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かげろうの君と #15 第四話 決心④

第四話 決心④


「では、順を追って説明しようか」

 院長がレポートの項目を指差す。

「まずは全体の概略だが、簡潔に言うと、死んだ前の日に戻る。そしてその日のうちに最大の未練を消す。そうすれば成仏できる」

 突拍子もない内容に、拓海と幸子が同時に院長の顔を見る。

「……過去に戻るなんて、出来るわけ無いじゃないですか」

 その疑問に、院長が得意げに口角を上げる。

「それが霊には出来るんだ、時空を駆け巡ることが。もっとも、生者の協力が必要になるが」
「え? 俺もタイムトリップするんですか?」

 てっきり幸子ひとりで送り出すことになると思っていたので、自分がサポートできるかもしれないと思うと、心の持ちようも変わってくる。

「ああ。だが、危険が伴う。君は仮死状態になって、霊として彼女と一緒に過去に遡るんだ」
「えっ!? それって大丈夫なんですか!?」

 拓海に危険が及ぶと知って、途端に青ざめる幸子。彼女が心配してくれるのはありがたいが、拓海にとっては本望だ。

 院長は幸子の問いには答えずに身を乗り出すと、レポートをトントンと指で叩いた。

「まず新月の夜、丑三つ時になる前に、二人で彼女が死んだ場所に行く」
「丑三つ時って、古典的ですね」

 拓海のツッコミも気に留めず、院長は胸のポケットに手を入れて何かを取り出し、テーブルの上に置いた。

 PTPシートで包装された錠剤だった。

「丑三つ時の30分前にこれを飲みなさい」
「この薬は?」
「毒だ。ロミオとジュリエットで、ジュリエットが飲んだのと同じ、一時的に死ねる薬だ」

 驚きのあまり、幸子と顔を見合わせる。

「毒で仮死状態って、先生、本当にお医者さんですか……?」
「冗談だ。強めの睡眠導入剤だよ」

 いや、全く笑えない。

 院長はニコリともせず、幸子に顔を向けた。

「夢うつつの状態で丑三つ時になると、霊は君の身体から命魂を引き摺りだせるようになる。幸子さん、だったね? 君が拓海君の命魂の手を引いて、幽体離脱させるんだ。そして二人で呪文を唱える。そうすれば、君たちは幸子さんが死んだ前日に遡ることが出来る」

 理系を極めし大病院の院長の口から語られる成仏の方法に、拓海は混乱した。その、科学的な事象からあまりにも掛け離れた内容に。

「呪文って、ますます古典的ですね……」
「古典というのは古くからの規範や慣わしをまとめたものであって、君の業界のことに置き換えるなら、技術標準や作業指示書といった類いのものと同じだよ」

 ……そう言われると陳腐感はなくなる。

 拓海の様子に院長は深く頷くと、説明を続けた。

「で、その呪文だが、こちらに記載しておいた。二人で一緒に唱えなくてはならない。当日までにしっかりと暗誦できるようにしておきなさい」

 二人で覗き込むと、目が点になった。

「え、えっと、と、トホ…カミ、エ……」

 ふり仮名が振られていたが、唱えづらいことこの上ない。

吐普加美依身多女トホカミエミタメはらたまい、清めたまえ、かむながら守りたまい、さきわたまえ」

 院長がすらすらと暗誦して見せる。

「日本古来の言葉だ。お祓いとかで聞いたことないか?」
「いえ、お祓いは受けたことないので……」
「何だ、お祓いはやっておいた方が良いぞ。私は前厄、本厄、後厄、全てお祓いに行ったぞ」
「お医者さんなのに、さっきから随分と非科学的ですね……」
「エンジニアのくせに幽霊と添い遂げようとしている奴に言われたくはないね」

 それを言われると、ぐうの音も出ない。

「あ、あの、未練を消すにはどうしたら」

 遠慮がちに幸子が口を挟む。いや、それこそが本来の目的なのだが。

「それは君次第だよ。私には君の未練が何かは分からない。当日までに何が未練だったのか、それを解消するために何をすれば良いか、しっかりと考えて気持ちを整理しておくことだ」

 院長の言葉に考え込む幸子。

 成仏をサポートするためには、これまで敢えて避けてきた彼女の過去に踏み込まなくてはならないのだろうか? 

 出来ることなら、自分から無理強いすることだけは避けたいところだが。

「未練が断ち切れたのなら、幸子さんは死と同時に成仏し、拓海君の命魂も君から解き放たれて、この時代に戻って来れる」
「じゃあ、もし……あたしが成仏出来なかったら?」

 不安げに尋ねる幸子。

「拓海くんの命魂はそのまま迷子となり、時空を彷徨い続けることになる」

 冷たく言い放つ院長に幸子が絶句する。

「そんな……」

 拓海は彼女を覗き込むと、優しく微笑んだ。

「大丈夫。さっちゃんが成仏できるように、俺も一緒に考えるから。だから難しく考えないで」
「でも……」

 腹は決まった。

 愛しているから、本当は成仏などして欲しくない。でも、愛しているから、これ以上、彼女に辛い想いはもっとさせたくなかった。

「だいたいのところは分かったかね?」

 今度は拓海が力強く頷く番だった。院長はその眼光を認めると、軽く膝を叩いた。

「では一週間以内に私のところへ診察に来てくれ。この薬は診察無しでは処方出来ないからな」

 この先、二人に何が待ち受けているかなんて、分かるわけが無い。

 ただ、何が起ころうとも、彼女への愛だけは最後まで貫いてみせる。それがきっと、来世でまた君と出会うしるべになる筈だから。

 不安そうな幸子を見つめながら、拓海はそう固く、信じることにしたのだった。


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