闇 511(自分の居る場所編)
闇 511(自分の居る場所編)

2026/04/01 wed
※この作品は、因果律に業を混ぜた小説です
前回の章

二千二十年十二月二日、水曜日先負。
ボーっと携帯電話でフェイスブックを見ながら、ヤスのカガヤカフェに行きだして一年前経ったのを知る。
明日はちょうど休みだし、川越へたまには顔を出すとするかな。
八卓のインターホンが鳴る。
「はい」
同時に立ち上がった湯浅を手で制し、キャッシャー室を飛び出す。
俺が遅番で一番年上であるが、一番後に入った新人でもある。
誰よりも率先して動き、やる気を見せたかった。
忙しいと時間が経つのを本当に早く感じる。
気が付けばもう十二時を回ろうとしていた。
二千二十年十二月三日、木曜日仏滅。
レディの遅番は、夜中の一時頃で忙しさが決まる。
この時間を過ぎて残る客がたくさんいるほど多忙な業務になるが、深夜の入客は基本的に少ない。
この日は粘る客が多く、朝まで忙しいままだった。
店を出ると、ウサギ小屋のアスクルームには行かず、そのまま西武新宿駅へ向かう。
あんなところで寝るぐらいなら、家に帰って寝たほうがまだマシだ。
電車の中でウトウトしてしまったので、いまいち眠くない。
それでもまだ朝の七時にもなっていないので、自分の部屋で横になる。
目を覚ますと十時になっていた。
パチンコのパラッツォへ行き、シンフォギア2を開始。
何だこれは?
五百円で三回転?
あり得ないだろ……。
台を変え、初代シンフォギアやると五百円で当たる。
しかし最終決戦で負け。
そのあとすぐ数回転で当たり、また最終決戦負け。
何だかなあ、この店も。
呆れながらハンドルを回す。
するとまたすぐ数回転で7が揃い、それから驚異の十八連荘。
四千円が六万五千五百円になった。
川越に戻って来た甲斐があるものだ。
そのままカガヤカフェへ向かい、コーヒーを飲みつつ、レモンサワーとジントニックに移行。

夕方ぐらいまでダラダラと飲み続ける。

腹も減って来たので会計を済ませ大正浪漫通りに出ると、ちょうど隣りのスガ人形店で栄治さんがシャッターを閉めるところだった。
「もう終わりですか」
「ああ、智ちゃん、こっち帰ってきていたんだ」
「あ、栄治さん、飯でも行きます?」
「構わないよ」
近場でサクッと行ける場所という事で、お好み焼き屋『かぶや』へ入る。

いつもの豚玉に太麵焼きそばを注文。

大久保での生活を話しながら鉄板の上で焼き出す。

濃厚なソースを塗り、マヨネーズを掛ける。
鰹節に青海苔を振り掛け、四つに切り分けた。
その横では焼きそばがいい感じでできている。

久しぶりに粉ものを食べた感じだ。
結局この日はそのまま盛り上がり、バーのリバティ―へ行き終電を逃がす。
どっちにしろ明日の仕事は夜からだもんな。
今日は家に泊まり、夜になったらそのまま出勤すればいいか。
二千二十年十二月四日、金曜日大安。
目を覚ますといつもと違う天井が見える。
そうだ、川越に帰っていたんだっけ。
見慣れたはずの自分の部屋。
大久保のアスクルームの薄暗い天井に比べれば、どれだけ天国だろうか。
昼過ぎにカガヤカフェに顔を出し、コーヒーを飲みながらヤスと談笑。
ギリギリよりも早めに新宿へ行ってゆっくりしてから出勤のほうがいいよな。
帰り道、地元で何食べようか迷いつつ、クレアモールを歩く。
今のアスクルームだと西武新宿線の本川越駅から行くより、東武東上線の川越駅から池袋。
そして山手線で新大久保駅で降りたほうが全然近い。
デパート丸広を過ぎ、右手の細い路地を見ると、山田食堂の看板が見える。

こんなところにそういえば昔から定食屋あったよな。
今でこそ小綺麗になったものの、この周辺は昔古本屋が二軒も三軒もあった。
昭和時代までだったっけ?
ブックオフやら大手古本屋ができてから、本当に個人店見なくなったもんな。
そんな事を考えながら、いつの間にか路地を曲がっていた。
メニューでも見てみるか。

