30.バッカスのワイン
画像は以下のサイトから転載。
テラペウタイ派
アレクサンドリアには、神秘主義者のほかに、テラペウタイ派という人たちもいました。

テラペウタイ派は、一般的な説明では以下のような人たちです。
古代ユダヤ教の一派。アレクサンドリアの近郊で禁欲的共同生活をおくっていたことが,アレクサンドリアのフィロンによって報じられている。私有財産を持たず,平生は小屋に分住して観想と祈りに専念したが,安息日には白衣を着て集り,共同の食事と祈りのほか,聖書の研究,歌唱,舞踏などを行なったといわれている。
原始キリスト教や修道院を思わせます。
紀元前二十年ごろのユダヤ人哲学者フィロンの著書『観想生活』によると、テラペウタイ派が望んでいたのは「見ること」、つまり真の存在のビジョンを持つことでした。
神秘主義者とゴールは同じですが、方法がちがうので派閥に分かれた、というわけです。
神への奉仕に身を投じる者たちは、なにかの習慣や、だれかの忠告や呼びかけによってそうするのではなく、バッカス崇拝やコリバンテス崇拝の秘儀に入門した者たちのように、天の愛に導かれてそうするのである。
かれらは欲望の対象を見るまでその場に留まりつづける。
テラペウタイ派の人たちは、聖なる祭りを夜通し祝います。男性と女性に分かれ、神のために書かれた賛美歌を、ときに身振り手振りを交えながら歌います。
そして男女の合唱はいつしか一つになり、美しいシンフォニーを形成します。あまりに美しいので眠気も吹き飛ぶのだそうです。
そうして夜明けを迎えると、天に手を伸ばし、日の出を祝います。真実と鋭い理解力を願い、そのあとそれぞれ哲学に没頭します。
コリバンテス
コリバンテスというのは、ギリシャ神話によると、フリギア神話のキュベレーを太鼓と踊りで崇拝する、盾と槍で武装した男性のことです。これは人間ではなく、神格です。

コリバンテスはアポロンとミューズのタリア(名前)、またはアポロンとニンフのレティア(名前)の子孫です。ある説では、ヘリオスとアテナの子、クロノスの息子だそうです。
キュベレーは、先に書いたとおり豊穣の女神で、大地母神です。フリギアのそば、カッパドキアのアナーヒター崇拝から引き継がれました。ローマではマグナ・マーテルとして知られ、ヴィーナスと同一視されます。
ヴィーナスは金星、ルシファーで、ヨハネの黙示録の大淫婦バビロンです。
エーゲ海のクレタ島の人たちは、女神レアを崇拝していました。
キュベレーとレアは対を成しています。レアにもクレテスという踊り手がいるからです。
ヘシオドス(紀元前七百年ごろ)の『神統記』には、ゼウスの誕生のシーンが描かれています。
ガイアはクレタ島で、母親のレアから子ゼウスを受け取り、洞窟に隠します。父のクロノスが食おうとしていたからです。
レアはクロノスからゼウスを守るため、九人のクレテスを任命します。クレテスは槍と盾をぶつけ合う踊りで、ゼウスの泣き叫ぶ声をかき消しました。
という神話なのですが、これはのちのギリシャ人の解釈です。
クレテスはまた、赤ん坊として生まれたもう一人の神ディオニュソスや、クレタ人のゼウスの子、あるいはゼウスの二卵性であるザグレウスの幼年期も司っていました。
キュベレー

キュベレーはフリギア、小アジア(トルコ)の女神です。邪教の創始者セミラミスの関係は先にお伝えしています。
キュベレーという女神はかなりヤバく、ギリシャ人はこの儀式(狂宴)をディオニュソス崇拝として取り入れるのですが、すでにいろいろやっていたはずの現地人の感性にすら合わないほどヤバかったようです(控えめなかたちにマイナーチェンジして導入します)。
フリギアの狂宴は、ガライという宦官(ちんこを切除した人)の祭司が監督します。
ガラガラ、太鼓、フルート、カスタネットの演奏が行われるなか、ガライは「エヴォエ・サヴォエ」「ヒース・アテス、ヒース・アテス」などという儀式の叫び声を上げながら、信者たちを山に率いて酒を飲み、狂喜乱舞しました。
盾と剣で武装した若者たちは、足を高く上げ、盾をぶつけ合う「コリバンティック・ダンス」を踊ります。
