【手記】アファンタジアとSDAMな私の内的世界

アファンタジアとSDAMな私の内的世界
by 無像之像(Imageless Imagery)
2026-01-06|v1.0|初版
2026-01-23|v2.0|内容追記
2026-01-29|v3.0|表現の整理
2026-04-26|v3.1|タイトルを簡素にした
先天性アファンタジア(生涯にわたって心的イメージの体験がない)および SDAM(生涯にわたって自伝的記憶の再体験がない)の当事者である私の「内的世界」について、ここに書き残しておく。
これはあくまで個人の事例であり、必ずしも一般的な例ではない。
プロフィール
かつての専門: 印刷業界向けカラー集版システム開発(C言語)、オフィス向けレーザープリンタおよび業務用複合機の組み込みソフトウェア(ファームウェア)開発(C/C++言語)、印刷業界向けワークフローシステム開発(C/C++言語)、趣味としてのWindows用アプリケーション開発(C#言語)。
1. 心的イメージの不在
これまでの人生において、意識の中で心的イメージ(※1)を経験したことがない。いわゆる五感(視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚)のいずれにおいても、心的イメージはまったく生じない。
※1「心的イメージ」とは、ざっくり簡単に言えば「実際の感覚に由来する知覚とは別の、意識内で自律的に生じる知覚に類似した主観的体験」のことである。なお、私自身はこれまで経験したことがないため、概念的な理解に基づく推測としてこれを書いている。
物心ついたときから一貫してこの状態にあるため(あるいは、そうでなかった時期の記憶がないため)、自分では先天的なものだと考えている。
具体例として、視覚的心的イメージ(いわゆる脳内映像)の場合は以下のとおり。
実際の目(まぶた)が開いているか閉じているかにかかわらず、人の顔や場所、風景、建物、物体、輪郭、簡単な図形や線、点、さらには色、明暗、光に至るまで、いかなるものも、瞬間的にでさえ、まったく浮かばない。
たとえば「茶碗に盛った炊きたての白米(ご飯)を想像してください」と言われても、茶碗やご飯の視覚的心的イメージはまったく浮かばない。ただし、「茶碗の形」「そこに盛られている白米」「湯気の立つ様子」「ご飯のピカピカとしたツヤ」「とても美味しそうであること」は分かる。この「分かる」という現象は、心的イメージでも言語的な思考でもなく、ただ「分かる」「知っている」といった認識があるだけである。(便宜的に言うなら non-verbal awareness のような非言語的で即時的な認識に近い)
VVIQ(視覚的心的イメージの鮮明性に関する質問紙)への回答は、常に最下限のスコアになる。
家族の顔が浮かばないからといって、悲しんだり不安になったりしたことは、これまで一度もない。
以前に見たものは「見たことがある」と識別できるため、何らかの情報は脳に記憶されているはずである。
2. 夢の中の抽象的ループ
おそらく夢の中でも同様に、心的イメージを経験したことはない。ただし、夢の性質上、それを意識的・客観的に検証することは難しい。そもそも、夢の内容を覚えていること自体が稀である。
一方で、長時間の思考課題によって脳に強い負荷がかかった後の睡眠中には、その課題に関連した観念に強迫されるような夢をしばしば見る。たとえば、次のような夢がそうだ。
現実の人生には何の関係もない、完全に無意味な課題――たとえば、変数Aの値が100、変数Bの値が200だとして、変数Aの値を変数Bに代入し、さらに変数Bの値を変数Cに代入すると、変数Cの値が100に「なってしまい」、変数Bの初期値であった200は変数Cに保存「されない」。
「だから」、また最初からやり直す、といった課題(妄執)を延々と繰り返す。
そして、その課題の解決がなぜか義務となっている状況の中で、強迫的に考え「させられ」続ける。
このような夢を見た後は、目覚めた直後に毎回「夢でよかった(安堵)」という反応になる。
夢を見る頻度を意識して数えたことはないが、毎日見るわけではなく、連日見ることも稀だと思う。おそらく1か月から数か月の間に1回から数回、あるいは10数回程度ではないかと思う(不確かな主観でしかないが)。
夢の内容については、覚醒後に覚えている場合に限られるが、ほとんどの夢には物語性(時間的な前後関係をもつエピソードの流れ)がない。そこにあるのは、支離滅裂な観念や状況の断片が散在しているだけである。これまでの人生で、物語性があるといえる夢を見たことはほとんどなく、その回数はおそらく二桁にも満たないと思う。それらわずかな物語さえ今は思い出せず、「物語性があるといえる夢を見たはずだ」という微かな記憶があるだけである。