え、日替わり定食六百五十円だけど完売?
まあ他の定食類は八百円か九百円。
ここでいいか……。
メニューを見ながら目が留まる。
茄子の素揚げ生姜醤油だって?
最もシンプルかつ俺が一番愛すべき茄子の調理方法。
これを満たすのは蒲田にある井戸屋ぐらいしかなかった。
当時イワカミ工業で神奈川県川崎市の離れ小島で仕事を終えた帰りだった。
送ってくれる人間の都合でいつもの川崎駅なく、一つ隣りの京急蒲田駅でおろされた俺。
目の前に見えるアーケードの商店街に惹かれ、探索した時見つけた定食屋。
俺はあの時のフェイスブックへ載せた投稿を未だハッキリ覚えているほど、井戸屋を今でも愛している。
二千十六年六月十五日、水曜日先負。
うー、この興奮と感動をどう伝えればいいのだろうか……。
仕事帰り、たまたまふらふら歩いていると、京急蒲田駅近くのアーケード街にいた。
ちょっと小腹空いたなあと、商店街の食事処を眺めていると『井戸屋』というごく平凡な食堂がある。
値段はどれも良心的で、高い定食でも七百五十円くらい。
ハンバーグ定食なんて、六百三十円なのだ。
まあそれが千円でも千五百円でもハンバーグは頼むけど、とりあえず頼んでみた。
見た目はオーソドックスなデミグラスソースのハンバーグに、山盛りのキャベツと端に切干し大根、お新香の付け合せが。
たまたま入った店なので、大した期待もせず写真も撮らず、ハンバーグ一切れを口に放り込む。
ガビーン……!
こんな平凡な定食のハンバーグなのに、何て美味しいのでしょうか……。
写真を撮れなかったのを本当に根底から反省した。
あのね…、今まで食べた数しれずのハンバーグの中で、一番美味しい……。
この味で六百三十円で本当にいいの?
余韻を楽しみつつ店をあとにするも、またあのハンバーグを食べたくなっている自分がいた。
とりあえずアーケード街を端まで歩き、JRの蒲田駅まで向かう。
「むぅ……」
何故か私は回れ右をして、また京急蒲田駅の方向へと歩いていた。
時間にして十五分ほど経っただろうか?
そんな短いスパンでまたあの定食屋へ入り、「ハンバーグ定食下さい」なんて注文したら、店の人はきっと私を変人だと思うかもしれない……。
いや、思われるだけならまだいい。
警察呼ばれたらどうしよう……。
一人で短時間で二回行こうとするからおかしいのだ。
つまり誰か誘えば、別段自然的な微笑ましい光景に違いないだろう。
そこで暴れん坊将軍石川っちに電話をしてみる。
「……」
むう、出ない。
二十数年以上の付き合いある先輩の岡部さんに連絡。
何と地元の川越にいるから無理と断られる……。
横浜のぶんむくれ番長の唯ちゃんに電話。
何?
これから夕食の支度だと?
そんなものとハンバーグとどっちが大事か分かっているのか、あのアマめ……。
そんな状況下の中で、今日は何とか我慢して、また明日行こうと必死に自分を灘める。
ここで軽く深呼吸を一度。
少しだけ自分が大人に近づいたような気がした。
こうやって人間は年を取ると共に熱い心を忘れ、どこかで自身が傷つかないよう妥協点を見出していく悲しく哀れな生き物なのである。
明日まで我慢、本当にできるのか?
そこだけが心配な今日この頃……。
確かあの衝撃が忘れられなく翌日も行ったよな。
そんな事を思い出しながら目の前に置かれる茄子の素揚げ定食。

