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闇 512(戦場のメリークリスマス編)

闇 512(戦場のメリークリスマス編)

2026/04/02 thu
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章


二千二十年十二月二十日、日曜日仏滅。

上野アメ横も久しく行っていない。
近々行ってみようかな。

フェイスブックの過去の思い出で二千十四年の今日アメ横へ行った写真が表示されたのを見て、ふとそう思った。

あの時だと高校時代の同級生新居秀樹と行った時か。

新居は金を出そうとしたが、すべて俺が金を払う。
小遣い月一万円の時に、俺の本、新宿クレッシェンドを当時十冊も買うような男なのだ。
俺が乞食になったって、新居にだけはいつだって奢ってやるとあの時自分に誓った。
今日は泊まらずに熊谷へ帰ると言うので、マグロをお土産に持たせる。
「何か何から何まで悪かったね、岩上」
「いや、俺も久しぶりに会えて楽しかったよ。またね」
同じ高校、そして電車で通学を三年間共に過ごし時間を共有した仲間。
せっかくの再会も上野へ行って新宿へ戻り、マグロとステーキしか食べていない。
それでも彼と過ごした時間は、闇が掛かっていた俺の心を少しは楽にしてくれた。

六年前の今頃といえば、インカジ新宿クレッシェンドが崩壊する前で、ただ金も入らず待機した状態の時。

失った身銭の三百万円だけでも戻ってくれば、俺もここまで惨めな暮らしなどしていなかっただろうな……。

どの方向を見ても薄い壁に囲まれた密室。
アスクルームの自分の居場所にいると、溜め息すら漏れてしまう。

ベランダへ出てセブンスターに火をつける。

いや、俺の事だ。
結局金を持つと人に格好をつけて驕り、飲み屋の女に騙され、競馬で散財して無いはず。

性根から変えないと、自分のような人間は意味がない。

「うー、寒っ……」

思わず出る声。
部屋の中でへ転がりながら、タバコを吸いたいものだ。

今の大場系列であるインカジ『レディ』に入り、給料面だけでなくもう一つ日常で大変助かっている事があった。

それは店で管理しているタバコであるが、一箱四百円で済むのだ。
元々来店した顧客へ三万以上のINを入れた時点でタバコのサービスをする用置いてあるものだが、気前のいい店は従業員が買う際はその金額でいいという決まりがあった。

今年の十月からまた値上がりをしたタバコ。
セブンスターは五百円から六十円アップの五百六十円。
値上がる前に、櫻井さんへ頼んで百個購入したセブンスターなどとっくに吸い終わっていた。

普通にコンビニエンスストアやタバコで買えば、五百六十円もするセブンスターも、レディで買えば四百円。
残りの不足分は、店で負担してくれている事になる。
俺は出勤の度に二箱買うので、一日八百円で済んでいる計算になるのだ。

これって勝ち組?
いやいや、普通に買えば百六十円安く買えているだけ。
でも、二箱だから三百二十円も得をしている計算になる。
月に換算してみなって。
一万円ぐらい俺は得しているんだぞ?

「……」

何だか悲しくなってきた。
勝ち負けなどないだろ、こんな事に。
複雑な心境だ。

高校時代に吸い始めた頃は、二百二十円だったセブンスター。
当時はまだソフトだけで、ボックスも発売されていなかった。
あれが発売された時は二百三十円。
ソフトより何故か十円高かったのを覚えている。

平成初期の話だから、令和二年となった今では三十年ぐらいの開き。
二百二十円から五百六十円の値上げを考えると、本当にこの金額に決めた政治家を殺してやりたくなる。
嗜好品嗜好品って、おまえらのほうがよほど国の金を食い潰しているだろうがと怒りすら湧いてきた。
俺が新宿や横浜で地獄を味わっている時、おまえは何をした?
ぬくぬくと私腹を肥やしていただけだろうが。
票集めで動くような愚策を決めた連中を本当に呪う。

表の世界の国民の代表である政治家が、国民から金を搾り取る日本。
裏の世界で従業員の生活を助ける大場系列。
俺にしてみれば、どっちが正義だと思うほど。

マイルドセブンはメビウスなんて、軟派な名前にいつの間にか変わっているし、今じゃ電子タバコを吸う人間のほうが多くなったほどだ。
硬派なのはこのセブンスターだけ。
どうでもいい自負で必死に自身を鼓舞した。

山手線新大久保駅に電車が停まる。
ベランダから見下ろしながら眺めていると、こんな駅前でちょっとした仮初の憂鬱感に浸れた。

寒過ぎる、もう限界だ……。

タバコを決して再びアスクルームの中へ入る。
すっかり身体が冷えてしまった。
温かいシャワーを浴びながら、明後日は休みなので、今日と明日出れば川越でも行ってこようかなと計画する。
おそらく今年最後のチャンスになるだろう。

部分的に当たるお湯が、一部だけ癒してくれた。

風呂から出ると洗面所があるが、そこへ女性の後ろ姿が見える。
こんなところに女が住んでいたのか?
ちょっとしたカルチャーショックを思えた。

その女性は大して良くもないガリガリの貧相な身体。
それでも異性には違いない。
俺は後ろを通る際、さり気なく鏡を盗み見た。

「……」

何だか凄い不細工な女だなあ……。

正直な自身の感想。
よく第一印象というが、あれは外見的なものを指す言葉。
お世辞抜きにしても、あんな見てくれだからこそ、こんなウサギ小屋で生活する変な性格の持ち主なのだろう。

それでも底辺の男しかいないこの空間に女がいるという事実には、不思議な高揚感があった。

明らかに矛盾しているよな、俺?
何だ、この何ともいえない感覚は?