そしてこの催しには、鞭打ちから儀式的なちんこの切断までが含まれます。ちんこは他人任せではなく、自分で切り落とします。
紀元前六世紀生まれの古代ギリシャの詩人、ピンダロスは、このように記しています。
強大なメーテル・セオン(神々の母)の崇敬すべき前奏では、ティンブル(タンバリンのような太鼓)の旋律が鳴り響き、ガラガラの音が響き、松の木の下で松明が燃え上がる。そこではナイデスの嘆きがけたたましく響き、踊り子たちの熱狂的な叫び声が、首を高く投げ上げる革紐とともに(儀式の興奮を)掻き立てる。
ナイデスというのはニンフで、子供の保護者です。嘆いているのは、敗北の表明です。つまり子供がなにかをされているわけです。
クレテスは槍と盾をぶつけ合う踊りで、ゼウスの泣き叫ぶ声をかき消しました。
フェニキア人のバアル崇拝でも、鳴り物でやかましくしていました。生贄儀式がバレないよう、子供の泣き叫ぶ声をかき消すためです。
また、先に書いたとおり、バビロニアでは女神レア(セミラミス)が崇拝されていました。
つまりゼウス誕生のエピソードは、リアルな現実を参考にして書かれたものだったのです。
現実での「ゼウス」たちは、クロノスに食われてしまったのでしょう。
ギリシャの三大悲劇詩人の一人エウリピデス(紀元前四八〇年ごろ~)は、『バッコスの信女』の中でこんなふうに書いています。
おお、クレテスの隠れ家、ゼウスを生んだ聖なるクレタ島の隠れ家。わたしのために洞窟の中で、三重の房持つコリバンテスが伸ばし皮のサークレットを考案し、バッカス調の祭り騒ぎに、フリギア笛の甲高く甘い息吹を持ち込んだ。レアの手には、バッカス信者の叫び声の伴奏のために、その響く音が置かれ、母レアから熱狂的なサテュロスたちがそれを手に入れ、ディオニュソスが喜ぶトリエテリデスの合唱の踊りにそれを加えた。
ちなみになぜ自分のちんこを切り落とすのかというと、キュベレーの息子であり愛人であるアッティスが自分で切ったからです。キュベレーはアッティスの正気を失わせ、狂乱のうちに去勢させました。
このアッティスは、セミラミスの息子タンムズとして知られています。
キュベレー(マグナ・マーテル)とアッティスは、紀元前二百年にはローマの神々の一人とみなされていました。この崇拝は、紀元後四一年から四四年のクラウディウス帝の治世に公式に認められました。
お祭りは春に行われ、三月十五日に葦を担ぐ者(カノフォリ)の行列と生贄の儀式ではじまります。
一週間の断食のあと、二十二日にはアッティスのシンボルである松の木が神殿に持ち込まれ、二十四日の血の日では、血を流すまで自分を鞭打ち、祭壇に振りかけた人もいたそうです。タウロポリウムという雄牛の血を全身に浴びる催しも行われていました。
そしてアッティスへのリスペクトを込め、恍惚状態のなかで自分のちんこを切り落としました。
紀元後一世紀の詩人ウァレリウス・フラックスのラテン語叙事詩『アルゴナウティカ』にはこうあります。
ディンディムス(ミュシアのキュジコス近郊)では、信者たちが血に染まった腕で(自らをナイフで切って)酒宴を催している。
嘆き悲しむマトリス(母)の怒りは、熱狂するフリギア人を毎年引き裂く。ベローナ(フリギアの戦女神マー)が長髪の宦官を引き裂くように。
同じく紀元後一世紀の詩人スタティウスの『テーバイド』からです。
イダイアの母(レア・キュベレー)は恐ろしい祠から血に染まったフリギア人を呼び寄せ、ナイフに刺された腕によって意識を失わせる。かれは聖なる松の木を胸に打ちつけ、血まみれの髪をなびかせ、走ることで傷を癒す。国中が恐怖に包まれ、キュベレーの聖なる松の木も恐怖に包まれる。
フリギアのある夜、ディンディムスは慟哭に包まれ、狂乱の女たちのリーダーは、松を育てるシモワの水辺へと疾走する。女神(キュベレー)自身がナイフを与え、流血のために彼女を選び(奉献者たちがナイフで身を切る)、羊毛で束ねた(巫女の)花輪で彼女に印をつけた。
これを夜中にやられるのはキツいです。
バッカス
歴史家ストラボン(紀元前六十四年~)が伝えるところによると、紀元前六世紀の詩人ピンダロスは、ディオニュソスの儀式はフリギア人がキュベレーを祀る儀式と実質的に同じ、とみなしていました。