これよ、これこれ。
茄子を半分に切り、油で素揚げしただけのシンプルさ。
おろし生姜に醤油を掛けて食べるだけ。
小学二年生の冬、お袋が家を出て行って俺が初めて作った料理がこれだったもんなあ……。
いつもなら小遣いの百円を連繋寺のピープルランドへ行き、インベーダーゲームをして終わるのが、途中にある後輩金子修一の実家『金子八百屋』で茄子一山百円という値札を見て、思わず買ってしまったあの頃。
七本か八本の茄子をまな板の上に乗せ、包丁で半分に切る。
あとは油で恐る恐る揚げるだけ。
おばあちゃんが途中まで心配で後ろから見ていてくれたっけ。
親父が台所に来て「女みてえな真似してんじゃねえ」と殴られ、泣きながら初めての料理を作った。
あれからだろう。
俺が一番の好物が茄子となったのは。
大久保のアスクルームへ帰ると、狭いスペースの部屋で横になる。
あんな簡単な料理さえ、俺はもう作れる環境にいないんだもんな……。
かつて毎日のように楽しんで料理を作っていた横浜時代を懐かしく思う。
早く金貯めて、こんなウサギ小屋出て部屋を借りないとな。
深谷さんから着信が入る。
室内での通話は禁止なのでベランダへ出た。
内容はゲーム屋ラッキーハウスの愚痴。
恩義ある人であるが、俺はこれからあと少しで仕事なのだ。
しかも本当に外は寒い。
タバコを二本吸う時間だけ話に付き合い、仕事へ行くと言って電話を切る。
もう辞めて関係の無い店の愚痴をこぼされてもなあ……。
こんな場所にいるなら部屋を探してやると言ってくれるのは嬉しいけど、そこまでの金がないんだよ。
恥ずかしくて深谷さんには言えないが。
再び部屋へ戻り、携帯電話でインターネットを見ていると面白い記事を見つけた。
インド人十四歳の少年の預言が的中して世界で話題。
その子の名前はアビギャ・アナンド。
地元では神童と呼ばれており、占星術師らしい。
ことの発端は、彼が二千十九年八月二十二日に投稿したユーチューブから。
アメリカのオンライン紙『International Business Times(四月四日付)』
が取り上げた事により世界的に有名に。
彼は『二千十九年十一月から二千二十年四月に世界が直面する危機』というタイトルの動画の中で……
● 二千十九年十一月からウィルスによるパンデミックが発生する
● 二千二十年三月から四月にピークに達し、世界は非常に困難な時期を迎える
● 経済から航空サービス分野まで世界は様々な困難に直面する
● これは、五月二十九日以後徐々に収束していくが、六月末までは良いニュースがないを見事に言い当てたようだ。
それだけでなく、それ以降の予言もしているのが凄いところである。
● 二千二十年十二月二十日から新種のウィルスが多数出現する
● 二千二十年十二月二十日から二千二十一年三月三十一日までの期間は、スーパーバグ(超耐性菌)が現れる
● そのウィルスが、本当の致命的なものになる
その恐ろしさとは……
・世界で同時多発的に発生
・一日から二日、または数時間以内に死亡
・感染経路も分からない
・いかなる予防措置も効果がない(治療薬もない)
● これは、人間の共業(=集団としての責任)によって起こる
アナンド・アビギャ君が去年八月に預言していた動画。
このコロナを予言したって凄いな。
しかも来年の状況まで……。
予言なんて本当に可能なのか?
俺は新宿クレッシェンドが文学賞を取る前に鹿島神宮へ何故行かないと言われた群馬の先生を思い出す。
いやいや、占いや予言の類いを鵜呑みにしたところで、すべてが万能などあるはずがない。
群馬の先生が「この本数年後面白いわよ」と言ったように、本当に俺の小説は世に出た。
だが、神に選ばれたと言った先生。
億単位の金だって入ってくると言われ、そこを宛てにしながら生活したからこそ生活苦に陥ったのだ。
何故なら出版した二千八年から二千二十年の十二月になっても、出版社のサイマリンガルは一円も印税を払わなかったのだから。
そして俺が再び歌舞伎町へ戻った。
だから地獄が始まり、死の淵まで一時追いやられたのだ。
今じゃこんな空間で寝起きして、本当に負け犬感満載。
どこからか鼾が聞こえてくる。
本当天井ぐらいつけてくれよな……。
さて、そろそろ仕事の時間か。
今日も張り切って頑張るとしよう。
二千二十年十二月五日、土曜日赤口。
インカジ『レディ』で待機中暇だったのでフェイスブックを眺めていると、去年の今日、大井競馬で万馬券当て二十七万当て、パチンコではAKB48で十万勝ち。