これまでに、夢の中で「人の顔」をまざまざと、あるいはさりげなくでも見たという記憶がない。憶測だが、「人の顔」は人間にとって、視覚的心的イメージの対象として最もポピュラーなものの一つではないだろうか。
明晰夢(夢の中で、これは夢だと自覚している夢)を見た経験も、ない。
3. イメージ不在の情報処理
心的イメージという媒介を経由せず、異なる経路(ショートカット?)で思考しているため、情報処理の進み方が私の場合は独特である可能性もあるのではないかと考えることがある(※何の証拠もない)。
同様に、心的イメージを用いないあり方で思考してきた結果として、言語的・論理的・抽象的な思考スタイルが、私の中で相対的に磨かれてきた可能性もあるのではないかと考えることがある。もっとも、私自身は心的イメージを経験する別のあり方を選ぶことができないため、それが私にとって「ボーナス」であったかどうかを検証することはできない。
4. 自伝的記憶の不在と意味記憶の点在
これまでの人生において、過去の出来事(自伝的記憶)を、追体験あるいは再体験する形で思い出したことはない。
たとえば、自分が写った写真を見ても、その当時の臨場感、存在感、感情の動き、身体感覚などが去来することはない。写真を見て「懐かしいね」と言うことはあるが、それは過去に経験した出来事の事実や概念に対して「懐かしい」と考えているにすぎない。
すなわち、出来事の事実関係としての「意味記憶」については、特段の支障はない。
とはいえ、生まれてから成人までの出来事(意味記憶)は、そもそも思い出すこと自体が稀であり、思い出したとしても蓄積は乏しく、内容も断片的である。たとえるなら、「真夜中に夜空を見上げたとき、数えられるほどわずかな、かすかに光る星々が、空間全体にぽつぽつと散らばり、点在しているような状態」といえる。
大人になり、パートナーとの生活の中で対話が増えたためか、以前よりは出来事(意味記憶)の保持がなされるようになったかもしれない。それでも、そうした出来事(意味記憶)を日常的に振り返ることはほとんどない。要するに、私は過去をあまり顧みない。良い過去であっても、悪い過去であっても。
もっとも、パートナーと共に経験したことや会話したことについては、自分から、あるいはパートナーからの刺激がトリガーとなって、過去(意味記憶)を思い出すことは日常的にある。パートナーと出会う前の人生と比べると、出会ってからのほうが、思い出(意味記憶)は豊かになっているようだ。
とはいえ、何らかのきっかけで過去の回想(意味記憶)が生じたとしても、そこに当時の感情や身体感覚が「去来して」「胸に響いて」「実感を伴って」「心に訴えて」「気持ちが溢れて」「ズシリと」「高ぶって」「沈んで」といった形で現れることはない。そのとき意識の中にあるのは、意味的な情報(たとえば西暦年、場所、状況などの事実関係)であり、同時に、抽象的で非言語的(そしてもちろん非イメージ的)な情報の気配を察することもある。
過去の出来事(意味記憶)によっては、その当時に発せられた言葉の意味が気になったり、モヤっとした感情が生じたりすることもある。しかしそれは、過去の出来事(意味記憶)を「今の私」が咀嚼・再解釈した結果として、「今の私」に感情が生じているのだと思う。
5. 過去と未来と自己
過去や未来は、「エピソードとして生き生きと思い浮かべるもの」ではなく、「知っている」「分かっている」という知識、あるいは認識として把握している。
一方で、「私」という自己は、主に「現在の感情(快・不快・居心地)」や「現在の入力(現実の感覚・知覚)」、そして心的イメージを伴わない思考(意味・知識・概念・観念・抽象・論理・言語・内言など)によって構成されているようだ。
6. 内言と直観
内言(脳内で言語を用いて思考すること)は日常的に活用しており、自身の思考における重要な手段の一つとなっている。
一方で、内言という媒介すら経由せず、直接思考へとショートカットすることもある。この場合、非言語的(かつ当然ながら非イメージ的)に直観しているのだが、この感覚を言語化するのは難しい。
ここでいう内言とは、頭の中で声(音)を聴いたり、発音したり、響かせたりする現象ではない(もちろん、心的イメージが不在であるがゆえ、そのような現象を経験したこともない)。それは、頭の中で言葉(日本語の五十音「あ、い、う、…」)の読みのリズムをなぞる、あるいは刻む、あるいは踏むような感覚である。そのため、内言による思考は、速度が遅くなっている可能性もある。