ディオニュソスは、ローマではバッカスです。お祭りの名前はバッカナリアです。
お祭りはアッティカ(アテネ)とローマで行われました。もともとは女性に限られていたのですが、飲酒、踊り、仮面による仮装、そしてちんこの神像を船に乗せて運ぶ行列などの要素が含まれていました。
紀元前一六六年、ローマは治安を乱すとしてお祭りを禁止しました。当然といえば当然です。
古代ローマの歴史家リウィウスは、著書『ローマの歴史』でこう記しています。
卑しい生まれのギリシャ人がまずエトルリアに入ったが、そのギリシャ人は……教育を受けていない祭司であり、魔術師であり……夜間の秘儀を司る祭司であった。最初はごく少数の者にしか教えられなかったが、やがて男にも女にも広まりはじめ、ワインと饗宴の魅力が信奉者の数を増やした。
かれらがワインで熱くなり、毎晩のように男女が交わり、年若い者と年長者とが交わり、慎み深さが消え失せたとき、あらゆる種類の放蕩がはじまった。災いは男女の乱交だけにとどまらなかった。
偽証、印鑑や遺言の偽造、虚偽の密告もすべて同じこの源から起こり、毒殺や、遺体を埋葬することすらできないような家族の殺人も起こった。
多くの犯罪は裏切りによって行われ、ほとんどの犯罪は暴力によって行われたが、それは秘密にされていた。というのも、暴力を受けたり殺されたりした人々の叫び声は、太鼓やシンバルの騒音で聞こえなかったからだ。
当時のローマでは、メテグリンというハーブ入りの蜂蜜酒が飲まれていました。ワインは正気を失わせる飲み物として、当時の良識ある人たちから嫌われていました。
ローマではワインに氷を入れたり水を混ぜたりして飲んでいた、というのは有名な話ですが、このような事情があったのです。
いまのワインとはちがうような気がします。
バビロンでもそうだったように、このワインのような「神秘的な飲み物」は、秘儀には不可欠でした。酩酊しただけで自分のちんこを切り落とす人はなかなかいないと思います。
エレミヤ書の五十一章にはこうあります。
バビロンは主の手のうちにある金の杯であり、すべての地を酔わせた。諸国民は彼女のぶどう酒に酔ったので、国々は狂った。
「彼女」というのは、ヨハネの黙示録がローマを例えて記した「大いなるバビロン」に当てはまります。先にお伝えした大淫婦、「あらゆる不純物の女神」ヴィーナスです。
「ヴィーナスとアリアドネとバッカス」という絵画があります。

アリアドネはクレタ島の王女で、ディオニュソス(バッカス)の妻です。
「神秘的な飲み物」は、ワイン、蜂蜜、水、小麦粉で構成されていましたが、この原材料だけではただ酔って寝るだけです。
前述の狂乱ぶりを見ると、公になっていない材料も含まれていたのはまちがいないといえます。
さらにいうと、飲んでいるほうは「お酒」と思っています。提供する側はクスリを入れています。パーティーで女性のグラスにこっそりドラッグを混ぜるのと同じです。
先に紹介したテラペウタイ派は、一見穏やかな人たちの集まりのように思えます。
フィロンの『観想生活』からいま一度引用します。
夕食ののち、聖なる祈りを次のように行う。かれらは一斉に立ち上がり、食堂の中央に立ち、まず男性と女性の二つの合唱団になる。それぞれに選ばれたリーダーとプレセントールは、かれらの中で最も栄誉ある者であり、また最も音楽的な者である。
それから、多くの小節で構成され、多くの旋律に合わせた神への賛美歌を歌い、あるときは一緒に唱え、あるときは対唱でハーモニーを取り、手と足で伴奏に合わせて拍子を取り……。
そして、それぞれの合唱団が宴の中でそれぞれの役割を果たしたのち、バッカスの儀式のように神の愛の強いワインを飲み干すと、かれらは混ざり合い、一つの合唱団となる。
まじめに神を見たいと考えている人ほど、クスリによる幻視を「神のあらわれ」と信じ込んでしまうでしょう。
そしてヘレニズムのパワーをも伴い、さらに神について突き詰めていきます。
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