そしてスタッフに鰻を奢ったら落としてしまって、鰻代だけで三万以上掛かった苦い思い出が出てきた。
あの時ラッキーハウスへ小田川と遊びに来ていたオーナーの酒井さん。
俺の落胆した表情を見て大笑いしていたっけ。
そんな酒井さんは、未だ警察で拘留させられたまま。
もうあれから一年も経つのかよ……。
俺は当時を思い出しながら携帯電話の画面を湯浅に見せる。
「凄いですね! 自分、競馬当たった事って一度もないですよ」
「俺はその分、滅茶苦茶負けてはいますけどね。でも今日はいい運気が乗っている気がするんですよね。さて、今日はその再来と行くかな」
仕事を終え、買える馬券を購入しウサギ小屋で眠る。
深谷さんの電話で目を覚ますも、寒空へ出るのが嫌だったのでやり過ごす。
競馬で百万当たったと興奮して飛び起きる。
近隣の仕切り部屋のどこかから「チッ」という舌打ちが聞こえた。
イラつくも間違っているのは俺のほう。
息をひそめながら何のレースが当たったんだと携帯電話で確認する。
現実はただの夢だった。
諸行無常の響き在り。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。
こんな言葉が頭の中でリフレインしていく。
平家物語だっけ?
何で俺はこんなどうでもいいものを未だ記憶しているのだろう。
仕事までもう少し寝ておくか。
俺は携帯電話を放り投げ、横になる。
またどこかで舌打ちが聞こえた。
二千二十年十二月六日、日曜日先勝。
レディのシフトで片屋敷が休みを返上して出勤するというので、急遽俺が休みを取る事になった。
仕事が終わり道を歩いていると、気付け何故か電車に乗っていた。
あのアスクルームに住んでいる事自体がストレスになっているのだろう。
無意識の自分の行動が少し怖い。
いっその事また川越から新宿まで通うか?
いや、それだとコロナ感染が怖いしな。
そんな事を考えながら本川越駅に到着すると、まだ朝方なので実家へ帰り眠る。
起きてから日曜日なので岡部さんに電話をしてみた。
「いいけどちょっと用事あるから昼過ぎになっちゃうな。あとさ、今日はまだ予定あるから、そんなに一緒に飲めないぞ?」
「全然構わないですよ。たまたま川越帰ってきたから連絡したんで」
まだ三時間ほどある。
せっかくの川越だからヤスのところへ寄っていくか。
カガヤカフェに行くと櫻井さんがいたので会話が弾み、コーヒーのつもりがいつの間にか酒を飲んでいた。
「あ、智一郎。俺もそろそろ店開けるようだから先出るわ」
まだ時間あるなあ。
待ち合わせ場所が川越駅だから、クレアモールの先にあるパチンコ屋に入って時間を潰そうと思ったのが間違いだった。
一万円で二百回転が目途なのに、百六十回転しか回らない台。
二万円目も酷い有様。
俺は椅子を蹴飛ばして店を出て、そこで岡部さんとようやく合流する。
競馬の話になり、馬券を買いながら酒を飲んでいるとすべて外れ。
岡部さんと別れ、駅へ向かう途中、競馬は駄目だなとまた先ほどのパチンコ屋へ行き、さらに負け。
あー、川越なんか帰んなきゃ良かったと俺はフェイスブックへ苛立ちの投稿をして電車に乗った。
二千二十年十二月七日、月曜日友引、大雪。
インカジ『レディ』でインターネットを眺めていると、とうとう川越でもコロナ感染が出たようだ。
野田中でクラスター。
川越の知り合いは当然知っているだろうけど、あえて俺はフェイスブックで注意を促した。
野田中といえば、俺が中学生になる少し前にできた新設中学校だもんな。
我が母校富士見中がじゃなくて本当に良かったと思う俺は、鬼畜なのだろうか?
コロナも身近でこう感染と聞くと、本当に他人事じゃない。
本当にこの騒ぎはいつ治まるのだろう?
インド人の少年の予言通り、来年になってから?
馬鹿馬鹿しい。
そんなもの宛てにあるもんかよ。
仕事を終え、いつものようにアスクルームへ帰った。
ウサギ小屋で寝ていると、誰かの鼾で目が覚める。
生理現象だから仕方ないのを分かった上でもムカついてきた。
何故なら俺に向かって舌打ちした奴の鼾かもしれないからだ。
壁を蹴飛ばしてやるか。
いやいや、それだと俺がただの迷惑宿泊者になるだけ。
気分転換に外へ出よう。
ついでに食事も。
腹が減っているからこう気が立ってしまうのだ。
大久保通りを真っ直ぐ歩き、喫茶店『ラ・ムー』へ向かう。
注文はお決まりのハンバーグ。