そうか!
あの女を俺は抱けるのかという事だろう。

「……」

何か嫌だな……。

まあ向こうにしても、こんなところで生活をしている男など、嫌に決まっているからフィフティーフィフティーか。
何だか悲し過ぎるぞ、俺……。

池袋のちかだけが、今の良心さ。
LINEでいつもより長めのメッセージを送る。

そろそろ時間だ。
仕事へ行く準備をしないと。


二千二十年十二月二十二日、火曜日赤口。

斉木と湯浅が夢中になって集中する携帯ゲームのカジノプロジェクト。
金も賭けないゲームに一喜一憂する二人。

「岩上さんも、カジノプロジェクト一緒にやりましょうよ」
「え、自分もですか?」
「そうです!」

「いや、俺はクラッシュロワイヤルあるんで……」
「駄目っすよ、岩上さん! そのゲームはインカジ向きじゃないじゃないですか」

斉木が誘い、湯浅まで参戦。
レディでも特別恩義を感じている二人から言われると、俺も仕方なくインストールした。

仕事を終え、今回は真っ直ぐウサギ小屋へ帰って眠る。
焦って川越へ行ったところで、どうせ暇でカガヤカフェか、パチンコで金を使うだけなのだ。
栄二の店は夕方から。
ならば今のうちにしっかり睡眠をとっておいたほうがいい。

夕方に目を覚まし、西武新宿駅に向かって歩く。
途中にある久しぶりの大明飯店が視界に入ったので、ちょっと寄っていくかという気分になった。

2020/12/22 新大久保 大明飯店

茄子と肉炒め定食を注文。
昔百人町にいたという飯野君が懐かしがるだろうから、フェイスブックへアップしておかないと。

この大明飯店は中でタバコを吸えるのが最高にいい。
アスクルームから近いし、あそこにいる間はこの店が主戦場になりそうだ。
さて、そろそろ川越にマグりに行くか。

前回川越で岡部さんと飲んだ時聞いた栄二のお袋さんの訃報。
直接会った事はなかったが、少しでも悲しみは共有したい。
せめて今年の内に線香をあげに行きたかったのだ。

後輩田中栄二の店『栄じ』へ向かう為、久しぶりの小江戸号。
本川越駅に到着すると、栄二の親父さんに渡す用のケーキを探す。

久しく行けていないちょっとした罪悪感と、親父さんへの感謝。
あの金の無かった時期、優しくしてくれた恩は未だ忘れられない。

「どこにお店があるんですか?」
愛が身を乗り出して聞いてくる。
俺は栄二の親父さんの寿司屋『栄寿司』時代のエピソードを一つ話す事にした。
金欠状態の時、地元の先輩の小沢さんから『栄じ』で飲もうと誘いが来る。
丁重に金が無いからと断ると、小沢さんがご馳走するから行こうと連れ出された。
酒に酔って陽気な小沢さんの横で、チビリチビリ少量の酒を飲む俺。
驕りとは言え図々しく寿司を注文する事などできないでいた。
カウンターにいた栄二の親父さんが「これ、勝手に作っちゃったからさ、良かったら食べてよ」と手巻き寿司を目の前に置く。
有難いなあと噛み締めて食べていると、親父さんは次々と「あ、また握っちゃったよ」と何個も寿司を並べてくれた。
あの時の優しさは未だ忘れない。
そして本当に嬉しく、美味しかったなあ……。
「栄じっていうのはそんなお店」
「えー、今度連れてって下さいよー。私、行ってみたい」
社交辞令かもしれないが、これほどの美人から言われるのは悪い気がしない。

あれほど恋焦がれた愛も、結婚して子供を産んだと聞いたしなあ……。

ああいういい女と付き合いたかったよー。
まあ今はそれよりも、栄二の親父さんの好きな甘いものを買わないと。

「お姉さん、俺は甘いもの食べないんだけどさ、アップルパイは置いてあるかい?」
「ええ、こちらにございます」

「じゃあそれ二つと…、いや、ごめん三つ。あとね…、分からないからお姉さんが貰ったら嬉しいケーキを二種類選んで、それらも三つずつちょうだい」

亡くなった栄二のお袋さんの分も用意してやらないとね。

「どのくらいのお時間掛かりますか?」
「一応一時間ぐらい見といて」

ケーキを購入し、タクシーを捕まえ川越商業方面を伝える。
かつて実家の隣りにあったトンカツひろむで、若い頃働いていた時期のある栄二。
あの頃の懐かしい感覚を味わうにはこの店しかなかった。

