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闇 559(宮古島三日目編)

闇 559(宮古島三日目編)

2026/05/12 tue
※これは自分がなぜこんな人生になったのか、死ぬ前に自分で確認する為の小説です。
前回の章


二千二十二年六月八日、水曜日友引。

店長の最近の運転で、宮古島旅行三日目が始まる。
最初の行き先は、イムギャーマリンガーデンという舌を噛みそうな場所だ。

助手席には番頭の達彦が乗り、斉木と楽しそうに会話しながらドライブをしていた。
後部座席には前に俺と片屋敷、後ろの倉敷が座る。

「岩上さーん、金貸して下さいよ。次の給料で返しますから」
「嫌です!」

そういえばコイツ、俺がコロナ感染前から貸した金も返していなかったんじゃないか?
あれっていつよ?
もう数ヶ月前だろ?

「片屋敷さん、それより俺が前に貸した金って……」
「岩上さん! シー!」

上の人間に従業員同士の金の貸し借りがバレると面倒なのだろう。
慌てて片屋敷は人差し指を口に持っていき、言葉を遮る。

「あとで、ちゃんと返しますから」

誰にも聞こえないような呟くように耳元で言うチビ。
本当にどうしょうもない奴だ。

「岩上さん、自分昨日、携帯無くしたじゃないですか。あとで今度撮った写真を自分にも送ってくれますか?」
「ええ、いいですよ」

窓の外の大自然に視線を向ける。
どこへ行ってもある緑と海。
ベタッとした湿気に包まれながら、こうしてのんびりするのは随分久しぶりな感じがした。

仮にここが沖縄で、こうしてグループ行動から抜けさせてもらい、ミサキとの時間を作ってくれるような旅行なら、また来てもいいがそれは無理だろう。
なので今回のような旅は、一回だけで充分お腹一杯だ。

今日明日で終わるので、それまでは思う存分楽しむ事にするか。
片屋敷の「あっ」という声に振り向く。
彼は俺と目が合うと視線を逸らし、挙動不審で落ち着かない。

「どうしたんです?」
「いや、あの…、その……」

助手席の後ろについている備え付きの籠に手を入れると、恥ずかしそうに携帯電話を取り出した。

「あれ? 昨日落としたって大騒ぎしてたじゃないですか」
「シー!」

口に指を当てる片屋敷。
あれほど大騒ぎして、うっかり車の中に置きっ放しというオチ。
それを内緒では無理がある。
どうせあとで分かるのだ。
それなら今の内にみんなへ知らせたほうがいいだろう。

「達彦さん」
「はい、どうしました、岩上さん?」

「片屋敷さん、携帯電話、今見つかりましたよ」
「え? 片屋敷。あんなに騒いどいて車におまえ、忘れただけかよ」
「いや、それがですね…、あの…、へへ……」

素直に頭を下げて謝れば済むものを。
この男の性格は少し用心が必要だ。
山下哲也と似た何かを感じる。

イムギャーマリンガーデンへ到着し、車を停めた。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

砂川、友利コースト書かれた大きな看板があるが、ここが宮古島のどの辺なのか想像をつかない。
すぐ傍に宮古島全体地図もあったので見てみる。
島の南部へ来ているのか?

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

少し歩くと『なりやまあやぐ発祥の地』と銘打った石碑があった。
宮古島を代表する民謡らしく、なりやまあやぐの歌詞が彫ってある。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

ぶっちゃけ興味も何もなかったので、写真だけ撮り景色を眺めた。
一体どの辺がイムギャーマリンガーデンなんだ?
宮古島の方言で『インギャー』が囲まれた湧き水を意味するようだ。

目の前に広がる海を見るが、曇りで天候が悪いのでいまいち写真写りが良くない。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

松ぼっくりを大きくしたような実が生っている木があった。
根っこは地面につく前から多重に枝のように分かれ、不思議で少し気味悪い。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