ラッキーホステルから離れてしまったので、ここへ来るのもそこそこ久しぶりな感じがする。
暇だと食べる事ぐらいしか何もする事がない俺は、大井競馬の出走表を眺めながら適当に賭けてみた。
あのウサギ小屋からの脱出資金を稼がねばならないのだ。
結果ガチガチ配当ですべて外れ。
いい加減にしろよ、本当に……。
自分の馬鹿さ加減にはほとほと呆れる。
フェイスブックで宣言をして自身を戒めよう。
有馬記念まで一切のギャンブル禁止。
二千二十年十二月八日、火曜日先負。
一体この大部屋で区切られたパテーションの中に何人の人間が住んでいるのだ?
それぞれ生活時間が違う為、室内は常に暗いまま。
そして常に聞こえてくる誰かしらの鼾や歯軋り。
ちょっとした拷問部屋にいるみたいな感覚。
ベランダへ出てタバコを吸うも、寒くていつまでもいられない。
シャワー室へ入り、熱いお湯を身体に掛ける。
ゆっくり湯船に浸かりたいなあ……。
本当競馬なんてやってないで、早くこの掃き溜めから脱出しないといけない。
深谷さんから電話が掛かってきたので、出勤まで二時間早かったが外へ出る。
内容はまたラッキーハウスの愚痴。
ある程度話を聞いて電話を切った。
次は山下哲也からの着信。
この馬鹿は店の従業員の愚痴を延々と話してくる。
「今さら辞めた俺にそんな事抜かすなよ、ボケ!」
「だって内情を詳しく知っている人って、誰もいないじゃないすか。岩上さん、ラッキーハウスに戻って来て下さいよ」
「ふざけんなって! 俺はもうレディで働いてんだから。まだ従業員入ってこないのか? 本田は少しは使えるようになったのか?」
「ダッチはヨッピーコレクションと揉めて店を辞めましたよ。新しい人というか、前にいた世永さんって人が戻ってきましたけどね」
「世永? 世永ってメガネを掛けた大人しそうな奴か?」
「そうですそうです! 岩上さんの事知ってましたよ」
「だってあいつも昔、俺たちのワンオン系列の十円レートの店で働いていた事あったからな。あいつの兄貴なんて、俺が歌舞伎町へ初めて来た時一緒に働いた人間だよ。別の店だけど」
「え、そうだったんすか? 世間て狭いすね」
「でも本田は何で吉岡と揉めたんだ? あいつ、大人しいだろ?」
「ヨッピーコレクション、あの野郎ちょっとパソコンで店内の貼りものを作れるからって図に乗ってんすよ。何で岩上さん、あんな奴にスキルを教えたんすか!」
「おまえにも教えようとしたら、嫌がったんだろうが! もう俺はあんな店辞めたんだよ。下らねえ事で電話してくるな」
強引に通話を切るも、まだまだ出勤まで時間があった。
大久保周辺をブラブラ歩いていても寒いだけ。
かといってあの狭い空間へ戻ろうと思えなかった。
飯でも食って凌ぐか。
歌舞伎町まで歩き、久しぶりの牛カツ『あおな』へ入る。

