71.スーフィズム
画像はウィキペディアから転載。
イスラム教に遁世主義はない
今回もイスラム教です。より正確にいうと、今回も裏イスラム教です。
スーフィズムは、イスラム神秘主義とも呼ばれます。画像のようなくるくるまわる人たちは、どこかで見たことがあるかもしれません。

スーフィズムは九世紀以降に起きた改革運動で、修行によって自我を滅却し、忘我の恍惚の中での神との神秘的合一を図る、というおなじみの神秘主義です。
前々回お伝えした純正同胞会の百科事典『ラサーイル・イフワーン・アル=サファー』は、アラビア世界において新プラトン主義の普及に貢献し、イスラム神秘主義と哲学に大きな影響を与えました。
ハッラーンの自称サービア教徒たちについても、以前お伝えしています。
自称サービア教徒は、翻訳家であり占星術師でもありました。この人たちもアテネから流れてきた新プラトン主義者たちの影響を受け、その活動によってイスラム世界に伝統的なオカルト哲学を広め、スーフィズムの形成に貢献しました。
スーフィズムの語源は、初期の「スーフィー」たちが着ていた荒い毛織りの衣服「スーフ」にある、といわれています。
ヘレニズム時代のアレクサンドリアに出現した神秘主義者、エッセネ派やテラペウタイ派などもそうですが、神秘主義といえば禁欲主義です。貧しい格好をし、ある意味周囲にアピールするわけです。
ですがコーランでは、禁欲主義は糾弾されています。
イスラム教以前の無道時代、アラビアの砂漠にはキリスト教のいわゆる修道士と呼ばれる人たちが怪しげに存在していました。
真っ暗闇の砂漠で、汚らしい男が一人でなにかをやっているわけです。ふつうに不気味です。
無道時代というだけあり、当時のベドウィン、砂漠の民は、わたしたちと同じ完全な物質主義、現世主義でした。「死んだら終わり、だったらひたすら楽しもう」という人たちです。
イスラム教の教えでは、もちろん最後の審判が待ち受けています。そして世俗から離れて庵などに住むのも、どれだけまじめだろうが「逃げ」です。
宗教というとむしろ、スーフィズムもそうですが、世俗から離れて怪しいことをやる人たち、というイメージがあります。
「解脱するぞ」でおなじみのオウム真理教も、一般が考える「宗教」に当てはまります。
預言者ムハンマドは商業都市メッカの商人だったので、じつのところ、砂漠のベドウィンたちとは価値観が真逆でした。
ベドウィンたちは、やはり現在のわたしたちのように、楽しく自由に偶像(アイドル)崇拝を行っていました。ムハンマドはそこに、イスラム教なるものを立ち上げ、教え諭しはじめたわけです。
なのでイスラム教は「砂漠の民の宗教」ではありません。もっと近代的、都会的で、神秘主義とは真逆の現実的な宗教です。
目的もはっきりしています。いろいろ歪んだ一神教、キリスト教やユダヤ教に対し、ムハンマドはアブラハムに還ろう、といいだしました。修道士たちにとってもベドウィンたちにとっても困った運動でした。
コーランには商取引の例えがよく出てきます。六章にはこうあります。
宗教を遊び事か冗談ぐらいに心得て、この世にうつつをぬかしている人々など構わず放っておくがよい。己れの稼ぎがもとで人間一人が破滅することもあるということをみんなに思い知らせてやるがよい。
どこか「俗」な印象を受けます。わたしたちは宗教イコール神秘的なものと捉えがちなのでそう感じるのですが、この俗っぽさ、お気楽さが正統的な「イスラム教」といわれるものです。
お気楽といってもてきとうではありません。それどころかアッラーと信徒の関係は、非常に単純にいうと主人と奴隷です。
そしてアッラーの奴隷として、アッラーの教えに従いながら、アッラーが教えるところのすばらしい現世を実現させようと努力する、それが本来のイスラム教徒の姿です。
このような立場なので、イスラム教徒は神秘主義者には成り得ません。例えとして合っているかは微妙ですが、イスラム教における神秘主義は、社員として会社に所属していながら仕事をせず、ひたすら「会社とはなにか」「社長とはなにか」などと考えるようなものです。
なのでスーフィズム、イスラム神秘主義者に影響を与えたのは、イスラム教ではない外部の慣習でした。メルカバ神秘主義、キリスト教の修道士、仏教のラマ、ヒンドゥー教のファキールなどです。
そしてイスラム教は、こうした禁欲主義的な傾向を正すことを目指しました。
