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AIと人口減で、マーケティングはどう変わる? ── 変わるもの、変わらないもの(2030年/2050年の地図予測)

マーケティングメディアもカンファレンスも社内の雑談も、生成AI一色ですね。「AIが選択肢を出してくれて、比較表まで作ってくれて、なんなら意思決定まで代わりにやってくれるなら、これまでのような認知や想起、ブランドづくりは要らなくなるのでは?」という声もよく聞きます。

最初に結論を言っておきます。マーケティングの本質は、AIが普及しても変わりません。変わるのは「思い出してもらう相手」と「思い出してもらう場所」が一つ増える、その一点です。ただし、その一点が、扱う商材や時間軸によっては、運用全体の重心を大きく動かします。

本稿では、拙著『売上の地図』で整理した「売上を動かす20の地図」のうち主要なものを取り上げ、AIが普及すると一枚ずつどう塗り変わっていくのかを点検していきます。そのうえで、各テーマを中期予想(2030年ごろ)長期予想(2050年ごろ)に分けて見通します。中期は今ある数字とサービスの延長線で、ある程度の確度をもって描けます。一方で2050年は、誰にも断言できない投機的なシナリオです。ここでは不変の原理から逆算した思考実験として読んでください。

そして本稿の後半では、もう一段大きな話を重ねます。AIという地殻変動が地図の「上」に乗ってくる一方で、地図の「土台」そのもの──日本の人口と世帯構造──も、これから劇的に動くからです。マーケティングとは、突き詰めれば「人間の営みを科学し、再現性を高めること」です。だとすれば、その対象である人間社会そのものが激変する局面では、再現性の前提も書き換わります。AIの進化・普及と人口動態の変化、この二つの地殻変動が交差したとき、日本のマーケティングはどんな世界線に入るのか。最後の章で、その合流点を描きます。

※ 本記事は27,000字あります。「時間があるときに目を通したい」と思ったそこのあなた。いますぐ「スキ」をして「ブクマ」しておいてください!

なお、本稿で言う「生成AI」は、ChatGPT、Gemini、Claudeのようなテキストや画像を生成する基盤技術そのものを指します。「AIエージェント」は、それを土台に、ユーザーに代わって問いに答え、候補を整理し、ときに購買や予約まで実行するアプリケーションを指します。生活者が「家族で行ける温泉宿を教えて」と話しかけている相手は、厳密には後者です。媒介者としての役割を強調するときは「AIエージェント」と呼び分けます。

地図のいちばん上に、新しい一層が乗った

まず前提の確認です。『売上の地図』では、売上は「メンタルアベイラビリティ(思い出されやすさ)」と「フィジカルアベイラビリティ(買い求めやすさ)」という2つのしやすさで決まる、と整理しました。生活者の頭の中で、ある状況が立ち上がった瞬間に自社が思い出され(メンタル)、思い出したそのときに買える場所がある(フィジカル)。この2軸が売上の屋台骨です。

売上の地図_v5

・「想起」=メンタルアベイラビリティ(思い出されやすさ)
・「売り場」=フィジカルアベイラビリティ(買い求めやすさ)

生成AIが普及して起きたのは、この2つのしやすさの「手前」に、媒介者という新しい一層が乗った、ということです。生活者が「3歳の子どもを連れて行ける安全なキャンプ場は?」と聞けば、AIエージェントが候補を絞り込んで返してくる。Amazonの検索窓には「Rufus」が常駐し、Google検索の先頭には「AI Overviews」が並びます。頭の中の想起から画面の中の想起へ、とまでは言いませんが、「人の頭」と「購買」のあいだに、AIという読み手がもう一人加わったことは確かです。

ここからは、この新しい一層が、地図を一枚ずつどう変えるのかを見ていきます。

1. 想起の地図──第一想起は「人の頭」と「AIの応答」の二重戦になる

『売上の地図』第3の地図で論じたのは、思い出してもらえることの重要性です。一番売れている商品は、様々な局面(いろんなオケージョンやニーズ、文脈上で)真っ先に思い出される商品です。想起とは、ある状況が立ち上がった瞬間、頭に浮かぶブランドのこと。ここがAI時代の大きな変化点になりえます。

中期予想(2030年ごろ)

想起の定義そのものが拡張されます。これまでは「人の頭の中での想起順位」だけを見ていればよかったものが、これからは「AIエージェントの応答リストの中での順位」も同時に取りにいく必要が出てきます。

買い物の選択は、おおまかに三段階のフィルターを通るようになります。層0:そもそもAIの応答リスト(5〜10ブランド)に入っているか。層1:そのリストの中で、生活者がそのブランドを見覚えているか(助成想起)。層2:リストの中で、生活者が事前に「これといえば(こういうときは、これを満たしてほしいときは、こういう文脈では)このブランド」と思っているか(純粋想起・第一想起)。

ここで強調したいのは、AIに思い出してもらう戦い(層0)が新しく増えても、人の頭の中の想起戦(層1・層2)の重要性は下がらない、むしろ上がる、ということです。AIが5つの候補を出したとき、生活者は知らないブランドを反射的に除外します。「知らないものは怖い」というリスク回避は、AIが推しても消えません。そして、自分が元から想起していたブランドがリストに入っていれば、「やっぱりこれだよな、AIも同じ結論なら間違いない」と、確証バイアスが効いて一気に選択が収束します。

AI想起と人間想起は、足し算ではなく掛け算で効きます。片方だけでは選ばれにくい。だからこそ、2030年に向けては「AIに思い出される施策」と「人に思い出される施策」を、どちらか一方ではなく両輪で設計することが必要になります。

長期予想(2050年ごろ)

媒介者が成熟しても、第一想起の構造そのものは壊れないと考えています。「ある状況で、最初に立ち上がる存在になる」という勝負の形は不変です。

変わるのは、想起を獲りにいく主戦場が、いっそう「AIの記憶の中」へ移っていく点です。2050年の生活者は、汎用のAIではなく、自分の好みや過去の購買を長年学習した「自分専属のエージェント」を持っているかもしれません。そうなると、想起は「世間一般の頭の中」ではなく、「一人ひとりのエージェントが、その人の文脈で最初に挙げるブランド」へと、極限まで個人化します。マスでの認知獲得という発想は薄れ、「個々のエージェントに、長期にわたって正しい文脈で記憶され続ける」ことが想起戦の中心になる可能性があります。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 まず、自社の主要な状況(CEP・CEPs:カテゴリーエントリーポイント)を10〜20個リスト化し、それを毎月主要なAIに投げて「自社が応答に出るか/何番目か/競合は誰か」を記録するところから始めます。同時に、従来の純粋想起率・第一想起率の調査も継続します。この二つを並べた「人間想起✕AI想起」の一枚表を作り、両方が低い状況、片方だけ高い状況を見える化します。掛け算で効く以上、まず「自社はどちらが弱いのか」を特定するのが最初の一手です。自社が健康な状態かどうか、不健康ならどこがどのくらい悪いのかを正確に把握するのです。治療計画と薬の処方はそれから。まずは、診察と診断から始めてください。

2050年までの取り組み。 個人専属エージェントの時代を見据え、自社を「その人の文脈で正しく記憶してもらう」ためのデータ整備に長期投資します。具体的には、どんな状況の人にどんな価値を提供してきたかという文脈の蓄積(顧客事例、利用シーンの記録)を、機械が読める形で持ち続けること。短期の認知キャンペーンより、長期で一貫した文脈の積み上げが効く時代に備えます。

2. 売り場の地図──棚の力が、応答リストの中の動線に置き換わっていく

『売上の地図』第2の地図で論じたのは、チャネル(売り場)の巨大な影響力です。どれだけ思い出してもらえても、買える場所がなければ売上にはならない。これがフィジカルアベイラビリティです。

中期予想(2030年ごろ)