「うわ、また雨降ってきた」

本当に宮古島はよく雨が降る。
元々天気予報で雨と出ていたが、ここまで降ったり止んだりを繰り返すとは思わなかった。

マリンガーデンの名の通り、本来天然の入り江を活かした美しい海浜公園らしいが、これではその欠片も分からない。

「本当ならここでシュノーケリングもできたんですよ」
「天候のせいでせっかく立てたスケジュールも滅茶苦茶ですね」

「岩上さん、宮古初めてだったから、天気で綺麗な景色見てもらいたかったんですけどね」
「こんな機会でもないと、俺が旅行へ行くなんて事ないですから。宮古島の空も、歓迎したくないんでしょう」

斉木と話しながら歩いている内に雨が止む。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

「本当なら雨降ってなければ、上の建物まで行きたかったですねー」
「あそこって何があるんですか?」

「あそこに見える遊歩道を歩いて行くと、インギャー橋を渡った先に展望台があるんですよ」

結構な距離あるな……。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

俺は宮古島に来て初めて雨に感謝した。

2022/06/08 宮古島 イムギャーマリンガーデン

「このあとはどうするんですか?」
「次は東平安名崎ですね」

「へんなさき?」
「平安時代の平安に、名前の名で平安名崎って読むんですよ。宮古島の最東端にある灯台へ向かいます」

そういえば沖縄は変な苗字が多い。
ガールズコレクションの當間にしても有木園にしても、あいつら沖縄出身だ。
高校時代の同級生で名護もいたが、当時住んでいたのは大宮でも、出身は絶対沖縄なんだろうな。

東平安名崎へ到着し、駐車場へ車を停めると、また凄い雨が降ってくる。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

俺たちはすぐ先に見える屋根付きの休憩所へ向かった。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

看板にある地図上では本当に最東端に来たようだ。
『マムヤの墓』って何だ?

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

雨が止むまでしばらく雨宿り。
ただっ広い駐車場には俺たち以外の車は一台もいない。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

休憩所の奥にはちょっとした遊戯施設もあり、これが都内にあったら家族連れで人がいっぱいになるだろうなと思った。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

奥へ行けばちょっとしたアスレチックにもなっているのか?
塗れるのが嫌なので、写真を撮るだけに留める。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

トイレに行く途中、鳥の鳴き声が聞こえる。
その方向を向くと、室内の屋根の上に雀が二羽いた。
こちらの鳥は、警戒心がやはり薄い。
一メートルぐらいまで近付いても動じなかった。

ひょっとして触れんじゃないのか……。

息を潜めながら抜き足差し足で慎重に近付く。
あとニ十センチのところまで来ると、雀は飛んで行ってしまう。
しかしまた少し離れた場所で身体をつつき合っていた。

こんな姿を見ていると、また鳥を飼いたくなっちゃうじゃないかよ。
まったく……。

雨の音と小鳥の囀りだけが聞こえ、俺はしばらくその様子を眺めた。
映像を撮りたかったが、テーブルに携帯電話を置いてきたままだ。
動いて、この子たちの仲睦まじい状況を邪魔したくない。
しっかりと、この目に焼き付けておこう。

雨が止み、灯台へ向かう途中また小雨が降ってくる。
見晴らし悪いので、灯台へ近付くだけにするようだ。
カメラ越しに見る灯台は雨で滲んでいる。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎

