かげろうの君と #11 第三話 霊障③
第三話 霊障③
「そんな……。あたしはただ、彼と一緒にいただけで、彼には何も……!」
縋るように釈明するも、院長はやれやれ、といった表情で首を振った。
「ああ。君たちの様子は観察させてもらったよ。恋人同士のようにイチャつく君たちをね」
「あっ、あたしたち、恋仲なんです! ずっと一緒にいようね、って誓い合ったんです!」
院長はパイプ椅子の背もたれに身体を埋めると、わざとらしくため息をついた。
「ロマンチックなことだな。だが、人間と幽霊が添い遂げるなど不可能だ。いつかは破綻する」
その馬鹿にしたような言い方にカチンとくる。
「そんな! どうしてそんなことがあなたに!」
「君は幽霊だ。生身の身体を持たない君がなぜ、全身の像を結べているのか、何故、声帯が無いのに声を出せているのか、考えたことがあるか?」
院長の指摘にハッとする。
「まさか……」
院長が頷く。
「君は取り憑いた彼から生気を吸い上げ、それをエネルギーに置換して像を結び、声を作っているんだ。だから彼は体調を崩した。これがいわゆる霊障と言うやつだ」
あるはずのない心臓が沸騰するのを感じる。
「そんな……、あたしそんなつもりは!」
「ああ。君が純粋に彼のことが好きだということは分かったよ。だが、君に悪意が無くても、霊障によって彼の生気は日々吸われ、やがて彼は早死にするだろう」
その言葉には、先程までの小馬鹿にした感じは無くなっていた。
「あたし……、どうすれば……」
大好きな彼を自分が苦しめている。それは幸子にとって耐え難い事実。
「成仏することだ。そうすれば彼は助かる」
「それは……、あたしはもう、拓海と会えなくなるってこと?」
「そうだ。この世の未練を断ち切るのが成仏だからな」
さらりと言ってのける白髪の医師。
「……いやっ! あたしは成仏なんかしたくないです! 今、とっても幸せなんです! 拓海と会えなくなるなんて、死んでも嫌!」
「彼のことを愛しているのなら、彼の幸せを願うものではないのかい?」
「でも……だって、拓海も、ずっと一緒にいようね、って……」
何も知らずに、すやすやと寝ている彼を見て、ポタポタと涙が流れ落ちる。そして思う。
この涙は……自分の力じゃなくて、拓海が与えてくれていたものなんだ……。
「まあ、成仏しても、輪廻転生でまた彼と出会える可能性だってある」
「え……?」
絶望の中に落とされた予想外の言葉に、驚いて顔を上げる。
「仏教やヒンドゥー教の世界では数千年に渡って輪廻転生が唱えられて来た。火のないところに煙は立たん。何かしらあるのかも知れん」
これまで考えたことも無かった。生まれ変わって、再び彼と出会うことなど。
「生まれ変わったら……今度は彼と触れ合えるの?」
大好きな彼と触れ合える。それは、今の幸子にとっては夢のような世界。
「ああ。まあ、彼と再会できるのは天文学的な確率だろうがな。転生できるとも限らんし、彼と出会える時と場所に生まれる保証もない。記憶も無くなるから会いにもいけないだろう」
「……でも、可能性は零では無いんですよね?」
「可能性はある。気休めだがな」
生まれ変わって彼と出会えたとしても、記憶が無ければ、今のこの幸せを、このまま再開できる訳ではないのだ。
彼に触れたい想いは日々募る一方だが、やはり天文学的な確率に賭けてまで、彼と離れることは躊躇われた。
「少し、考えさせてもらえますか? 彼と話をしたいし、それに……成仏する方法も分からないので」
「それなら私が知っている」
「え?」
院長は胸のポケットから一枚の小さな紙を取り出すと、幸子に示した。
「私の名刺だ。今すぐには決められないだろうから、帰ったら彼と良く話し合いなさい。心が決まったら、ここにある私の番号に電話するよう、彼に伝えてくれ」
院長はおもむろに立ち上がると、ベッドの脇に置いてある拓海のリュックのポケットに名刺を差し込んだ。
「この点滴で体調は良くなるはずだが、彼と少しでも長く居たいのなら、君は彼の生気を使い過ぎないよう、出来るだけ大人しくしてなさい」
そう言い残すと、院長は処置室を出て行った。
睡眠薬が効いているのか、拓海はぐっすりと眠っている。
いつも優しくて、自分のことをとても大切にしてくれる彼。出会った時も、幽霊である自分を怖がることなく、誠実に接してくれた。
いつ終わるとも分からなかった、無限の孤独の時の中で、あの彼の笑顔に、自分はどれだけ救われたことだろう。
「……いやだよ。拓海と会えなくなるなんて、嫌だよぉ……」
ポロリと涙がこぼれ落ちて、いけない、と堪える。ずっと一緒にいたければ、拓海に負担をかけてはいけないのだ。
幸せだった日々からの、再び味わう絶望。……いや。
違う。これは決して絶望なんかじゃない。
思い直すと、首をぶんぶんと横に振る。
だって、拓海はまだ、あたしの前にいるんだから。あたしは今、こうして大好きな人の傍にいるんだから。
だから……、今度は諦めちゃだめだ。考えなくちゃ。ずっと、彼と一緒に居られる方法を。
幸子は眠る彼のもとにそっと寄り添うと、彼の胸に頭を預けるようにして、目を瞑った。
プロローグ かげろうの君と #01 プロローグ|京