物理的な棚やECの導線に加えて、「AIエージェントが提示した候補リストの中に、購入リンクや問い合わせ動線がちゃんと機能する形で存在するか」という新しい売り場が生まれます。Amazon RufusやGoogleのショッピングAIは、すでに応答の中に直接購入リンクを埋め込み始めています。「思い出された後に、その場で買えるか」という古典的な問いが、応答画面という新しい場所で繰り返されるわけです。

最寄り品ではこの変化はまだ小さいでしょう。コンビニの棚の前で3秒で手が動く購買は、AIをほとんど通りません。一方、家電やホテルのような買回り品では、AIの応答リストに入って、かつそこから滑らかに予約・購入まで運べる動線を持っているかが、棚取りと同じくらい重要になります。

長期予想(2050年ごろ)

ここが最も大きく変わりうる領域です。最寄り品の世界では、スマート家電と補充エージェントが結びついた「補充購買の自動化」が一定の普及水準に達する可能性があります。冷蔵庫が牛乳の減りを検知し、エージェントが自動で発注する。そのとき、生活者は二極化していくでしょう。「マヨネーズは絶対これ」とブランドを固定する人と、「調味料はこだわらないから、安くてレビューが高いものを送って」とAIに完全委任する人です。

問題は、後者の「お任せ」設定でAIが選ぶのは、結局、上位想起のブランドか、レビューと評価が積み上がった先行ブランドか、その時点で最安値の商品だという点です。つまり、棚の前の「真実の瞬間」そのものが小さくなり、勝負が「AIへの初期設定をどちらが取るか」に前倒しされます。2026年の時点で上位想起を取れていないブランドが、2050年に店頭の値引きで巻き返そうとしても、その店頭の瞬間自体が縮んでいるかもしれません。フィジカルアベイラビリティの主戦場が、棚から「エージェントの初期設定」へと静かに移っていく、というのが長期の見立てです。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 AIの応答リストに自社が出たとき、そこから「3秒で買える/問い合わせられる」状態を作ります。Amazonや主要ECの商品ページを、機械が読み取りやすい構造(正確な属性情報、レビューの蓄積、明快な型番・価格)に整える。買回り品・高関与商材なら、AIが比較表を作る際に拾われる一次情報(公式の仕様ページ、FAQ、第三者評価)を整備し、応答から自社サイトへの動線を切らさないことが優先課題です。

2050年までの取り組み。 補充購買の自動化に備え、「最初の一回、AIの初期設定に入る」ための仕組みを設計します。定期購入・サブスク・初回お試しのように、生活者が一度選んだら継続される導線を、いまのうちに太くしておきたい。長期では「店頭の値引きで巻き返す」という選択肢が縮むため、エンド陳列頼みの売り方から、初期設定を取りにいく売り方へ、販売設計そのものを移していく準備が必要です。

3. 広告・PRの地図──「人を説得する素材」から「機械に読ませる素材」へ

『売上の地図』では、広告(第12の地図)とPR(第13の地図)を分けて論じました。AI時代に効いてくるのは、この境界の引き直しです。AIエージェントは広告クリエイティブの情緒ではなく、テキストの蓄積を読むからです。

ここで、打ち手を二つの層に分けて考えると整理しやすくなります。ひとつは学習データ層。AIが基盤モデルを訓練するときに取り込むテキスト群で、報道、業界白書、引用される書籍、専門メディアの蓄積記事などが含まれます。もうひとつは推論時層。生活者が質問した瞬間に、AIがWeb検索やRAGで参照する一次情報の層で、自社サイトの製品ページ、最新のIR、レビュー、FAQなどです。

中期予想(2030年ごろ)

「AIに思い出してもらう」仕事の正体が見えてきます。それは、長く続いているPR、評判管理、コンテンツマーケティング、IRの延長線上にある仕事です。まったく新しい職能ではありません。違うのは、読み手が人ではなく機械でもある、そしてその機械は訓練データと検索インデックスを通じてしかブランドを知り得ない、という点だけです。

実務的には、学習データ層は年単位の戦いになります。プレスリリースの単発投下では動きません。報道の質と量の底上げ、引用される一次情報の発信といった積層が効きます。一方の推論時層は、サイトの構造化(機械が読みやすい見出し設計、FAQ形式、独自性の明示)と更新頻度で、月単位・四半期単位で動かせます。学習データ層は時間を、推論時層は構造と更新頻度を要求します。学習データ層は大手にとって最大の防壁であり、推論時層は新興にとって唯一に近い反撃点になります。

注意したいのは、この構造がカテゴリーによっては「先発有利・強者集中」を強める点です。長年の記事・レビュー・引用が積み上がった老舗ブランドは、機械の記憶の中でも先行優位を持ちます。さらにAIは、不確実な推薦を避けたがる性質から、「実績◯年」「導入◯万社」のような安心材料を持つ大手を選びやすい特徴を持ちます。歴史と物量が、そのまま機械の記憶に転写されるわけです。これが「早く始めた方が有利」の理由です。

長期予想(2050年ごろ)

広告と編集コンテンツの境界は、いっそう曖昧になります。「人の感情を動かす広告」と「機械に正しく読ませる構造化情報」が、別々の制作ラインとして併存するようになるでしょう。前者はブランドの好意度や情緒的な記憶(『売上の地図』第4の地図で論じた「好意」の領域)を担い、後者はエージェントの応答に入るための「機械可読な真実」を供給します。

そして長期では、新興プレイヤーの反撃点だった推論時層も、大手がAIネイティブな情報整備に本腰を入れることで防壁化していく恐れがあります。先発と強者への集中はさらに進みます。だからこそ、後発が正面から「ドライヤー」「ノートPC」のような一般カテゴリー語で戦うのは、ますます分が悪くなると予想します。次節で述べる非対称戦略の重要性が、長期になるほど増していきます。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 制作物を二系統に分けて回し始めます。ひとつは従来通り、人の感情と好意を動かす広告・クリエイティブ。もうひとつは、機械に読ませる「構造化された真実」、すなわち独自性が明記された製品ページ、FAQ、IR、引用されうる一次情報です。あわせて、単発のプレスリリース依存から脱し、報道・専門メディア・白書への継続露出という「年単位で効くPR」に予算配分を移します。学習データ層は時間がかかるので、着手は早いほどいいと思います。

2050年までの取り組み。 推論時層すら大手が固める時代を見据え、自社にしか書けない一次情報の発信を資産化します。独自調査、現場データ、専門知見など、他社が模倣できない「引用される情報源」になることが、機械の記憶の中で生き残る道です。広告の情緒価値と機械可読の情報価値、その両輪を「別々のKPIで長期運用」する体制を作ります(←大事!)。

4. 効果測定の地図──KPIに「AI想起モニタリング」がもう一本加わる

『売上の地図』第20の地図で、私は「マーケティング効果は100%正確には測定できない」と書きました(どんなに頑張っても、最後の最後は「わからない部分」が残ってしまう)。それでも、測れるものを増やし、投資判断の解像度を上げる努力は続きます。AIはここに新しい指標を一本足してきます。

中期予想(2030年ごろ)

「AI想起モニタリング」が標準KPIに加わります。やることはシンプルで、自社が押さえるべき状況(CEP・CEPs:カテゴリーエントリーポイント)を優先順位付きでリスト化し、それを主要なAIエージェント(ChatGPT、Gemini、AI Overviews、Claudeなど)にそのまま投げて、毎月こう測ります。「自社が応答に登場するか、何番目に出るか、一緒に並ぶ競合は誰か、根拠として引用される一次情報源は何か」。これは、従来の検索順位モニタリングのAI版です。

ひとつ実務上の落とし穴があります。AIの推薦には大きな「揺れ」が生じます。同じ問いを2回投げて違う答えが返ることは珍しくありません(まじなんなの…)。だから一回の結果に一喜一憂せず、複数のAIで複数回測り、構造的にどのブランドが浮かびやすいかを把握することが要点になります(結果は毎回変わりますが、傾向として出る、出ない、順位が上がった、下がったはわかります)。そして測るときは、先述の学習データ層と推論時層を分けて見る。同じ「登場率」でも、二層を分ければ、何にどのスピード感で投資すべきかが見えてきます。

