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AI時代の想起戦略ーー「AIが普及したら認知も想起も重要性が下がる」は本当か?

最近は、マーケティングメディアもカンファレンスも社内の話題も生成AI一色ですね。「Claudeやばい」「この仕事はAIに奪われる」系の話が多いですが、中には「AIが普及したらAIが選択肢を出してくれるし、なんなら比較表で検討してくれるし、意思決定までしてくれるから、いままでのような認知や想起は重要性が下がるのでは?」というものもあります。

ということで、本稿では、想起、CEP・CEPs(カテゴリーエントリーポイント)、メンタルアベイラビリティ(MA)の仕組みが、AIという「媒介者」の登場でどう拡張されるかを整理してみます。個人的な結論から先に言っておくと、想起の構造や重要性そのものは変わりません。変わるのは、思い出す主体が一つ増えた、ただその一点です。しかし、その一点が、カテゴリーによっては運用全体の重心を動かしかねない大きさを持つことになります。

生成AIが爆発的に普及し始めた2025年頃から、生活者と購買の間に、もう一段の「媒介者」が入ってきました。生活者が「家族で行ける温泉宿を教えて」と聞けば、ChatGPTやGeminiが候補を整理する。「子どもの初めての保険、何に入るのが安心?」と聞けば、AIエージェントが選択肢を絞り込んで返してくる。Amazonの検索バーには「Rufus」が常駐し、Googleの検索結果のトップには「AI Overviews」が並びます。

頭の中の想起から、画面の中の想起へ――とまでは言いませんが、「人の頭」と「購買行動」のあいだに、AIという媒介者が新たな一層を作ったことは確かです。想起の地図は、人の頭の中だけで完結する地図から、人とAIが二重に想起する地図へと、輪郭を広げ始めています。

ここで、本稿で繰り返し登場する二つの言葉――「生成AI」と「AIエージェント」――の関係を整理しておきます。生成AI(Generative AI)は、ChatGPT、Gemini、Claudeなどに代表される、テキストや画像を生成する基盤技術そのものです。一方、AIエージェントは、その生成AIを土台に、ユーザーに代わって問いに答え、候補を整理し、ときに購買や予約まで実行するアプリケーションを指します。

生活者が「家族で行ける温泉宿を教えて」と話しかけている相手は、厳密には生成AIそのものではなく、生成AIを内蔵したAIエージェント(チャットアシスタント、ショッピングアシスタントなど)です。基盤技術の側面を強調するときは「生成AI」「LLM」、媒介者としての役割を強調するときは「AIエージェント」と本稿では使い分けます。

1. AIは「想起のレイヤー」に入った――2026年初夏時点の地殻変動

まず、いま起きていることを、数字で確認しておきましょう。ただし、以下の数字は2026年初夏時点のものです。AI領域は3〜6カ月で景色が変わるため、時点性に留意してください。

ChatGPTの週間アクティブユーザーは、2025年2月の約4億人から2026年2月には約9億人へと一年で2倍以上に拡大し、年商換算(ARR)は100億ドル、有料サブスクライバーは5,000万人を超えました[1]。GoogleのGeminiアプリも2025年初頭の月間アクティブユーザー約4億5,000万人から2026年初には約7億5,000万人へと急伸しています[1]。AmazonのAIショッピングアシスタント「Rufus」は3億人規模の顧客に展開され、Amazon自身は同サービスが年商換算で約120億ドルの増分売上に寄与していると説明しています[2]。GoogleのAI Overviewsは月間20億ユーザー、200カ国以上でサービスを提供し、消費者調査では「直近の商品購入時にGoogleの検索結果ページをほぼ使わなかった」という回答が4分の1を超え始めました[3]。米Adobe Analyticsによれば、2024年11〜12月のホリデーシーズンにおいて、生成AI経由のリテールサイト訪問は前年同期比で大きく伸びました(同社レポートで「+1,200%」と報告された期間限定の数字)[3]。

