72.アル=ヒドル
画像は以下のサイトから転載。
緑色の男
今回もイスラム教です。
コーランの十八章、「洞窟」には、アル=ヒドルという神秘的な人物が登場します。
アル=ヒドルは「緑色の男」という意味です。コーランによると、モーセと小姓は旅の途中、アル=ヒドルに出会います。
それからかれら(モーセと小姓)は一人の男(ヒドル)と出会った。これはもともとわれら(アッラー)のしもべの一人で、われらが特別の恩寵を授け、じきじきに知識を教えておいた者。
モーセはかれに言った。「あなたにお供しましょう。あなたが授かっておられる正しい知識をお裾分けしていただけるのであれば」
男は答えた。「いや、そなたなぞにはとても耐えられまい。自分でもなんのことやらわからぬことをどうして辛抱しきれるものか」
そしてともに旅をするのですが、アル=ヒドルは船に穴を開けたり、唐突に若者を殺したり、食べ物がないのにただで塀を修理したりしました。もちろんモーセは我慢できませんでした。
このエピソードでは、表面だけで物事を判断するな、ということを伝えたかったようです。
先に引用したとおり、コーランには男=ヒドルと明示的に書かれていないのですが、一般的にはアル=ヒドルと見なされています。井筒俊彦訳のコーランにもそのような注釈が入っています。
ちなみに井筒俊彦によると、このモーセはあのモーセではないとのことです。

モーセはともかく、アル=ヒドルとはなんなのでしょうか。さらにいうと、わざわざ取り上げる意味があるのでしょうか。
神秘主義者は一般的に、神との合一を熱望します。何度お伝えしたかわからないほどですが、ただ神を信じるだけでは我慢できなくなった人たちが歴史的にいろいろなことをし、結果カバラに代表されるオカルトの発展に貢献しました。
グノーシス的合一は、イスラム教ではジンとの交信という形で認識されます。
ですがスーフィズムでは、アル=ヒドルとの接触を主張することで、神秘主義とのあらゆる関連づけを避けています。
アル=ヒドルの名前は、ハディース文献にのみ見られます。ハディースは預言者ムハンマドの言行録で、コーランに次ぐ聖典です。
例えばイマーム・アハマドの著書『アル=ズフド』では、ムハンマドは「預言者エリヤとアル=ヒドルは毎年会い、ラマダン月をアル=クドゥスで過ごす」と述べたと伝えています。
アル=クドゥスは、エルサレムのことです。
また、イマーム・ヤアクブ・イブン・スフヤンがウマイヤ朝の第八代カリフのウマル二世(六八二年~)から伝えられたところによると、ウマル二世と一緒に歩いていた男はじつはアル=ヒドルだった、とのことです。
スーフィズムによると、アル=ヒドルはユダヤにとっての預言者エリヤのような存在です。
マタイの福音書十七章にはこうあります。
六日ののち、イエスはペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
するとかれらの目の前でイエスの姿が変った。その顔は太陽のように輝き、その衣は光のように白くなった。
すると、見よ、モーセとエリヤがかれらの前にあらわれて、イエスと語り合っていた。
中世のイスラム思想家イブン・アラビー(一一六五年~)は、エリヤについてこのように説明しています。
エリヤとはノア以前の使徒であり、神が高い場所に昇らせたイドリス(エノク)のことである。
イドリスはコーランにおけるエノクで、以前お伝えしたように、ヘルメスと同一視されていました。純正同胞会によると、占星術を発見したのはヘルメスです。
アル=ヒドルについてもう少しわかりやすくいうと、目に見えない世界で活動する不滅のスピリチュアル・ティーチャーです。
この人は死んでいないので、いろんな人の前に突然出現します。そして実在の人物なので、アル=ヒドルに会ったり語ったり知識を授かったりするのは(建前上は)オカルトではありません。
あるブログではこのように書かれています。
イマーム・ナワウィは『サヒフ・ムスリム』の注釈において次のように述べている。「大多数の学者たちは、かれ(アル=ヒドル)が現在もわたしたちとともに生きていると主張しており、これはタサウゥフの学者たち、そして正統な学者たちとグノーシス(マアリファ)の学者たちとのあいだで一致している。かれを目撃すること、かれと集まること、かれから知識を学ぶこと、かれに質問し回答を受けること、そしてかれが尊い状況や住処に存在することに関する伝承は、数え切れないほど多く、隠すことのできないほど有名である。イマーム・ナワウィは、多くの学者による多くの引用と声明を提示し、ヒドル(アッラーの祝福と平安あれ)がまだ生きていることを証明している。
とにかくいるのです。さまざまな伝承がそれを証明しています。
先に出てきたイブン・アラビーは、アル=ヒドルと三回も会いました。
一回目の出会いは、師匠のアル・ウリヤーニに公然と反論しているときでした。
アル=ヒドルはイブン・アラビーに、シーク(指導者)に反論しないように、と諭しました。ですがおまえはまちがっている、とはいいませんでした。
たまたま見つけた日本語のブログにはこうあります。
筆者のエジプト人の友人は、「アル・ヒドルって口に出したら、すぐそばにヒドルが来てるんだよ。だから、大急ぎで挨拶しなきゃならないんだ」と教えてくれた。
そういえばアラビア語の授業を受けていて、ちょっとぼんやりしていたとき、それを咎められて、アラブ人のプロフェッサーに、「いま、アル・ヒドルが私の目の前を通っていったのです。ええ!」と言い訳をしたこともあったっけ。(^^;)
聖ゲオルギオス
アル=ヒドルは、聖ゲオルギオスと同一視されています。