長期予想(2050年ごろ)

測定の主役が、人間のマーケターからAIへと移っていく可能性があります。自社のエージェントが競合のエージェントと無数の状況文で「対戦」し、どの文脈で自社が勝ち、どこで負けているかを常時自動で測り、打ち手まで提案する。効果測定は、月次のレポート作業から、リアルタイムで回り続けるシステムへと姿を変えるかもしれません。

ただし、ここでも『売上の地図』第20の地図の結論は生き残ると思います。測定がどれだけ高度化しても、ブランドが頭の中に残ること、人が「なんとなくこっちの方が好きだから選ぶ」ことの全量は、最後まで完全には数値化しきることは容易ではありません。測れる領域が広がるほど、測れない領域の価値が逆に際立つ、という構図は長期でも変わらないとみています。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 既存の効果測定ダッシュボードに、AI想起の列を一本足します。複数のAIで複数回、毎月定点観測し、学習データ層(年単位で動く)と推論時層(四半期で動く)を分けて記録します。一発の結果に振り回されないよう、揺らぎを前提に「傾向」で読む運用ルールを決めておくことが要点です。測定の目的は順位そのものではなく、「次にどこへ投資するか」を決めることだと、チーム内で共有します。

2050年までの取り組み。 測定をリアルタイムの自動システムへ移行させつつ、「数値化しきれない領域」をあえて経営の評価軸に残します。ブランドの好意や記憶のように、AIが完全には測れない価値こそ、長期の差別化源泉になる。すべてを自動最適化に委ねず、測れないものに投資し続ける判断を、人が握り続ける仕組みを設計します。

私は、キユーピーの取り組みがひとつの答えを示していると思います。

5. カテゴリーの地図──変化の速度は商材で大きく違う

ここで注意してほしいことがあります。私は、「全カテゴリーでAI対応を急げ」とは言っていません。拙著『業界別マーケティングの地図』や『マーケティング「つながる」思考術』で繰り返し論じたように、商材の性質によってマーケティングの打ち手はまるで変わるからです。AIの影響度も、最寄り品・買回り品・高関与商材の三層でくっきり分かれます。

中期予想(2030年ごろ)

第一層・最寄り品(影響:小)。 チョコ、缶コーヒー、洗剤。速い思考が支配する低関与・反復購買です。AIに相談する暇も動機もほぼありません。ここはAI時代でも「棚と頭の中の戦い」、つまりフィジカルアベイラビリティと想起のされやすさという古典的な勝ち筋がそのまま効きます。

第二層・買回り品(影響:中〜大)。 家電、化粧品、ホテル、ガジェット。数日〜数週間の検討期間があり、AIエージェントが「整理係」として明確に役立ちます。生活者がAIに渡しているのは、検索キーワードではなく「梅雨までに買い替えたい乾燥機、5人家族で電気代も気になる」という状況文そのもの。ここは計測フェーズに入ります。

第三層・高関与・情報非対称商材(影響:極大)。 住宅、自動車、保険、医療、BtoBの大型導入。検討期間が長く、専門用語が複雑で、情報の非対称性が極めて高い。この層はAI抜きには検討プロセスが回らない方向へ動いており、2030年に向けてはもう実装フェーズです。

ここで効いてくるのが、「今すぐ客/そのうち客」の発想です。B2Cでは第二層と第三層、そしてB2Bには「95-5の法則」があり、いま実際に検討に入っているのは全体の5%、残り95%は将来の見込み層、という考え方があります。AIに継続的に思い出してもらうことは、この95%層に媒介者を通じて自社を刷り込み続ける手段になります。短期の検討者には人への想起が、長期の見込み層にはAIへの想起が効く、という役割分担です。

長期予想(2050年ごろ)

三層の境界線が、下の層へとずるずる降りてきます。2030年時点では「AIをほぼ通らない」とされた最寄り品も、補充自動化の普及で、第二層・第三層の力学(先発有利・強者集中)に少しずつ巻き込まれていきます。つまり長期では、ほぼ全カテゴリーで「人の頭の中の想起」と「AIの記憶の中の想起」の両取りが必要になる、というのが見立てです。

それでも、新興・中小に勝ち筋がなくなるわけではありません。むしろAI時代に強くなる武器が、CEPs(状況文)の設計です。「ドライヤー」のような大きな一般語で大手と正面衝突すれば、蓄積された言及量の差で勝てません。けれど、自社が定義したばかりの独自カテゴリーや、特定の状況文(オケージョンやニーズや文脈)に絞って局地戦を組めば、その狭い戦場にはまだ誰も大量の学習素材を流し込んでいない可能性があります。大手の歴史的優位が効かない戦場を自分で定義する。この非対称戦略の価値は、強者集中が進む長期になるほど高まるとみています。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 まず「自社のカテゴリーは三層のどこか」を確定させます。最寄り品なら、AI対応は静観でよく、棚と第一想起の古典的な打ち手に集中します。買回り品なら、いまは計測フェーズ──AI想起モニタリングを回しつつ、応答に入るための一次情報整備を始める。高関与・情報非対称商材なら、もう実装フェーズです。自社が答えるべき状況文を設計し、そこでAIに想起される一次情報を本格的に投下します。層を見誤ると、最寄り品で過剰投資・高関与で過小投資というねじれた配分が起きるので、ここが最初の分岐点です。

2050年までの取り組み。 三層の境界が下に降りてくる前提で、最寄り品であっても「人の想起」と「AIの記憶」の両取り設計に着手します。同時に、新興・中小であれば、大手の歴史的優位が効きにくい「自社が定義した独自カテゴリー・独自の状況文」を育てる長期戦に入ります。一般カテゴリー語での正面衝突を避け、狭くても自社が上位で想起される戦場を、時間をかけて自分の手で作っていくことが、強者集中の時代を生き抜く中小の本筋になります。

6. マクロの地図──人口と世帯の地殻変動に、AIの地殻変動を重ねる

ここまでは、AIという媒介者が地図の「上」に乗ってくる話でした。ここからは、地図の「土台」そのものが動く話を重ねます。

マーケティングとは、人間の営みを科学し、再現性を高める仕事です。ところが日本は、その「人間が生きる社会そのもの」が激変する前夜にいます。総人口はすでに2000年代後半から減り始め、2030年の総人口は約1億1,700万人と推計されています。そして2030年前後を境に、これまで人口減を下支えしてきた世帯数までもがピークを越え、減少に転じます。家具や家電のように「一人」ではなく「一世帯」で買う耐久財の市場は、人口が減っても世帯数が伸びるあいだは支えられてきました。その下支えが、いよいよ外れてしまいます。

世帯の中身も変わりました。かつての標準だった「夫婦と子ども二人」は縮み、いまや最も多い世帯は一人暮らし世帯です。単独世帯は全体のおよそ3分の1を占め、そのうち半数近く(約46%)が高齢者の一人暮らしです。

そして高齢化です。日本は世界に先駆けて急激な高齢社会に入ります。高齢化率は2024年時点で約29%、2040年でも約35%(令和5年推計で34.8%)に達する見込みで、団塊の世代は2025年に全員が後期高齢者となりました。健康寿命を超えた層が増えれば、一人あたりの消費量が減っていくことは、想像に難くありません。

人口減そのものも加速します。最新の令和5年推計(中位)では、総人口が1億人を割り込むのは2056年。2026年の約1億2,300万人は、2050年代後半には2割近く減る見通しです。30年ほどで人口の5分の1が消える計算で、しかも残った1億人弱は、猛烈な高齢化の中にいます。

この土台の変化と、ここまで論じてきたAIの変化を重ねると、どんな世界線が見えてくるでしょうか。

中期予想(2030年ごろ)