7. 表現の擬態と適応
日常会話や文章の中で、「はっきりと目に浮かぶ」「あの頃の景色やワクワクした感情を、昨日のことのように思い出す」といった感性的な表現を使うことがある。
しかし、その実態は、「知っている」「分かっている」という知識や認識を、社会的な慣習に合わせて言語的に装飾しているにすぎない。いわば一種の擬態(虚偽ではなく、社会的な適応)である。これは、意図せずとも自然にそうなることがほとんどであり、そうなった後に「いま擬態しているな」と内心で気づくことも少なくない。
8. 日常と人生への影響
※この章の内容は、診断や一般化を目的とするものではない。
このような「内的世界」を備えているが、これまでの人生において、特段の支障をきたしたことはない。
これまでに、この状態(すなわちアファンタジアおよびSDAMがある状態)を変えたいと思ったこともない。
また、これまでの人生で、メンタルヘルスの危機に陥ったこともない。
9. 空間と顔の認識
空間把握や顔(相貌)認識において、不自由を感じたことはない。現在地や経路の把握、他者の顔の識別も、支障なく行えている。
10. 例外的かつ一過性の体験
これまでの人生で数回、寝起きのまどろんだ状態のときに、数秒から十数秒間、ヒプノポンピック・ハルシネーション(覚醒直後の幻覚)を経験したことがある。
このときの幻覚は幻視のみで、目の前の十数センチメートルまで接近した、実在しない物体(たとえば家具やギター)の細部が非常によく見え、対象物に対して自分自身の視点が並行移動しているように感じられた。あるいは、対象物のほうが並行移動しているようにも感じられた。
そして、まどろみの中で、「これまで視覚的心的イメージを経験したことがなかったのに、まるで本物を見ているような、この明瞭な視覚的体験はどういうことなのか」「この状態をもっと味わいたい」などと考えているうちに、まもなく完全に目が覚める。
この主観的体験が心的イメージと関連しているのか、あるいは別種の現象(幻視)なのかについては、自分では判断できない。
これまでの人生で累計三分にも満たないこの不思議な体験は、私にとって事実上、唯一と言ってよい擬似視覚的体験である。
なお、寝入り際に起こるとされるヒプナゴジア(入眠時幻覚)の経験は、これまで一度もない。また、私の人生において幻覚を体験した経験は、先に述べたヒプノポンピック・ハルシネーション(覚醒直後の幻視)のみである。
11. その他のエピソード
a. アファンタジアとSDAMを自覚したときのこと
他者が視覚的心的イメージを経験しているという事実と、自分はそれを経験していないという事実を、はっきりと認識・自覚したのは、三十年ほど前のことだった。その頃は、自分の過去が希薄であることも自覚していたが、当時はこれらの現象に名称もなく、「この興味深い現象の存在に、人類はいつ気づくのだろうか」と考えていた。2000年代に入り、インターネット検索が一般化してからは折に触れて調べていたが、有用な情報は得られなかった。そもそも当時は、適切な検索ワードや概念が存在しなかった。
b. アファンタジアとSDAMという言葉を知ったときのこと
アファンタジアという名称の存在に気づいたのは、2020年頃だった。その後、SDAMという名称に気づいたのは、2022年頃だ。心的イメージ不在という現象に名称が付けられたこと自体が奇跡的だと感じていたところに、さらに過去の記憶が希薄な現象にも名称が付けられたことを知り、これらの概念がついに言語化され、「世界デビュー」を果たしたことに、深い感動と興奮を覚えた。
c. 6歳頃に40度の高熱が1〜数週間続いたこと
本人に記憶はないが、親から聞いた話によると、小学一年生の頃に、40度の高熱が1〜数週間続き、入院したそうだ。目が真っ赤になり、高熱はあったものの、食欲旺盛で元気だったとのことである。医師からは、後遺症として心臓への影響について説明を受けたそうだ。これらを鑑みると、川崎病だった可能性がある。
なお、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行していた2022年頃の海外SNSでは、コロナ感染による高熱とブレインフォグ(アファンタジア様の状態を含む)との関係、コロナ感染症と川崎病の類似点、さらには高熱とアファンタジアの関係に言及する投稿が見られたが、詳細は不明だ。
d. ガンツフリッカーの実験を行ったこと