日本も例外ではありません。電通が2025年11月に行った第4回「AIに関する生活者意識調査」(15〜69歳3,000人対象)によれば、購買プロセスのデジタル化は引き続き進行しており、認知フェーズで+4%、比較検討フェーズで+6.4%、購入フェーズで+3%と、いずれの段階でもデジタル接点の利用比率が前年から上振れています[4]。生成AIの利用経験率は2024年6月の15.6%から2025年6月には30.3%へと、わずか一年で倍増しています。10代のChatGPT利用率は87.7%、20代は85.9%。情報接触の入口は、確実に検索エンジンから対話型AIへと一部が流出しています[4]。

市場予測の側も無視できません。ガートナーは、2026年までに従来型検索エンジンの検索量が25%減少し、その分が生成AIチャットボットに流れると予測しています[5]。BtoBに目を移すと、ガートナーは2028年までにB2B企業のオーガニック検索流入が約50%減少し、意思決定者の主な情報収集チャネルが大規模言語モデルへと移行すると見立てています[5]。エデルマン‒リンクトインの「2025年版B2Bソートリーダーシップ・インパクトレポート」(米国B2B意思決定者1,934名/2025年3〜4月調査)でも、購買意思決定に強い影響を持ちながら可視化されにくい「ハイドゥンバイヤー(隠れた意思決定者)」の存在が浮かび上がり、彼らの63%が週1時間以上ソートリーダーシップ・コンテンツに触れ、81%が「高品質なソートリーダーシップは、自分たちが認識していなかった課題を浮き彫りにしてくれる」と回答しています[6]。

2026年初夏時点で、AIはすでに「想起のレイヤー」に組み込まれ始めています。それも、人々の検討プロセスのうち、もっとも上流――まだ買うかどうかさえ決まっていない段階――に、です。

2. 影響度はカテゴリーで分かれる――三層構造で考える

ただし、慌ててすべてのカテゴリーで「AI対応」に走るのはよろしくありません。AIによる媒介の影響度は、カテゴリーで大きく違うからです。本稿は、影響度を次の三層に分けて整理することを推奨します。

第一層:最寄り品(影響:小)

チョコレート、缶コーヒー、トイレットペーパー、洗剤、ガム。システム1(速い思考)が支配する最寄り品(低関与・反復購買のカテゴリー)です。CEPsは「いま喉が渇いた」「会議に行く前に何かつまみたい」のような瞬間的・身体的な状況に紐づきます。生活者はAIに相談する暇もないし、相談する動機もほぼありません。コンビニの棚の前で、3秒以内に手が動き、商品が買われます。

この層では、AIの介在余地は限定的と予測します。むしろ重要なのは、CEPsの幅と深さ、そしてフィジカルアベイラビリティという、本noteでも繰り返し論じてきた古典的な打ち手が勝ち筋となります。「最寄り品はAI時代でも、棚と頭の中の戦いだ」――これが第一の結論です。

第二層:買回り品・専門品(影響:中〜大)

家電、化粧品、ホテル、レストラン、洋服、ガジェット、サブスクリプションサービス。生活者は購入前に複数候補を比べ、価格と評判を確認し、たいてい数日〜数週間の検討期間を取ります。情報の非対称性は中程度。CEPsは「梅雨のあいだに買い替えたい乾燥機」「3歳児を連れていける温泉宿」のような、状況と条件が複雑に絡む文脈をつくります。

この層では、AIエージェントの「整理係」としての価値がはっきり目立ちます。ChatGPTで「予算20万円以下で動画編集に強いノートPC」と聞けば、候補リストとレビュー要約が同時に返ってきます。Amazon Rufusに「3歳の子の誕生日プレゼント候補」と聞けば、年齢適合性をフィルタして数案が並びます。生活者がAIに渡しているのは、検索クエリではなく「極めて文脈的な状況文」です。CEPsそのものを、AIに対して言語化して投げ込んでいる、と言ってもいいかもしれません。

第二層の戦略上の示唆は二つあります。第一に、AIエージェントの応答に自社が含まれるかどうかが、想起集合への入退室を直接左右し始めます。第二に、AIが参照する一次情報源――公式サイト、レビュー、専門メディア記事、IR資料、業界白書――の整備が、これまでの広告投資と同等の重要度を帯び始めます。

第三層:高関与・情報非対称商材(影響:極大)