2020/12/22 川越 居酒屋栄じ

「智ちゃん、茄子あるよー」
「おう、栄二、よく分かってんじゃん」

「岩上君、わざわざ新宿からありがとね。今日もマグロいくかい?」
「ええ、俺は親父さんの握ったマグロを食いに遥々来たんですから。あ、それとですね…、その前にこちら親父さんの好きなアップルパイと…、あとですね。俺はお会いした事ないんですが、栄二のお袋さんのお線香をあげたいと思いまして。あ、これ香典です。受け取って下さい」

「そんな気を使わないでいいのに」
「いえいえ、本当にこれは受け取って下さい。今日はその為に来たんですから」

「何だか悪いねー、ありがとう。うちのも喜んでいるよ。じゃあこっちへ来て」

一度も会った事のない栄二のお袋さんの遺影を前に、俺は両手を合わせて黙とうを捧げた。
トンカツひろむ繋がりでいえば、岡部さんを始め栄二もそう。

俺が線香をあげてもいいですよね?
心の中で呟きながら、礼節を尽くす。

「智ちゃん、ありがとうね。茄子の煮びだしできているよ」

2020/12/22 川越 居酒屋栄じ

「何だよ、おまえ。いまいち分かってねえな。茄子は素揚げで生姜醤油がいいんだよ」
「もう作っちゃったから、それ食べてよ」

「はい、岩上君、お待ち。マグロ握ったよ」

目の前に置かれる十四貫の赤身の握り。

2020/12/22 川越 居酒屋栄じ

「ありがとうございます! 俺はこれを食いにきたんですよ! さて、マグるぞー」

マグる、マグれ、マグれば……。

俺の作った造語。
正にマグるとは、天から降りてきた何かの啓示。

こんな昼にもなっていない朝っぱら、歌舞伎町で行きたい店などない。
伊達はどこでもいいと言うが、俺にとっては四月初の休みなので楽しい思いをしたかった。
横浜まで伊達を連れて行くのも嫌だしな…、その時電光石火の如く閃きた起きる。
マグる、マグれ、マグれば……。
これはマグロを食べろという天からの啓示。
つまり上野アメ横が俺を呼んでいる。
「岩上さん、どこ行くんですか?」
「うーん、今日はとっておきを使おうかなと」
「とっておき? 何ですか、それは?」
「マグるんですよ」
「マグる? 何ですか、それ?」
伊達が分からないのも無理はない。
何故ならマグるとは、俺が考えた言葉なのだから。
「まあとりあえず東新宿の駅へ行きましょう」
「東新宿? あの職安通りと明治通りのところですか? 何でですか?」
「だって伊達さん、マグるが気になるんでしょ?」
「は、はあ……」
「だったら時代は東新宿なんですよ」
「うーん、まあよく分からないけど、ついていけばいいんですね?」
地下鉄事情などほとんど知識のない俺であるが、一つだけ知っている事がある。
それは以前山下の馬鹿を名義にして始めた秋葉原の裏ビデオ屋。
あの時長谷川昭夫に東新宿からなら秋原場は近いと教えてもらったのだ。
しかもその先に上野御徒町という駅まであり、そこを出れば目の前がアメ横という記憶だけはしっかり刻み付いていた。

楽しい宴の地元の夜。
途中から客もチョロチョロ入り出し、栄二親子は忙しそうにしていたのでカジノプロジェクトを始める。

案外金を掛けていなくても、そこそこ楽しめるものだな。
結局終電を逃がし、俺は家に泊まっていく事に決めた。


二千二十年十二月二十三日、水曜日先勝。

深夜家へ戻り、深い睡眠に入る。
親父が部屋をノックしてくる音で、朝目を覚ます。

「何よ?」
「腹減ったから何か買ってきてくれないか」

まだ朝八時なので、近所の二十四時間スーパー『マルエツ』以外どこも開いてない時間帯。

「何が食いたいのよ?」
「カツ丼がいい」

「カツ丼ね、マルエツで買ってくればいいの?」
「いや、マルエツのは上手くないから食いたくない」

「……」
「早く買ってきてくれよ」

朝から人を強引に叩き起こしておいて、何て我儘なクソ親父だろうか。

「じゃあシチューとか買ってこようか?」
「シチューか…、いいけどマルエツのはなあ……」

そんな経緯で、何故か俺が朝からビーフシチューを作る羽目になった。

2020/12/23 川越実家 自家製ビーフシチュー

何で俺が休みで川越に帰ってきた朝っぱらから自分の金で材料を買って、料理までしなきゃいけないんだ……。

まああれほど過去いがみ合った親子関係であるが、今ではとりあえず良好にはなっている。

数年前、お袋が亡くなったと櫻井さんからの連絡で知った俺。
いがみ合ったまま…、いや、一方的に俺が避けて毛嫌いしていたお袋。

結局和解する事もなく、十数年顔もお互い合わせぬまま、当然会話すらないまま関係は消滅した。

母親の死に対し、涙一つ流さなかった親不孝者の俺。
果たして親父が死んだ時、俺は涙を流すのだろうか?

