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31.過越の祭

画像は以下のサイトから転載。


サバジオス

過越の祭は、ユダヤ教の宗教的記念日です。

出エジプトの前、イスラエルの民は奴隷として虐げられていました。モーセが約束の地に民を連れていこうとしたところ、ファラオが阻止したので、神はエジプトに災いをもたらします。

その災いの最後はエジプトの「すべての初子を撃つ」というもので、イスラエルの民には子羊を屠ってその血を自宅の戸枠の上と両脇に塗りつけろと指示しました。神(死の天使)はそれを見てその家の初子を殺さず、戸口の上を過ぎ越しました。

帝政ローマ期の著述家ヨセフス(三七年~)によると、セレウコス朝シリアのアンティオコス三世(紀元前二四一年~)は、メソポタミアとバビロニアの約二千のユダヤ人家族をフリギアとリディアに移送しました。

ユダヤ人はアンティオコス三世のおかげで居住区を与えられ、フリギアの地で自分たちの習慣を守ることができました。

その後エルサレムに戻ったユダヤ人もいました。紀元前一世紀には、フリギア出身のユダヤ人の多くがエルサレムに居住していました。

フリギアには、サバジオスという豊穣の神がいました。

サバジオス

その時代の弁論家デモステネスによると、儀式では蛇を手に「エウオイ・サボイ! エウオイ・サボイ!」と唱えながら熱狂的に踊ったのだそうです。

紀元前五世紀半ばにはギリシャ(アテネ)にも伝わっていました。サバジオスはディオニュソスと同一視され、フリギアではアッティスとも同化しました。

アッティスのお祭りでは、信者は恍惚状態の中で自分のちんこを切り落とします。

ディオニュソスはローマのバッカスです。

紀元前五世紀ごろの共和政ローマの独裁官、ウァレリウス・マクシムスの失われた著述から引用します。

マルクス・ポピリウス・ラエナスとルシウス・カルプルニウスが領事であった時代に、異国人担当法務官であったグナエウス・コルネリウス・ヒスパルスは、勅令によって、カルデア人にイタリアから立ち去るよう命じた。同じ人物は、ユピテル・サバジオスの偽の崇拝によってローマの慣習を堕落させようとしたユダヤ人を追放した。

https://www.attalus.org/translate/valerius1a.html

ユピテル・サバジオスは、当時ユダヤのヤハウェ・ゼバオト(天の主人ヤハウェ)と同一視されていたようです。

フランツ・キュモンは、『ローマ異教時代のオリエントの諸宗教』でこう記しています。

(フリギアの)サバジオスの信奉者たちが守っていた、最初の三本の指を伸ばしてベネディクションの典礼印を結ぶ奉納の手(教会のベネディクティオ・ラティーナ)の習慣は、おそらくユダヤ人の仲介によってセム系神殿の儀式から取り入れられたものだろう。

https://sacred-texts.com/cla/orrp/orrp07.htm

この天上の祝祭は……キリスト教墓地に埋葬されたウィンケンティウスと呼ばれるサバジオスの司祭の墓に描かれたフレスコ画に見ることができる。かれ(サバジオスの司祭)はまちがいなく異端ユダヤ教の宗派に属しており、神秘的な儀式にあらゆる民族の新教徒を受け入れていた。実際、教会そのものがシナゴーグから生まれた一種の秘密結社を形成していたが、シナゴーグとは別物であり、異邦人とイスラエルの子らが共通の崇拝に加わっていた。

https://sacred-texts.com/cla/orrp/orrp07.htm

紀元後六世紀のビザンチンの占星術師、リドゥスはこう伝えています。

カルデア人は神をディオニュソス(またはバッカス)と呼び、フェニキア語ではイアオ(知性の光)と呼ぶ。また、サバオトとも呼ばれ、七つの極の上にいることを意味する。すなわちデミウルゴスである。

