、例えば街中でスピーカーから流れて来るポップ・ソングと、どう本質的に異なるのかということを教えるのが、吉田先生の「プリースターゼミナールでの本来の仕事」なのだ。
これまで僕は長きに亘って、吉田先生の「非正規のレッスン」の話ばかりして来た。だからこの辺りで、彼の「正規の授業」内容も書くべきなのだろうけれども、それはしない。何故なら僕がプリースターゼミナールの儀式音楽の時間に、吉田先生から教えて頂いた内容は、基本的に全て書籍にされているからだ。
それはヨハネス・グライナーの著書『ロックミュージックのオカルト的背景』というもので、この本を翻訳した後に、そこに僕がかなり長い解説を書いた。その内容は、第一回で吉田先生がおっしゃっていた音楽史の話がベースになっている。
よって、そこに描かれている「解説」は基本的に全て吉田先生の「受け売り」でしかなく、尚且つ彼に監修もしてもらっている。そして添削が終わった後に僕は彼から「面白かった」というお言葉を頂いた。
僕が音楽に関して、吉田先生からお褒めの言葉を頂いたのは、この一回コッキリで、その前にも後にも無い。

54.6 x 44 cm
1926年 パウル・クレー、バウハウス時代の油彩画
フィラデルフィア美術館 ペンシルバニア州(アメリカ合衆国)蔵
その11 🎹
書籍案内
プリースターゼミナールの音楽の時間については、この書籍でお読みください♪(´ε` )