ムハンマドはこのようにいっています。
イスラム教に独身主義はない。
イスラム教に遁世主義はない。
神の恩恵の九分は商業にある。
コーランの五十七章、鉄 (アル・ハディード) にはこうあります。
さらにわれはかれらのあとにつづけて次々に使徒を遣わし、次いでマルヤムの子イーサー(マリアの子イエス)を立ててこれに福音を授け、かれに従う人々の胸にはやさしいやさしい気持ちと慈悲の心とを置いた。修道生活というものをはじめてつくり出したのもかれらのわざ。べつにわれが命令したわけではない。みなかれらがアッラーの喜びを得たいばかりにしたこと。だが、惜しいことにその(制度)を正しく守り育てることをしなかった。
半端にやるくらいなら社会復帰しろ、ということです。
われは真理なり
スーフィーの教義の最初の提唱者は、ドゥル=ヌン・アル=ミスリだといわれています。九世紀の人で、エジプト人、またはヌビア人です。
このドゥル=ヌンの教えは、アル=ジュナイドという神秘家によって記録され、体系化されました。
アル=ジュナイドには、ホラーサーンのアシュ=シブリーという弟子がいました。このアシュ=シブリーが、十世紀、師匠の教義を大胆に広めました。
アシュ=シブリーの弟子仲間に、アル=フサイン・マンスール・アル=ハッラージュ(八五八年ごろ~)という人がいました。

ハッラージュの思想には、輪廻転生や化身などの異端的な要素が見られました。
そしてハッラージュは神秘体験をするなかで、ついに「われは真理(神)なり」と宣言し、死刑に処されてしまいました。
イスラム教はインドの思想の影響を受けていましたが、輪廻転生だけは頑として受け入れませんでした。事実かどうかはともかく、思想的に完全に相容れないものだからです。
これも例えとして合っているかわかりませんが、輪廻転生は「ループもの」です。
それに対して終末論、最後の審判は、いにしえの「セーブ機能のないゲーム」です。
なので何度もコンティニューできるような「今風」のゲームは、とうてい受け入れられません。最後の審判などだれひとりまじめに捉えなくなってしまうからです。
生前のハッラージュは上記のような感じだったので、師匠のジュナイドに破門され、正統イスラム教徒だけでなくスーフィーたちからも孤立していました。
ですがのちのスーフィーの作家たちは、ハッラージュを聖人、殉教者とみなすようになりました。
死んだらみんな「いい人」です。このあたりの時間感覚が、宗教史における「○○教の歴史」です。
宗教は宿命的に、発展しなければなりません。いかにまじめであっても保守的であっても、常にある程度の信徒を確保しなければそこで終わってしまうからです。
そしてその発展は、必ず異端の要素を取り入れることにつながります。
またしても妙な例えでお伝えしますが、「ハッラージュの三〇〇年漬け」を再評価するわけです。ハッラージュにもいいところがあったかもしれません。
異端を取り入れるのが宗教の宿命なのであれば、その言い訳を考えるのが神学という営為です。
あまりに乱暴な定義かと思われるかもしれませんが、これは宗教および神学を否定するものではありません。宗教および神学は、「深い」というのもはばかられるほど深いものです。
そして「深い」というだけでなんでもかんでもありがたがっていると、ヨガやグノーシスのようなものに簡単にキャプチャーされてしまいます。
無宗教であっても、このようなバランス感覚で宗教および神学を捉えることが「グローバル社会」においては重要になります。なのでぜひこのように捉えてください。
スーフィズムでは、神との神秘的な結合をフルールといいます。英語のインカーネーションで、「化身」という意味になります。
タウヒードは、イスラム教における一神教の概念です。神は「一であること」という信条を指す言葉なのですが、スーフィズムにとっては神との神秘的な結合を指します。
何度も同じことを伝えているような気になりますが、元ネタが同じだからです。この「同じ」ぶりをたどっていくのが大切です。
ハッラージュによると、神は自分の姿に似せて人間を創造したので、人間は本質的に神です。
コーランの三十八章、サードにはこうあります。
神様が天使たちにこうおっしゃったときのこと。「わしはこれから泥で人間(アダム)をつくろうと思う。できあがって、わしの霊を吹き込んでやったなら、おまえたちもその前にひれ伏して挨拶(サジダ)せよ」と。