複雑な心境を抱えながら料理を進める。

2020/12/23 川越実家 自家製ビーフシチュー

何だか久しぶりの料理だな。
いつ以来?

「一応食えるけど、あんまし美味くねえな。コクがないんだな」
「朝っぱらからいきなりこんなもん作らせて、何て言い草だ! 準備も調味料も碌に揃っていないのに、美味いもんなんて作れる訳ないだろ。まあ残りは家の従業員たちに配ってよ」

「何だ、おまえは食わないのか?」
「あんまり自分の作った料理は食いたくないんだよ」

「変な奴だな」
「親父のほうがよっぽど変だよ! ちゃんと道具揃っていれば、俺は前にクックパッドでも料理検索一位だったんだよ!」

「クック? 何だ、そりゃ?」
「まあ何でもいいよ。シチューをみんなに配ってあげな」

親父にあげる分以上に作り過ぎたので、家のクリーニング屋で働く従業員たちにもすべて振る舞う。

まだ眠かったので部屋に戻り、再び眠る。

起きると腹が減っていたのでビーフシチューを食べに行こうと一階へ降りたが、すべて無くなっていた。
何だよ、まったく……。

仕方なく外へ出て立門前通りを歩く。
日活エロ映画館だった場所がホテルになっていて、一階は食べ物屋が色々あったので入ってみた。

2020/12/23 川越立門前通り 元日活エロ映画館跡地ホテル内

どの店にしようか迷ったが、ビーフシチューを食べられなかった悔いがあるので、ステーキにした。

2020/12/23 川越立門前通り 元日活エロ映画館跡地ホテル内

館内にいるほとんどの客が、昔この場所がエロ映画館だったなんて知らないのだろうとほくそ笑む。

2020/12/23 川越立門前通り 元日活エロ映画館跡地ホテル内

食事を終え、向かいにある冨久屋へ寄る。
朝方あのバカ親父がのカツ丼を食いたいとか言っていたよな……。

蕎麦屋のならきっと喜ぶだろう。
持ち帰りをお願いして、待っている間地方競馬をする。
できたてのカツ丼を持っていくついでに、親父へ小遣い一万円もあげた。

これが響き財布の金がそこそこ減っていたので、シンフォギアでこれから増やしに行こう。

ふざけんなよ、クソシンフォギアめ。
デュランダルでハズレかよ。

ふざけんな
何故このリーチで外れる?

また外れ?
本当にムカつくな

何で百九十九の一なのに五百回転以上いくんだよ?

あ、やっと来た!
シンフォギアー!

しかし単発終了。
どうやってこれで勝てと言うんだ?

あーあ、パチンコと地方競馬なんかやんなきゃ良かったよー。
ふん、クリスマスも正月も仕事して質素に暮らしますよ。

はー、新宿帰ろ……。


二千二十年十二月二十四日、木曜日友引。

十四年前の夢を見た。
本川越駅前で開業した岩上整体。
長く未だトラウマとなったあの時の事。

この日は不思議と大忙し。
次から次へと患者が続く。
百合子から電話が入る。
目の前の駅ビルのぺぺにいるというから、来るか来ないか聞くと「着たばかりだから、まだ色々見たいし…」と曖昧な返事。
患者の施術中だったので、「だから、こっちに来るのか、来ないのか、はっきりしてくれ」と言うと、「じゃあ、行くよ…」と返ってくる。
「何だ、その嫌そうなじゃあって言い方は?」
「そんな怒ったような言い方するから、今日は会いたくないよ」
「じゃあ、来なくていいよ……」
そこで電話を切り、患者の施術を続けた。

嬉しい悲鳴。
途切れる事なく続く患者。
三十代サラリーマンの施術を終え、次は二十代半ばの若いOL。
「ごめんなさい…、少しだけ一服させて下さいね」
「どうぞどうぞ、先生忙しそうですもんね」
患者の言葉に甘え、セブンスターに火を付ける。
少ししてから彼女の施術を始めると、整体のドアが開く。
見ると百合子だった。
後ろに娘の里帆と早紀もいる。
来ないと電話では言っていたのに、何故このタイミングで。
「ちょっと今、患者さんいるからさ……」
入口まで行き、小声で話す。
「白衣着て、先生なんて呼ばれて少し浮かれてんじゃないの?」
患者がいるのに何を抜かしてんだ、コイツ……。
「おい…、今患者がいるって……」
「ほんとあなたは自分に甘く、人には厳しいよね!」
「だから患者いるから止めてくれって……」
「いつも自分の事ばかりで……」
「いい加減にしろ! 今、患者さんがいるって、言ってるだろ!」
俺はドアを思い切り閉めた。
様子を見ていた患者は驚いている。
当たり前だよな。
俺は丁重にお詫びを伝え、施術料金を無料にした。