今、俺たちは宮古島の最東端を歩いている。
灯台へ行く途中にある祠のようなものが見えてきた。

東平安名崎灯台とマムヤの墓と書いてあったアレか。

「あそこのマムヤの墓見てっていいですか?」
「いいですけど、ただの祠ですよ?」

2022/06/08 宮古島最東端 マムヤの墓

近付くにつれ、祠というよりも大きな岩のようにしか見えなかった。
立札があるので近付いてみる。

2022/06/08 宮古島最東端 マムヤの墓

白い立て札に書いてある文字をじっくり眺める。

宮古島市指定史跡 マムヤの墓。
平成三年四月九日指定。
所在地 宮古島市城辺字保良一二二一-一(小字平安名)。

平安名のマムヤ 新生り乙女。
野城按司の 崎山の坊や。

で謡い出す「マムヤのあやぐ」は、野城按司との悲恋を歌った物語です。
このあやぐや民話によれば、マムヤはニフニリ(香草の名)の芳しい香りのする絶世の美女として伝える。
妻子ある野城按司は、マムヤを見染めて恋仲になるが、「将来の事を思えばマムヤよりは糞尿の臭いがしても妻のほうがいい」と論されてマムヤを見捨てる。
按司の心変わりを知ったマムヤは平安名崎の断崖から身を投じる。
悲嘆にくれた母親は再びこの村に美人が生まれないようにと神に祈願したと伝えています。

いつの頃からか、この巨石はマムヤの霊を弔う「マムヤの墓」として伝えられています。
およそ四〇〇米西側にあるマムヤが機織りしたと伝えられる岩穴は「マムヤの機織り場」として文化財に指定(平成三年四月九日)されています。
平成十九年五月
宮古島市教育委員会
文化財を大切にしましょう。

2022/06/08 宮古島最東端 マムヤの墓

マムヤの素性は保良の村に住む絶世の美女。
妻子ある身を隠していた土地の有力者である按司と恋に落ちたが、後に妻子がいることを知り、按司に「妻子と私、どちらを取るのか」と迫る。
按司が妻子を選んだ事に絶望し、東平安名崎から身を投げた。
自分が美しかった為に辛い思いをしたと考えたマムヤは、身を投げる直前に「今後、保良の村に私のような美しい娘が生まれませんように」と神に祈る。
つまり呪い…、呪詛を唱えたというそんな悲恋の逸話。

大きな岩はくり抜かれ、中にはマムヤの墓が見えた。
何故俺は、こうまでここが気になるのだろう?

2022/06/08 宮古島最東端 マムヤの墓

目を閉じ両手を自然と合わせる。
しばらく黙祷を捧げた。

この目の前にある墓が、伝説なのか逸話なのか?
俺にはどこか神秘的で、不思議な力を授かったような気がした。

額縁に入ったマムヤの絵。
花束を大事そうに抱えながら笑っている。

2022/06/08 宮古島最東端 マムヤの墓

いい女だと知った村の権力者が、妻子を隠した状態で口説いた。
純粋な彼女はそれを受け、後になって衝撃の事実を知る。

妻子と自分のどっちを取るかの選択を迫ったのは、嫉妬心ではないだろう。
元の鞘を選んだ事に対する絶望。
身投げをするほど辛かったのだろう。

自身の美貌には絶対的な自信があったのをそれでは選ばれなかったといういう屈辱。
だからこそ、彼女は外見だけで男を引き寄せるような美しさはいらないと呪詛を吐いたのだ。

おそらく俺がこの逸話に惹かれているのは、彼女の絶望と矜持なのだろう。
そして穢れのない純粋さが心を打っている。

俺は岩上家の長男として生まれ育った。
川越では誰もがあの家の長男だと知っている。
だが、家の中ではどうだ?
親にも兄弟にも裏切られ、おじいちゃんの死後の醜い遺産相続では疎外された。
一同があった関心は俺の実印のみ。
あの時の実印がマムヤの美貌とするなら、旦那に選ばれなかった孤立感は俺と同じなのだ。

自殺を推奨する訳ではないが、身投げした彼女の心境が痛いほどわかる。
孤独は辛いものだ。
そこに慣れなどないのだから。

マンションへ帰ったら、マムヤの墓について少し調べてみるか。

「岩上さーん、そろそろ行きますよ!」

一人でしばらく集中していたようだ。
倉敷の声で現実に戻る。

2022/06/08 宮古島最東端 保良漁港

保良漁港と書かれた岩の前を通り、何度か左脚の鈍痛により休憩を挟む。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

見渡す限りの海。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

目の前の木の柵を乗り越えれば、真下は入江。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

恐る恐る近付いてみる。
脚を滑らせて下に落ちたら一巻の終わりなのだ。

左手で柵に捕まりながら、右腕を伸ばす。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

俺は宮古島の端っこの様子を写真で何枚も撮影した。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

ここへ来る事はもう二度と無いだろう。
だから悔いが残らないよう一枚でも多くの写真を。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

マムヤはここから身を投げたのだろうか?