住宅、自動車、生命保険、損害保険、医療、教育、金融商品、BtoBの大型導入。検討期間は数週間〜数年。意思決定者は複数いて、関係するステークホルダーも多い。情報の非対称性は極めて高く、生活者・買い手は専門用語と複雑な条件のジャングルを歩かされるカテゴリーです。

この層こそ、AIエージェントの恩恵がもっとも大きい層になります。「家を買うとき、ローンの種類で何が違うのか」「定期保険と終身保険、共働き子持ちの30代はどちらがいいか」「中古マンションを買うとき、見落としがちな確認項目は」――こうした問いに対し、AIエージェントは数秒で構造化された回答を返します。BtoBであれば、「クラウドERPの主要選択肢」「中堅製造業向けMES比較」のような問いが、ChatGPTやGeminiに投げ込まれる時代に入りました。

第三層では、AIの介在は「情報整理係」を超え、購買候補の絞り込みそのものに大きく影響を与えます。想起の地図は、ここで形を変えます。生活者の頭の中の第一想起と、AIエージェントの応答リストの先頭、その両方を取りに行く必要が出てくるのです。

日本市場でこの第三層の動きをもっとも分かりやすく示しているのが、不動産仲介のLIFULLです。同社は2023年にChatGPTプラグイン版「LIFULL HOME'S」を提供開始、2024年には野村不動産ソリューションズと共同で生成AIを活用した不動産取引相談AI「AI ANSWER Plus(ベータ版)」を開発しました[7]。さらに2025年3月には社内向け生成AI基盤「keelai」を稼働させ、同年12月には対話型物件提案エージェント「AIホームズくん」をリリース、2026年に向けては全サービス横断の統合エージェント「LIFULL AI」構想を発表しています[7]。住宅という、もっとも検討期間が長く、もっとも情報非対称性が高いカテゴリーで、AIが「条件の引き出し→候補提示→比較表生成」までを引き受け始めているわけです。

保険業界でも、三井住友海上が2023年に生成AIチャット「MS-Assistant」を顧客対応・事故対応に投入し、アクセンチュアの2025年調査では保険顧客の74%が「ルーチンの取引でAIチャットボットと会話することに抵抗がない」と答えています。この比率は2021年の43%から大きく上昇しました[8]。BtoBでもガートナーは2028年までに業界全体でBtoB企業のオーガニック検索流入が50%減ると見ています[5]。

最寄り品のような即決品はAIをほぼ通りません。買回り品はAIを通る確率が上がります。高関与・情報非対称商材は、AI抜きには検討プロセスが回らない方向へ動いています。これが2026年初夏時点の整理です。

補足:最寄り品も2030年前後で景色が変わる「可能性」

ただし、これは2026年初夏時点の風景です、という補足を加えておきます。最寄り品の世界も、2030年前後を境に、塗り変わる可能性があります。Amazonをはじめとする大手ECとAIエージェント、IoT家電(スマート冷蔵庫、補充エージェント、ヘルスケア連動の献立提案)が結びついて「補充購買の自動化プラットフォーム」が一定の普及水準に達したとき、最寄り品の購買行動の一部は、棚の前から「AIへの初期設定」へと移っていく可能性があります。「マヨネーズは絶対これ」とブランドを固定する人と、「調味料にこだわりはないから、その時々で安くてレビューが高いものを送って」とAIに完全委任する人――生活者の設定は、二極化していくかもしれません。問題は、後者の設定で「お任せ」されたとき、AIが選ぶのは結局、第一想起・上位想起のブランドか、レビュー量と評価が積み上がった先行ブランドか、クーポンが発行されていて最安値になっている商品になることです。2026年時点で第一想起・上位想起を取れていないブランドが、2030年代に入ってから店頭でのエンド陳列・値引きで巻き返そうとしても、その「店頭の瞬間」自体が小さくなっている可能性があるため、注意が必要です。

最寄り品は、いまはAIをほぼ通らない――2026年時点ではそれで正しいでしょう。ですが長期トレンドとして、最寄り品は「選択肢」や「比較検討」ではなく、購買に直結するFMOT(First Moment Of Truth)自体がAIに切り替わっていく未来に向かっているかもしれません。