国内市場は「数で伸びる」局面が完全に終わります。人口も世帯数も減り始め、団塊世代の消費も縮みます。つまり、母数の成長による売上増という、これまで多くの企業が無意識に頼ってきた追い風が止まるのです。これは、マーケティングの主な目的が「新規の刈り取り(パイの拡大)」から「縮むパイの中でのシェア奪取」へと、はっきり切り替わることを意味します。

『売上の地図』の言葉でいえば、トライアル(新規)で稼ぐモデルから、高い想起を握ってシェアと指名を守るモデルへ、重心が移るでしょう。「今すぐ客/そのうち客」の発想でいえば、母数が減るぶん、一人の「そのうち客」を取りこぼさず、長く育てる重要性が増します。

ここにAIの変化が重なると、二つの圧力が同じ方向に働きます。

ひとつは、単独世帯の増加とAI委任の相性です。一人暮らしには、購買を相談する家族がいません。これまで配偶者や親に聞いていた相談が、そのままAIエージェントに向かいます。「テレビは何がいい?」「ここの収納家具、どうする?」を、人ではなくAIに聞く。単独世帯が最多の社会は、構造的に「AIに相談する社会」と相性がいい気がします。本稿の第1〜5章で論じたAI想起戦の重みが、世帯構造の側からも押し上げられるかもしれません。

もうひとつは、縮む市場と強者集中の二重がけです。先に述べたように、AI媒介は先発有利・強者集中を生みやすい特徴を持ちます。そこに市場縮小が重なると、集中はさらに進みます。ダブルジョパディの法則──シェアの小さいブランドは、買う人も少なく、買っても忠誠度が低いという二重苦──は、パイが縮むほど小さいブランドに厳しく効きます。市場縮小、AI集中、ダブルジョパディ。この三つが同じ向きに作用し、先行ブランドのポジションが固定化していく。2030年は、その固定化が始まる入口です。

長期予想(2050年ごろ)

人口1億人弱、高齢化率(総人口に占める「65歳以上の高齢者」の割合)35%超、そしてAIが購買の媒介者として完全に定着した社会。ここでマーケティングは、いくつかの構造的な転換を迎えていると考えられます。

第一に、高関与・情報非対称商材が、市場の主役級になる可能性です。高齢社会では、医療、介護、保険、資産の取り崩し、住み替え・住宅のダウンサイジングといった、検討が重く情報が複雑なテーマの比重が増します。これらはまさに、第5章で「AIの影響が極大」とした第三層です。つまり、人口構成の高齢化が、AI媒介がもっとも効くカテゴリーの市場規模を押し上げる、ということです。2050年の高齢者は、いまの40〜50代、すなわちデジタルとAIを使いこなす世代です。「高齢者はAIを使わない」という前提は、長期では成り立ちません。シニア(いまの40〜50代)✕ AIエージェント ✕ 高関与商材が、国内マーケティングの一大主戦場になっている世界線は、十分にありえます。

第二に、国内は「守りと深さ」、成長は「外と長さ」へという分岐です。縮む国内で新規を増やし続けるのは物理的に困難です。だとすれば成長の活路は、海外市場(越境ECなどで外へ売りに行く動きと、後述するインバウンドという外から来てもらう動き)か、一人の顧客と長く付き合うLTV(生涯価値)の最大化か、そのいずれかに寄っていきます。AIはここで効きます。限られた人口の中で、いずれ検討に入る95%の見込み層や、可視化されにくい意思決定者に、媒介者を通じて自社を継続的に思い出させ続ける。母数が減るほど、一人を取りこぼさないAIの再露出力の価値は上がります。

第三に、作り手の側の人口も減るという現実です。マーケティング部門も人手不足になります。効果測定の自動化は、好みの問題ではなく必然になります。少人数のチームが、AIに運用と測定の大半を委ね、人間は「何を測らないか」「測れない価値にどう賭けるか」という判断に集中することになります(誰が見てもわかる現在のダッシュボード数値による意思決定はAIが簡単にやってくれるようになります。人間の価値は、数値では測れない価値にどう張るか?張らないか?の意思決定になると思います)。マーケターの仕事の重心が、作業から設計・判断へと、いやおうなく移るとみています。

総じて2050年の世界線は、こう要約できます。縮小し高齢化した市場で、AIに記憶された先行ブランドが指名を集め続け、新興は独自カテゴリーの局地戦か、海外・シニア特化に活路を求める。市場の拡大ではなく、想起の維持とLTVの深掘りが、勝敗を分ける時代です。

ちなみに──縮む内需の外で、もう一つの「市場」が来日している

「成長は外へ」と書きましたが、外へ売りに行く越境ECだけが外需ではありません。いま、外から日本へ来てくれる市場、すなわちインバウンド(訪日観光)が、縮む内需を補う数少ない構造的成長市場として、国策の柱になっています。そして、こここそ本稿で論じてきた「想起」の理屈が、まるごと効く領域でもあると思います。

数字を確認します。2025年の訪日外国人は4,268万人で、初めて4,000万人を突破し過去最高を更新しました。旅行消費額も9兆5,000億円近くに達し、こちらも過去最高です。政府は2030年に6,000万人・消費額15兆円という目標を掲げています。一人あたりの旅行支出は平均23万円ほど、欧米豪からの旅行者は30〜40万円台と高単価で、連泊・地方周遊・高付加価値体験の主役になっています。縮む国内消費を尻目に、このインバウンド消費は、伸びしろの大きい数少ない「増える市場」です。

この9兆円、15兆円という金額が、日本経済の中でどれくらいの大きさなのか。元アナリストのデービッド・アトキンソン氏は『新・観光立国論』で、観光収入をGDPや輸出額に対する比率でとらえ、日本の観光が「実力に対して極端に小さい」ことを指摘しました。同書が引く世界銀行の2013年データでは、日本の国際観光収入は約169億ドル(約1.6兆円)、訪日客は約1,000万人で、世界21位。当時の名目GDP(約507兆円)に占める割合は、わずか0.3%ほどでした。世界の観光産業が直接・間接・誘発効果まで含めて世界GDPの約9%を生んでいるとされる中で、これは際立って低い数字です。

そこから十数年で、景色は大きく変わりました。同じ「観光収入のGDP比」で並べてみます。

図表1:訪日インバウンドの対GDP比(直接)の推移と見通し 2013年の0.3%から2025年は1.6%へ。政府目標達成で2.3〜2.5%、2050年シナリオでは3.5〜4%に。
(出典:UN Tourism/観光庁/内閣府。2030・2050年は推定・試算)

(注:2013年は世界銀行ベースの国際観光収入、2025年は観光庁ベースの訪日旅行消費額で、定義はやや異なります。2030年のGDPは現状を横ばい〜緩やかに上回る前提の概算です。2050年はさらに不確実性が大きく、訪日客数を約8,000万人、一人あたり単価の上昇とインフレで消費額を約25〜30兆円、名目GDPを約700〜800兆円と仮置きした思考実験です。桁感の比較として読んでください。)

わずか十数年で、観光収入のGDP比は0.3%から1.6%へと5倍以上に伸び、政府目標が実現すれば2%台半ばに達します。

ただし、ここまでの0.3%・1.6%・2.4%という数字は、旅行者が落としたお金そのもの、いわば「直接的」な部分にすぎません。アトキンソン氏が引く「世界の観光産業は全世界GDPの約9%」という数字は、これに間接的な影響(観光業が仕入れる食材・燃料・備品などサプライチェーンへの波及)と、誘発的な影響(観光で働く人が得た所得を再び消費に回す波及)まで加えた、総合的な経済インパクトです。世界全体では、直接的な寄与が約3%、それが間接・誘発まで含めると約9%にふくらむ。つまり総合インパクトは直接分のおよそ2.5〜3倍になる、という関係です。