聖ゲオルギオスは古代ローマ末期の殉教者で、キリスト教の守護聖人です。上の絵のようにドラゴン退治の伝説でも有名で、非常に人気があります。
聖ゲオルギオスの母親はパレスチナのリッダ出身ですが、聖ゲオルギオスはキリキア生まれのカッパドキア人です。
カッパドキアは小アジアの地方で、ヘレニズム時代、ミトラの神話の中心地でした。

ついでにキリキアの首都タルソスは、使徒パウロの出身地です。
聖ゲオルギオスは東方正教会の聖人なのですが、西欧に広まったのは十字軍がきっかけだったとのことです。
一〇九八年のアンティオキアの戦いで、十字軍兵士の前に聖ゲオルギオスがあらわれたという話があります。
突然あらわれるのは聖人の必須アビリティーです。
騎士道の起源
小アジアのキリキアやフリギアでは、サバジオスが崇拝されていました。

サバジオスはディオニュソスと同一視されていた邪神なのですが、キリキアやトラキアでは騎手として描かれました。

ちなみにディオニュソスは、騎手として描かれたことはありません。
騎手としてのサバジオスは、木に絡みつく蛇や、ライオンなどの野獣が一緒に描かれることもあります。
ライオンやヒョウは、古代世界ではそのへんに大量にいました。大洪水後は人間よりたくさんうろついていたようです。
なのでニムロデに代表されるように、力強い狩人はものすごくニーズがありました。
王侯がライオンやヒョウを好んで飼うのは、このような事情があったからです。ライオンをペットにできるほどわれは強大なのだ、ということです。
ローマ帝国軍は、バルカン半島に侵攻して小アジアを目指す途中、トラキア、ダキア、ケルトの騎兵を含む連合軍に遭遇しました。

ローマは最終的にこれらの軍団を破るのですが、トラキアたちの戦闘スタイルを自軍に組み込むまでは、明らかに戦闘力で負けていました。
マケドニアの英雄アレクサンドロス大王(紀元前三五六年~)の父はピリッポス二世(紀元前三八二年~)です。このピリッポスは「馬を愛する者」という意味があります。
アレクサンドロスの騎兵隊は紀元前四世紀から三世紀にかけて、あらゆる反抗勢力を一掃しました。
おそらくこのあたりの騎馬隊のイメージが、中世ヨーロッパの騎士エリートたちの精神的起源です。
そして騎馬といえばスキタイです。
トラキアの騎手としてのサバジオスのイメージは、聖ゲオルギオスのイメージに使われました。聖ゲオルギオスは邪教の巣窟カッパドキアが起源だったわけです。
聖ゲオルギオスがドラゴンを倒すという伝説は、キリスト教の物語ではありません。
この物語は、中東のバアルなどの「死んで蘇る神」と海竜、マルドゥクとティアマト、ゼウスとテュポンのような典型的な神VSドラゴンのキリスト教的翻案でした。
預言者エリヤ
キリスト教徒とイスラム教徒は、ベイト・ジャラにある聖ゲオルギウス廟に参拝する伝統がありました。