第二層・第三層では、なぜ先発有利・強者集中が起きやすいのか

もう一段、踏み込んで考えてみましょう。なぜ第二層・第三層では、AI媒介を通すと先発有利・強者集中が起きやすいのか。原理はAIの「学び方」と「答え方」の両側にあります。

学び方の側――LLMの基盤モデルは、Common Crawlを中心に、ニュース・書籍・専門メディアの大量テキストで訓練されます。年月をかけて記事・レビュー・論文・引用が積み上がってきたブランドは、訓練データの中で「言及量」「文脈の一貫性」「共起語の解像度」のいずれにおいても先発優位を持ちます。歴史と物量はそのまま機械の記憶に転写されます。これは後発が短期間で詰められる差ではありません。

答え方の側――AIエージェントは、不確実な選択をしてユーザーを失望させたくないという設計圧力の下にあります。エルスバーグ(Ellsberg)が1961年に提示したambiguity aversion(曖昧性回避)と、行動経済学の言うステータスクオバイアスに類似する出力傾向が、LLMの応答にも観察されることが、近年の研究で報告されています[16]。「実績◯年」「導入◯万社」「業界標準」といった大手の安心材料は、推奨理由として最適化されやすい。さらに、要約モデルは出力の中で「最も一貫した説明」を選ぶ性質を持つため、共起語が分散する新興プレイヤーよりも、共起語が収束する先行プレイヤーが有利に拾われる構造を持ちます。

学び方と答え方、両側で先発が有利――この力学は、第二層・第三層で重ねて作用します。一方、第一層(最寄り品)はそもそもAIを通る回数が少ないため、これらの力学はほぼ無関係です。「AIで集中が起きる」ということ自体に、カテゴリー差がある――まずこの点を見誤らないようにしましょう。

では、新興・中小プレイヤーに勝ち筋はないのか。結論を先に言えば、あります。「カテゴリーワード」(例:「ドライヤー」「電子レンジ」「ノートPC」「不動産仲介」)で正面から大手と戦えば、BIGワードでの正面突破は後発にとって極めて不利になりますが、自社が定義した独自カテゴリーや特定の状況文(CEPs)で局地戦を組み立てる――この非対称戦略の中に勝ち筋があります。CEPsの設計は、AI時代にこそ非対称戦略として効きます。詳しくは第5節で論じます。

3. AIに「思い出してもらう」とは、何をすることか

ここで本稿の中心概念に戻ります。第一想起とは、ある状況(CEPs)が立ち上がった瞬間に、最初に思い出されるブランドのことです。AIエージェントを媒介者として加えると、定義はこう拡張されます。

第一想起(拡張版):ある状況において、生活者の頭の中、あるいは生活者が利用するAIエージェントの応答リストの先頭に、最初に立ち上がるブランド。

生活者の頭は、これまで通り広告・PR・店頭・口コミ・経験で形成されます。一方、AIエージェントの「頭の中」は、訓練データと検索インデックス、そしてベンダーが組み込んだ評価ロジックでできています。AIに「思い出してもらう」ということは、このAIの「頭の中」に自社の情報を、しかも信頼できる形で残しておくことに他なりません。

ハーバード・ビジネス・スクールのアイェレット・イスラエリ(Ayelet Israeli)らは、LLMをマーケティング・リサーチに使う場合、商品レビューや一次情報の量が多いブランドほど、LLMの応答品質が安定することを示しています[9]。ライゼンビヒラー(Reisenbichler)らはマーケティング・サイエンス誌で、自然言語生成(NLG)を用いた商品コンテンツが検索順位とコンバージョンを動かす条件を実証しています[10]。一方で、複数の独立研究は、LLMがブランド推薦を行う際に、アンカリング効果やデコイ効果といった認知バイアスを示し、同じ問いを繰り返しても回答が大きくぶれることを報告しています[11]。

ここから引き出せる実務上の含意は、3つに整理できます。

  • AIは「素材」を読む LLMが応答に含めるブランドは、訓練データと検索インデックスにそのブランドの情報がどれだけ蓄積されているか、その品質が高いかに強く依存する。広告クリエイティブよりも、レビュー、専門記事、IR資料、業界白書、公式FAQ、ニュースリリースの方が、AIへの「想起材料」として効きやすい。