2022年頃、部屋を真っ暗にして横になり、両耳に高級イヤホンを装着し、ホワイトノイズを聴きながら、完全にリラックスした状態で、40〜50cm先のタブレットで赤黒点滅を10分間見続けるという実験を行ったことがある。この実験は、ガンツフリッカー(Ganzflicker:視覚的な擬似幻覚体験)と呼ばれているが、私には何も起こらなかった。
e. 両眼競合とプライミングの実験を行ったこと
2024年頃、アファンタジアであることが、どのような認知の性質を意味するのかを知るために、簡易的な「両眼競合とプライミング」の実験を実施したことがある。その結果、プライミング効果は確認されなかった。
f. 私が苦手なこと(面接編)
面接などの場で、「最も困難だった仕事」「最も達成感のあった仕事」「あなたのビジョン」「将来どのように貢献できるか」といった質問に答えるのが苦手だ。そのような質問に対しては、出来事を箇条書きのような情報として提示することしかできない。
g. 私が苦手なこと(テスト編)
次のようなテストが苦手だ。
【テスト開始】次の文章を読んでください。30秒後に簡単な質問をします。「ニコライの眼は、かつては緑色だったが、5年前に現在の色になった。メアリーの眼は赤色だが、2年後にゴードンと同じ黄色にするつもりだ。ゴードンの眼は、かつて青色だったが、これはニコライの眼と同じ色だ」
【30秒後】次の質問に、5秒以内で回答してください。「ニコライの3年前の眼の色は?」
【その後】私は混乱してしまったが、私のパートナー(視覚的心的イメージが豊かな人)は、イメージ(脳内映像)を用いて、5秒以内に正解を答えた。
h. 私の両親のこと
故人となった父(色盲)が、視覚性アファンタジアであったかどうかは不明だが、母にはそれがないことは確認した。なお、色盲は遺伝性だが、私は色盲ではない。
i. 私が絵を描くときの作法について
普段、絵を描くことはないが、私にとって絵を描くという行為は、紙面にペンを走らせながら、同時に修正を加えて造形していくという描き方になる。頭の中にキャンバスがないため、紙面上のキャンバスだけが作業場である。とはいえ、主に一筆書きの線画のような絵になることがほとんどだ。
j. 私が好む小説について
これまで小説をよく読んできたが、振り返ってみると、風景や情景の描写を重視した記述よりも、心理や感情を描写した記述のほうに、より強い読みごたえを感じていたかもしれない。
以上
◆ 企画:理論から探る、私のアファンタジアと SDAM
今後、以下の企画・記事を随時公開していきます。
先天性アファンタジア(生涯にわたって心的イメージの体験がない)および SDAM(生涯にわたって自伝的記憶の再体験がない)の当事者として記した私の手記を、各分野の研究者の理論体系を実装した AI に投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証します。
研究者については下記「研究者リスト」を参照。
◆ 研究者リスト
※ 🟥印はレポート作成済みです。リンクから詳細をご覧いただけます。
1) アファンタジア、SDAM
Adam Zeman(アダム・ゼーマン)
|🟥レポート閲覧|🟥β版1|🟥β版2|🟥β版3
|論文|略歴|英国を拠点とする著名な神経内科医・認知神経科学者であり、2015年の画期的論文を通じてアファンタジアの概念を現代神経科学の最前線へと再導入し、同分野の発展に決定的な影響を与えた中心的研究者です。Brian Levine(ブライアン・レヴィン)
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|論文|略歴|カナダを代表する認知神経科学者の一人であり、SDAM概念の提唱を通じて自伝的記憶研究に新たな枠組みをもたらした、同分野を牽引する主要研究者の一人です。Joel Pearson(ジョエル・ピアソン)
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|論文|略歴|心的イメージの神経基盤研究において国際的に高い評価を受ける認知神経科学者であり、アファンタジアの客観的測定法の発展を主導してきた中心的研究者の一人です。Nicholas Watkins(ニコラス・ワトキンス)
|論文|略歴|アファンタジアとSDAMの関連性を追う気鋭の研究者特別枠: Blake Ross(ブレイク・ロス)
|略歴|記事|Firefox共同創設者で、当事者としてアファンタジアを世に広めた人物
2) 記憶
Endel Tulving(エンデル・タルヴィング)