「……」

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

「岩上さん、ほら、灯台の近くまで行きますよ」
「あ、すみません」

のぼれる平安名崎灯台も、この雨では意味が無い。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

何度か休憩を入れながら近くまで来て写真を撮った。

2022/06/08 宮古島最東端 東平安名崎灯台

車へ戻る頃は雨が止む。
本当に何なんだよ、この天気は……。

倉敷の運転で、島尻のマングローブ林へ向かう。

行きよりも走っているので、俺は達彦へ声を掛けてみる。

「次はどの辺に行くんですか?」
「今が最東端だったんで、次は最北端へ向かっているんですよ」

「え? 一日で着くんですか?」
「あはは、そんな掛からないですよ。宮古島は本当に狭い島なんです。車が無いとさすがに無理ですが、どうせ道も空いているので、三十分から四十分ぐらいで着きますよ。次はマングローブ林ってところへ行きます」

彼の説明で本当に狭い島なんだなと分かる。
ひたすら続く大自然の道。

少し眠気が出て瞼を閉じた辺りで車が停まった。

植物の指定天然記念物、島尻のマングローブ林と書かれた石碑。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

その先には木の板でできた柵付きの通路がある。
まるでアスレチックのようだ。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

看板には色々と書かれているが、見る限りただの林にしか見えない。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

これまで綺麗な海しか見てこなかったので、中にある湖か沼のような泥の水を見た時は驚いた。
周りに観光客もいないし、これなら先ほどのマムヤの墓へもうちょっと居たかったな。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

マングローブらしき木の根が枝分かれした密林も見るも、特に感じるものは何もなかった。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

何も無いところだから、こうしてこの植物を無理くり名物にした感じなのか?

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

石の橋まで来ると、左脚に鈍痛が走り一旦休憩。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

淵に捕まりながら下の沼地を覗き込む。
すると小さな蟹がそこそこいるのを見つけた。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

こんなマングローブしかないようなところでも、蟹のような生き物が生息している事実。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

奥の通路まで進むも、どこも変わらない景色。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林


2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

俺は樹木よりも、カメラをズームにした時に分かる蟹を見つけた時のほうが嬉しかった。

2022/06/08 宮古島 島尻マングローブ林

かに道楽の連中に捕まるんじゃないからなと心の中で声を掛ける。

車へ戻ると、宮古島の最北端へ発進。
池間島という小さな島へまた大橋を渡って行くらしい。

途中にあるハート岩が見れる辺りで車を停める。

だが海岸へ降りれる道は封鎖されており、肝心のハート岩が何なのか分からないまま池間島へ向かった。
伊良部大橋ほどではないにしろ、結構な長さの池間大橋を渡り終えると看板や売店が見えてくる。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島

地図で見る限り、宮古島市内で最北端の島に来たところか。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島

こんなところで土産屋って、生活できるのか?

2022/06/08 宮古島最北端 池間島

辺りを振り返ると銅像が見えるので近付いてみる。
眞栄城徳松氏の像?
えーと、何の人だろう?
パッと見、校長先生のようだ。

2022/06/08 宮古島最北端 眞栄城徳松氏の像

一応気になったので調べてみた。
その結果、池間島出身の政治家であり、実業家だったようだ。
元平良市長として池間島の人々の長年の悲願であった『池間大橋』の建設に尽力し、実現させた最大の功労者と書いてあった。

確かにこのように車で来れるようなあの長い橋を作ったんじゃ、この島の人たちは大喜びだったろうな。
橋を渡り終えたところに像があるのも、まるで見守るかのようだ。

本来政治家って、こうあるべきだよな。
懐に裏金入れて、見苦しい言い訳ばかりする奴なんて、とっととバッチを取り上げてしまえばいいのに。
今度からどうしょうもない政治家は、この眞栄城徳松の爪の垢を煎じて飲ませればいい。