  • AIは「状況文」で検索する AIエージェントの問いは、検索エンジン時代のキーワードではなく、自然言語の「状況文」に近づく。CEPsを状況文として整理する作業が、AI時代にはそのまま「AI想起最適化」(一部ではGEO=Generative Engine Optimization、AEO=Answer Engine Optimizationと呼ばれる)の入口になる。

  • AIは揺れる LLMの推薦には不安定性がある。同じ問いを2回投げて違う答えが返ることは珍しくない。だからこそ、複数のAIで複数回測り、構造的にどのブランドが浮上しやすいかを把握する「AI想起モニタリング」が、新しいKPIに加わる。

もう一つ、本稿として強調したい区別があります。AIに「思い出してもらう」と言うとき、実は二つの層を分けて語る必要があります。打ち手のスピードも、戦い方も違うからです。

学習データ層(slow layer)――LLMが基盤モデルを訓練する際に取り込むテキスト群です。Wikipediaの記事、報道、業界白書、引用された書籍、専門メディアの蓄積記事などが含まれます。ここに自社が「正しい文脈で」「十分な量で」存在しているかは、年単位の戦いになります。プレスリリースの単発投下では動きません。長期のPR、報道の質と量の底上げ、Wikipediaに掲載される価値のある一次情報の発信、業界白書への寄稿、引用される一次研究の発信――こうした積層が、学習データ層の資産を作ります。

推論時層(fast layer)――生活者がAIに質問した瞬間に、AIがWeb検索やRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)で参照する一次情報の層です。基盤モデルの訓練後に増えた最新情報、自社サイトの構造化された製品ページ、最新のIR・レビュー・FAQ、第三者評価コンテンツが含まれます。ここは、構造化(マシンリーダブルな見出し設計、FAQ形式、明示的な独自性記述)と更新頻度で動かせます。月単位、四半期単位の戦いです。

学習データ層は時間を、推論時層は構造と更新頻度を要求します。前者は強者にとって最大の防壁であり、後者は新興にとって唯一に近い反撃点となります。AI想起モニタリングを実装するときは、この二層を分けて測ることを推奨します。同じ「自社の登場率」でも、学習データ層と推論時層を分けて見れば、何にどのスピード感で投資すべきかが立ち現れます。

ということで、いろいろとあるにはありますが、AIに「思い出してもらう」仕事は、長く続いているPR、評判管理、コンテンツマーケティング、IRの延長線上にあるもので、まったく新しい仕事ではない、ということです。違うのは、読者が人ではなく機械でもある、そしてその機械は、訓練データと検索インデックスを通じてしか、ブランドを知りえない、ということです。

4. メンタルアベイラビリティは、人と媒介者の二重構造で再解釈する

シャープとロマニウクが提示してきたメンタルアベイラビリティの概念は、AI時代でも有効なのでしょうか。これに関しては、ロマニウク自身が発信を続けています。彼女はインタビューで「AIは創造の検証や、メッセージのパーソナライゼーション、消費者行動の予測を加速する。しかしAIがブランド価値を本当に動かすには、強力な解釈フレームワークが必要だ。メンタルアベイラビリティがそのフレームワークになる」と述べています[12]。エレンバーグ・バス研究所は、AIモデルを用いて消費者ストーリーから主要CEPsを抽出する研究も進めています[12]。

本稿の立場も、ここに重なります。メンタルアベイラビリティの定義は、AI時代でも揺るぎません。違うのは「思い出す主体」が、人だけでなくAIエージェントを含むようになった、その一点です。メンタルアベイラビリティは「人の頭の中の想起確率」と「AIエージェントの応答リスト先頭への登場確率」の二層構造として再解釈できます。

  • メンタルアベイラビリティ(人):CEPsで自社が想起される確率、想起順位、想起集合への登場率

  • メンタルアベイラビリティ(媒介者):AIエージェントが状況文に対して自社を応答に含める確率、応答リストでの登場順位、応答の安定性

フィジカルアベイラビリティの側も同様です。物理的な棚や売り場、ECの導線、稟議の通しやすさに加えて、「AIエージェントが提示する候補リストの中で、購入リンクや問い合わせ動線が機能するか」というレイヤーが追加されます。Amazon RufusやGoogleのShopping AIは、応答の中に直接購入リンクを埋め込み始めており、ここでも「想起された後に買えるか」という古典的な問いが、新しい場所で繰り返されます。