皮肉なもので、クリスマスイブ前日というのに患者はまだまだ続く。
休む暇もなく施術し、来た患者すべてをこなす。

終わったのは夜中の十二時を回っていた。
クリスマスイブか……。
携帯電話が鳴る。
百合子からだった。
先程の失礼な愚行に腹が立っていた俺は怒鳴りつける。
「あなたはいつもそう…。都合悪くなるとすぐ怒鳴る」
冷めた口調の百合子。
小説『忌み嫌われし子』をあそこまで罵倒され、今度は整体に娘まで連れて来て患者がいるのを知っていて大騒ぎ。
「里帆と早紀だって、あなたは怒り過ぎだって言ってたよ! あなたは自分の事ばかりで、イブだって正月の事だって仕事仕事で、私たちの事を何も考えていない。仕事って偉そうに言うけど、殿様商売で、患者なんか少ないくせに……」
さすがにコイツと付き合って行くのは無理だと感じた。
「もう別れよう……」
自然と言葉に出る。
まだ電話口の向こうでギャーギャー言うので、電話を切った。
俺は疲労感一杯で、そのまま診察ベッドへ倒れ込むように寝転んだ。

携帯電話が鳴る音で目が覚める。
あのまま整体で寝てしまったのか……。
起き上がると身体が怠い。
どうやら風邪を引いたようだ。
鳴り響くコール音。
時計を見ると、まだ朝の五時。
何だよ、こんな朝っぱらから百合子の奴……。

「別れる方向でいいんだよね?」
出た瞬間、怒鳴り声で百合子はまた罵ってくる。
もうウンザリだった。
あまりにもしつこいので、「おい…、喧嘩売ってんのかよ?」と静かに言うと「喧嘩売ってんだよ!」と喚き散らす。
もう本当に駄目だ……。

俺は携帯電話を切った。
少しして鳴る携帯電話。
放っておくと、切れてもまた掛かってくる。
俺は電源自体を落とし、通話不可能な状態にした。

約二年半……。
これで俺と百合子のつき合いは終了した。
三十五歳のクリスマスイブだった。

不意に起き上がり壁に頭をぶつける。
どこだ、ここは?

「……」

何を寝惚けているんだ。
アスクルームの中じゃないか。

深い溜め息をつく。
あれは二千六年、十四年も経つのに未だ悪夢のように当時の状況が蘇る。
まだ朝の六時。
一時間も寝ていなかったのか。

「チッ!」

隣りから舌打ちが聞こえた。
明らかにワザと大きく。

慌てて起きて、狭いから壁にぶつかっただけだろうが。
こんな事でワザと舌打ちを嫌味っぽくしてくるのか、隣りの奴は?
神経が騒めき出す。

ひょっとして俺は、こんなウサギ小屋へ住む底辺から喧嘩を売られた?
年を取り丸くなったから、あれだけ研ぎ澄ませた肉体から暴威のオーラが無くなったから?

右の拳を思い切り握り締め、バキボキと靭帯の鳴る音がする。
特殊能力でもないが、俺は拳を握り締めるだけで何度も出このような音を鳴らす事ができた。

これは威嚇行為ではなく、俺からの警告でもあり恩情。
実際の喧嘩になれば、相手を壊す事は簡単だ。
だからそうなる前に、この時点で相手に分かってほしい時だけあえて鳴らす。