仕事前だから酒を飲む訳にもいかず、食事だけにしておく。

チキンソテーと牛カツのセットを注文。
鶏が食いたい訳ではなく、値段の安さで決めた自分が情けない。
さて、今日も頑張って仕事へ行ってくるか。
二千二十年十二月九日、水曜日仏滅。
深夜になり客足も落ち付いたレディ。
ゲームも飽きるとフェイスブックを眺める。
過去の思い出で、五年前の今日が出てきた。
二度目の横浜時代、忌々しいあのレオパレスのマンションで生まれた十姉妹の子供たち。
あの地獄のような日々を何度マゲ一家には癒され、救われてきたのだろう。
ラッキーハウス時代、何度もマゲたちと一緒に住む為に部屋を借りようとして、競馬や女につぎ込み結局何もできなかった俺。
何故鳥の寿命は短いのかなあ。
いや、自分がした行為を誤魔化すなよ。
俺が二度目の横浜から川越に帰ってきた時、家にはピーちゃんの飼う猫がいた。
仕方なく弟の徹也が管理する家の目の前の駐車場管理室に預けた。
何かと金銭を要求してくる徹也に嫌気が差し、顔を合わせるのが嫌で自然と足が遠のいた。
俺が馬鹿な事をしている内に、あの子たちは寿命を迎えた。
「あれ、岩上さん何か暗いですよ? どうしたんですか?」
「あ、湯浅さん、昔飼っていたペットを思い出してしまって」
「自分も家で犬飼ってますよ。毎日帰ってからの散歩が大変ですけどね」
「犬はそれがあるから大変ですよ。俺は鳥だったんで餌と水ぐらいで済みましたけどね。見て下さいよ、これ。手の平に乗っているのって、十姉妹の卵なんですよ」

「え、これ卵なんですか? ちっちぇー! まるで北斗の拳に出てくる山のフドウみたいじゃないですか」

「俺も初めて見た時、同じ事を思いましたよ」
俺と湯浅は顔を見合わせて大笑いした。
二千二十年十二月十二日、土曜日先勝。
再び喫茶店『ラ・ムー』へ入る。
今日はいつも入口近くの席が埋まっていて、奥にあるカウンター席しか空いてなかった。
一番壁際へ座り、ハンバーグを注文。

一つ気になる事。
店の従業員がこれを頼むと、笑いを堪えるような感じでオーダーを受ける点だ。
別に毎回ハンバーグだっていいじゃないか。
悪い事をしている訳じゃないんだし……。
茄子の次に好きな食べ物なんだからしょうがないだろ。
それにしても、俺はここのハンバーグを何気に気に入っていた。
デミグラスソースにサラダもトマト、レタス、キャベツ、ポテトサラダと芸が細かいのだ。
そしてスープにライス、コーヒーまでついてくる。
これで千円しないのだから、本当に良心的な店だ。
食べ終わり店内を眺めると、皮肉にも客はかなり引いていた。

もう少し待ってから入れば良かったのか。
自身のタイミングを少しだけ悔しがり食事を終えると、ウサギ小屋へ帰って再び寝た。
今日もこれから仕事だ。
睡眠はしっかり取っておかないと。
二千二十年十二月十四日、月曜日先負。
今日は店長の斉木から頼まれ、初の四時間残業。
といっても合わせて十二時間労働なので、全然大した事はない。
片屋敷と共に残業だが、朝五時から九時までの時間は本当に暇で、客など誰も来なかった。
必然的に彼との世間話になっていく。
大場系列の凄い部分をまた改めて知り驚いた。
何故なら俺の時給は千五百円。
八時間で一万二千円。
しかし残業の場合、二百円時給割り増しで千七百円。
つまり四時間で六千八百円。
食事代も残業の人は二千円出るので、すべて合わせると十二時間働いただけで二万円を超える金額になるのだ。
交通費も出て、この給料。
ましてや俺はただの一従業員に過ぎない。
ここまで完成されたシステムを作ったオーナーの大場には本当に頭が下がる思いだった。
二十五で裏稼業へ入り、来年で五十歳と換算して約人生の半分をこの業界で働いてきた。
ここまでしっかり完成された組織は、見た事がない。
年齢とかでなく俺がこの店で一番の下っ端。
せっかく拾ってもらえたのだ。
日々感謝を忘れてはならない。
この精神を常に抱きつつ、仕事で返していくしか俺にはできないのだから。
帰り道も自然と足取りが軽かった。
本当にもっと早く大場系列で働けていたら、もっと人生は薔薇色だったろうに……。
西武新宿駅前通りへ出ると、見えるステーキハウス。
以前同級生の小谷野と行った店。