この倍率を日本のインバウンドにあてはめて、間接・誘発まで含めた総合インパクトを概算すると、こうなります。

図表2:間接・誘発まで含めた観光の総合経済インパクト(対GDP) 直接分のおよそ2.5〜3倍。2050年には9〜12%と、世界平均(約9%)に並ぶ規模になりうる。
(試算。訪日インバウンドのみで国内旅行は含まない)

(注:直接分に世界平均の倍率を機械的に乗じた概算です。乗数は本来、支出ではなく付加価値に対して働くため、ここでは桁感の試算として扱ってください。また、この数字は訪日インバウンドだけを基にしており、日本人による国内旅行は含みません。世界の9%は国内観光も含むので、国内旅行を足せば日本の観光経済の総合インパクトはさらに大きくなります。)

間接・誘発まで視野に入れると、絵柄が変わります。政府目標が実現すれば、2030年にはインバウンドだけで日本のGDPの6〜7%級を生み出す計算になり、世界平均の9%に迫る基幹産業の領域に入ってきます。さらに2050年のシナリオでは、総合インパクトが9〜12%と、世界平均すら超えてくる可能性があります。ここで効いてくるのが、人口減という構造です。観光(分子)が伸びる一方で、国内のGDP(分母)は人口減で伸び悩みます。分子が増えて分母が縮めば、観光の構成比は二重に押し上げられることになります。人口が減る日本だからこそ、観光のGDP比は、世界のどの国よりも上がりやすい立場にある、とも言えます。一つの外需が、これだけの国内総生産を生み出しうる。これは決して小さな数字ではありません。人口が減り内需が細っていくなかで、観光は、国内総生産を下支えできる数少ない「増やせる源泉」です。逆に言えば、ここを伸ばせなければ、内需の縮小をそのまま受け止めるほかありません。

ところで、2050年シナリオで置いた「8,000万人」が、どれほどの規模なのかを確認しておきましょう。ここで注意したいのは、2050年には他の観光国も客を増やしている、という点です。だからフェアに比べるには、日本だけでなく各国も同じ2050年まで伸ばして並べる必要があります。主要国の2025年実績と、2050年の推定を並べてみます。くどいですが、思考実験による試算として見てください。

図表3:主要観光国の訪日(来訪)客数──2025年実績と2050年推定
日本がシナリオの8,000万人に届けば世界5位前後。ただし他国も同時に伸びる。
(出典:UN Tourism/各国統計。2050年は一定成長率で延伸した推定、日本は本稿シナリオ)

(注:2025年は各国の直近実績の概算(統計基準は国により異なる)で、ほぼ現在=2026年初の水準にあたるため、増加率は「現在から2050年までの伸び」として読めます。中国は新型コロナ後の回復途上のため2019年実績を基準に併記。2050年推定は、成熟市場(欧州・米国)を年率約1%、アジア・新興市場を約2%で機械的に延伸した概算で、日本のみ本稿のシナリオ値8,000万人を用いています。実際は各国の政策・受け入れ容量・地政学で大きく変動します。桁感の比較として読んでください。)

並べてみると、規模感がつかめます。日本は2025年に約4,268万人と、すでに世界トップ10圏の常連になりました。これが2050年に8,000万人まで伸びれば、世界でおおむね第5位前後。首位を争うフランス・スペイン、規模で伸びる中国、依然として大きいアメリカには届かないものの、イタリアやタイ、イギリスと肩を並べる、押しも押されもせぬ観光大国の位置です。いまの韓国(約1,894万人)や台湾(約800万人)の数倍という規模であり、「観光後進国」と呼ばれた国の到達点としては、決して小さな絵ではありません。

増加率の列に注目すると、もう一つの含意が見えます。成熟したフランスやアメリカが現在比+30%前後の伸びにとどまるのに対し、日本はこのシナリオで+87%、つまり現在からほぼ倍増を狙う絵姿です。これは、放っておいて届く数字ではありません。そして、この表がもう一つ示しているのは、他国も止まっていないという事実です。フランスもスペインも中国も、2050年に向けて客を増やしてくる。「黙っていても外国人が来てくれる」時代が続く保証はどこにもありません。この席を取りにいくには、能動的な努力が要ります。

なお、「+87%」は見出しとしては強気に映りますが、分解するとそこまで非現実的な数字ではありません。25年かけての+87%は、年平均成長率(CAGR)にすると約2.5%です。日本の訪日客は2013年の約1,000万人から2025年の4,268万人へと約4倍(年率12〜13%)に伸びてきたので、年2.5%はそれよりはるかに緩やかなペースであり、世界全体の長期トレンド(年3〜4%程度)すら下回ります。さらに、政府目標の2030年6,000万人を達成できれば、そこから2050年8,000万人までは+33%、年率約1.5%の微増で届く計算です。つまり蓋然性の鍵は「2050年にどこまで伸びるか」よりも、「まず2030年の6,000万人を取れるか」にあります。むしろ本当の制約は需要側ではなく供給側です。人口減による観光・宿泊・運輸の人手不足、空港・宿泊のキャパシティ、オーバーツーリズムへの反発、円安という追い風の剥落、特定国への依存リスク——8,000万人を阻むとすれば、来てくれないことではなく、受け入れ切れないことの方かもしれません。需要は取りにいける。問われるのは、それを捌ける国内の体制を整えられるか、です。

そして、ここが本稿の主題に直結します。この総合6〜7%(直接では2〜3%)を取りにいき、さらに引き上げられるかどうかは、結局「想起」にかかっているのではないか? ということです。インバウンドの勝負は、来日してから始まるのではありません。来日するずっと前、旅行先を考え始めた瞬間から始まっています。順を追うと、想起の階段はこうなります(現実には第一段階と第二段階が行ったり来たり、ほぼ同時に起こるのだと思います)。

第一段階は、目的地としての日本の想起です。世界の旅行者が「次の長期休暇、どこへ行こう」と考えたとき、数ある渡航候補(タイ、イタリア、韓国、ハワイ……)の中で、日本が想起集合に入り、できれば第一想起になっているか。これは国・地域という単位での、まさに第一想起の戦いです。

第二段階は、来日前の体験・モノの事前想起です。日本行きを決めた旅行者の頭の中に、「日本で行きたい場所(自然、街、聖地)」「体験したいこと(文化、温泉、アニメ・音楽などのエンタメ)」「食べたいもの」「買いたいもの」が、どれだけ具体的に事前に思い浮かんでいるか。「日本に行くなら桜と紅葉」「ラーメンと寿司と抹茶スイーツ」「あの作品の聖地巡礼」「あの家電とあのコスメを買って帰る」──こうした事前の認知・想起がどれだけ積み上がっているかで、訪日中の行動と消費額が大きく変わります。これは、地域・施設・店・商品ブランドのレベルでの、CEPs(状況文)の戦いそのものです。「冬に日本、雪と温泉とスノボと蟹」という状況文の中で、特定の地域や宿や店が想起される状態を作れているか、ということです。

そしてここに、AIの変化が重なります。旅行計画は、いまや猛烈な勢いでAIへ移っています。「初めての日本、7日間、子連れ、自然と食重視で行程を組んで」とAIエージェントに投げれば、都市・スポット・宿・店・移動手段まで一気に提案が返ってきます。これは第5章で言う第三層(高関与・情報非対称商材)に近い構造です。検討期間が長く、土地勘も言語も不案内で、情報の非対称性が極めて高い。だからこそ旅行者はAIに頼り、AIの回答に載るかどうかが、その地域・店・商品が訪日客に「事前想起」されるかを直接左右します。インバウンドのAI想起戦は、多言語で戦われます。英語・中国語・韓国語などでの一次情報、レビュー、構造化された案内が、学習データ層と推論時層の両方にどれだけ蓄積されているか。ここでも先発有利は働きます。京都や富士山のようなビッグ想起はすでに世界の頭とAIの記憶に固定されており、知名度の薄い地方や中小事業者ほど、独自のCEPs(「日本の田舎で農業体験」「サウナと水風呂の聖地」など)で局地戦を組む非対称戦略が要になります。