ウェルテンブロッホ(Wertenbroch)らは2020年のMarketing Lettersで、消費者の自律性とアルゴリズム媒介のあいだの緊張関係を理論化しています[13]。アンドレ(André)、カーモン(Carmon)、ウェルテンブロッホらによる先行論考は、AIによる選択の自動化が消費者ウェルビーイングを高める一方、自律感を損なう可能性があるというトレードオフを指摘しています[14]。媒介者がどこまで意思決定を引き受けるかは、カテゴリーごとに最適点が違う。最寄り品では完全自動化(補充購買)が許容されるが、高関与商材では「整理係としてのAI」が好まれ、最終決定は人に残る。第2節で示した三層構造は、ここでも有効です。

AIの回答は「ファイナルアンサー」ではない――人の想起順位と掛け算で効く

ここで、見落とされやすい論点を強調しておきます。AIに想起されることが新しい主戦場になるからといって、人の頭の中での想起――助成想起、純粋想起、第一想起の順位――の重要性が下がるわけではない、と私は考えています。むしろ、AI媒介下では、人の想起順位がもう一段効くメカニズムが働くのではないかとすら思います。

仕組みを順を追ってみましょう。生活者が状況文でAIに質問したとします。「梅雨入りまでに乾燥機を買い替えたい。5人家族で電気代も気になる」。AIは候補として5つのブランドを提示したとします。ここで、生活者の脳内では次のような処理が起きます。

第一に、助成想起のスクリーニング。提示された5つの中で、生活者が見覚えのあるブランド(助成想起できるブランド)と、見たことがないブランド(助成想起できないブランド)が瞬時に仕分けされます。後者(助成想起されない=知らないブランド)は、AIが推奨したとしても、その時点で大きく不利になります。「知らないブランドを買うのは怖い」というリスク回避は、AIの推奨があっても消えるものではありません。

第二に、純粋想起・第一想起との照合。助成想起できた数ブランドのうち、生活者が事前に「乾燥機といえば◯◯」と純粋想起していたブランドや、第一想起の地位にあるブランドが、AIの推奨リストに含まれていたとします。このとき、確証バイアスと感情ヒューリスティックが強く働きます。「やはりこの選択肢が一番なんだな(自分の第一想起と一致する)」「AIも同じ結論なら、これで間違いない」――AIからの「お墨付き効果」が、自分の既存想起を強化する方向で作用します。

第三に、選択の収束。生活者は、自分の純粋想起・第一想起と一致するブランドを、ほとんど反射で選びます。AIの推奨リストの中の5ブランドが「公平に」比較されることは少ないのではないかと思います。

つまり、AI媒介後の購買選択は、おおむね次の三層フィルタリングで決まります。

  • 層0:そもそもAIの応答リスト(5〜10ブランド)に入っているか

  • 層1:応答リストの中で、生活者の頭の中で助成想起されるか

  • 層2:応答リストの中で、生活者の純粋想起・第一想起の上位に位置しているか

AIに「思い出してもらう」ことは層0の戦いです。本稿の前半で論じた、学習データ層と推論時層への投資は、ここに効きます。しかし、層1と層2は、依然として「人の頭の中の想起戦」です。生活者の助成想起・純粋想起・第一想起をCEPsごとに積み上げる仕事は、AI時代でも――いや、AI時代だからこそ――減るものではないと思います。

このメカニズムが示唆することは決して小さくありません。AI媒介下では、「AIに想起されるブランド」と「人の頭の中で上位想起のブランド」の両方を満たすブランドが、圧倒的に有利になる可能性があります。AI想起と人想起は、足し算ではなく掛け算で効きます。片方だけでは選ばれにくい。AI想起モニタリングに資源を集中させても、生活者の頭の中での想起順位が低ければ、AIに推奨された後の選択で脱落する。逆に、生活者の頭の中で第一想起のポジションを獲っていても、AIの応答リストに入らなければ、そもそも検討の俎上に上がらない。