「うっせーなぁ……」

「……」

今明らかに俺へ向けた呟いたものだよな?
部屋の外へ出て、通路を歩く際隣りの部屋のドアを拳で強めに叩く。
そのままベランダへ向かいセブンスターに火をつけた。

少しして隣りの部屋のドアが開き、身長百六十センチ三十代半ばぐらいの冴えない男が出てくる。
こっちを見て睨みながら向かってきた。

俺は一瞬だけニヤリと口元を歪め、さらにベランダの奥へ向かう。

すると男はドアを開け、足音を鳴らしながら俺の傍へ来た。
近くで睨み付けるだけで無言の男。

坊主頭に近く中途半端な顔立ち。
この寒い中、白いタンクトップ姿なのは、肩口に見せる筋彫りを見せ威嚇しているつもりなのだろう。

十秒ほどその状態で時が流れる。

何だ、この滑稽な小者は?
この男、これまで生き死にの喧嘩をしてきた事がないのか。

強くならなきゃ殺されちゃう……。

だからヤクザの事務所へ連れて行かれた時も、矜持をまっとうした。

怖い事は怖いが、それを表に出すな。
命を張れ。

土壇場で、俺はそうやって死に物狂いで生きてきた。
駄目だろ、底辺まで落ちたからと心まで折れては……。

その領域だけは汚すなよ。

俺は大きくタバコをふかすと、大量の煙を男の顔目掛けて掛けた。

「お、おいっ!」

面倒なので右の拳を男の顔目前に置く。
そしてまた何度も靭帯を鳴らした。

「……」

急に視線を逸らし、男は黙る。
脅し行為は相手にとって効果抜群だったようだ。

身長さ二十センチ。
力の差は明らかに歴然。
人を壊せる拳。

「うるさいのはおまえだろ?」

静かに呟く。
こんな朝っぱらウサギ小屋の他の住民たちへ迷惑を掛けたくなかった。

「す、すいません……」
「あのさ…、こんな事でビビるなら、はなっから粋がるなよ? 集団生活なんだ。鼾だってする人間もいれば、あの狭い空間で身体が壁にぶつかる事だってある。それをいちいち舌打ちしていたら、喧嘩になるぞ?」

「は、はい……」
「一つだけ確認しておく。おまえ、これだけ体格さあるのに、俺とやるつもりなのか? だからこうして出てきたんだよな?」

「い、いえ…、そ、そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりだから、出てきたんだろ? 別にいいよ。ここじゃなくてみんなに迷惑掛からない外へ行こうか?」

「い、いえ、勘弁して下さい」

「人を見て態度すぐ変えるならさ…、くだらない威嚇とか舌打ち本当にやめたほうがいいよ?」
「す、すいません!」

「あとその中途半端な筋彫りは何? 俺をそれで威嚇したかったの?」
「い、いえ! そんなつもりは……」

「大声出すなよ」
「すいません!」

「もういいけどさ、最後に一つだけ。本当に謝る時はすいませんじゃなく、すみませんな? もういいよ、行きな」
「す、すみませんでした……」

変に媚びた半笑いのような泣き顔。
この小動物を虐めるのはこの辺にしておくか。

身を縮めながら部屋へ戻る男の後ろ姿を見ながら、俺の素人相手に大人気ないなと二本目のタバコに火をつける。

新大久保駅のホームで電車を待つ人々。
まさか目の前の建物のベランダで、こんな見苦しいいざこざが展開されていたなど気付く人間は皆無だろう。
俺は顔も知らない大勢の人間へ、コロナに掛かるなよと心の中で呼び掛ける。

全部吸い終わらない内に、あまりの寒さで挫けそうになり火を消して俺も部屋へ戻った。

もう一度眠り目を覚ますと、ちょっと遅いお昼時。
大明飯店も、営業時間を過ぎて中休みでやっていない。
仕方なく適当に歩く。

大久保駅近くにある中華苑がまだ開いていたので入ってみた。

2020/12/24 大久保通り 中華苑

メニューを見ると、ほとんどのランチメニューが七百円。
大明飯店より安いじゃないか。

2020/12/24 大久保通り 中華苑

豚肉と茄子の醤油炒め一択しかない。
茄子マニアとしてはどうしても外せない品だ。

2020/12/24 大久保通り 中華苑

味は美味くもないが、食べられなくもない。

この値段なので、文句もなく感謝するぐらいだった。
横浜の本田麗美華からのLINEが届く。
池袋のちかからLINEが届く。
短い返事をする。

大久保のスナックゆうこの南から来るも、コイツは無視。
一杯いいですかと言いながらワインのボトルを頼むような浅ましい女など、俺にはいらない。
それを言ったら麗美華のほうがやる事はエグいが、彼女はまだ可愛いからいいのだ。

それにしても飲み屋系の女ばかりだな。

どうも女性からメールあると思ったら、今日はクリスマスイブなのか。
ふん、ギャンブルに敗れた負け犬には無縁な世界。

ベランダでタバコを吸っていると、中口に似たアスクルームの管理人も吸いに来る。
人の良さそうな性格なので、どうでもいい世間話をしながら談笑。

「そういえば岩上さんの部屋の隣りの人、まだ契約残っているのに途中で出て行ってしまいましたね。近く部屋でも借りたんですかね? でもこれでちょっとは静かに過ごせるんじゃないですか」

中口似は俺を気遣うつもりで、その話題をたまたま口を話したのだろう。

「まあ一ヶ月で二万円という安さですからね。俺もマンション近くで見つかったら、その時点で出て行きますよ」
「申し訳ないです。本当狭い造りで……」

あの筋彫りチビ、出て行ってしまったのか。
可哀想に、アーメン。

何故か幼い頃映画館で観た映像が、リアルに頭の中で蘇る。
お笑い漫才師のツービートの片割れビートたけしが出ていると話題になった『戦場のメリークリスマス』。

丸坊主のビートたけしをスクリーンで見て「メリークリスマス」と話す姿が酷く滑稽に見えた。
退屈な映画なので、内容はほとんど覚えていないのにな。

子供ながらあの映画の音楽を少し聴いただけで、身体がしびれるような感覚を覚えている。

俺が三十歳になって習いに行ったピアノ教室『くっきぃず』。
ザナルカンドを弾けるようになり、他の曲を即興で教えてもらった時に引いた曲が、この『戦場のメリークリスマス』と『マイフェイバリットシングス』だった。