ベイト・ジャラはベツレヘムの西二キロにあり、かつてのカナン人の町です。
ユダヤ教徒もまた、ここに預言者エリヤが埋葬されていると信じ、参拝を行っていました。
ゲオルギウスを称える祝祭は、パレスチナがビザンツ帝国の支配下にあった時代にはじまりました。
伝承によると、祝宴の際に寡婦の息子ジルジスが、唯一の家畜だった一頭の雌牛をアル=ヒドルに捧げたのですが、そのせいで母の怒りを買ってしまいました。
しかしその夜、ジルジスは白い髪をしたアル=ヒドルが祝福を与えてくれる幻を見ました。これが祭りの起源だといいます。
イスラム教徒は、聖ゲオルギウスやエリヤをアル=ヒドルとして崇拝していました。
そしてこの伝統は、エジプトから小アジアに至る中東全域で見られるようになりました。
アル=ヒドルの特徴は、ユダヤ人の伝説に由来している可能性が高く、預言者エリヤがユダヤ人のメシアと関連づけられているのと同様に、アル=ヒドルはイスラム教徒のマフディーと関連づけられています。
マフディーはイスラム教の終末論における救世主で、世界の終わりにあらわれて悪と不正を取り除くと信じられています。
列王記によると、エリヤはフェニキアのバアルではなく唯一神の崇拝を選びました。
(預言者エリヤがいう)主よ、わたしに答えてください、わたしに答えてください。この民に、あなたが神であること、かれらの心を翻されたのであることを知らせてください。
すると主の火が降り、燔祭とたきぎと石とちりとを焼きつくし、溝に溜まっていた水まで舐め尽くした。
すべての民がそれを見て、顔を地に伏せ、言った。「主こそ神です。主こそ神です」
エリヤはかれらに言った。「バアルの預言者たちを捕らえよ。一人も逃がすな」そしてエリヤはかれらを捕らえ、キションの川まで連れて行き、そこでかれらを殺した。
このように神が応えてくれたので選んだわけです。バアルは応えてくれませんでした。
そしてエリヤはエノクと同じく、死ぬことなく直接天に昇った、と信じられています。
エリヤも死んでいないので生きています。なので突然あらわれることも可能です。
ユダヤ教やキリスト教の文献には、大天使サンダルフォンが登場します。このサンダルフォンに関する最古の資料のいくつかは、預言者エリヤが姿を変え、天使の地位に昇格したもの、と伝えています。
ユダヤ教のミドラーシュは、聖書解釈法「デラーシュ」と、そこから誕生した文学ジャンルの一つです。
デラーシュでは、字義どおりではない聖書解釈が行われ、ときに聖書に書かれていることとはまったく異なった内容の解釈を引き出すこともあります。
つまりミドラーシュは黙示文学のようなファンフィクションです。五世紀から十六世紀に渡って膨大な数が生まれました。
ミドラーシュ時代の資料では、サンダルフォンはメタトロンの双子の兄弟として記述されています。人間の起源としてのエノクは、サンダルフォンの人間としての起源と似ています。
カバラでは、サンダルフォンはマルクト(王国)のセフィーロートを指す天使で、天使メタトロンと重なります。
エリヤはカバラにおいては重要な人物で、主要なカバラ主義者たちの多くは、「エリヤの啓示」を通してトーラーに関するより高い知識を説く、と主張していました。
http://www.bahaistudies.net/asma/sandalphon.pdf
イスラム神秘主義は、ユダヤのカバラやキリスト教のオカルト的な「騎士道」観に大きな影響を与えました。
アル=ヒドルよりもエリヤのほうが古い、つまり見てきたように元ネタはエリヤである可能性が高いのですが、ユダヤ人は七〇年のエルサレム破壊のあと、何世紀にも渡ってかつての叡智が失われた状態にありました。
ユダヤが歴史的に死んだ状況で、キリスト教の一党支配がつづきました。そして六世紀、預言者ムハンマドが登場しました。
ウマイヤ朝につづくアッバース朝の時代、アラブ人は中国、インド、ビザンツ帝国、ギリシャ、エジプト、メソポタミアなど、初期文明の芸術や工芸技術などを研究しました。
そして九世紀半ばまでには、アリストテレス、プラトン、エウクレイデス、プトレマイオス、ヒポクラテス、ガレノス、ヘルメスなどの著作がアラビア語に翻訳されました。
ユダヤ人たちはスペインにおいて、自分たちのルーツを少しずつ取り戻し、のちのカバラとなるオカルト思想を発展させていきます。アラブ人たちのおかげです。
そしてユダヤ人は、その後の十字軍に大きな影響を与えます。詳しい話はのちほどお伝えしますが、十字軍遠征後、突如としてカバラ的なオカルト思想が西欧に広まりました。
エルサレムの地で「なにか」を発見し、持ち帰ったのです。そしてテンプル騎士団などのオカルト秘密結社がぞくぞくと誕生することになります。
アル=ヒドルもエリヤも聖ゲオルギオスも、どこかで生きています。なぜなら多くの人が生きていると信じているからです。
このような前提が元となり、オカルトは発展していきます。オカルトは現代社会にもがっつり浸透しているので、「アル=ヒドルなんているわけないじゃん」とバッサリやるわけにはいきません。
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