月曜日なのでステーキを食べてから帰るとするか。
以前来た時、あまり美味しく感じられなかったが、それでも今の俺にとってはご馳走だ。

食事を終え、アスクルームへ戻ると一気に現実へ引き戻される。
だが、池袋のキャバ嬢ちかからのLINEで少しだけ救われた気持ちになった。
さすがにこんなところで寝泊まりしているのは内緒にし、未だホテル暮らしと虚勢を張っている俺。
どうでもいい嘘をついて、俺は彼女に何を格好つけているのだろうなと惨めな気持ちになる。
それでも無情に時間だけは平等に過ぎ、夜になればまたレディでの仕事が待っているのだ。
二千二十年十二月十五日、火曜日大安。
「岩上さん、年末年始って何か予定ありますか?」
店長の斉木が突然話を振ってくる。
レディは五日間の休みに入るので、俺はその間どうしようか考えていた。
アスクルームで年を越すのは気分的に嫌だ。
かといって外で豪遊するような余裕もない。
では地元川越へ帰ると、今度は正月で親戚一同が押し寄せお年玉での出費がかさむだけ。
「特に何もないですよ」
「川越帰ったりしないんですか?」
俺は簡単に岩上家の家族間の仲の悪さを正直に話す。
お袋は小学二年生の冬出て行き、今は亡くなった事。
親父とは今では普通に話をするものの、昔は殺したくなるほど仲が悪かった過去。
弟だった貴彦の叔母ピーちゃんとの内緒の養子縁組。
唯一の弟となった徹也は裏でお袋から会社を立ち上げる際金を出資してもらっていた事実。
おじいちゃんが亡くなった時の醜い遺産相続問題。
何故か俺が悪者になる図式。
これらの理由で、できれば正月など家にはいたくないと打ち上げる。
「岩上さんの家も色々あったんですね……」
「まあこれで全部じゃないんですけどね」
「うちも男三兄弟で、自分が一番下なんですけど、兄とはほとんど絶縁状態なんですよ。親父が結構前ですけど、自殺しましたね……」
「え、自殺?」
「ほら、自分社会人野球好きじゃないですか」
「ええ、一生懸命何も分からない俺に、いつも話してきますよね」
「小さい頃親父に東京ドーム連れてってもらって、でもそれが巨人戦とかじゃなく、社会人野球だったんですよね、はは……」
「……」
自分だけが悲惨な人生を歩んでいる訳ではない。
これまでの考え方をしていた自身を恥じた。
生きていれば何かしら色々な事は起きる。
それでも人間は歯を食い縛って飯を食い、睡眠を取り、仕事をして金を稼がないと生きていけないのだ。
自分だけが大変だった訳じゃない。
四十九歳の中年男が、乙女座だから悲劇の主人公ぶったところで誰一人の共感など得られないのだから。
処女作新宿クレッシェンドで主人公の赤崎に、自身の遣る瀬無かった虐待の記憶をプレゼントし、そんな小説が文学賞を取って世に出したのだろ?
あれから十二年も経つのに、まだ俺は何か足りないのか?
もうお袋は死んだ。
恨みつらみも正直ない。
一体俺は何に対していつまでも、うじうじといじけているのだ?
いい加減自分に甘えるなよ。
小説にも甘えるなよ。
それどころかその文学さえも、今じゃ何年も離れたままだ。
裏稼業で俺は能力が高い?
いつまでチンケな過去の栄光にぶら下がっているつもりだ?
俺は底辺。
しかも裏社会の一番下の底辺が、今の俺の立ち位置なのだ。
もっとストイックになれよ。
これまで杜撰に何も考えず生きてきたからこその現状なんだから。
いい加減学べ。
いい加減気付け。
こんな駄目な男だから、女も寄って来なければ結婚だって一度もしていない。
「あれ、岩上さん? どうかしましたか?」
「あ、いえいえ、ちょっと馬鹿だった昔を思い出してしまいました」
「実は『レディ』は五日間店を休みなんですけど、同じ系列の『クイック』と『ダウンロード』は通常通り年末年始も営業するんですね。それでちょっと人が足りないみたいで、ヘルプを募集しているんですよ」
「ヘルプ…、ですか……」
「別に強制でも何でもないので、休みを取りたければ普通に休んで下さい」
まだ入って一ヶ月経たない俺。
いわば新人だ。
ここはやる気を見せておいた方がいいだろう。
「出ます! 俺は全部五日間出ろと言ったら出ますよ」
「そうですか。じゃあ上に岩上さんは出られると伝えておきますね。まだどっちの店になるか分からないんですけど。ただ、この系列って頭の大場さんがギャンブル好きじゃないですか」
「ええ、自分も池袋の時、大場さん来てくれていましたしね」
横浜へ行くきっかけとなった池袋のインカジ『バラティエ』。
十卓には、最近よく来るサラリーマン風の四十代の客がいる。
毎回五十万のINをしてくるので、普通のサラリーマンではないだろう。
かなりいい太客だ。
一服を終えた岩佐がホールに出てくると、十卓のサラリーマン風の客へ親しく話し掛けている。
こんな太客に何か失礼な事があるとマズいので、俺は近くで様子を伺う。
「知り合いなの?」
小声で岩佐へ尋ねる。
「前にいた店のオーナーの大場さんなんですよ」
大きな声で言う岩佐。
「馬鹿、そういうのを大きな声で言うんじゃないよ」
俺と岩佐のやり取りを振り向いて微笑みながらこちらを見る大場さん。
「お見苦しいところを大変申し訳ございません」
深々と頭を下げる。
「いえいえ、彼をよろしくお願いしますよ」
「畏まりました……」
こんな温和なオーナーのところにいたのに、今はここにいる岩佐。
やはりまるで使いものにならなかったのだろう。
まさか十年近く時間が経ち、俺があの大場系列で働くなんてな……。
「あれ、何か笑うところありました?」
「いえいえ、池袋時代だから二千十一年ですが、あの時大場さんにお願いして、この系列に入れてもらっていたら、人生変わっていたなあと思いまして。あ、ごめんなさい。大場さんが賭博好きで話の腰折ってしまいましたね」
「それで正月手当っていうのが決まってないんですよ。もちろん給料は普通に出ますよ」
「別にそんなのいらないですって」
「いえいえ、そうでなく五日間の売上でプラスになったら、そのニ十パーセントを出た人間で割ってもらっていいという感じなんですよ」
「どういう事です?」
「ほら、インカジって一人の太客が突然デカいの出してマイナスになる事だってあるじゃないですか? だから五日間働いてもマイナスなら、一円も正月手当は無いって事なんですよ。元旦とか働いて正規の給料だったら嫌になるじゃないですか」
「いえいえ、普通に給料出るだけでも構わないですよ」
「岩上さん、そんな気を使って出るとかじゃなくて、いいんですからね?」
斉木も、そこまで地獄を見た事がないのかな?
そう一瞬感じた。
あの二俣川の一ヶ月半働いて一万五千円だけだった地獄に比べれば、ぬるま湯に入るようなものだ。
「全然問題ないですって。普通に給料出るんですから、仮にマイナスで終わったとしても何の問題もないですよ」
こうして俺の年末年始は系列店でのヘルプが決まった。
今年から来年に掛けて俺は仕事で正月もない。
その前に一度川越へ戻り、栄じの店でマグろうかな……。