要するに、インバウンドとは「日本という国・地域・体験・商品・施設・エンタメコンテンツやIPを、世界の人々の頭の中とAIの記憶の両方で、旅行前にどれだけ想起してもらえるか」の総力戦です。本稿で論じてきたCEP・CEPs、人間想起✕AI想起の掛け算が、そのまま国の観光収入に直結する。縮む内需の外側にある、この想起の戦場を、国としても企業としても本気で取りにいけるかが、これからの大きな分かれ目になると思います。

※ちなみに、すぐにすべてがAIに置き換わるとは思っていません。旅行先(国)や訪れる地域、体験したいこと、食べたいもの、買いたいものなどは、引き続きTikTokやInstagramの影響が大きく働きます。そして、選択肢ができたら、Google Mapなどのレビューを参照し、最終決定する行動も変わらないでしょう。ここで言いたいのは、「しかしいまの情報探索や決定プロセスは依然として旅行者の情報探索&決定に関わる認知&思考コストが高く、負担になっている=不があるのでは? 海外旅行者にとっては情報の非対称性も大きい中で、AIを使った方が早く便利に情報探索と意思決定ができるのなら、TikTokやInstagramと併用される、そしていずれ依存度が逆転する未来もあるのでは、という考えです。

インバウンド考察はここでおしまいです。話を「6. マクロの地図──人口と世帯の地殻変動に、AIの地殻変動を重ねる」に戻します。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 売上計画の前提を「数の成長」から「シェアと指名の維持・奪取」へ書き換えます。具体的には、自社の主要顧客がどの世帯構造・年齢層かを直視し、単独世帯やシニア層の「AIに相談する購買」を前提に、AI想起戦(第1〜5章のアクション)を前倒しで仕込みます。あわせて、市場が縮む前のいまのうちに第一想起のポジションを取り切ることが、ダブルジョパディと強者集中が効き始める前の、最後で最大の好機になります。「いま上位想起を取れていないなら、いまがラストチャンス」が合言葉です。

2050年までの取り組み。 自社の成長エンジンを「国内 ✕ 新規」一本足から組み替えます。高齢化で伸びる高関与カテゴリー(医療・介護・保険・住み替えなど)に隣接する事業があれば、そこをAI媒介の主戦場として育てます。海外・インバウンドという外への活路と、一人の顧客と数十年付き合うLTV設計という長さへの活路を、いまから両建てで仕込のもアリです。インバウンドを取りにいくなら、補論で述べた通り、自社の地域・商品・体験が「訪日前の想起」に入るよう、多言語の一次情報とAI想起対策を早期に積層させておくことが、6,000万人時代の取り分を左右します。そして、人手不足の前提で、運用・測定をAIに委ねられる体制へ移行しつつ、「測れない価値に賭ける判断」を人が握り続ける組織を設計します。縮小する社会のマーケティングは、足し算ではなく、選択と集中、そして資源優勢計画の精度が勝負になります。

7. ターゲットの地図──「30代子育て世帯」という標準が、土台ごと溶ける

マクロの話を、もう一段しておきます。日本企業のマーケター、とりわけ食品、アルコール、日用雑貨、家電、自動車、住宅、保険、金融といった領域では、コアターゲットを「30代の子育て世帯」に置く発想が、いまも根強く残っています。

理由はよくわかります。一定の経済力があり、人生がこれから長いので住宅購入や保険加入の可能性が高い。子どもが小さいぶん、子ども用の食品・飲料・衣料、旅行、教育と、子のいない世帯より消費量が多く、しかも多様です。一つの世帯を取れば、長く、広く、深く売れる。マーケティングの教科書的にも、ここを狙うのは合理的でした。

問題は、その「合理的なターゲット」の土台そのものが、これから猛烈な勢いで減少していくことです。児童のいる世帯は、2024年に全世帯の16.6%(約907万世帯)まで下がり、過去最少を更新しました。前年の18.1%から、わずか一年で1.5ポイントも落ちています。出生数は2024年に68.6万人、合計特殊出生率は1.15。50歳時点で結婚していない人の割合(いわゆる生涯未婚率)は2020年で男性約28%・女性約18%に達し、2040年には男性ほぼ3割・女性ほぼ2割に近づく見込みです。平均初婚年齢も夫31歳・妻30歳近くまで上がりました。若年人口の減少は2030年代に入ると倍速で加速するとされています。

では、肝心の「30代子育て世帯」は、2026年と比べて2030年、2050年にどれだけ縮むのか。ここで一点おことわりを。公的な将来推計は「30代で子どものいる世帯」だけを単独で切り出してはいません。そこで、確度の高い人口推計(30代人口)と、児童のいる世帯の動向を組み合わせ、オーダー感をつかむための試算を置きます。前提を変えれば数字は動くので、桁感の話として読んでください。

まず、土台となる30代(30〜39歳)人口です。これは過去の出生数からほぼ確定的に読めます。2026年の30代は1987〜1996年生まれ(各年の出生約120万〜135万人)ですが、2050年の30代は2011〜2020年生まれ(約105万人から84万人まで減少した世代)です。生まれた数そのものが先細りなので、30代人口は次のように減ります。

図表4:30代(30〜39歳)人口の推移
2026年比で2030年は約▲6%、2050年は約▲22%。出生数の先細りがそのまま効く。
(出典:社人研・令和5年推計〈中位〉に基づく概数)

問題は、この30代の「数」が減るだけでなく、そのうち結婚して子どもを持つ「率」も、晩婚化・非婚化・晩産化・非産化で同時に下がることです。数と率の両方が縮むので、「30代子育て世帯」は人口の減少幅以上に速く減ります。児童のいる世帯に占める30代世帯主の割合(おおむね3割強)と、その逓減を見込んで試算すると、こうなります。

図表5:「30代子育て世帯」の世帯数と想定市場規模の縮小(試算)
多くの企業がど真ん中に置く市場が、2030年に約▲15%、2050年に約▲45%へ。
(試算。世帯主が30代かつ児童のいる世帯。1世帯あたり年間消費を一定と仮定)

試算の前提は、児童のいる世帯総数が出生減に沿って縮小すること、そのうち30代世帯主の割合が晩産化で逓減すること、そして市場規模は「人口・世帯減の純効果」を見るために1世帯あたり年間消費支出を約400万円で固定したこと、の三つです。単価や割合の置き方で金額は上下しますが、方向と桁は動きません。要するに、多くの企業がど真ん中に置いてきた「30代子育て世帯」という市場は、2030年に2026年比で1割超、2050年には4割超も縮むという桁感です。

どの企業も、同じ、しかも2割・4割と縮んでいく的を狙い続ける。ここに、市場縮小とAIの進展が重なると、何が起きるか。

中期予想(2030年ごろ)

「30代子育て世帯」は、文字通りのレッドオーシャンになります。市場が縮んでいるのに、食品・飲料・家電・住宅・保険・金融の各社が、判で押したように同じ縮むセグメントへ広告と販促を集中させる未来です。一人の子育て世帯をめぐる奪い合いが激化し、獲得単価は上がり、値引き合戦に傾く。典型的なゼロサムの消耗戦です。

ここでAIの力学が重なります。第3・第5章で述べた通り、AI媒介下では先行ブランドが想起を固定化しやすい状況になります。つまり、縮む子育て市場で正面からシェアを奪い合っても、すでに主要CEPで高い人間想起とAI想起を握っている強者がますます有利になる未来がほぼ確定しているのです。後発がレッドオーシャンに突っ込んでも、コストだけがかさんで消耗するだけです。