像の近くにある橋の土台の上を伝う何本ものケーブル。
これについても細かい説明がある。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島

池間大橋を支えるための『外ケーブル(アウトケーブル)』と呼ばれる補強用のワイヤーで、これらが経年劣化や塩害への対策として大規模な補強、補修工事が続けられ、その際に取り付けられたもの。
この橋はコンクリートの中にワイヤーを通して締め付ける事で強度を出しているが、古い橋ではその強度が低下する事がある。
そこで橋の外側へ新たに高強度の鋼線ケーブルを張り、さらに締め直す事で、橋全体の強度を高めているらしい。

まあ無事橋を俺たちが渡って来れたのは、このケーブルも一役買っているといったところか。

左手に見える池間島ドライブイン。

ここではマンゴージュースが有名らしい。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

さとうきび生ジュースなんてものが、三百円で売られていた。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

『海美来』と書かれた土産屋の入口には、大きな口を開けた顔だけ赤色のシーサーらしき置物がある。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

地図で見ると、この池間島自体豆粒のようなものなのに、そこにいる俺たちは埃以下だ。
すぐ近くで見える砂浜が、先ほどのマングローブ林の汚い沼を見たせいか、異様に美しく感じる。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

本当に辺鄙で凄い所へ今来ているんだなと、しみじみ思った。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

「岩上さん、マンゴジュース飲みますよ。二階に上がれるんで行きましょう」

マンゴージュースを飲むが、果物でも食べた事のないマンゴーを口にしたのはこれが生まれて初めてだった。
飲めなくはないが、正直美味いとも思えない。

しかし好意で頂いたものに対し、アイスコーヒーのほうが良かったなとは、さすがに言えなかった。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

宮古島限定『宮古島まもる君』という変な人形が売られている。
伊良部大橋を渡ったところで道路にいるのを見掛けたけど、工事中の人形じゃなかったんだ。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

せっかくだから土産を買ってくか。
先日の熱海旅行で、神田がホテル代を出してくれたから色々持っていってやろう。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

「岩上さん、明日帰る前にマンションの近くにある土産屋に行きますよ?」
「でもこの池間島じゃないと、売ってないものもありそうじゃないですか。友達用にちょっとだけ買っておきますよ」

店の人に聞くと、魚を煮た真空パックのようなものを勧められる。
聞いた手前、沖縄の変な塩と共に購入した。
まあ俺がこれを食う訳じゃないからいいだろう。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

海を眺めながら神田へメッセージを送る。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

『土産たくさん持っていくから楽しみにしてな。 岩上智一郎』

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

それにしても二階から見える島は、一望しても本当に何も無いところだ。
自分たちが通ってきた池間大橋見えるぐらい。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

建物も、ここぐらいしかないんじゃないのか?

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

さすがに見飽きたので一階へ降りて外へ出た。

また降り出す雨。
本当に酷い天気だな……。

「ニャー……」

え、猫の鳴き声?
振り向くと雨の中、右耳が少しだけ千切れた野良猫がいた。
首輪もついていないし、警戒心もない。

「どうしたの? 濡れちゃうよ?」
「ニャー」

何て人懐っこい猫なのか。
俺は近寄って頭を撫でる。

このままでは風邪を引いてしまう。
とりあえず建物の中に一緒に入ろう。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン猫のロン

店内には大きな犬がいて、猫はまったく物怖じせず近付き匂いを嗅いでいる。
犬に嚙まれたらどうすんだ、あの馬鹿。
慌てて連れ去ろうとすると、この二匹は店で飼っていてとても仲がいいので問題ないと説明される。

猫の名前はロン。
右耳が千切れているのは、不妊、去勢手術済みである事の印として、耳の先をさくらの花びらの形にカットしているらしい。
いくら何でも耳を切る必要性ないだろう……。

池間島の人間は野蛮人だ。

垂れ耳、ふさふさの白い毛に茶色の斑点の犬は大吉という名前のようだ。
何て大人しくのんびりした犬だろうか。
俺が大吉の頭を撫でていると、ロンは不貞腐れたようにまた雨の中外へ出て行く。