実務的にこれが意味するのは、AI対策と人想起対策は「どちらか」ではなく「両方」の運用設計が必要だ、ということです。AI想起モニタリングは新しい指標として追加されますが、人の助成想起率・純粋想起率・第一想起率の従来指標は廃止されません。むしろ、AI媒介後の確証バイアスを味方につけるためにこそ、人の純粋想起順位を上げる仕事の経済的意義が増すのかもしれません。

5. CEP・CEPsの設計は、AI時代にむしろ強化される

CEP・CEPsの設計は、AI時代に弱体化するどころか、むしろ強化される方向にある、とみています。理由は、AIエージェントへの問いが「極めて文脈的な自然言語の状況文」に近づくからです。

従来の検索エンジンでは、生活者は「乾燥機 おすすめ」「保険 比較」のように単語を断片化して入力していました。CEPsを設計しても、その大半は検索クエリに翻訳される過程で擦り切れてしまいます。一方、AIエージェントには「梅雨入りまでに買い替えたい乾燥機、5人家族で電気代も気になる」と、状況をそのまま投げることが多くなります。ここでは、「状況文」――5W1H+Feeling――の設計が、AI時代にはそのまま入力情報に反映されることになります。

この変化は、マーケターにとって追い風です。生活者がCEPsをそのまま言語化してくれるなら、自社が答えるべき入口の解像度は上がります。問題は、自社が「この状況文に対するAIの回答に、自社が含まれているか」を確認する作業を、新しいKPIとして組み込めるかどうかです。

実装は意外と単純です。事前に作った「入口リスト(状況文の優先順位付き)」を、そのまま主要なAIエージェント(ChatGPT、Gemini、Google AI Overviews、Claudeなど)に投げて、応答リストでの自社の登場有無、登場順位、共起する競合、引用される一次情報源を毎月モニタリングする。これは、検索順位モニタリングのAI版です。

不動産のLIFULL HOME'Sや採用領域でのAI活用は、すでに自社の媒介者を立てる方向に動いています[7]。媒介者が他社プラットフォームか、自社が提供する自社プラットフォームかという論点も、今後数年で大きな分岐を生むでしょう。ただし、この論点は媒介者そのものをどう設計するかという別の議論であり、本稿の射程を超えるためここでは割愛する。本稿としては、まず「他社プラットフォームのAIエージェントに自社が想起されるかどうか」を、CEPs運用の標準KPIに加えることを推奨します。

もう一つ、本節の核心を述べておきたい。第2節で示したように、AI媒介は構造的に先発有利・強者集中を生みやすくなります。これに対する非対称戦略の中核が、CEPsの設計です。「カテゴリーワード」――「ドライヤー」「電子レンジ」「ノートPC」「不動産仲介」のような大括りの一般語――で正面から大手と戦えば、学習データ層に蓄積された言及量と引用量の差で勝負がつきやすくなり、後発の正面突破は極めて不利になります。

しかし、自社が定義した独自カテゴリーや、特定の状況文(CEPs)に絞って戦えば、その戦場では大手の歴史的優位を弱めることができます。なぜなら、自社が定義したばかりの新しい言葉や、特定文脈に紐づいた問いには、まだ誰も大量の学習素材を流し込んでいないからです。目的CEPsの設計、状況文の言語化は、AI時代における新興・中小プレイヤーの主要兵器になります。BIGワードの正面突破ではなく、自社が定義した文脈的なCEPsで局地戦を組み立て、その狭い戦場で「学習データ層と推論時層の両方」を取りに行く。これが、本稿のAI時代の処方です。

6. 「BtoA(AI)(toC)」言説をどう評価するか

最近、業界では「BtoA」という言葉が流通し始めています。BtoB、BtoCに続き、企業はもはや消費者に直接届くのではなく、AIを介して届くのだ、という主張です。この言説をどう評価するか。本稿の見解を、3つの問いで示しておきます。

問い1:B2A2Cは、構造的に新しいか?