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|論文|略歴|(1927年 - 2023年没)エストニア出身のカナダの認知心理学者であり、エピソード記憶と意味記憶の区別という枠組みを確立し、「心的タイムトラベル」の概念を提唱することで、自伝的記憶研究に大きな影響を与えた記憶研究の代表的研究者の一人です。Daniel L. Schacter(ダニエル・L・シャクター)
|論文|略歴|記憶の心理学的・神経学的研究の第一人者(「記憶の七つの罪」著者)Donna Rose Addis(ドナ・ローズ・アディス)
|論文|略歴|過去の想起と未来のシミュレーションの関係を追究する研究者
3) 内言、言語、内的経験
Russell T. Hurlburt(ラッセル・T・ハールバート)
|論文|略歴|記述的経験サンプリング法(DES)の開発者Ludwig Wittgenstein(ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン)
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|略歴|(1889年 - 1951年没)20世紀哲学を代表する最も影響力のある思想家の一人であり、前期『論理哲学論考』から後期『哲学探究』に至る思想的転回を通じて、言語・意味・心の理解を根本から問い直し、現代分析哲学の展開とその基盤形成に決定的な影響を与えた哲学者です。Charles Fernyhough(チャールズ・ファニーハフ)
|論文|略歴|内言(内的対話)の多様性を追究する心理学者Lev Vygotsky(レフ・ヴィゴツキー)
|略歴|(1896年 - 1934年没)内言と高次精神機能の発達理論
4) イメージ論争
Stephen M. Kosslyn(スティーヴン・M・コスリン)
|論文|略歴|イメージ論争における「絵画的表現」派の主導者Zenon Pylyshyn(ゼノン・ピリシン)
|略歴|(1935年 - 2022年没)イメージ論争における「命題的表現」派の主導者
5) 意識、クオリア
Anil Seth(アニル・セス)
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|論文|略歴|英国を拠点とする認知・計算神経科学者であり、「予測処理」や「制御された幻覚」といった枠組みに基づき、脳がいかに主観的な意識を生み出すのかの解明に取り組む、現代の意識科学を牽引する主要な研究者の一人です。Naotsugu Tsuchiya(土谷 尚嗣)
|論文|略歴|神経科学者、クオリア構造学(意識の主観性を数学的な関係性として客観化)の探求者
6) 哲学
Aristotle(アリストテレス)
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|略歴|(紀元前384年 - 紀元前322年没)古代ギリシアを代表する哲学者の一人であり、広範な分野にわたる体系的研究を通じて西洋思想の基盤形成に大きな影響を与えるとともに、「ファンタシア(phantasia)」の概念を提唱することで、現代の「アファンタジア(aphantasia)」という用語の語源的背景にも連なる枠組みを示した、哲学史上最も重要な人物の一人です。David Hume(デイヴィッド・ヒューム)
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|略歴|(1711年 - 1776年没)18世紀のスコットランドで活躍した哲学者の一人であり、人がどのようにして物事を知るのかを、実際の経験にもとづいて考え直しました。私たちの思考はイメージに基づくと考え、見たり聞いたりした体験と、その体験をもとに心に浮かぶイメージや考えを区別することで、「知っているつもり」の仕組みを明らかにし、その後の哲学に大きな影響を与えた人物です。Kitaro Nishida(西田 幾多郎)
|略歴|(1870年 - 1945年没)「純粋経験」を提唱した日本哲学の巨星
7) その他(人名録)
Galen Strawson(ゲーレン・ストローソン)【専門分野:非物語的自己(Episodic self)、SDAM、自己の哲学】
Lajos Brons(ラヨス・ブロンズ)【専門分野:アファンタジア、SDAM、内的世界の多様性に関する哲学的分析】
Edmund Husserl(エトムント・フッサール)【専門分野:純粋現象学、意識の指向性、内的時間意識】
Fiona Macpherson(フィオナ・マクファーソン)【専門分野:知覚の哲学、アファンタジアにおける想像力の再定義、感覚の多様性】
Maurice Merleau-Ponty(モーリス・メルロ=ポンティ)【専門分野:身体性現象学、知覚の現象学、生きられた身体】