2022/06/08 宮古島最北端 池間島ドライブイン

「岩上さーん、そろそろ行きますよー」

俺を呼ぶ声が聞こえ、外を見るとみんな車の中でスタンバイしていた。
慌てて乗り込み、ロンと大吉へ別れも告げられず池間島をあとにする。

池間大橋を渡り終えたところで、何か忘れている事に気付く。

「あ、土産置いてきちゃった……」
「え、本当ですか? さっき買ってましたもんね」

「別にいいですよ。明日どうせ買い物する時間あるんですよね?」
「せっかく買ったんですし、戻りましょう」

自分のうっかりでまた車は池間島へ向かう。
店へ行くと「お兄さん土産忘れてるよ」と言われるが、それならさっき言ってくれと思った。
出る前にロンと大吉を抱き締める。

また会いたいけど、多分これが最後になるんだろうな……。

北西海岸沿いを真っ直ぐ南下しながら空港方面を走る。
時間にして三十分ほどで、食事にしようと駐車場へ停めた。

宮古島では珍しく結構人が並んでいる店が見えた。

「あそこの大和食堂で食事しますね」

そば、軽食と書かれた大和食堂。

2022/06/08 宮古島 大和食堂

小上がりに座りメニューを見ると、ソーキそばやゴーヤチャンプルーなどの定番沖縄料理の店だった。
宮古そばが大で五百五十円、小で四百五十円と非常に良心的な価格だ。
ただ五十円で麺大盛りと書いてあるのに、大と小で百円値段が違うのは何故だろう?

2022/06/08 宮古島 大和食堂

壁にも同じメニューが貼られており、俺は昔ながらの黄色いカレーライスか、焼きそばにするか悩む。
ライスが百円なんて本当に安い店だ。

2022/06/08 宮古島 大和食堂

「岩上さん、何にします?」
「えーとですね…、カレーライスかオムライスか、焼きそばにしようか迷っているんですよね」

「せっかく宮古来てんですよ? こっちの料理食べなきゃ駄目じゃないですか」

いや、その沖縄料理がいまいち口に合わないんですが…、と言いたかったが、先ほど俺のミスで土産を取りに戻ってもらった手前、素直にそばを注文する事にした。
ゴーヤよりはまだマシだ。

肉入ってるのがソーキそばだから、宮古そばのほうが無難かもしれない。

2022/06/08 宮古島 大和食堂

想像通り肉の入ってないのが宮古そばだった。
どうも沖縄のそばは食べていて美味いと思えない。
麺を塩味のスープで啜っている感じしかなかった。

2022/06/08 宮古島 大和食堂

テーブルにあった調味料のカレー粉を入れて何とか食べ終わる。
壁のメニューを見ながら、やはりカレーライスにすべきだったと強い自責の念に駆られた。

一旦マンションまで戻り小休止。
みんな車庫入れが苦手なようで、駐車場で停める時だけ俺が運転を代わった。

二時間ほど休んで、次は夕食の焼肉屋。
沖縄料理じゃなかったのでホッとする。
何でもインカジという名の店らしい。
願わくば、あまり遠い距離じゃない事を祈るばかり。

ベランダから見えるお土産屋の先にあると聞き、気が楽になった。
タバコを吸いながらだいたいの距離を見る。
三回か四回の休憩をすれば、行けそうな距離だ。

そういえば宮古島へ来てから、インカジ『レディ』の店の事をまったく気にしていなかったな。
ゲーム屋『ラッキーハウス』と違い、若めの客層で生意気なのが多いせいか、いまいち愛着を持てない。

一度で百万円ぐらい使う針生など、見た目はその辺のオタクのような外見のくせに、本当にクソ生意気だからな。
店へ入った途端札束を渡してきて、席に着く前に「早く入れろっ!」と初っ端から怒鳴るような奴だ。
あー、思い出しただけでイライラしてくる。
こんな南国に来てまで、あのクソメガネを思い出すのはやめておこう。