何で俺は、主に右手メインだけの拙い演奏を残しておかなかったのかな。
戦場のメリークリスマスだって、あの簡単な曲なら最初のほうだけ弾けたのに。

後日ピーちゃんにあの戦場のメリークリスマスという曲は、坂本龍一が作曲し、その本人も映画に出ていたと教えてもらい、そこが一番驚いたものだ。
何故なら坂本龍一といえば、あの忌野清志郎と『いけないルージュマジック』を唄いながら男同士でキスをした変な人というイメージしかなかったからである。

いやいや、あの時って戦場のメリークリスマス目的で映画館へ行った訳じゃない。
あれはスピルバーグの『E・T』を叔母のピーちゃんに連れてもらった時だったっけ?
だとすれば小学校五年生か六年生の頃。

「……」

まだあの頃ってピーちゃんに世話になり、可愛がってもらっていたんだったっけな……。

メリークリスマス
俺はシンプルにフェイスブックへ投稿をした。

さて、仕事へ行くとしよう。


二千二十年十二月二十五日、金曜日先負。

世間では恋人たちがお互いの愛を確認し合う甘い時間を過ごす中、俺は元新宿クレッシェンドの箱の中で裏稼業。
日が明けてクリスマス。
もう人生半ばに来た俺に、そんな甘いものは必要無いぜ。

内心そう強がりつつ、客の帰ったテーブルを掃除する。
はあ…、ちかとか新宿まで会いに来てくれないかなー……。

仕事を終えると、聖なる日とは反比例した虫小屋のアスクルームへ到着。
シャワーを浴びて出ると、また例の不細工な女が洗面所で自分の顔を眺めていた。

そんなに穴の開くほど見つめたって、それ以上可愛くなることはないんだぜ、セニョリータ。
君もクリスマスなのに、こんな閉鎖された空間にいるのかい、ベイビー。

でも、もし今日このタイミングでやらせてくれると言ったら、やっちゃうかもしれないな。
ああ…、俺って何て節操がないのだろう……。

「……」

いやいや、アレだったらまだ安い風俗行ったほうがいい。
何を弱気になっているのだ?
しばらく女にモテていないから?
あまり自分を卑下するな。
自身の価値をこれ以上落とすな。
とりあえずとっとと寝ようじゃないか。
多分睡眠が足りていない証拠。

しかし昼に目を覚まし、もう一度熱いシャワーを浴びる。
クリスマスなので、大明飯店へ向かう。

日替わりサービス定食の味噌ラーメンとカレーライスを頼む。

2020/12/25 新大久保 大明飯店

「お兄さん、最近よく来るね。この辺の人なの?」

大明飯店のおばあさんが声を掛けてくる。
まだ数回程度しか来ていないはずなのに、顔を覚えてくれたのか。

「川越に家はあるんですけど、今はこの辺で仕事なのでホテル住まいなんですよ」
「あれま! こんなご時世なのに豪勢な事だねえ」

一体あのウサギ小屋のどこが豪勢なのか。
俺が見栄を張り、嘘というか大幅な誇張をしたからか。

足の悪いおじいさんと夫婦。
そして無口で愛想の無い息子と三人で営むラーメン屋。
何だか暖かい店だな。

これもまた一期一会か。

聖なる夜にラーメンとカレー。
今の俺にはピッタリお似合いだ。

さてもうひと眠りしてから、インカジ『レディ』へ出勤するとしますかね。


二千二十年十二月二十六日、土曜日仏滅。

仕事を終え、アスクルームへ帰る。
今日は今年最後の休み。

川越に帰っても、金を使うだけなので近くの大明飯店で食事をしたあと、狭いウサギ小屋で大人しく過ごす。
明日の為に少しでも邪念を入れず、清らかに過ごしたいのだ。


二千二十年十二月二十七日、日曜日大安。

日付けが変わりジャンバーを着込んでベランダへ向かう。
セブンスターに火をつけながら、誰もいないひっそりとした新大久保駅のホームを見た。

2020/12/27 新大久保 アスクルームベランダ

住んでいる場所のベランダから見える光景。

2020/12/27 新大久保 アスクルームベランダ

この外の景色だけは写真を撮っておいてもいいんじゃないか?
さすがに室内は恥ずかし過ぎて無理であるが。

今日は有馬記念。
俺がどれだけこのレースを得意としているか。
多くの人々はそれを覚えているだろう。

三連単配当、五万七千八百六十円。
千三百円買っているから十三倍だと?
約七十五万…、正確には七十五万二千百円。

一年前のあの時。
それだけではない。

おじいちゃんが亡くなった二千十四年もそう。

え、馬連四と六?
俺、確か買っていたよな?
ネット投票のページにログインすると、凄い金額の数字が見える。
誕生日絡みで馬券買ったら、一番いいのが当たっていた。
馬連四六で、一万二千三百五十円。
四千六百円買っているから、その四十六倍……。
五十六万八千百円
何だ、この展開は?
神様っているんだなあ……。