仕事を終え、眠ってからまた喫茶店『ラ・ムー』。

またまたハンバーグを注文。
店員がまた笑いを堪えていたのを察知する。

何となく悔しさを感じ、焼きそばも追加で注文した。

ふん、俺はハンバーグだけじゃねえぜ。
二つの料理を平らげると、ウサギ小屋で睡眠を取った。
二千二十年十二月十六日、水曜日赤口。
前回フェイスブックで知り合った花田のお勧めで来た牛スジカレー。
今日はラ・ムーばかりでなく趣向を変えた昼食にする。

豚鳥イカミックスの味噌焼き乗せカレーの大盛りを注文。

本当に安いし良心的な店だと感心してしまう。
コールスローは五十円。
カレーも並なら四百五十円から。
昼しか営業していないけど、行列できるのが本当に分かる。
今年もあと半月でおしまいか。
再びアスクルームへ帰ると、俺はゆっくり睡眠を取った。
二千二十年十二月十八日、金曜日友引。
喫茶店『ラ・ムー』にてハンバーグ。

もう笑われようが何だろうが、この店で俺はハンバーグでいい。
何故ならハンバーグは幸せを呼ぶからである。
あのラッキーハウスにいた頃の嫌な感覚を何も感じないのだ。
唯一の不安材料は一つだけ。
買ってまだ一年ちょっとなのに、携帯の電池の膨らみ具合いがかなりヤバい。

蓋が大幅に外れるほど中で膨らんだ状態なのだろう。
いつか破裂したら嫌だなあ……。
今度川越行った時でも、伊勢屋の始さんに聞いてみるか。
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