「じゃあそろそろインカジ行きますか」

斉木と達彦が部屋まで迎えに来る。
マンションから歩いてすぐ近くにある焼肉島野菜酒処『海風』。
海風と書いてインカジと読むようだ。

お土産屋の通りへ行くと、系列店の『ダウンロード』のスタッフたちと番頭へ昇格した遠藤一派と遭遇。

俺が去年の元旦にヘルプで世話になったダウンロードの宮川の姿も見えたので、久しぶりに挨拶をして会話をする。

いかつい外見に反比例し礼節のある宮川。
年齢は三十代半ばほどだろうか?
肝が据わってそうなこの男なら、警察やヤクザを前にしても変わらないのだろう。
こういう人間と俺も若い内、共に働きたかったな。
素直にそう感じた。

もうあの時から一年半も経ったのか。

「あ、岩上さん、店にお菓子の差し入れをありがとうございました」
「え、差し入れ?」

「去年うちに和菓子のお菓子をたくさん持ってきてくれたじゃないですか」

「……」

本当に義理堅いというか、記憶力がいいと表現したらいいのか。
おそらく俺は礼節を持ってちゃんと対応できる人間が好きなのだろう。

あの時ダウンロードの三日間のヘルプで四十五万円の歩合を貰った俺。
一日辺り十五万円の配当だ。

だからこそせめてお世話になった感謝の意味合いを込めて、地元川越のくらづくり本舗の和菓子をたくさん持っていっただけ。

彼らは別のスケジュール通り動くようなので、笑顔で別れ焼肉屋へ向かう。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

見た目は通常の焼肉だが、大場系列の事だ。
何か凄い事があるかもしれないな。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

席に座り、各自好きな酒を頼む。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

ミスジの焼きしゃぶが売りなようだ。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

そして海風名物ネギ塩タンも一押しらしい。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

ミスジは店員がさっと網の上で焼き、すぐひっくり返す。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

これを特製ダレで食べるが、二枚で二千二百円するだけあっていい肉を使っている。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

トモ三角やクリミ、すべて宮古牛らしい。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

途中からこれは何の肉かなど、どうでもいいほど適当に焼き出す。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

店員が口頭で説明するからタテバラ、シン芯、カルビにロースとその時理解する程度。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

俺たちは大いにはしゃぎながら肉をつまむ。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

ネギタン塩のたっぷり乗ったネギが、いまいち見た目新鮮に感じなかったのは残念に思う。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

ご飯を四杯お代わりし、さすがに満腹で苦しくなった。

2022/06/08 宮古島 焼肉島野菜酒処海風インカジ

焼肉屋インカジを出ると、今度はみんなでダーツバーへ行った。
これまでした事のないダーツにまるで興味はなかったが、これも旅行の行程の一つと割り切る。

的に向かってダーツを投げるようだが、ルールも何も分からない。

「岩上さん、的目掛けて思い切り投げればいいんですよ」

俺は全力で投げた。
的に当たった矢は、衝撃で壊れ刺さらず床に落ちる。

それを見たみんなが大爆笑。
もうちょっと加減すればよかったのか。

「岩上さん、最高です。ダーツで壊す人って初めて見ました」

達彦は涙をこぼしながら笑っていた。
バーを出ると、次はキャバクラ。

受付で達彦が黒服と話をしていると、「あ、遠藤さんのお連れさんでしたか」と急に畏まるのが見える。

「遠藤さんって、宮古島出身なんですか?」

俺は片屋敷へ素朴な質問をした。

「違いますって。遠藤さんキャバクラ大好きだから、宮古来て派手に金遣ったんじゃないですか。こんなことろでそんな太客いないじゃないですか。だから店員からしてみれば、遠藤さんは神様みたいなもんなんですよ。まあ新宿でいうところの小田さんみたいなもんですね」