過去、窮地に陥って絶望の最中救ってくれたのは、いつだって有馬記念。
レディで働く俺にとって、別段今は窮地でも何でもない。

だがこの辺で、一発逆転の人生がそろそろ訪れてもいいんじゃないのか?
群馬の先生に言われた事を思い出す。

「あなたは神に選ばれた人間です。なので、これからもより試練が降り注ぎます」
最近は落ち着いたとはいえ、ここまで色々な事を掻い潜ってきたのだ。
さらに試練?
冗談じゃない。
「先生…、神と話せる、もしくは意思疎通できると言うなら、別に俺を選ばず平穏無事でいさせてくれと伝えといて下さい。もう、これ以上嫌な目に遭いたくないです」
嘘偽りなく本音を言う。
しかし俺の言葉に対し、先生は意地悪そうに微笑むだけだった。

あの時俺は群馬の先生へ平穏無事がいいと伝えたはず。
だが返事をしてくれなかった。

結果ヘドロにまみれるかのように、地獄の底を何度も歩いてきた。
いい加減報われたっていいんじゃないのか?

祈るような気持ちのまま、部屋の中でジッと時間が過ぎるのを待つ。
そろそろレースも終わり、結果が出た事だろう。

「……」

買い目が、一着三着四着五着?
何なの、この二着に来たサラキアってクソ馬は?

神様は微笑んでくれなかった。
しばらく賭け事は辞めよう。
去年の有馬記念から、ここまで負け続けると思わなかった。

仕事行くの本当に嫌だな……。


二千二十年十二月二十九日、火曜日先勝。

あー、東京大賞典も負けた……。

去年とえらい違いだな。
新大久保駅近くのエスパス行って、パチンコも負けた……。

シンフォギアの馬鹿野郎。
爪の垢に火を灯すよう懸命に働こうじゃないか。

でも肉が食べたい。
安い店でいい。

大久保通りを歩いていると、フレッシュネスバーガーの二階に肉の丼専門店を発見。

券売機で食券を買うタイプの店か。
期待せずに頼み、出てきた焼肉丼を食べる。

え、何これ?
かなり美味しくないか?

でも食べ途中だし、写真を撮っていない。
明日もまた来ればいいか。

今日はインカジ『レディ』では最後の出勤。
店は五日間の休みに入るが、俺は三十日休みの三十一日と元旦を系列店の『ダウンロード』へ遅番のヘルプ。
一月二日は休み、三日を早番のヘルプに回される。

「こんなシフトなら、岩上さんをそのまま遅番で五日使えばいいじゃないですか。大晦日や元旦とか、みんなが出ないような嫌な時だけ使って……」

店長の斉木が、このシフトへ怒りを滲ませながら言ってくれた。
内心それは俺も思っていたが、入って一ヶ月ちょっとの新人なのだ。
居場所を確保してくれているだけで本来有難い話。
俺を気遣い斉木がそう口にしてくれただけで、充分救われた気持ちになれた。


二千二十年十二月三十日、水曜日友引。

来年からレディは、本来の三交代シフト編成に切り替わる。
今年最後になる斉木や湯浅、片屋敷と「良いお年を」と言い合い、店をあとにした。

みんなは正月休暇、俺は系列店のヘルプ。
さて、今日の休みはどうするかな。

仕事明けすぐに眠り、夕方までゆっくりしてからアスクルームを出る。

昨日偶然寄ったら本当に美味しかった店『肉劇場』。
せめて今年最後の休みぐらい、美味いものを食べたい。
ぶっちゃけ毎日あそこでもいいほど。
こんな目と鼻の先にあんな店があったなんて、俺はそこそこ果報者。

希望に胸を膨らませながら大久保通りを歩く。

「あれ?」

店の前に行くと、何故か暗い。
ひょっとして年末年始で休み?

そう思いながら階段を上り二階へ向かう。

「えー、そんな……」

入口にある張り紙を見ると、今日で閉店らしい。
昨日が最後の営業だったのかよ……。

有馬記念にも惜敗し、寝場所はウサギ小屋。
唯一光になろうとしていた店は、いきなり閉店。

長年働いたラッキーハウスを辞めるわ、特定の女もできないわで、何だか二千二十年は散々な年だったな。

ちょっとだけ切ない気持ちになった。

唯一の希望は、大場系列で働けている事。
明日の大晦日を出勤し、俺はインカジ『ダウンロード』の店内で年越しをする。

まあ人生なんてなるようにしかならないか。
時流の流れに沿って。

年末で開いている店も限定されている。
俺はアスクルームの一階にあるまいばすけっとで、ミートソースやバターロールを買う。

一旦外に出てから、缶酎ハイぐらい買って部屋で酒でも飲むかと数本買いに戻る。
あと一日で今年も終わりかよ。

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