Christof Koch(クリストフ・コッホ)【専門分野:意識の神経相関(NCC)、統合情報理論(IIT)、視覚意識】
Henri Bergson(アンリ・ベルクソン)【専門分野:純粋持続(時間の哲学)、記憶論(『物質と記憶』)、生の跳躍】
Daniela Palombo(ダニエラ・パロンボ)【専門分野:SDAM、自伝的記憶の個人差、情動記憶】
Merlin Monzel(マーリン・モンゼル)【専門分野:アファンタジアの認知プロファイル、心的イメージの欠如と知覚】
Evan Thompson(エヴァン・トンプソン)【専門分野:神経現象学、身体化された認知、意識の主観的記述】
Amy Kind(エイミー・カインド)【専門分野:想像力の哲学、イメージなき想像力、心の哲学】
Shaun Gallagher(ショーン・ギャラガー)【専門分野:現象学的認知科学、前反省的自己意識、ナラティブ・セルフ】
Nadine Dijkstra(ナディーン・ディクストラ)【専門分野:知覚とイメージの境界、アファンタジアの神経基盤】
Felipe De Brigard(フェリペ・デ・ブリガード)【専門分野:記憶と想像力の連続性、反事実的思考、自伝的記憶】
Dan Zahavi(ダン・ザハヴィ)【専門分野:現象学的自己論、主体性(Minyness)、他者性】
Christopher McCarroll(クリストファー・マッカロール)【専門分野:記憶における視点(観察者視点)、自伝的記憶の現象学】
Alexei J. Dawes(アレクセイ・ドーズ)【専門分野:アファンタジアの多感覚的欠如、SDAM、内的世界の個人差】
Bence Nanay(ベンス・ナナイ)【専門分野:心的イメージの哲学、アファンタジア、知覚の哲学】
Wilma Bainbridge(ウィルマ・ベインブリッジ)【専門分野:心的イメージの視覚的記憶、アファンタジアと描画、記憶の客観的評価】
Reshanne Reeder(レシャンヌ・リーダー)【専門分野:アファンタジアの視覚認知、心的イメージの変異】
Rebecca Keogh(レベッカ・キーオ)【専門分野:アファンタジア、心的イメージの強度の神経計測、視覚的ワーキングメモリ】
Catherine Loveday(キャサリン・ラブデイ)【専門分野:自伝的記憶の神経心理学、SDAM、音楽と記憶】
Karl Szpunar(カール・スプナール)【専門分野:未来思考(エピソード的将来思考)、自伝的記憶、教育心理学】
Johannes Mahr(ヨハネス・メール)【専門分野:自伝的記憶の進化的機能、エピソード記憶の認識論】
Thomas Metzinger(トーマス・メッツィンガー)【専門分野:自己モデル理論(Ego Tunnel)、意識の透明性、無意識の主体性】
Raquel Krempel(ラケル・クレンプル)【専門分野:アファンタジアと概念的思考、SDAMと自己認識】
Mélissa Fox-Muraton(メリッサ・フォックス=ミュラトン)【専門分野:アファンタジアの現象学、想像力と実存主義】
Marya Schechtman(メアリヤ・シェクトマン)【専門分野:ナラティブ・セルフ、記憶と人格の同一性、自己の構成要素】
Kourken Michaelian(クルケン・ミカエリアン)【専門分野:記憶のシミュレーション理論、記憶と想像の境界、記憶の認識論】
Stanislas Dehaene(スタニスラス・ドゥアンヌ)【専門分野:意識のグローバル・ワークスペース理論、数覚、読字の神経科学】
Paul Ricoeur(ポール・リクール)【専門分野:ナラティブ・アイデンティティ(物語的同一性)、解釈学、記憶と忘却】
Nina Strohminger(ニナ・ストローミンガー)【専門分野:道徳的自己(Moral Self)、アイデンティティの変容、人格の心理学】
Jennifer Windt(ジェニファー・ウィンド)【専門分野:夢の認知科学、心的イメージを伴わない夢(概念的夢)、意識の哲学】
Peter Mende-Siedlecki(ピーター・メンデルス)【専門分野:社会神経科学、印象形成、エピソード記憶と対人認知】
Christoph Hoerl(クリストフ・ホアル)【専門分野:時間の哲学、エピソード記憶の性質、SDAMにおける時間意識】
Antonio Damasio(アントニオ・ダマシオ)【専門分野:情動の神経科学(ソマティック・マーカー仮説)、身体化された自己、意識】
Joel L. Voss(ジョエル・L・ボス)【専門分野:海馬とエピソード記憶、SDAMの神経基盤、記憶の神経調節】