打ち手は、ターゲット定義の組み替えです。『売上の地図』や『マーケティング「つながる」思考術』で論じてきたことの延長ですが、これからは「30代子育て世帯」のような世帯類型(デモグラフィック)でターゲットを固定するのをやめ、CEPs(状況・文脈)でとらえ直す必要があります。単身世帯、共働きで子を持たない世帯(DINKS)、アクティブシニアの単独世帯──縮む子育て層の外側には、これまで主役扱いされてこなかった、けれど確実に増えている世帯が広がっています。「誰か(年齢・家族構成)」ではなく「どんな状況で、何を思い出してほしいか」で入口を設計し直す。これが、消耗戦を避ける2030年の一手です。

長期予想(2050年ごろ)

「標準世帯」という概念そのものが、ほぼ過去のものになります。夫婦と子どもからなる世帯はマイノリティのひとつにすぎず、単身、高齢単独、子のない夫婦、ひとり親といった多様な世帯が、それぞれ小さなボリュームで分散して存在する社会です。かつてのように「マスのど真ん中」を一発で射抜くターゲットは、もう存在しません。

皮肉なことに、これはAIの進展と不気味なほどかみ合います。第1章で述べた「個人専属エージェント」の時代には、そもそもマスでくくる必要が薄れます。一人ひとりの状況をAIが個別に把握し、個別に最適な候補を返す。マーケティングの単位は「世帯類型のマス」から「個のCEP ✕ AIの記憶」へと、いっそう細かく砕けていきます。2050年に勝つのは、巨大な単一ターゲットを狙う企業ではなく、多様で小さな状況(CEPs)を数多く設計し、そのそれぞれでAIと人の両方に最初に思い出される企業です。

子育て世帯前提で作られてきた商品設計も、ここで見直しを迫られます。大容量パック、ファミリーカー、ファミリー向け住宅、世帯主一括加入の保険──「標準世帯」を暗黙の前提にしたプロダクトとパッケージは、単身・少人数・高齢世帯が主流の市場では、そのままでは売れにくくなります。少量・個食・個人単位の設計へ、商品の側から組み替える必要が出てきます(これはプロダクトの仕様だけの話ではなく、想起されるためのパーセプション、ブランドイメージ、連想、RTBなどともすべて一致する話です。要は、プロダクトの改変と共に、ブランドエクイティそのものも書き換え、新しく上書きする必要があるということです)。

で、いまから何をすればいい?

2030年までの取り組み。 まず、自社のコアターゲット設定を点検します。「なんとなく30代子育て世帯」になっていないか。なっているなら、そのセグメントが今後5年でどれだけ縮むかを、自社の数字で試算してみてください。そのうえで、ターゲットの軸を「ライフステージ(年齢・家族構成)」から「CEPs(状況・文脈)」へ移し替えます。縮む子育て層で消耗戦に巻き込まれる前に、単身・共働き無子・アクティブシニアなど、維持・成長が見込めるセグメントの状況文を洗い出し、そこでのAI想起と人想起を先に仕込んでおく。市場が縮み切る前のいまが、新しい入口を安く取れる最後の時間帯です。

2050年までの取り組み。 ターゲットだけでなく、商品・パッケージ・チャネルの前提を「標準世帯」から外していきます。少量・個人単位の商品設計、単身やシニアの生活文脈に合わせた提案、個別最適のAIに拾われる多様なCEPs群の運用へ。マスを一発で狙う発想を捨て、小さな状況を数多く押さえて束ねる運用に、組織能力ごと移行させる必要があります。「みんなが欲しいもの」を作る時代から、「特定の状況の誰かが、その瞬間に一番に思い出すもの」を、無数に設計し続ける時代への移行を始めてください。

8. 実行の地図──費用対効果から投資対効果へ

ここまで、各章の「で、いまから何をすればいい?」を並べてきました。お気づきの通り、その多くは「中長期の視点で、いまから準備を始める」ことに帰着します。AI想起の素材を積む、学習データ層を年単位で耕す、独自CEPsの戦場を育てる、縮む前に第一想起を取り切る──どれも、今期すぐに売上として返ってくる打ち手ではありません。

これは私が常々言っていることに重なります。今期の時間とお金を、来期以降の収穫のための種まきにどれだけ回せるか。費用的な施策(単年度で刈り取る活動)だけでなく、投資的な施策(数年先に効いてくる活動)をどれだけ行えるか。これが、長期での差別的競争優位の源泉になります。

ところが、ここに大きな壁があります。多くのマーケターや部門責任者は、組織のなかで単年度の費用対効果、つまり「その年にどれだけ効率よく売上を獲得したか」で評価されます。だから本稿を読んで「わかる!わかるぞ!!」と膝を打っても、最後は「でも、会社が(上司が)それを許してくれないんだよ……トホホ」となりがちです。。投資的な活動の重要性は理解できても、評価制度がそれを実行させてくれない。わかっていても、実行できない。

だからこそ、これからの競争優位は「わかっているかどうか」では決まりません。決めるのは、「わかった上で、投資的な活動を実行できるか」。そしてもう一段、「期を超えて──短期の費用対効果だけに惑わされず──中長期で、数年・数十年単位で、投資対効果を自社の物差しで評価し、続けられるか」です。第4章で「測れない価値に賭ける判断は人が握り続ける(それこそがAI時代における人間マーケターの価値)」と書いたのは、まさにこのことでもあります。

単年度の刈り取り効率だけを追いかけた企業が、市場が縮小しAIに想起が固定化していく2050年にどうなっているか。正直に言って、私には明るい未来が見えません。種をまかなかった畑から収穫することはできません。本稿のすべての打ち手は、突き詰めれば「今期の費用対効果」と「中長期の投資対効果」のどちらに軸足を置くか、という経営の意思の問題に行き着きます(もちろんどちらも大事なんですが、割合、バランスの話です)。地図を正しく読めるかどうかの前に、読んだ地図のとおりに歩く覚悟があるか。最後に問われるのは、そこなのだと思います。

変わらないものを見失わない

最後に、AIがどれだけ普及し、人口がどれだけ動いても変わらないことを確認して終わります。

「AIが普及したら、認知も想起もブランドも要らなくなる」というのは、半分だけ正しくて、半分は逆だと思います。確かに、思い出してもらう相手にAIという機械の読み手が加わり、思い出してもらう場所に応答リストという新しい画面が加わりました。仕事は増えます。けれど、AIが候補を5つ出したあと、それを最終的に選ぶのは人間で、人間は知らないブランドを怖がり、知っている、さらに知っているだけでなく好きなブランドに引き寄せられる。その瞬間に効くのは、結局これまで通り「頭の中での想起順位」と「好意」です。AI時代だからこそ、人の頭の中の地図を丁寧に描く仕事の価値は、むしろ上がるのではないでしょうか。

そして、国内ではその人間そのものが減り、老いていく。AIという「上の地殻変動」と、人口・世帯という「下の地殻変動」が同時に進むのが、これからの日本です。二つを重ねると、結論はむしろ一つに収束します。縮小する市場で生き残るのは、人の頭の中とAIの記憶の両方で、真っ先に思い出されるブランドだ、ということです。市場が拡大していた時代は、想起で多少出遅れても、母数の成長が傷を覆ってくれました。これからは、その緩衝材がありません。想起の優劣が、そのまま生き死にに直結する時代が来るのだと思います。

2030年は、市場が本格的に縮む前に、AI想起をKPIに組み込み、上位想起のポジションを取り切る「最後の好機」のフェーズだと考えています。2050年は、媒介者が成熟し、市場は縮小・高齢化し、想起の主戦場が個人専属のエージェントの記憶へと移っていく、その入口かもしれません。どちらの時間軸でも、地図の読み方は同じです。慌てず、しかし着実に、自社のカテゴリーがどの層にいて、自社の顧客がどう変わっていくのかをまず見極める。自分たちはいまどういう状況か?(健康か不健康か?)、不健康な場合、どのくらい悪いのか?(競合と比べてどのくらい勝っているのか?あるいは負けているのか?)を知ることが大事です。「じゃあどう治療するか?」はその後です。まずは現状の健康診断から始めてください(お手伝いできます)。

以上です。お読みいただき、ありがとうございました!

