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かげろうの君と #01 プロローグ

【あらすじ】


 この橋の上で、僕たちは出会った。

 あの日、失恋の痛みで心がバラバラになりそうだった僕にそっと寄り添ってくれたのは、どこか寂げで儚さの漂う、幽霊の君だった。

 最初は無表情だったけど、笑うと可愛くて、感激屋で涙もろくて、お洒落にもすごく興味のある、普通の女の子だった。

 そんな君に僕は惹かれた。幽霊であることなんて関係なかった。触れることが出来なくても、狂おしいほどに君を愛していた。

 でも、あの時の僕は何も知らなかったんだ。
 ここで何があったのかも。 そして君が、どんな気持ちで僕と一緒にいたのかも———

 恋に臆病な若手エンジニアの拓海と幽霊の幸子。愛し合う二人はやがて、この橋に隠された過去と向き合い、抗えない運命の前で哀しい選択を迫られる

 ピュアな二人が織り成す、ほろ甘く、そして切ないハートフルラブストーリー、開幕。


プロローグ


 その日もいつもと変わらぬ一日の始まりだった。

 まだ朝だというのにじんわりと額に汗が滲む。

「今日から八月、ね」

 手をかざし、恨めし気に容赦のない陽射しを見上げる。

 ここが、周囲を200~800メートル級の丘陵や山地に囲まれた盆地状の地形であるがゆえの、籠るような蒸し暑さ。

 かつて江戸を守るために千人同心が置かれ、甲州街道最大の宿場町として栄えたこの町は、今の世においても鉄道四路線が乗り入れる交通の要衝として多くの人々が行き来している。

「あら、さっちゃん。おはよう。今日も暑いわねぇ」

 角を曲がったところで知り合いのおばさんに声を掛けられ、慌てて涼し気な笑みを浮かべてみせる。

「おはようございます、おばさま。本当に」

 近所でも有名な大の噂話好き。妙齢の女性たちにとっては迷惑この上ない存在だ。

「そうそう、聞いた? そう言えば三丁目の昭子あきこちゃん、今度結婚するそうよ」

 来た。案の定。

「ええ、伺っておりますわ」

 知らぬはずがない、親友の身の上。相手は年上の幼馴染ということも知っている。もっともその婚約者は遠く離れた地にいて、祝言の時に帰って来れるかどうかは微妙らしい。

「幸ちゃんも良い人いたらいいけどねぇー。せっかくの別嬪さんなんだし」
「いえいえ、あたしはそんな……。じゃああたし、これから仕事がありますので」

 いつものように詮索を軽く受け流し、ペコリと頭を下げてそそくさとその場を立ち去る。

「今時、そうそう良い人なんているはずないじゃない」

 呟くように悪態をつくと立ち止まり、はあっとため息をつく。行く道をすれ違うのは女子供、そして年寄りばかり。

「いいなぁ……、あきちゃん」

 幼い頃に目にした、近所のお姉さんの艶やかな白無垢姿。それは子供心にあまりにも美しくて、いまだ鮮明な記憶と共に憧れとして残っている。

 こんな時代だからと半ば諦めかけていた夢を掴んだ、女学校以来の親友。

 白無垢を着ることこそ時節柄、叶わぬものの、想い人との長年の恋を実らせた結婚が羨ましくないわけがない。

 あたしにもいつか、好きな人が……。

 そこではっと我に返ると、振り切るように軽く首を振る。

「さーて、今日も一日、頑張りますか!」

 グッと両腕で力こぶをつくると再び駅に向かって歩き出す。

 ふと道端に落ちている紙に気づき、歩みを止めた。拾い上げてみると、紙一面にびっしりと書かれた文字。

「んんー?」

 読みづらいことこの上ない。

「豫め注意しておきますから裏に書いてある都市から避難してください……何これ?」

 しばらく首を傾げながら文面を眺めていたが、やがて、ふんと鼻を鳴らした。

たちの悪い悪戯ね……。あら、もう行かないと! 電車に遅れちゃう」

 拾った紙はその場に捨てるわけにもいかないので折り畳むと、鞄に仕舞い、朝の雑踏の中を駆け出した。

 それがその年の、八月の始まりの朝だった。


次話以降リンク

#01 このお話
#02 かげろうの君と #02 第一話 初恋①|京
#03 かげろうの君と #03 第一話 初恋②|京
#04 かげろうの君と #04 第一話 初恋③|京
#05 かげろうの君と #05 第二話 憧憬①|京
#06 かげろうの君と #06 第二話 憧憬②|京
#07 かげろうの君と #07 第二話 憧憬③|京
#08 かげろうの君と #08 第二話 憧憬④|京
#09 かげろうの君と #09 第三話 霊障①|京
#10 かげろうの君と #10 第三話 霊障②|京
#11 かげろうの君と #11 第三話 霊障③|京
#12 かげろうの君と #12 第四話 決心①|京
#13 かげろうの君と #13 第四話 決心②|京
#14 かげろうの君と #14 第四話 決心③|京
#15 かげろうの君と #15 第四話 決心④|京
#16 かげろうの君と #16 第五話 八月①|京
#17 かげろうの君と #17 第五話 八月②|京
#18 かげろうの君と #18 第五話 八月③|京
#19 かげろうの君と #19 第六話 陽炎①|京
#20 かげろうの君と #20 第六話 陽炎②|京
#21 かげろうの君と #21 第六話 陽炎③|京
#22 かげろうの君と #22 エピローグ前編|京
#23 かげろうの君と #23 エピローグ後編|京