ハッラージュは、先のとおり人間は神だと考えていたので、だから天使たちはアダムにひれ伏したのだ、と主張しました。
イギリス人東洋学者のデ・レイシー・オレアリー(一八七二年~)は、著書『アラビア思想とその歴史的位置づけ』でこのように記しています。
フルール(神秘的な結合)では、誕生時の魂が肉体に入るのと同じように、神の神性が人間の魂に入る。この教えは、受肉に関するイスラム以前のペルシャの古い信仰と新プラトン主義の哲学的理論が融合したものであり、知性あるいは理性的な魂、あるいは霊魂(英語の作家はより一般的にこう呼ぶ)の、動物の魂に加えられた部分は、最終的に知性に戻り、知性と一体化する代理知性からの発露である(参照:Massignon: Kitab al-Tawasin, Paris, 1913)。これはスーフィズムにおける東洋的要素とヘレニズム的要素の融合を示す極めて興味深い例証であり、スーフィズムの理論的教義がペルシャやインドから借用したものであろうと、その解釈仮説は新プラトン主義から受けていることを示している。また、ハッラージュという人物の中に、スーフィーとイスマーイール派の哲学者との出会いがあることを示す点でも興味深い。
無意味な暇つぶし
スーフィズムの実践は、ほかの神秘主義と同じく、トランス状態、幻視、精神的霊的体験を伴います。
単にくるくるまわりつづけるだけでも、やり過ぎるとトランスします。
ついでにいうと、ダンス自体の目的も軽いトランス状態に陥ることです。
「ダンスなんてなにがおもしろいの」と一般人は思いがちですが、踊ってみればわかります。
リズム(規則)に自分を合わせて踊る、相手も自分と同じリズム(規則)に合わせて踊っている、手を取る、自分と同じ動きをしている相手を見る、身体的に息が上がってくる、そうして気づけば気持ちよくなっています。
有名なイスラムの歴史家イブン・ハルドゥーン(一三三二年~)によると、スーフィズムには二つのやり方があります。

一つはムハンマドのスンナ(言行、範例)に基づいたものです。
もう一つは、異端的な変革によって堕落したものです。
イブン・ハルドゥーンは、神学と法律の総体としての社会的、伝統的なイスラム教と、スーフィズムなどの内面化された個人的な宗教的感情の関係性に興味を持っていました。
イブン・ハルドゥーンは、伝統的なスーフィズムは支持していましたが、トランス状態に陥るような反知性主義的なやり方は否定していました。
イブン・ハルドゥーンのいう堕落したもの、トランス状態になるようなやり方は、神智学でいうところの左道に当てはまります。
左道としての実践は、セクシャル・ヨガ、タントラ・セックスと同じで、理論や社会規範よりも肉体的な感覚が優先されます。タブーを破って道徳を捨てる、ポストモダニズム、ヒューマニズム的な「道」です。
この「堕落」には、シーア派の影響に端を発するマフディー(救世主)信仰、魔術、占星術、未来を占うなどの「科学的」な試みが挙げられます。
これらは中世のイスラム教を通じて非常に真剣に受け止められていました。
結局スーフィーの向かうところは、あちら側の世界です。対してイスラム教は、「いまここにある危機」という現実的なニーズから生まれました。
アメリカ人イスラム教神学者のジェームズ・モリスは、イブン・ハルドゥーンが懸念していたことを次のように説明しています。
再び、イブン・ハルドゥーンのこのような「革新」に関する議論を詳しく見てみると、かれが批判しているのは、実際は、同伴者たちの非反省的な、積極的な信仰からの宗教的な逸脱ではないことがわかる。なぜならかれは、定住した農業社会と商業社会において、そのような複雑な社会的・倫理的な分化が必然的に生じざるを得なかった理由を、説得力のある自然的・歴史的な根拠で説明しているからである。むしろかれは、大規模な「単純な人々」の集団が、無意味で空想的な娯楽や暇つぶしに社会的・人的資源を過剰に投入することの、より現実的で実践的な結果を批判しているのである。さらに、かれらが政治的・軍事的な権力と権威の「腐敗した」領域から分離された道徳的・宗教的な生活を営もうとした試みが、長期的に見てより深刻な影響を及ぼす可能性もある点にも言及している。