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巻末付録──出典・参考文献と試算(SIM)の前提

本稿には、確定統計に基づく数値と、筆者による試算(桁感をつかむためのシミュレーション)が混在しています。後者の前提を変えれば結果も動くため、根拠と計算ロジックをここにまとめておきます。

A. 出典・参考文献

人口・世帯

  • 国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(令和5年推計)』2023年。総人口、年齢3区分、合計特殊出生率、1億人割れ時期(出生中位推計で2056年)、30代人口の基礎。

  • 国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(令和6年推計)』2024年。世帯数のピークアウトと世帯類型の見通し。

  • 厚生労働省『2024年(令和6年)国民生活基礎調査の概況』。児童のいる世帯(全世帯の16.6%、約907万世帯)、単独世帯の状況。

  • 厚生労働省『令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)』。出生数68.6万人、合計特殊出生率1.15、婚姻件数。

  • 内閣府『令和7年版高齢社会白書』、社人研『令和5年推計』。高齢化率(2024年29.3%、2037年33.3%、2040年約34.8%)。

  • 総務省『国勢調査(2020年)』および社人研推計。50歳時未婚率(2020年で男性約28%・女性約18%、2040年で男性約29.5%・女性約18.7%)。男性3割・女性2割超えは2040年代後半〜2050年ごろの見通し。

観光・インバウンド

  • UN Tourism(国連世界観光機関)『International Tourism Highlights』各年版、および2024〜2025年の国際観光客到着数。

  • 日本政府観光局(JNTO)訪日外客数統計。2024年約3,687万人、2025年約4,268万人。

  • 観光庁『訪日外国人消費動向調査』。2025年の訪日旅行消費額約9.5兆円。

  • 観光立国推進基本計画ほか政府目標。2030年に訪日6,000万人・消費額15兆円。

  • 各国観光統計(フランス・スペインはUN Tourism/各国観光当局、タイは観光・スポーツ省、韓国は韓国観光公社、台湾は交通部観光署、イタリア・イギリスは各国統計/VisitBritain)。

  • デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』東洋経済新報社、2015年。図表2-2/2-3(世界銀行2013年データ)、および「世界の観光産業は直接・間接・誘発を含め全世界GDPの約9%」。

GDP・経済

  • 内閣府『国民経済計算(GDP統計)』。2024年名目GDP約609兆円。

  • 報道(日本経済新聞ほか)。2024年名目GDP・1人当たり名目GDP(約490万円相当)。

マーケティング理論(筆者の枠組みと原典)

  • 池田紀行『売上の地図』2022年。2つのアベイラビリティ、第一想起、効果測定ほか。

  • 池田紀行『マーケティング「つながる」思考術』2024年。今すぐ客/そのうち客、トライアル/リピート。

  • 池田紀行+トライバルメディアハウス『業界別マーケティングの地図』2024年。最寄品/買回品/専門品の三層、商品カテゴリーマトリクス。

  • Byron Sharp『ブランディングの科学』、Jenni Romaniuk(CEPs/メンタルアベイラビリティ)、Dawes, Romaniuk & Sharp「95-5の法則」、エデルマン‒リンクトイン『B2Bソートリーダーシップ・インパクトレポート2025』(ハイドゥンバイヤー)。

B. 試算(SIM)の前提と計算ロジック

いずれも「桁感」をつかむための概算です。式と前提を明示します。

1. 30代(30〜39歳)人口

過去の確定出生数(人口動態統計)に基づくコホートで、確度は比較的高い。2026年の30代は1987〜1996年生まれ(各年の出生約120〜135万人)、2050年の30代は2011〜2020年生まれ(約105万人から84万人へ減少した世代)。社人研・令和5年推計(中位)と整合させた概数は、2026年 約1,270万人、2030年 約1,190万人、2050年 約990万人。対2026年で2030年 約▲6%、2050年 約▲22%。

2. 30代子育て世帯数・市場規模

計算式は、30代子育て世帯数 = 児童のいる世帯総数 × 世帯主が30代の割合。児童のいる世帯総数は2024年実績(907万世帯)を起点に出生減で逓減すると置き(おおむね2026年 約860万→2030年 約780万→2050年 約550万)、30代世帯主の割合は晩産化で約35%→33%→30%へ逓減すると仮定。結果、2026年 約300万世帯、2030年 約260万世帯、2050年 約170万世帯。対2026年で2030年 約▲15%、2050年 約▲45%。市場規模 = 世帯数 × 1世帯あたり年間消費支出(約400万円で固定。人口・世帯減の純効果を見るため単価は一定と仮定)。結果、約12兆円/10兆円/7兆円。

3. インバウンドの対GDP比(直接)

計算式は、観光(旅行)収入 ÷ 名目GDP。2013年は約1.6兆円(国際観光収入169億ドル×当時の為替約97.6円)÷約507兆円 ≒ 0.3%。2025年は9.5兆円÷約609兆円 ≒ 1.6%。2030年は15兆円÷約610〜650兆円(推定)≒ 2.3〜2.5%。2050年は約25〜30兆円÷約700〜800兆円(推定)≒ 3.5〜4%。なお2013年は世界銀行ベースの国際観光収入、2025年は観光庁ベースの訪日旅行消費額で、定義はやや異なる。

4. 間接+誘発を含む総合インパクト

世界では観光の直接的なGDP寄与が約3%、間接(サプライチェーンへの波及)と誘発(観光従事者の所得再消費)まで含めると約9%とされる(アトキンソンが引くUNWTO、ならびにWTTC系の整理)。ここから倍率を約2.5〜3倍と置き、日本の直接分(上記3)に乗じた。結果、2013年 約0.8〜1.0%、2025年 約4〜5%、2030年 約6〜7%、2050年 約9〜12%。注意点として、乗数は本来は支出ではなく付加価値に対して働くため、これは桁感の試算。また訪日インバウンドのみで、日本人の国内旅行は含まない(世界の9%は国内観光も含む)。

5. 訪日客数の2050年・各国推定

各国の2025年実績(または直近値)を起点に、成熟市場(フランス・スペイン・アメリカ・イタリア・イギリス)を年率約1%(25年で約1.28倍)、アジア・新興市場(タイ・韓国・台湾・中国)を年率約2%(約1.64倍)で機械的に延伸。日本のみ本稿のシナリオ値8,000万人を採用。中国は新型コロナ後の回復途上のため2019年実績(約6,600万人)を基準に併記。実際は各国の政策・受け入れ容量・地政学で大きく変動する。

6. 訪日8,000万人(2050年)の妥当性チェック

2025年4,268万人→2050年8,000万人は+約87%だが、年平均成長率(CAGR)に直すと約2.5%。日本の訪日客は2013年約1,000万人→2025年4,268万人と約4倍(CAGR約12〜13%)に伸びてきたため、年2.5%は過去ペースより大幅に緩い。政府目標の2030年6,000万人を達成できれば、2030→2050年は+約33%(年率約1.5%)の微増で到達する計算。需要面では穏当な想定で、制約はむしろ供給側(労働力・宿泊や空港のキャパシティ・オーバーツーリズム・為替・特定国依存)にある。

C. 利用上のご注意

  • 時点性:本稿の数値は2026年初時点の実績・推計に基づきます。とくにAIと観光の領域は数か月で景色が変わるため、引用時は時点に留意してください。

  • 推計の前提:将来人口・世帯は出生中位・死亡中位推計を基準にしています。仮定が変われば結果も変わります。

  • 試算の性格:本稿の試算(SIM)は精緻な予測ではなく、意思決定の方向感をつかむための「桁感」です。単価・割合・成長率などの前提を置き換えれば金額・比率は動きますが、本稿が示す方向(市場の縮小、想起の重要性の上昇、インバウンドの相対的拡大)は、前提を多少動かしても大きくは変わりません。

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