Eleanor Maguire(エレノア・マグワイア)【専門分野:自伝的記憶、海馬の神経可塑性、空間ナビゲーション】
Morris Moscovitch(モリス・モスコヴィッチ)【専門分野:自伝的記憶と自己、海馬依存性(多重痕跡理論)、神経心理学】
Dan McAdams(ダン・マクアダムズ)【専門分野:物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)、ライフストーリー心理学、人格発達】
Jerome Bruner(ジェローム・ブルーナー)【専門分野:文化心理学、物語的思考、教育心理学】
Stan Klein(スタン・クライン)【専門分野:自伝的記憶と自己知識の分離、記憶の哲学、進化心理学】
Allan Paivio(アラン・パイヴィオ)【専門分野:二重コード理論(Dual-coding theory)、心的イメージと言語の認知心理学】
Andy Clark(アンディ・クラーク)【専門分野:拡張マインド仮説(Extended mind hypothesis)、予測処理、身体化された認知科学】
Bin Kimura(木村 敏)【専門分野:現象学・精神病理学、時間構造論、あいだの思想】
Daniel Dennett(ダニエル・デネット)【専門分野:意識の複数草稿モデル(Multiple Drafts Model)、心の哲学、クオリア批判】
Thomas Andrillon(トーマス・アンドリロン)【専門分野:睡眠中の認知処理、意識の神経科学、記憶の再固定化】
Thomas Nagel(トマス・ネーゲル)【専門分野:意識の哲学(「コウモリであるとはどのようなことか」)、主観性、客観性】
Yujiro Nakamura(中村 雄二郎)【専門分野:共通感覚論、現代哲学、方法としての身体】
Julia Simner(ジュリア・シモナー)【専門分野:共感覚の認知神経科学、アファンタジア、個人差】
V. S. Ramachandran(ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン)【専門分野:行動神経学、幻肢痛、共感覚、脳の可塑性】
Zoe Pounder(ゾーイ・パウンダー)【専門分野:アファンタジアの心理社会的影響、自伝的記憶、内的経験の多様性】
Todd Feinberg(トッド・フェインバーグ)【専門分野:自己の神経心理学、意識の統合、精神医学的自己論】
Randy Buckner(ランディ・バックナー)【専門分野:デフォルトモードネットワーク(DMN)、自伝的思考、記憶の神経基盤】
Mark Wheeler(マーク・ウィーラー)【専門分野:自己投射(Self-projection)、エピソード記憶の進化、意識的想起】
Jonathan Smallwood(ジョナサン・スモールウッド)【専門分野:マインドワンダリング(心の彷徨)、内省、デフォルトモードネットワーク】
Stephen Palmer(スティーヴン・パーマー)【専門分野:視覚科学、視覚表象の計算論的アプローチ、ゲシュタルト心理学】
Michael Tye(マイケル・タイ)【専門分野:意識の表象主義、クオリア、心の哲学】
John Campbell(ジョン・キャンベル)【専門分野:自己と意識の哲学、注意と空間表象、知覚の直接実在論】
Francisco Varela(フランシスコ・ヴァレラ)【専門分野:神経現象学(Neurophenomenology)、オートポイエーシス(自己創出システム)、発生的認知科学】
Michel Bitbol(ミシェル・ビットボル)【専門分野:量子力学の哲学、意識と主観性の科学的探求、現象学と物理学の統合】
Romain Quentin(ロマン・カンタン)【専門分野:記憶の神経科学、アファンタジアの脳接続異常、パリ脳研究所(PIC-ID)】
Sherry Turkle(シェリー・タークル)【専門分野:人間と技術の関係、ロボットとの社会的相互作用、デジタル文化の心理学】
Alva Noë(アルヴァ・ノエ)【専門分野:知覚の活動説(Enactivism)、意識の哲学、身体化された認知】
Jerry Fodor(ジェリー・フォーダー)【専門分野:心のモジュール性、思考の言語仮説、表象主義】
Fraser Milton(フレイザー・ミルトン)【専門分野:アファンタジアの認知神経心理学、記憶の分類、視覚的イメージ】
Preston Lennon(プレストン・レノン)【専門分野:心的イメージの哲学、内的経験の性質、知覚と想像の境界】