イブン・ハルドゥーンの懸念は、やはり先の会社の例えがしっくりと当てはまります。
「おまえのアイデアは買うがまずは仕事をしろ」ということです。
イスラム教は現実的、社会的な宗教です。そこがダークで幽玄なユダヤ教と異なるところです。
スーフィーの教義
スーフィーは、精神的に高い状態を得るために修行をします。神秘主義者としては当然の目標です。
ですが神に近づこうとする修行でもあるので、達成された際に得られる力は高度な霊性の賜物とされました。
スーフィーは修行をしながらそのように主張したので、やはりイスラム学者たちからは異端視されていました。
スーフィズムによって導入された逸脱の中には、日々の祈りはレベルの低い一般信徒向け、と考える傾向が挙げられます。
つまり程度の高い自分たちは、日々の祈りなどの義務は免除されるのだ、という考え方です。これもどのカルトにも見られる考え方、システムです。
根っこをたどると新プラトン主義者が関わっていました。なので似てくるのは当然の結果です。
現在、国際的な大企業なども、法律を無視できます。
法律はそもそも、ある集団(国家)に限定されたルールですので、ある集団の外縁には別のある集団があります。別のある集団には別のルールがあります。
なので本来であれば、グローバル企業は存在していること自体が疑われなければならないのです。

そしてグローバル企業はいつしか、国より偉くなりました。ワクチンを押し売りするファイザーなどは好例です。
スーフィズムは、ズィクルと呼ばれる練習を導入しました。ズィクルは、「アッラー以外に神 はない」などの章句を延々と反復しつづける行為です。
これもダンスと同じで、やりつづけるとナチュラルトリップします。
この実践は初期のイスラム教にはありません。そしてこれを「イスラム教の歴史的発展」といえばたいていの人は納得するのですが、先にお伝えしたように、宗教のあり方は本質的に保守的でなければなりません。
常に革新的な宗教などがあるとしたら、信徒はもはやなにを信じていいのかわからなくなるからです。
なのでズィグルは、意味のない、根拠のない革新とみなされました。やはり現実的な判断です。
またスーフィズムには、タワックルという実践もあります。
タワックルは、神への完全な信頼、依存です。一見正しいように見えますが、この実践においてはあらゆる種類の労働や商業を避け、病気になっても治療を拒否します。当然物乞いとして生活します。
繰り返しになりますが、イスラム教においては物乞い、修道士はNGです。「世に出て働け」です。
シーク
スーフィーの教師はシーク、またはシャイフと呼ばれます。

シークはしばしば聖人に昇格し、イスラム教ではワリー、神の友として知られています。
ワリーは、神の特別な恩寵を得、奇跡を起こす能力のある人とみなされます。
当然ワリー、聖人は、崇拝の対象になります。いわゆる偶像崇拝なのでまたしてもNGです。
聖人が起こす奇跡はカラマットと呼ばれます。カラマットは預言者たちの奇跡よりも格下と考えられています。
この聖人カルトは、イスラム教以前の思想、無道時代の思想が浸透したものです。
古代の地元の神々は、聖人として生き残っていました。実名はときとして不明で、墓も伝説に包まれていたりします。
キリスト教の聖人崇拝と同じように、聖人は病気を治したりします。また不妊、狂気など、それぞれの聖人には得意分野があります。
聖人の墓の近くでは、習慣的にいろいろ行われていました。そして行われていたことの多くは、魔術に近いものでした。
実際、シークの仕事の一つは、あらゆる種類のお守りをつくることでした。
新プラトン主義の創始者といわれるプロティノス(二〇五年~)は、「一者」で有名な人です。
「一者」はもちろん神で、無限定な存在からの「流出」によって、世界やわたしたちが創造されました。
なので修行によって「一者」に戻ることも可能です。その方法は「一者」への愛(エロス)です。
「一者」と合一して忘我の状態に達することを「エクスタシス」といいます。いうまでもなくエクスタシーです。
なのでプロティノスはシークの名で知られていました。ちなみにプロティノス自身は四回ほどエクスタシスに達したといわれています。
次回もイスラム神秘主義をお伝えします。
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