https://www.esotericarchives.com/oracle/oraclez.htm

デミウルゴスは、プラトンの『ティマイオス』で用いられた言葉です。物質的世界の形成と維持の責任を負う職人のようなもので、神ではない存在者です。

帝政ローマの著述家プルタルコスは、ユダヤ人はディオニュソス(バッカス)を崇拝していて、安息日(サバス)は本当はサバジウスの祭りだ、と主張しました。

ヘブライ語で安息日はシャバットといいます。週の七日目で、これは七番目の惑星、土星のヘブライ語名であるシャバタイに関連しています。

ユダヤ人が崇拝する神とはなにか

プルタルコスは、著書『食卓談義』の中で、「ユダヤ人が崇拝する神とはなにか」という質問に対し、シンマコス、ランプリアス、モエラゲネスの三人に談義させています。

シンマコスは、その話に大いに驚いて言った。ランプリアス、あなたは、狂人たちから名誉を授けられたことで有名な、女性を煽動するエヴィウス(ディオニュソス)と呼ばれるわたしたちの主神が、ユダヤ人の秘儀に刻まれ、登録されることを許すのですか? それとも、アドニス(ギリシャのタンムズ)がバッカスと同一であることを証明するたしかな理由があるのですか? ここでモエラゲネスは言った。アテナイ人であるわたしが答えますが、要するに、この二つはまったく同じなのです。そして、この真理を確認することができるのは、三年ごとの[ギリシャ語]、すなわち神の偉大な秘儀に入門し、熟練した者たちだけなのです。しかし、これからわたしが話すことは、友人との会話で禁じられていることではありません。わたしは皆様の命令に応じ、開示する用意があります。

https://catholiclibrary.org/library/view?docId=/Antiquities-EN/Antiquities.plutarch-symposiacs.html;chunk.id=00000085

二人が話してくれと懇願すると、モエラゲネスは答えます。

まず第一に、ユダヤ人の最も偉大で神聖な儀式(過越の祭)は、バッカスの神聖な儀式とまったく一致しています。かれらが「断食」と呼ぶ祝祭は、ブドウの収穫の真っ最中に行われ、食卓にはさまざまな果物が供され、(かれらは)ブドウの木やツタでつくられた幕屋の下にすわります。その直前の日を「幕屋の日」と呼びます。その数日後、かれらはバッカスに捧げる別の祝祭を、あいまいな暗示ではなく公然と祝います。テュルシを担いで神殿に入ることからテュルソフォリアと呼ばれる祝祭があり……かれらが神殿内でなにをしているかは知りませんが、バッカスの儀式を行っている可能性は高いでしょう。

https://catholiclibrary.org/library/view?docId=/Antiquities-EN/Antiquities.plutarch-symposiacs.html;chunk.id=00000085

まず、ギリシャ人がバッカナリアで神々を呼ぶために持っていたような小さなラッパを持っています。また、ハープを奏でながら行進する者もいます。

https://catholiclibrary.org/library/view?docId=/Antiquities-EN/Antiquities.plutarch-symposiacs.html;chunk.id=00000085

かれらの安息日はバッカスとなんらかの関係があるのでしょう。現在でも、多くの人々はバッカスをサビと呼び、バッカスの乱痴気騒ぎを祝うときにその言葉を使います。

https://catholiclibrary.org/library/view?docId=/Antiquities-EN/Antiquities.plutarch-symposiacs.html;chunk.id=00000085

バッカスの夜の儀式では、(わたしたちのあいだで流行しているように)楽器を使い、神のナースを[ギリシャ語]と呼びます。かれらの神殿の壁には、バッカス以外の神のものではあり得ないテュルソスとティンブレルが描かれています。

https://catholiclibrary.org/library/view?docId=/Antiquities-EN/Antiquities.plutarch-symposiacs.html;chunk.id=00000085

テュルシ、テュルソスというのは、ディオニュソスのお祭りで使われるです。杖の頭には巨大な松ぼっくりがついていて、杖全体にブドウの蔦が(蛇のように)絡みついています。

テュルソスを持つマイナス(バッカスの狂乱の女性信者)

おなじみのちんこです。松は小アジアでは神聖な木とされていました。松はキュベレーの狂宴にも出てきました。

これまで見てきたように、初期イスラエルの宗教は太陽と星々に満ちていました。正統派ユダヤ教としては、太陽も星座もNGです。

ベトアルファ・シナゴーグには、床に星座のモザイク画が描かれています。

ベトアルファ・シナゴーグのモザイク画

正統派ユダヤ教は占星術を容認していませんでしたが、一九四七年、死海文書の発見によって、一部のユダヤ人が占星術を行っていたことがわかりました。

紀元後四世紀のキリスト教司教エピファニウスは著書にこう記しています。

かれらのあいだでは運命学も占星術も熱心に行われている。

http://www.smoe.org/arcana/diss4.html

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。