俺はダウンロードの共同経営者の小田川について、片屋敷が自分の事のように自慢げに話していたのを思い出す。

「小田さんがキャバクラへ行くと、多分歌舞伎町で一番金遣い凄いんじゃないですかね」
「え?」
「小田さんの話ですよ。あの人、一回行くと、三百万円は使いますからね」
「……」
「一回二回じゃないですよ? その使い方を自分がこの店に入る前かららしいので、十数年そんな感じですよ」
天文的な数字を聞き、まるで天国と地獄のような開きを思い知る。
運やタイミングだけじゃない。
おそらく小田川と俺では、決定的な何かが違うのだろう。
一度の飲みで数百万円の使いなど、俺はした事もないし、過去一番稼いだ時でもできやしない。
おそらくすぐ天狗になり、調子に乗って生きていた俺は、足りないものだらけの人間だったのだ……。
片屋敷が楽しそうに小田川の話をしていたが、半分も脳へ届いていなかった。

そう、あの時しっかりは聞いていなかったが、系列のダウンロードの売上は月に一億円以上ある。

俺がヘルプで行った時も、みんなの価値観というか捉え方が常軌を逸していると感じたほど。

遠藤は、元々ダウンロードの名義社長から成り上がって番頭までの地位を築いた人間。
俺のいるレディの小西とは組織に対する貢献度もまるで違う。
結果桁外れの給料をもらう遠藤は、好きなだけ自由な金を使えるのだ。

宮古島に来て、百万単位の豪遊をしたのだろう。
だからこの店の黒服も、俺たちがその連れだと知ったから恐縮している。

席にキャバ嬢がつき、あれこれ都内の事を聞いてきた。
そんな事よりも、明日のお土産で買う際、何が宮古島だと有名で人にあげると喜ばれるのかを逆に質問する。

「紅芋タルトとー」
「ちょっと待って! 紅芋? タルト?」

俺は携帯電話を取り出し、とりあえず控えようと神田のメッセンジャーへ『紅芋タルト』と書いて送る。

「え、何やってんの?」
「忘れないようにメモしてる」

「アハハ、超受ける! 何でメッセンジャーなの」
「うるせー。次は? 知っているもの全部言え」

「ジーマーミ豆腐でしょ」
「ちょっと待て。えっと…、ジーマ?」

「ジーマーミ豆腐」
「ジ、ジーマミ―……」

「伸ばさないよ。ジーマーミ豆腐」
「ミーって伸ばさないのね」

「やだ、お客さん超面白い」
「うるせー、次を言え」

「うーんと…、カツオ味噌かなあ」
「おまえ、今考えたな? 適当な嘘言ってんだろ?」

「何で宮古の名産言うのに、嘘つかなきゃいけないよー」
「まあいいや。それで紅芋タルトって何だ?」

「お菓子だよ。何でそんな事も知らないの。超受けるんだけど」
「うっさい! えーと…、紅芋タルト…、は…、お菓子で。ジーマーミ豆腐は?」

「落花生の豆腐だよ」
「おまえ、嘘ついてないだろうな?」

「だから何で私が嘘をつかなきゃいけないのよー。超面白いんだけど」
「次! あと日持ちがするようなものってないのか?」

「バナナケーキ!」
「はあ? 何だそりゃ?」

「モンテドールのバナナケーキ。美味しいよ」
「ちょっと待て。モ、モンテドールのバナナケーキと……」

神田の既読がつく。
俺は彼にメッセージを追加で送った。

『神田、気にしないで。キャバ嬢にお土産聞いてる。 岩上智一郎』

「ギャハハ! 何で友達にこんなものを送ってるのー」
「人の携帯を盗み見するな!」

2022/06/08 Facebook 神田とのメッセンジャー

結局キャバクラに行ったのに、宮古島のお土産は何にしたらいいかというだけで、二時間が過ぎる。

「岩上さん、さすがですね。お土産の話だけで、キャバ嬢超盛り上がっていたじゃないですか」
「いやいや、別に狙ってないですって。本当に分からないから聞いただけですよ」

こうしてマンションへ戻り、翌日の最終日に備え、俺たちは睡眠を取った。




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