イエス。媒介者が一段増えたという意味で、これは構造的な追加です。B2Cの時代は、媒介者は流通(小売、卸、商社)と広告媒体(テレビ、新聞、雑誌、検索エンジン、SNS)でした。B2Aの時代は、これに「AIエージェント」が加わります。商流の媒介と情報の媒介の両方を、ひとつのAIが担うこともあります(Amazon Rufusのように)。

問い2:B2A2Cは、第一想起の理論を覆すか?

ノー。「ある状況で最初に思い出される存在になる」という第一想起の構造は不変です。覆るのは、思い出す主体の数(人+AI)と、想起される場所(頭の中+応答リスト)だけです。「CEPs→想起→検討→購入」の構造に、媒介者という一層が挟まる。挟まる場所は変わるでしょうが、構造は壊れないでしょう。

問い3:B2A2Cは、すべての企業がいま実装すべきか?

カテゴリー次第。第2節の三層構造でいえば、第三層(高関与・情報非対称商材)は、2026年時点でもう実装フェーズに入っています。第二層(買回り品・専門品)は、計測フェーズに入りつつあります。第一層(最寄り品)は、まだ静観でよいでしょう。「B2A」という言葉の威力は強力ですが、その威力に押されてカテゴリー特性を無視した投資をすると、最寄り品で過剰投資、高関与商材で過小投資という、ねじれた配分が起きます。

ドーズ(Dawes)らがリンクトインのB2Bインスティテュートとエレンバーグ・バス研究所と共同で提示した「95-5の法則」は、ここでも示唆を与えてくれます[15]。BtoBにおいて、いま実際に購買検討に入っている層は全体の約5%、残り95%は非アクティブ層です。AIに「思い出してもらう」ことは、現役の検討者だけでなく、いずれ検討フェーズに入ってくる95%層に、媒介者を通じて自社を継続的に再露出させる手段になります。エデルマン‒リンクトインの2025年調査が示した「ハイドゥンバイヤー」――購買意思決定に強く関与しながら可視化されにくい関係者――に届くチャネルとしても、AIエージェントは無視できません[6]。短期の検討者には人が、長期の非アクティブ層と隠れた意思決定者には媒介者が効きます。B2Aの本質は、ここにあるかもしれません。

まとめると、B2Aは便利な言葉ですが、本質は「メンタルアベイラビリティの主体に媒介者が加わった」だけです。想起の地図は、AI時代でも――いや、AI時代だからこそ――有効性を増すのだと思います。

7. 本稿のまとめ

本稿で論じたことを、6つにまとめます。

第一に、AIはすでに想起のレイヤーに入った媒介者である。Amazon Rufusの3億顧客への展開、Google AI Overviewsの月間20億ユーザー、日本における生成AI利用経験率の倍増――これらの数字は2026年春時点の地殻変動を示している[1][2][3][4]。

第二に、影響度はカテゴリーで分かれる。最寄り品ではAI介在は限定的、買回り品・専門品では「整理係」として機能、高関与・情報非対称商材では検討プロセスの中心になる。「自社のカテゴリーがどこに位置するか」を、まず確定させる。

第三に、第一想起の構造は不変である。変わるのは、思い出す主体に媒介者が加わったことだけ。CEPs→想起→検討→購入という配線は、媒介者の登場後も同じ向きに流れる。

第四に、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの両概念は、「人+媒介者」の二重構造で再解釈する。想起KPIツリーには、AI想起モニタリングを追加する。

第五に、CEPsの設計は、AI時代にむしろ強化される。生活者がAIエージェントに投げる問いは、検索クエリではなく自然言語の状況文だからだ。状況文の言語化は、そのままAI時代の競争力に直結する。

第六に、「BtoA」という言説は便利だが、過剰反応も過小反応も避ける。最寄り品は静観、買回り品は計測、高関与は実装。三層で対応の強度を分ける。

マーケティングの本質は、説得ではなく想起。想起の本質は、力技ではなく設計。設計の本質は、施策ではなく順序。媒介者が一段加わっても、この三段階は変わりません。変わるのは、設計と運用の対象に、AIエージェントという読者が一人加わった、ということだけです。冷静に、しかし着実に準備を進めましょう。

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参考文献

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